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031扱い易い小動物

 人の往来が激しい中央通り。


 露店や呼び込みの数も多く、賑やかな声がそこかしこに響き渡っている。


 そんな中、カインは隣接し合う建物と建物の間にできた細い路地の入り口に立ち、塀に背をもたれて往来する人々の様子を伺っていた。


 声を張り上げて、客引きをするガタイの良い妙齢の女性。


 値切り交渉をする商人らしき男。


 若い女にちょっかいを出す青年。


 日が昇りきった時間帯であり、数日後には幻光巡りが控えていることもあってか、街には活気が溢れていた。


 そんな街並みとは反するかのように、静かに佇んでいるカイン。


 カインはとある人物を探していた。


 昨日、神子との交渉が保留となってしまったカインたちは、宿屋にて作戦会議を執り行った。


 感触が悪かったこともあってか、マリアンが交渉を諦めアルトマイト領へ直接出向く事を主張し、カインがもう少し粘るべきだと主張した。


 話し合いは平行線を辿ったが、幻光巡りの日取りも近く、その後もう一度交渉の機会が設けられていることから、各自が交渉の材料となるものを模索するという結論に至った。


 それぞれが、独自に情報収集を行う話になった為、カインは久方振りに単独行動をすることとなった。


 酒場やギルド、露店の店主などと他愛のない会話をしながらヴィレイナの話を出すと、意外にもすんなりと情報を仕入れることができた。


 神子として街の人々に癒しをもたらすヴィレイナのことを、知らない方が珍しいだろう。


 ヴィレイナの家族は妹が一人だけ。


 両親は既に他界しているらしく、今は妹と二人で教会の裏手にある孤児院で生活を送っているらしい。


 ヴィレイナは教会にやってくる人々の治療を主な仕事としている為、教会の敷地内から外出する機会はあまり多くないようだが、妹のユミナは中央通りでよく見掛けると聞いた。


 神子の力を有していないユミナは、屋敷でメイドのような仕事に従事しているらしく、中央通りの店で買い物をする姿が目撃されている。


 であるならば、ヴィレイナについては妹からも話を聞くのがいいだろう。


 そう判断したカインは、ユミナを探す為に中央通りの一画で佇んでいるのであった。


 容姿についても問題はない。


 何故ならユミナとは、昨日の交渉の場でマリアンの容姿に見惚れすぎて粗相をしたメイドだったのだから。


 しばらくの間、カインは街の様子を眺めながら、ユミナが現れるのを待った。


 中天も過ぎた頃、カインはようやく目的の人物を見つけることが出来た。


 ヴィレイナと同じ栗色の髪。


 肩口で切り揃えられた髪が、少女がヒョコヒョコと歩く度にふわふわと揺れる。


 くりくりとした大きな瞳は、姉と同じく緑色をしていた。だが、ヴィレイナの細く鋭い瞳と違い、ユミナの瞳は無垢な輝きを有していた。


 ヴィレイナが翡翠なら、ユミナはエメラルドといったところだろうか。


 楽しそうに買い物籠を下げて歩くユミナの姿を見て、カインはどうやって声を掛けようかと悩む。


 買い物の邪魔をするのも悪い気がするし、かと言って話しかけなければ無駄骨になる。


 思案したところ、どうしても強引に声を掛ける形になってしまうので、カインはしばらくユミナの様子を観察することにした。


 ユミナは愛想良く、見知った町民と会話を交わしながら、食材を扱う店を転々とした。


 二人分の食材にしては随分と多い。


 教会などの施設では、必要な消耗品や食材は基本、取り寄せを行なっていると思ったが。


 カインは首を傾げた。


 そんなカインの疑問を他所に、ユミナは買い物籠いっぱいに食材を買い込んでいった。


 ズッシリと重たくなった買い物籠を、フラフラしながら運ぶ。

 どうやら本日の買い物は終了したらしく、ユミナは教会に向けて歩き始める。


 途中、ユミナは色とりどりの紙で折られた、造花を扱う露店で足を止めた。


 買い物籠を地に下ろし、顎に指を当てて真剣な表情で悩んでいる。


 そして、何かを決心したのか、露店の店主に造花にする前の薄い紙を色ごとに注文する。


 受け取った紙の束を脇に抱えて気合いを一つ入れると、先程まで両腕で重そうに運んでいた買い物籠を、片腕で持ち上げて歩き出した。


 流石に重たいのか、右に左にふらふらと揺れながら歩くユミナ。


 丁度いいという理由もあったのだが、一部始終を見ていたカインは危うげに歩く姿に気が気でなく、気が付けば自然と動き出していた。


 左右に揺れるユミナの身体をそっと支えて声を掛ける。


「重そうだな。教会まで運んでやろう」


 急に声をかけられてビクリと驚いたユミナは、バッと振り向き、カインの顔を見て「あっ」と声を上げた。


「えと。あの、聖女様のお付きの方ですよね?」


 マリアンのお付きと言われたことに、眉がピクリと反応するが、カインは笑顔を向けて頷いた。


「その。ありがたいのですが、流石にそれは申し訳ないです」


 やや戸惑った様子のユミナに対して、カインは自然な笑顔を向けて手を差し出す。


「気にするな。この量を一人で運ぶのは大変だろう」


「聖女様を放って置かれて大丈夫なのですか?」


「大丈夫だ。他に護衛も居るし、彼女は、審査会に出ると息巻いていたからな。男の俺が側に居ても邪魔になるだけなんだ」


「え! あの方が審査会に出られるんですか! 絶対今年の女神に選ばれますよ!」


 審査会の話をすると、やや興奮気味に食いついてくるユミナ。


「あー。良いですね。わたしもあんなに綺麗だったらなぁ。お姉様にも、出て欲しいってお願いしてるんですけど、中々頷いてくれなくて……でも、今年は聖女様が出られるなら、正解かもしれないですね」


 いいなぁ、と何やら思いを馳せるユミナは、急にハッと我に返り頰を赤らめた。


 カインはユミナから、自然な動きで買い物籠を奪い取ると、行こうと声を掛けて教会へ向かって歩き出す。


 その後を、ユミナは申し訳なさそうにしながら続いた。


「審査会が好きなのか?」


「はい。毎年楽しみにしてるんです」


「その、よく知らないんだが、審査会ってのは、何をするんだ?」


「なにと言いますか、皆さん女神に選ばれることを目指して、とってもキラキラしてて、すっごく綺麗なんですよ!」


 なるほど、とカインは相槌を打つ。


 つまりは、着飾った女性たちを見るのが楽しくて、その姿に憧れを抱いているということなのだろう。


「お姉様も審査会に出てくれれば、キラキラしたお姉様が見れるのに」


「ユミナも出てみれば良いじゃないか」


「いえ、わたしみたいなチンチクリンは、舞台を汚してしま……。どうして、わたしの名前を知っているんですか?」


 立ち止まり、ユミナはやや警戒の色を出して言った。


「そりゃあ、調べたからな」


「む。ということは、私に話し掛けて来たのも偶然ではなかったんですね」


「まあ、そうなるな。もっとも、小動物が頑張ってる姿を見てたら、思わず手が出てしまっただけだけどな」


「誰が小動物ですかー!」


 もー。と声を上げて、ユミナは可愛らしく憤りを見せる。


「俺も名乗ってなかったな。俺はカインだ。よろしくな」


 爽やかに言われ、ユミナは自分が憤慨していたことも忘れて、「あ、これはご丁寧にどうも」と、礼儀正しくお辞儀をした。


「って、そうじゃありません。お姉様の身辺を探ろうとする輩に、わたしは何も話しませんよ!」


 ふんすと鼻息を荒くするユミナを見て、カインは笑った。


「……な、なんですか」


「いや、すまない。姉想いの妹だなと思ってな」


「スパイに褒められても嬉しくありません!」


 そうか。そう言ってカインは、何事もなかったかのように歩みを再開した。


 警戒しながらも、ユミナは買い物籠を人質に取られていることに気が付き、子犬にように唸りながらカインの後に続く。


「ヴィレイナは一体、何にこだわっているんだろうな?」


 ユミナの方を見ずに投げかけられた言葉だったが、ユミナは無視するということを知らないのか、馬鹿正直に反応する。


「お姉様のことは話しませんよ!」


「別にそれでいい。今のは独り言だ」


「お姉様のことを調べに来たんじゃないんですか?」


「調べに来たんじゃなく、知りに来ただけだ。人伝に語られたところで、本人の心情なんてサッパリ分からないしな」


「……よくわかりません」


「そうか? まあ、そうだな。なら、一つわかったことがある。ヴィレイナは見た目より、ずっと優しくて良い娘なんだということがわかった」


「なんでそんなことが言い切れるんですか! いえ、お姉様は思いやりがあって、とっても優しい方であることは間違ってはいませんが」


「ユミナを見ていればわかるだろう? 世間にどんな顔をしていようと、妹に愛される姉というのは、本質的に良い奴なんだよ」


 カインの言葉に、ユミナはアウアウ言いながら、なにも言えずに俯いた。


 そんなユミナの様子が可愛くて、カインはわしゃわしゃとユミナの頭を撫でた。


「な、なにするんですか! 子供扱いしないでください!」


「いや、まだ子供だろう?」


 ぎゃあぎゃあと喚くユミナをあしらいながら、カインは楽しげに教会へと向かった。


 そして思った。


 この子は扱い易いなと。






 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇






 教会に辿り着くと、ユミナは教会へは入らず建物の裏手へと回り込んだ。


 裏口に向かうのだろうかと考え、ユミナに続くカインであったが、直ぐにその考えも否定される。


 教会の裏手には、こじんまりとした教会と同じぐらいの建物があった。


 木造の建物は、綺麗に保たれてはいるものの、本館である館と違いそれなりの年月を伺わせる。


 ユミナは木造の建物の裏手から中へと入り、カインもそれに続く。


 柔らかい木の香り。


 建物の中は、古めかしい外装とは違い、綺麗な様子が保たれていた。


「ここは?」


 買い物籠を台所の片隅に置いてカインが言った。


「孤児院です。とは言っても、住まいと仕事は与えてくれますが、私たちは保護されているわけではないですけど」


「ユミナはここに住んでいるのか?」


「そうですけど。なにか?」


「いや、ヴィレイナもここで一緒に生活しているのかなと思ってな」


「お姉様は、主に館の方で生活してます。お食事はこちらで摂りますし手伝いもしてくれますが、私なんかよりお忙しいので」


「そうか、なら孤児院は誰が取り纏めているんだ? 神官長か?」


「ハルトーマさんは、管理はされていません。こちらは基本、私とお姉様が管理してます」


「なら、実質ユミナが仕切っているってことか。小さいのに偉いな」


「そ、そんなことないです。お姉様が色々手を回してくれてるから、成り立っているんですよ。……というか先ほどからなんなんですか! 私はカインさんになにも教えないと言いましたよね」


 もう既に色々答えてくれてはいるのだが、どうやらユミナの中では何も話していないつもりらしかった。


「ヴィレイナについてはだろう? 別にユミナのことは教えてくれても良いだろう」


「む。まあ、そうですね」


 カインに言われ、何かおかしくないかと首を傾げながらも納得するユミナ。


 その様子はなんとも可愛らしい。


「代わりに俺の冒険譚も聞かせてやるから」


「聖女様に取り入って、薬草集めから脱却した話なんて聞いても面白くないです」


「決め付けるんじゃねえ! まともな話もあるわ!」


「まともなってことは、碌でもない話もたくさんあるってことですよね」


「ボケボケだったくせに、なんでそこは鋭いんだよ」


「失礼ですね! 私がいつボケボケだったというんですか!」


 最初から最後まで。


 そう思ったカインだったが、これ以上は話がこじれるので、いい加減おちょくるのをやめた。

お読み頂きありがとう御座います。

評価、ブクマしてくださいました方々にもお礼申し上げます。

誰かに読んで貰えてることが分かると、とても励みになります。

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