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030懐かしきその瞳

 まるで本物の天使のように、神々しくも美しい笑顔。

 そんな笑顔の前にはハルトーマの打算的な考えも、ちりとなって霧散してしまった。


 降参だと言わんばかりに頭を下げるハルトーマ。


「あなたのような方が、人心を掌握できない筈もありませんな」


 苦々しくも笑みを浮かべ、マリアンの申し出を了承しようとしたハルトーマを、その隣で静かに耳を傾けていたヴィレイナが制した。


「マリアン様。教会に利があることは理解できました。ですが、わたしにとってはなんの利益にもなりません」


 冷たく言い放たれた言葉。


 口元だけに笑みを漏らし、視線は睨みつけるような鋭さを持つ。


 そんな敵対心むき出しのヴィレイナに対しても、マリアンは柔らかい笑みを崩さず言った。


「こちらの教会が大きな利益を得れば、功労者であるヴィレイナ様にとっても、大きな利益となると思いますよ。ないとは思われますが、教会が利益を独占するようなことがあれば、わたくしが口添えすることもできると思います」


 そうですよね。とマリアンはハルトーマへ視線を向ける。


 ハルトーマはその視線を受けて、そんな事をするはずがないと首を振って応えた。


「マリアン様は随分と俗物的な考え方をなさるのですね。金銭が全てを解決するとでも思われているのですか?」


「こら! ヴィレイナ!」


 ハルトーマがヴィレイナを黙らせようと声を荒げるが、逆にマリアンがハルトーマを手で制して、ヴィレイナの言葉を引き出そうとした。


「金銭は物事の大部分を解決してくれます。もちろんお金で買えないものも多くあることは、わたくしも理解しているつもりですよ。ヴィレイナ様はお金には変えられない大切なものをお持ちなのですね」


「………………」


「もちろん、わたくしにもあります。是非ともヴィレイナ様が大切になさっているものをわたくしにお教え頂けないでしょうか?」


「マリアン様には、きっとわかりません」


「話して頂けなければ、わかるものもわかりませんよ」


「いいえ。あなたの様に容姿に恵まれた人には、虐げられた人の気持ちなんてわかりませんよ」


「わたくしは自分の容姿に関して謙遜は致しませんが、傷付いた多くの人々を見てきました。大怪我を負って苦しみもがく人々。大切な家族を失って、心に深い傷を負った者。己の目的の為に友を殺めて後悔に暮れる者。善意と思って起こした行動が誰かを傷付けてしまった者。そして、人とは違う見た目というだけで、蔑まれ続けた者。当事者となったわけではありませんが、その者たちと苦しみを分かち合って来た自負があります」


 強く言葉を告げた後、マリアンは視線緩めて続けた。


「全てとは言いません。ですが、ほんの少しであれば、ヴィレイナ様が憂いでいることにも理解ができると思いますよ」


 マリアンの言葉にヴィレイナは気圧される様に口籠ると、話題を反らすかのように声を荒げた。


「わたしが居なくなったら、この街の人々の治療は誰が行うんですか」


「別の神官や神子がいらっしゃいますよね?」


「治癒の魔術と癒しの魔術を同じにしないで下さい。神気を扱えない者に、癒しの魔術は扱えません。そして、この街で癒しの魔術が扱えるのは私だけなんです!」


「癒しの魔術がなくとも、平穏に暮らせている街はいくつもありますよ。ヴィレイナ様が街を離れるのは一時のことではありませんか」


「一時の間に治癒では治せない病に侵されたら? それこそ大怪我を負う人も出るかもしれません!」


「ポーションがあるでしょう? 癒しの魔術とは行かずとも、ポーションが有れば多少のことで命を落とす人はいませんよ」


「高額なポーションを無償で扱えるほど、私たちは裕福ではないんですよ!」


「それこそ投資だと思って頂きたいところです。協力頂ければ、賄える以上の利益は約束します」


「―――! あなたは!」


「そのぐらいにしろ。マリアン!」


 ヴィレイナが激昂しそうなところを、カインが割ってその場を制した。

 ハルトーマも止めに入ろうとしたが、それよりカインの方が僅かに早く、ハルトーマは開きかけた口を静かに結ぶ。


「マリアン。言い負かすのが目的じゃないだろう。協力を取り付けたい相手の感情を逆なでしてどうする」


 注意をされてさすがのマリアンもシュンとなった。

 口を尖らせて僅かに抗議しているところから、反省しているかどうかは怪しいものではあるが。


「ヴィレイナさん。うちの聖女様が言い過ぎたようだ。悪気があってのことではないんだ。許して欲しい」


 カインが頭を下げるとヴィレイナは決まりが悪そうに俯き、モゴモゴと口籠る。


「…………別に。私も言い方が悪かった、です」


「ハルトーマさんも申し訳ない。すまないがこの話は日を改めてさせてもらえないだろうか?」


 カインの提案にハルトーマは困惑しながらも了承した。

 肝心のヴィレイナが乗り気でない以上、この話自体の進行が危ぶまれる。


 代わりのいない神気を扱える神子。


 それだけに、ハルトーマも強く出ることができないのだろう。


 去り際に、カインはヴィレイナに声を掛けた。


「ヴィレイナさん。できればあなたが何を懸念しているのか。それを教えて欲しい」


「それは、先ほども言った通りです。この街で、神気を扱える神子は、私以外にいないのです」


 人を寄せ付けない、睨みつけるような瞳。

 琥珀のような緑色の瞳が僅かに揺れる。

 その瞳の中で渦巻く感情に、カインはどこか懐かしさが湧き上がるのを感じた。


「そうか。すまなかった。協力することを断ってくれてもいい。だが、もう一度だけ話せる機会を貰えるだろうか」


 カインの言葉にヴィレイナは僅かに頷いた。


 それを確認すると、カインたちは館を後にするのだった。






 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇






 帰り道。

 教会側が用意してくれた馬車の中で、マリアンが愚痴をこぼした。


「もー。なんなのあの子!」


「途中までは良かったのだけれどね。相手が悪かったわ。頑固そうだったものあの子」


「本当に! もう! カインもなんで止めたのよ!」


「言い負かしてどうするつもりだった?」


「言い負かしたら私の勝ちだったと思うけど!」


「勝ち負けの問題じゃないだろう」


「問題だよ! 言いくるめて契約さえ交わしちゃえば、こっちのものでしょう」


「嫌々やらせても仕方ないだろう?」


「嫌々でもやらせなきゃ目的も果たせないし、誰も救えないんですけど!」


「そうかもな。すまなかったな」


 そう言ってカインは窓の外へと視線を向けた。

 普段なら盛大にツッコミを入れてくるカインが、どうにも素っ気なく、マリアンは調子が崩れる。


「うーん。カインが意地悪するー」


 そう言ってマリアンはファライヤに抱きついた。そんなマリアンを愛おしげに抱き締めると、ファライヤは優しく頭を撫でる。


「おかしな子ね。いつも怒られてばっかりいるというのに」


「えー。カインの良いところは容赦なく遠慮なくツッコミを入れられるところだと思うけど」


「そうね。わかるわ」


「ツッコミのないカインなんて、炭酸の抜けたビールみたいなものだとおもうの」


「確かにね。苦いだけで美味しくないものね。私は、水気の抜けたキノコだと思うわ」


「カッチカチのやつね」


「カッチカチでカッサカサよ」


「カッサカサかあ」


 チラチラとカインに視線を向ける二人。


 当然ではあるが、その視線に気付いたカインは眉間に皺を寄せる。


「お前らな! 悪口なら俺のいないところでやれ。あとこっち見んな!」


「うーん。イマイチ切れがないなあ」


「カイン。本当にどうしたというの?」


「別に。ただ、アイツの。ヴィレイナの瞳の色が気になっただけだ」


「確かに頑固そうな視線を向けていたわね。あの子はあれね。誰も信用していないのではないかしら?」


「うーん。信用してないのもそうだけど、決意みたいなのも感じたかな? 多分あの子は時間掛けても無理だと思うよ」


「人をたぶらかす天才じゃなかったのか? お前は?」


「あのね。私は確かに世界に誇る最強の美少女だけど、容姿だけで相手に取り入ってるわけじゃないんですけど!」


「他になにがあるというんだ?」


「カインはわかってないなあ。いつ人が人に好意を寄せるのかってわかる?」


 そう言われて、カインは頰を赤らめたミリアム教の神官の事を思い出した。


「人っていうのはね。瞬間に恋をして、瞬間に好意を抱くものなのよ。言ってしまえば、一枚の絵画を見た瞬間。胸に届く歌を聴いた瞬間。はたまた、好きだと気が付いた瞬間に相手に好意を抱くの」


「私はそれを演出してあげることで、より多くの人から好意を向けられてるのよ」


「あー。いつもクルクル回ったりする無駄な行動もその一環か」


「無駄じゃないもん!」


 マリアンがムキになって頰を膨らませた。


 確かにその表情は、その辺の若者の一人や二人。簡単に懐柔出来るだけの破壊力があった。


 マリアンの言う通り、心に響く一瞬を演出することは無駄ではないのだろう。


 しかし、ギフトによってマリアンに魅了されない耐性を持つカインに対しては、その演出は文字通り無駄な行動なのであった。


「でも、どうするのかしら? マリアンを以ってしても容易に口説けない相手となると、再び交渉をする価値はあるのかしら?」


「さてな。だが、機会はもう一度だけある。それまでには何とか材料を見つけるさ」


「えー。わたしの百点満点の交渉で上手くいかなかったんだから、無駄骨になるとおもうけど」


「確かに上手いまとめ方だったが、百点じゃないだろう。良いところ七十点だ」


「なんでよ」


「お前な。お前のやり方じゃ、エラー教の聖女になるのが確定するだろうが! 俺はまだ、お前を聖女にするか決めてないんだよ」


「……あ」


 忘れていたかのようにマリアンが声を漏らし、テヘペロして誤魔化す様子を見て、カインは呆れ顔で溜め息を漏らしたのだった。

お読み頂きありがとう御座います。

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