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028ゲネードの街

 ベンズマスト領西部に位置するゲネードの街。

 街を中心にそれほど高くはない石壁がぐるりと囲み、石壁の外には農地が広がっている。


 何処にでもあるありふれた街並み。

 だが、この街には一つの特徴があった。


 街の北側に広がる大森林。

 この森の中では、リンシアという植物から樹油を多く含んだ実が取れる。

 無味無臭のリンシアの実だが、その実から採取される油は、香料の色合いや香りがよく染み込む。

 これによって、色と香りのある油が人々の生活に広がっている。

 様々な色合いの火を灯すキャンドル。香り豊かな石鹸やシャンプー。特に人気があるのがリンスである。


 リンシアの実を使った交易は、この街では欠かせないものとなっていた。


 街の各所では、ポツリポツリと街灯に火が灯り。

 夜店が開かれるとそれぞれが好きな色の火を付け、ランプを店前に飾り付ける。


 様々な色合いの明かりが灯り、日が落ちたゲネードの街は幻想的な雰囲気を醸し出していた。


「わー、すっごい綺麗!」


 色とりどりの灯火を見て、マリアンが感嘆の声を上げた。


 人目につかぬよう、フードを深く被っているマリアンであったが、愛らしい声音と仕草が漏れ出し、顔を見せずとも道行く人の視線を集めて行く。


「あまりはしゃぎすぎるなよ」


 カインの言葉にうんうんと頷きながらも、マリアンはクルクルと回りながら楽しい気持ちを表現した。


 コルネリア領を発ってから十六日目の夕方。

 二週間以上の旅路を経て、カインたちはようやくベンズマスト領、ゲネードの街へと到着した。


 十二日間を商隊に同乗して過ごし、ダイアスの街から、護衛の依頼を受けながら四日間の行程を進み。ようやく街へと至ることができたのだ。


 予定通りの日数ではあったものの、その旅程は一同にとって苦難の旅路となった。


 ファライヤにより、スキル取得に向けて様々な課題が与えられ、休む間も無く作業に没頭する日々は楽しいものではない。


 だが、その甲斐あってか、ファライヤから合格をもぎ取ったモノも少なくはない。


 『裁縫』、『彫刻』、『毒耐性』、『麻痺耐性』、『暗視』、『聞き耳』、『忍び足』、『精霊学』、『妖精知識』、『魔学』、『魔力耐性』、『落下耐性』、『睡眠耐性』、『打撃耐性』、『斬撃耐性』、『盾術』、『棒術』。


 既に取得していたであろうものや、個人差のあるものを除いて計十七種。見積もり上では後八種でスキルレベル百に到達する予定となる。

 スキルレベル百に到達してしまえば、今まで以上に効率よくスキルを獲得でき、ステータスの伸びも格段に上がるのだろう。


 そうなれば、ファライヤのしごきも多少は楽なものとなるだろう。


 カインはこの数日間にファライヤから受けた仕打ちを、辟易しながら思い浮かべた。


 裁縫や彫刻、学術系スキルの為の学習はまだ良かった。


 辛かったのは、戦闘系スキルの取得と耐性系スキルの取得である。


 毒耐性を付ける為に何度も毒を飲まされ、魔力耐性のためだと言われ魔術の的となり、落下耐性のために高所から突き落とされた。


 睡眠耐性のために眠ることを許されず、打撃耐性や斬撃耐性においては本当に死ぬかと思うほどの仕打ちを受けた。


 疲弊した体に鞭を打って夜狩りに駆り出されることなど、まだ優しさに溢れていたと言えよう。


 スキル取得と並行して、魔法の訓練も行なっていた。


 アーマードとジェドも訓練の許可が降りたところではあるが、今現在、先行して訓練を開始したカインとミーアでも大した成果は上がっていない。


 唯一カインが出来るようになったことは、元々間違った方法で扱っていた魔術に正しい知識を加えて行使した『半魔法』のみである。


 魔法どころか、ファライヤから教わった六つの身体強化の内、三つしかまともに扱えていない。


 術式を繋げて発動させるファライヤ式身体強化は、術式だけを覚えれば容易に使用できるものではなく、それなりの慣れと技量を必要としたのだ。


 こればかりは、スキルと違って抜け道があるわけではない。地道に覚えて行く他ないのである。


 そんなこんなで、多少の前進はあったものの、自身の能力が向上したということに、未だ実感が得られない状況でもあった。


 さて、そんな日々を送っていたカインたちであったが、本日は久方ぶりの休日である。


 休日とは言っても、日中はまだゲネードへ向かう馬車の中であり、街へ到着して早々に神子との面会の手続きを行なっていた為、実質自由になった時間は、陽も落ちたこの時間帯となってしまったわけではあるが。


 エラー教の聖女であることを前面に押し出したお陰か、神子との面会は直ぐにでも行われることとなった。翌日には、ミリアム教会へと出向き、本来の目的である交渉を行わなくてはいけないため、あまりハメを外し過ぎることもできない。


 だが、それでも、久方ぶりに訓練もなくのんびりとできるのは有難いことだった。


 魔力切れを起こしているわけでもなく、幻想的な街並みも相まってか、カインの気持ちも心なしか昂ぶっているようであった。


「ねえ、カイン。わたし欲しい物があるの」


 マリアンが強請るように言った。


「わかってる。ちゃんと買いに行くつもりだから安心しろ」


 普段なら調子に乗るなと一蹴して終わるのだが、マリアンが欲しい物に心当たりがあったカインは、諦めた様子で言った。


 ゲネードの街で作られる洗剤は女性からの人気が非常に高い。


 鮮やかな見た目も要因一つではあるが、それよりも香りの良さが他領の物と違う。


 体や髪を洗えば、柔らかく微かに甘い匂いが身を包み、嫌味にならないその香りは男性、女性共に受けが良い。


 香水のようにきつめの香りが付くこともなく、鼻に付かない自然な香りが身を包むとあっては、欲しがらない女性などいないだろう。


 人一倍美しさ、可愛らしさに拘りが強いマリアンが、欲しがらないわけもない。ましてや、翌日には聖女としてミリアム教に赴くことになるのである。

 身嗜みに気を配ることは、交渉を有利に運ぶ為にも必要なことだといえる。


 カインにとっても有益となる物を買い与えない理由はないだろう。


 そろそろ、雑貨を扱う店は店を閉め始める時間帯である。

 カインはマリアンを連れ立って、足早に歩を進めるのであった。




 カランと扉の裏に取り付けられた鐘が鳴った。


「あ、お帰りなさいませ」


 受付で帳簿に記入をしていた女性が、カインとマリアンを視界に捉えると柔らかな表情で挨拶をしてきた。


「皆さまお揃いになっております。お荷物はこちらでお預かり致しましょうか?」


「いや、大丈夫だ」


 カインが一言告げると女性は恭しく頭を下げた。


 カインたちがとった宿は『祈星館』という、そこそこ高級な宿であった。

 ボルトで泊まった『白羊亭』よりは数段質が下がるものの、対応の柔らかさや、手入れの行き届いた館内の様子には目を見張るものがある。


 広い館内を女性に案内され、個別に設けられた食卓へやって来ると、やや赤みの差した表情でファライヤが視線を向けた。


「遅かったわね」


「コイツが早く決めれば、こんなに時間は掛からなかった」


 そう言ってカインは、ヒョコヒョコと付いて歩いていたマリアンを指差した。

 肩から下げた鞄を大事そうに抱えたマリアンの表情は、これ以上ないぐらい満足気でホクホク顔である。


 宿屋の女性がお辞儀をして退室すると、カインとマリアンは丸テーブルを挟んで、ファライヤの対面へと腰掛ける。


 既に晩酌を始めていたらしく、ファライヤは手に持った杯を煽ると声を発する。


「女性の買い物はそれなりに時間が掛かるものよ」


「理解はしているが、目の当たりにすると文句の一つも言いたくなる」


「そんなことではモテないわよ」


「モテる必要はない」


「アホね。モテない英雄とか恥ずかしくて世間に顔向けできないわよ」


「気遣いでモテる英雄とか聞いたことねえよ!」


「まあ、確かに多少強引な方が、私の好みではあるけれど」


 お前の好みに合わせるつもりもないんだがな。

 そう思いながらも、カインは疲れた表情で言い返すのをやめた。


「マリアン。何を買って来たのかしら?」


 ファライヤの問いかけに、マリアンが楽しそうに鞄の中身を取り出すと、一つ一つテーブルの上に並べた。


「えーっとね。アクアの香りがする石鹸でしょ。ブルーモネの香りがするシャンプーとリンスでしょ。あと、化粧水とグロス。日焼け止めも買ってもらったの」


「化粧品はそれだけ? 聖女として出向くのだから、もう少し準備しても良いのではないかしら?」


「うーん。そう思ったんだけど、カインが、お前はまつ毛も長いし、肌の色も綺麗だし、眉も細くて、唇も瑞々しいから、化粧する必要ないって言うの」


「ベタ褒めね」


「そうなの。だから、化粧品じゃなくて、肌の手入れをするものを買えって」


「意外にも冷静なことに驚きね」


「お前はさっきから喧嘩を売っているのか?」


 カインの言葉にファライヤは愉快そうな笑みで応えた。


「石鹸の香りとシャンプーとリンスの組み合わせに悩んじゃったんだけど、悪くないとおもうの。ファライヤ、あとで洗いっこしようね」


 ファライヤが優しい表情で頷く。


「ミーアもね」


 急に話題を振られ、ピクリと反応したミーアだったが、咄嗟に言葉が出なかったのか、恥ずかしそうに頰を染めてコクコクと頷いて応えた。


「カインも一緒にする?」


 マリアンの問いに、ビクっと反応するミーア。唇を舐めてニマニマするファライヤ。怒気を放つアーマード。我関せずのジェド。


 そんな一同を尻目にニコリと笑うマリアンに対して、カインはため息を吐いた。


「わざわざ聞くな。答えるまでもなく決まっているだろう」


「じゃあ、するってことで」


「しないって意味だよ!」

読んで頂きありがとう御座います。

章管理を「第一話」→「第一章」に変更しました。自分では一話目的な感じで書いてましたが、わかり難いかなと思いまして……。

あと序章の第一話を割り込み投稿で追加しています。

それに伴い、二話目の内容も改稿しました。内容は変わってないと思います。たぶん。

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