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033突飛な出来事も稀に役立つ

 孤児院で夕食をご馳走になり、ヴィレイナといくつかの問答をした後、カインは宿へと戻って来た。


 宿の門を潜り、扉を開いて中へ入ろうとすると、聞き覚えのある声が裏手から響いてくる。


 カインは開きかけていた扉から手を離し、声のする裏手へと回り込む。すると、そこではミーアとジェドが素手で組手をしている姿があった。


 真剣な表情で拳や蹴りを放つミーア。

 その攻撃をジェドは最小限の動きでいなしていく。


 ミーアの動きはここ数日で随分と良くなった。


 魔術士として後衛職をしていた彼女は、近接戦闘における技術は皆無だと言っていいほどだった。


 しかし、連日に及ぶファライヤとの立会いや、今も使用しているであろう、ファライヤ式身体強化の魔術により、その動きは前衛を務めるBクラスの冒険者と遜色ないほどにまでなっている。


 カインとは違い、四つ目の『細部連動強化』まで使用出来るようになっていることもあってか、魔法の訓練を始めて間もないジェドといい勝負をしている。


 カインが無言のまま二人の様子を眺めていると、不意にジェドが振り返りカインに視線を向けて来た。


 それに釣られるようにしてカインの方を見たミーアが、ようやくカインの存在に気が付く。


「カインさん。帰って来てたんですね」


「ああ、ただいま。随分と動きが良くなってるな」


「身体強化の魔術のお陰です。凄いですね。こんな魔術の使い方、試そうとも思いませんでしたよ」


「そんなにか? まあ、俺も身体強化の魔術が使えるようになっただけで、今までより格段に戦い易くなったが」


「そんなもんじゃないですよ。『細部連動強化』までやると、力の乗り方が全然違うんです!」


 やや興奮気味に話すミーアに、苦笑いを浮かべながらカインは相槌を打った。


「術式を繋げるのが難くて、なかなか上手く行かないんだ」


「私もまだ慣れないんですが、そこはなんというか最初から型を作ってやってます。ほら武術の型とかそんな感じで、術式の配置位置を決めてそれに合わせて動く感じです」


 ああ、成る程とカインは頷いた。


 肉体の細部を強化する『細部部分強化』それを筋肉の動きに合わせて連動させるように働かせる『細部連動強化』。


 身体の動きに合わせて、術式を構築するのが非常に難しいものであったが、ミーアの言う通り、最初から動きが決まっていれば難易度も随分と下がる。


 直ぐ試してみたくなったカインは、暫しの間二人の訓練に加わり汗を流すことにした。



 訓練を終え、宿の中に設置された水場で汗を流した後、カインは自室へと戻って来た。


 部屋に入ると、柑橘系の爽やかな匂いが鼻に付く。


 見ると、何故かマリアンがカインのベッド上でゴロゴロしており、その傍らには大量のオレオの実が積まれていた。


 部屋の隅で腕立て伏せをしているアーマードは無視するとして、カインはマリアンの傍らで行儀良く椅子に腰掛け、オレオを摘みながら読書に勤しむファライヤに声を掛けた。


「なんでここにいるんだよ」


「居てはいけなかったかしら?」


 本に落としていた視線を上げて、ファライヤが首を傾げる。


「いけないことはないが、女性陣には別の部屋をとっただろ。くつろぐならそっちでやれ」


「くつろぐためにここに居るわけではないわ。マリアンがあなたの布団に匂いを付けて、寝る時に悶々とさせるという作戦を考えたので、それを実行している最中なのよ」


「アーマード! ベッドを代わってくれ!」


「任せておけ」


 腕立てをしながら即答するアーマード。


「あと、腕立てするなら外でやれ!」


「俺はマリアンちゃんの護衛だ」


「お前の汗臭さでマリアンの匂いが消滅しなければいいな」


「外でやろう」


 瞬時に態度を変えて部屋を出て行くアーマード。

 護衛をしているのではなかったのか。そして、腕立てを止めるという選択はないのかと、カインは呆れ顔をした。


「ファライヤ。作戦を教えちゃったら駄目だとおもうけど」


「それはごめんなさい。けれど、私は見ていないところで悶えるカインの姿を想像するより、目の前で憤る姿を見る方が楽しいわ」


「なるほど。それは考えてなかったなー」


「お前らは人をおもちゃにして楽しいのか」


「「楽しいわ」」


 同調する二人にカインは頭を押さえた。


「で? この大量の果物はどうした?」


「王都で店を開いてる商人と知り合ってね。貰ったの」


「お前はまた問題を起こしたんじゃないだろうな?」


「起こしてないよ。沢山あるから持ってけって言ってたもの」


 カインがファライヤに視線を向けると、ファライヤはマリアンの言葉を肯定した。


「審査会で着る衣装を見に行ったのだけれど、そこでたまたま知り合ったのよ。お近付きになりたいという下心はあるのでしょうけど、好意でくれたものだから問題ないわよ」


 説明され、カインは一応納得してみせた。


「それにしても多過ぎないか? こんなに食えないぞ」


「仕方がなかったのよ。下請けの商人が発注をミスしたらしくてね。マリアンが全部貰わなかったら、ミスした商人が責め立てられたわ。人助けみたいなものね」


「無償であげたら利益にならんだろう」


「さあ。売り上げとしてはそうでしょうけど、マリアンとお近付きになる切っ掛けが出来たのだから、商人としては利益になったのでしょう? そう言う訳だから、全部食べて頂戴ね」


「俺がかよ!」


「わたしもうお腹いっぱい」


「わたしもそろそろ厳しいわ」


「宿には渡したのか?」


「ええ。その残りがこれだけよ」


 カインは嫌そうに積み上げられたオレオの山を見た。

 その一つを手に取り、皮を剥いて口の中へと放る。


 甘酸っぱい爽やかな香りが口の中に広がり、一つ二つであれば美味しくいただけるだろう。


 だが、さすがにこの量は無理である。


「人にあげても大丈夫か?」


「べつにいいけど。あげるような知り合いいるの?」


「今日知り合って来た」


「そういえば、遅かったけれど、今日は何処へ行っていたのかしら?」


「教会の裏手に孤児院があってな。そこで、手伝いを少し。神子とも少し絡んで来た」


「随分と大胆なことをするのね」


「本人の気持ちなんて本人に聞かなきゃわからんだろう」


「そうだけど。結局、理由は聞けたの?」


「いや全然。警戒させただけかもしれん」


「けれど、なんだかんだ居座って、夕食まで一緒にして来たのでしょう? 神子自身を手篭めにする作戦はなかなか良いと思うわ」


「手篭めになんてするか! つか、なんで夕食をご馳走になったことを知ってるんだ!」


「夕食時に帰って来なかったからそうなのかと思っただけよ。でもまあ、その孤児院に差し入れするのは良いかもしれないわね。どの道食べきれないわけだし」


 ファライヤは山になったオレオの実に視線を向けて言った。


 そして、その後二人の行動を確認し、幻光巡りの行動予定について話し合いその日は床につくのであった。


 夜中に、ファライヤの鍵開けの技術を使って部屋に侵入して来たマリアンが、カインの寝床に入り込んで来て怒られるという騒動もあったが、ゲネードに来る十六日間に比べれば、概ね平穏な日であったと言えるだろう。



 そして、翌朝。


 朝食を済ませ一度冒険者ギルドに立ち寄りラインを確認したあと、カインは孤児院へと向かった。


 昨日の帰り際、ヴィレイナに此処へは来るなとしつこく釘を刺されたカインであったが、相手の言うことを真に受けているだけでは話も出来ない。

 なので、とりあえず聞き流したことにして、ヴィレイナの要求は無視することにした。


 教会の敷地に到着するが、特に門番などは居ない。小さいとはいえ、教会は一般に開放されているため当然と言えば当然ではある。

 それでも神官の一人でも立たせておいた方が良いとカインは思った。


 そんなことを考えつつも、無遠慮に敷地内に足を踏み入れ、教会の裏手へと回り込み孤児院の扉をノックした。


 直ぐに「はーい」という声が鳴り、ガチャリと扉が開かれる。


 おかっぱの小さな女の子。昨晩やたらとカインに付いて回って来たルルという少女が出迎えてくれた。


「カイン。おはよう」


「ああ。おはようルル」


 足に纏わり付いてくるルルを持ち上げ、抱っこしながらカインは孤児院へと入っていった。


「よう。おはよう」


 ルルを抱き上げながら、さも当然のように挨拶をするカインを視界に捉え、ヴィレイナは口に含んでいた紅茶を吹き出した。


「けほっ。あ、あなた! 昨日の話を聞いていたの!」


「ん? 何がだ?」


「私は此処へは来るなと言いましたよね!」


「そうは言われてもな。俺は来ないと答えた記憶がないんだが」


 すっとぼけるカインに対して、ヴィレイナが青筋を立てる。


 これではいつもと逆だなと思い、ヴィレイナが怒鳴り始める前に腰袋からオレオの実を取り出した。


 抱き上げたルルにそっと渡してやると、ルルはキョトンとした顔でカインを見た。


「ルルにあげるよ。食べたことあるか? オレオの実?」


「うん。ルル、オレオ好き」


 ルルを椅子に座らせて、頭を撫でたあとカインは声を張り上げた。


「果物あるから欲しい奴は好きに持ってけー!」


 圧縮の魔術が掛けられた腰袋から次々と、オレオを取り出して、長机の上に積み上げて行くカイン。


 子供たちがざわざわと集まり出し、それぞれが果物を手に取っていった。


「な、なに勝手なことをして……」


 言い掛けて、ヴィレイナは嬉しそうにオレオを口に運ぶ子供たちの姿が目に留まり、それ以上は口にできなかった。


 悔しそうに唇を結ぶヴィレイナ。


 子供たちの心は掴んでも、肝心のヴィレイナにどんどん嫌われて行くような気もするが、そんなことを気にしても仕方がないので、カインは変わらず堂々とすることに決める。


「ヴィレイナも一つどうだ?」


「……あとで、頂きます」


 突っぱねなれるかと思ったが、その返答はカインにとっても予想外だった。


 とそこで、手を拭いながらユミナが室内へと戻って来た。


「あ、カインさん。おはようございます。……って、どうしたんですかこれ?」


 ユミナは長机の上に積み上げられたオレオの実を見て、素直に驚きの声を上げた。


「おはようユミナ。これは、貰い物なんだが、余りに量が多くて食べきれないから持って来たんだ。お前も一つどうだ?」


 手渡してやると、ユミナはニコリと笑顔を向けて言った。


「ありがとうございます。私好きなんですよね。オレオの実」


 ふふふ、と笑い合う二人に何を思ったのかヴィレイナが突然噛み付く。


「ユミナ! その男と仲良くしてはいけません!」


「え? どうしてですか? 口は悪いですけどカインさんは悪い方ではないと思いますよ?」


 ユミナが素直な疑問を口にすると、ヴィレイナは言い淀むように声をすぼめた。


「その。その男と話をすると……」


「すると?」


「に、妊娠するんです!」


「ええ!」


 自分で言っておいて、顔を真っ赤にするヴィレイナ。


 流石のカインもつっこむどころか、呆れ顔になった。


 さすがに言い訳としては苦しいだろうと。


 そんなカインの裾をチョイチョイと誰かが引いた。


 目を向けると、ルルが小首を傾げながら不思議そうな顔をしていた。


「妊娠するの?」


 無垢な瞳に晒されて、カインは眩暈を起こしそうになる。


 この幼気な少女におかしな知識を植え付けるわけにはいかない。


 そう思い、カインは直接的な表現を避けながら、ルルの間違いを優しく丁寧に正していくのであった。


 一方ヴィレイナは、ユミナに詳しく追求されて、プルプル震えながら苦しい言い訳を続けるのであった。

お読み頂きありがとう御座います。

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