032図々しさは時に縁を繋ぐ
ユミナは長机に腰掛けると、先程悩んだ末に購入していた、様々な色合いの薄紙を机の上に広げた。
その一枚を真剣な表情で丁寧に折り返して行く。
カインはユミナの対面に腰掛け、肘をついてその様子を眺めた。
「あの。見られてるとやり難いのですが……。と言うか、用が済んだならさっさと帰って下さい」
「冷たいことを言うな。荷物を運ぶのを手伝ってやっただろ?」
「善意なら、お礼の一つもしますけど、カインさんは下心で手伝ってくれただけですよね」
「下心じゃない。半分は善意だったと思うが?」
「そうですか。では、半分有難うございました。これで満足ですか? じゃあ帰って下さい」
「客人に茶の一つでも出すのが普通だと思うが?」
「図々しいですね! もう!」
そう言いながらも、ユミナは作業を中断して湯を沸かしに台所へと向かった。
しばらくして、ユミナがカップに注いだ紅茶を持って戻って来た。
カインの前にトンとカップが置かれると、カップから上品な香りが漂ってくる。
口をつけると、鼻から抜ける甘い香りにカインは驚いた。
「随分と良い葉を使っているな? 高いんじゃないのかこれ?」
「値段なんてわかりません。そのお茶はお姉様が館からくすね……頂いて来た来客用の物なんで気にしないで下さい」
ユミナの言い掛けた言葉にカインがジト目を向けると、ユミナはサッと目線を逸らした。
「だがまあ、上手いものだな。館でメイドをしているだけのことはある」
「やめて下さい。私なんて失敗ばかりです。昨日も聖女様に粗相を働いてしまって……」
ユミナは昨日、マリアンの容姿に見惚れてしまい、カップに注いだ紅茶を溢れさせてしまった。
別に服にかかったわけでもなく、クロスにシミを作ってしまったぐらいであったが、ユミナはそれを気にしている様子であった。
「あれは仕方ない。事故みたいなものでみんなそうなる。マリアンもあれぐらい慣れたものだからな。怒ってなかったろう?」
「そうですが、使用人としては失格です」
「平謝りしていた神官がいただろう?」
「ナヒトさんですか?」
「多分そいつだ。ユミナが部屋に来る前、マリアンがフードを取ったらナヒトは口を開けたまま硬直してたぞ。客人を立たせたままでだ」
「え? あのナヒトさんがですか?」
「そのナヒトさんが、お前の前にやらかしてるんだから、初対面なら普通だろう」
「……そうですか。あのナヒトさんが」
ユミナは小さく呟くと、なにが面白いのかくすりと笑みをこぼした。
「じゃあ、私なんかが失敗するのも仕方ないですね」
「仕方ないな。しない奴の方が珍しいと思うしな」
そう言われて少し気が楽になったのか、ユミナは年相応の無垢な笑顔で笑った。
手作業に戻ったユミナは、先ほどと同じく薄紙を幾重にも折り畳んでいく。
その様子をカインが眺めていると、ユミナの手元には小さな花が出来上がっていた。
出来栄えに満足そうに頷くと、ユミナは別の色の薄紙で、同じような花をいくつも作り上げていく。
「そいつをどうするんだ?」
「明後日の夜には、この街で幻光巡りが始まるじゃないですか。……その飾り付けをと思って」
「なるほどな。ここを飾り付けるのか?」
「……はい。そうですけど」
何か文句でもありますか。と言わんばかりの視線を向けて来るユミナ。
しかし、カインはその視線を気に留めた様子もなく、ユミナが机の上に広げた薄紙の一枚を手に取った。
「なら、こういうのはどうだ?」
そう言って、カインは薄紙を手慣れた手付きで折り畳み、一枚の馬を作って見せた。
折った馬をユミナに手渡すと、ユミナはそれをまじまじと見つめた。
「凄いです! 他にも何かできますか?」
「ん? ああ。基本の型さえ出来ればなんでも作れるぞ。ここを細く折って、こうすると、ヤギになる。こっちを折らないで、首を短くして、羊とかな」
感嘆の声を上げて、次々と折られていく動物にユミナは興奮したように食いついた。
カインが折り方を教えてやると、ユミナは楽しそうに手作業に没頭した。
「見てください! 兎さんです」
ユミナは物覚えが早く、直ぐに折り方を覚えると、コツを掴んだのか自分なりに手を加えた折り方を初めた。
自分で折った兎を得意げに掲げて、カインに差し出す。
カインが褒めてやるとユミナは嬉しそうに目を細めた。
年相応の少女のようにあどけない姿に、カインも和やかな気持ちになり自然と笑みが漏れた。
「全部折るつもりか?」
薄紙の量はそれなりにある。一枚一枚折っていては、結構な時間が掛かってしまうだろう。
「出来る限りですね。残ったら、あとは輪っかを繋げて飾り付けるつもりです。食事も少し豪華にしたいので、今から仕込んでいかないと」
「ふむ。よし、なら俺も祭りの準備を手伝ってやろう」
「え? 悪いですよ。というかカインさんは暇なんですか?」
「聞こえの悪い言い方をするな。と言っても祭りまでやる事はなにもないな。だから、ここで手伝いをしながらスパイ活動をさせて貰えるとありがたいのだが?」
冗談混じりに言うと、ユミナははにかんだ笑顔を向ける。
「カインさんはおかしな人ですね。普通、自分でそんなこと言わないですよ」
そう言って二人は笑い合い、カインは暫しの間孤児院で祭りの準備を手伝うことになった。
幻光巡りの間は、ガボという人の頭ほどの野菜をくり抜き、祭りの間中その中に火を灯して家の前に飾るという風習がある。
夜になると幻想的な光に溢れるゲネードであったが、祭りの間は店先だけでなく、各民家でも明かりが灯される為、より一層綺麗な街並みが出来上がる。
カインはガボの実をくり抜き、その実を女神の形に削っていく。
先日まで訓練していた『彫刻』のスキルが生きているのか、はたまたマリアンの姿を削らされていた為か、精工な造りではないにせよそれなりの形にはなった。
それを複数個準備している中、ユミナはくり抜いた実の中身を使用して、スープやサラダ、パイなどの料理をしていく。
無償で手伝わせるのは悪いとのことで、それらの料理を振る舞う代わりにカインは手伝いをすることとなっていた。
二人が作業に没頭していると、突然扉が開け放たれた。
「「ただいまー」」
元気よく発せられた声は、まだ幼さの残る高い声だった。
ぞろぞろと建物の中に入ってくる年端もいかない少年と少女たち。おそらくはユミナよりも若いだろう。
その中の少年の一人が声を上げた。
「おーすげー。今年のは気合入ってるなー」
傍らに置かれたカインの彫った女神を見て、いくつか感嘆の声が上がった。
「あー、ユミナが男連れ込んでるー」
カインの姿を見つけた少年の一人が、ませたことを口にする。
その言葉を流さずに真に受けたユミナが、鍋をかき混ぜながら動揺するように言った。
「ななな、なに言ってるんですか! カインさんはお手伝いをしてくれているだけですよ!」
「えー。なんか怪しいな」
カインの側にちょこちょことやってきた小さな女の子が、袖を引いて言った。
「ユミナの男、なの?」
この孤児院はどんな教育をしているんだと、頰を引きつらせたカインであったが、そこはユミナと違って冷静な対処をした。
「違うよ。お祭りに興味があってね。好きで手伝いをさせてもらっているんだよ」
少女の頭を撫でながら、カインが優しく説明をしてやると、少女は指を咥えながら「ふーん」と相槌を打った。
「なあ! これ兄ちゃんが彫ったのか? 俺にもやり方教えてくれよ」
「ねえユミ姉ちゃん。お腹減ったー」
「あー。イットが摘み食いしてる!」
急に騒がしくなった、孤児院の中。
そんな孤児院に、子供たちに手を引かれながら一人の女が入って来た。
腰まで伸びた栗色の髪と翡翠の様な瞳。
ミリアム教の神子。ヴィレイナだ。
ヴィレイナはカインの姿を視界に捉えると、緑色の瞳をスッと細めた。
「ここで、なにをしているのですか?」
カインの眼前までやってきて、冷たい声音で告げるヴィレイナ。
その冷めた瞳を真っ直ぐに見つめながら、カインは腰を上げると笑顔を向けた。
「見ての通り祭りの準備を手伝っているんだが?」
「聖女様の共であるあなたが? 随分と大胆な手段に出たものですね」
警戒の色を強めるヴィレイナ。
それも仕方がない。
昨日訪問して来た聖女一行の一人が、突然孤児院に上がり込み祭りの手伝いをしているのだ。
何かしらの思惑があると思う事は当然だと言える。
だから、カインは弁解する気もなく、堂々と本心を告げた。
「ヴィレイナのことが知りたくてな。昨日の取り繕った場では、お前が何を思って断りを入れたのかわからなかった。だから、それを知りたいと思ったんだ」
馴れ馴れしい言動に、ヴィレイナが眉を顰める。
「お、お姉様。カインさんは、最初からお姉様の匂いを嗅ぎ回るんだと告げられてましたよ」
ユミナの言葉に、ヴィレイナは顔を引攣らせて一歩引いた。
「ちげえよ! 俺を変態に仕立て上げようとするな!」
「え? でもお姉様は凄く良い匂いがするんですよ」
「ユミナ!」
ヴィレイナが頰を染めながらユミナを嗜める。
「あなたの思惑はわかりましたが、ここには来ないで下さい! 自分の身辺を探られるなんて不愉快です」
「なら、教えてくれればいいだろう」
「あなたに教えることなんて何もありません!」
「なら、探るしかないだろう」
「あなたは!」
ヴィレイナは、カインに食って掛かろうとして、孤児院の中が静まっていることに気が付いた。
幼い少年と少女たちが、ヴィレイナの姿をジッと目つめていたのだ。
その事に気が付いて、コホンと咳払いをしてから努めて平静を装う。
「兎に角。ここにいられては迷惑です。今日はお引き取り下さい」
「それは出来ない。俺はユミナの手料理を食べさせて貰う代わりに手伝いをしている」
キッとヴィレイナがユミナに視線を向けると、ユミナはスッと視線を逸らして気が付かない振りをした。
ヴィレイナは溜め息を吐いて言った。
「では、仕方ないですね。夕食を食べたらさっさと帰って下さい」
そんなヴィレイナの姿をカインがニヤニヤしながら見ていると、ヴィレイナの額にビキッと青筋が立った。
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