027緑と黄色の小瓶
「マリアン! 審査会には出ても良いが、それまでちゃんと良い子にしていたらだ!」
「お父さん!?」
「誰がお父さんだ! そうやってふざけてるなら許可しないぞ!」
「えー。一度許可を出したものを取り下げるとか、男らしくないんですけど」
「許可を得たら何をしても覆らないと思ってる、お前の思考に驚きを隠せねーよ」
二人が言い合いを繰り広げていると、執り成すようにファライヤが割って入った。
「まあ、良いじゃない。マリアンも嬉しいのはわかるけれど、カインを怒らせるようなことをしちゃダメよ」
はーい。と、ファライヤの言葉には素直に従うマリアン。
何故、所有者よりもファライヤの言うことを聞くのか。マリアンに対しては、もっと所有権を行使してしっかりと教育しても良いのではないか。
そう考えていたカインの思考を遮るように、ファライヤが再び言葉を発する。
「幻光巡りに関してのお話はこの辺にして、そろそろ本題を話しても良いかしら?」
ファライヤの言葉になんとも嫌な感覚がした。
「まだ、何かあるのか?」
カインが恐る恐る問いかけると、ファライヤはニヤリと口元を歪め、胸元から小瓶を二つ取り出した。
どうぞと渡されて、カインは思わず受け取ってしまう。
みれば小瓶の中に満たされた液体は、緑色と黄色の毒々しい色合いをしている。
カインが嫌そうに顔を歪めてファライヤを見ると、ファライヤはいつものニマ顔のまま言った。
「飲みなさい」
「ばっか! こんな毒々しいもの飲めるか! なんだこれは!」
「見たまんま毒だけれど? 皆の分もあるわよ」
そう言ってファライヤは懐から人数分の小瓶を取り出した。
我関せずだった面々の顔が引き攣る。
「おかわりもあるから、遠慮しないで頂戴」
ふざけた台詞を吐きながら、ファライヤが一同に小瓶を手渡して行く。
強引に渡された二つの小瓶を交互に見つめ、誰もがその場で沈黙した。
「あら? どうしたのかしら? 早く飲みなさい」
「まず、説明が足りねえ! 毒を渡されて、はいそうですかって素直に飲む奴なんていないだろうが!」
カインの言葉に、アーマード、ジェド、ミーアの三名はコクコクと首を振った。
「その毒は、先日倒したツーヘッド・マムから精製したものよ。緑色の方が毒で黄色い方が麻痺毒よ」
これで良いかしら? とファライヤが首を傾げる。
「そうじゃねえ! 毒の説明されても飲む理由にはならねえだろうが!」
やれやれとファライヤはため息を吐いた。
「少しは想像力を働かせて頂戴。私たちはこの数日間なんの訓練をしているのかしら?」
「そりゃ、魔法とスキルの取得についてだが……」
まさか、とカインは眉を顰めた。
これもスキルの取得に関係するものなのか?
いや、実のところわかってはいた。この数日間を思えば、これがスキルの取得に関係することだということは容易に想像が付く。
ファライヤがいくら危険な存在であるとしても、あっけらかんとこの場の全員を毒殺などしないだろう。
毒殺などという回りくどいことをしなくても、それを出来るほどの実力を有しているのだから。
しかし、わかっていながらも、容易に認めたくないこともある。
通常の精神状態で毒を口にするなど、流石に抵抗があるのだ。
「……なんのスキルが取得できるのだ?」
アーマードが厳しい表情で言った。
「耐性系スキル。『毒耐性』と『麻痺耐性』よ。下手な毒を使用すると障害が残ってしまったり、免疫が低下する恐れもあるから、丁度良いものが手に入って良かったわ」
「……この毒は大丈夫なのだな?」
そう言われ、ファライヤは口元に指を添えて思案すると、チラリとマリアンの方へと視線を向けた。
その視線でファライヤが何を言いたいのか察したマリアンが、軽い調子で口を開いた。
「大丈夫だよ。お兄ちゃん」
無垢な笑顔を向けられて、アーマードの警戒心はあっさりと決壊した。
アーマードの心はマリアンに対して、ザルのような免疫力しかない。
巷で騒がれるその防御力も、この愛らしい少女の前では発揮しない。正に張りぼてとも言える。
張りぼての要塞アーマード。
アーマードはマリアンに笑顔を向けられると、目を見開いて手にした小瓶二つを一息に煽った。
飲み干し空の小瓶を地に打ち付けると、厳しい表情のまま腕を組んで仁王立ちになった。
沈黙する一同。
カインが恐る恐るアーマードへ近付き、肩に手を置いて言った。
「おい。大丈夫なのか?」
だが、カインの問いにアーマードは答えなかった。
眉を顰め、おい、と再び声を掛けてカインがアーマードの顔を覗き込む。
すると。
アーマードは白目を向いて気絶していた。
「アーマードぉおおおおお!」
カインの叫びが周囲へと木霊した。
カインは悪びれる様子もない、ファライヤとマリアンをキッと睨み付ける。
「安全なんじゃないのか!」
「二つ同時に、それも一息に煽ったら、そりゃ気絶もするでしょう」
「だから、説明が足りねえんだよ!」
「命に別状はないわ。いいからあなた達も飲みなさい。早く飲まないと、強制的に口にさせるわよ」
にじり寄るファライヤに対して、カインは一歩また一歩と後退した。
「ツーヘッド・マムの毒性は、体を破壊するものではなく、機能を弱めるものよ。抵抗力が弱まった状態で麻痺毒を受ければ、その効果は跳ね上がる。麻痺毒に関しては、受け過ぎれば心臓まで止まる可能性があるので注意が必要よ」
「そんな危ない物を渡してきたのか」
「適量しか渡してないに決まっているでしょう。アーマードのようなアホがいることも考慮して、効果は調整してあるわ」
尚も歩み寄るファライヤとの距離を保つようにカインが後退して行くと、ファライヤは溜息を吐いた。
警戒心を緩めないカインに、やれやれと頭を振って呆れ顔を向ける。
次の瞬間。
カインの眼前からファライヤの姿が消えた。
ぎょっとして、カインはその場から離脱するように身体を捻り、地を転がりながら回避行動をとる。
体勢を立て直して、視線を前へと向けるが、視界の中にファライヤの姿はない。
何処へ消えた?
そう疑問を浮かべていると、背後から伸びた腕が、カインの首をガッチリと押さえつけた。
背後から抱き付かれるように拘束されたカイン。
押し付けられる柔かな感触は心地良いが、力強く抑え込まれ身動きが取れない。
そんなカインに対して、力を緩めずにファライヤが言った。
「このまま、口移しで一気に飲まされるか、それとも自発的に飲むか選びなさい」
「ぐ、横暴だぞ!」
「煮え切らないあなたがいけないのでしょう?」
「飲まない選択枠を与えられてないのだが!」
「アホね。最初からそんな選択はできないに決まっているでしょう」
「だから横暴だって言ってんだよ!」
話を引き延ばしながらカインは力を込めて抵抗するが、ファライヤはビクともせず、拘束を緩めることもできなかった。
馬鹿力が。
そう思い。カインは奥の手を使うことを決める。
スキルの取得に対して理解はできているが、いいように扱われて大人しくできるほど諦めの良い性格ではなかった。
意識を深く潜り込ませ、肉体を巡る力の本流を探す。
ファライヤに教えられた技術。魔法を扱う為に必要な工程。
内に秘められた力の源を感じ取ることはまだ出来ない。
しかし、巡る魔力を術式へと置き換えることはできる。
培ってきた身体強化の魔術。そして、正しい手順を理解し、その上で誤った技術を用いて行使する。
筆跡で術式を編むのではない。魔力そのものを術式へと変換する。
魔術とは呼べず、魔法にも至らない半端で燃費の悪い技術。
だが、その術は並みの身体強化を上回る効果を引き出した。
半魔法。そう名付けた現在のカインの切り札。
その術式を行使し、カインはファライヤの腕を強引に引き剥がした。
あらあら。と楽しそうに笑みを向けるファライヤ。
カインには、ファライヤの見せる余裕を浮かべた表情など気にしている暇などない。
半魔法は非常に燃費が悪く、カインの魔力量では効果を維持できる時間がとても短い。
時間にして約二分。
それも魔力量が全快している状態でだ。
今の残り魔力量では、十五秒も保てば良い方である。
その僅かな時間を使って、カインはファライヤに一矢報いようとした。
距離を取ろうとしたファライヤに追従して、拳を振るう。しかし、その拳をファライヤは難なく躱していく。
ファライヤが魔法を使っている様子は見られない。
であれば、ファライヤは己の技術だけで格段に強化されたカインの攻撃をいなしているのだ。
ステータスの高さもあるのだろう。
しかし、そうだとしても洗練された技量の高さは、認めざるを得ない。
十五秒。
その時間をファライヤは反撃することなく、カインの攻撃を躱し続けて凌ぎ切った。
この数日間で何度も立ち合いを行い、その動きに慣れつつあると思っていたカインであったが、まさか半魔法を使用した状態でここまで鮮やかに躱し切られるとは思いもしなかった。
カインはゼイゼイと息を切らして、悔しそうに膝をついた。
そんなカインを見て、ファライヤは胸元を弄り、審査会用のプレートを取り出す。
三十点。
おちょくられたように提示された点数を見て、カインが眉間に深く皺を刻んだ。
「その技をあまり使い過ぎない方が良いわよ。変な癖が付くと魔法へ至らない可能性も出てくるわ」
ファライヤはプレートを懐に仕舞いながらカインへと歩み寄ると、助言を伝えながらカインの頰を鷲掴みにした。
そして、その怪力をもってカインの顔を強制的に上へと向けると、口の中に小瓶を押し込んできた。
抵抗することも出来ず、ゆっくりと小瓶の中身を飲み込まされていくカイン。
二つ目の小瓶が空になるまで続けられると、ファライヤはようやく手を離しカインを解放した。
「……て、てめぇ」
文句を言おうと立ち上がったカインだったが、その膝が突然沈んだ。
地に倒れ込み、状態を起こそうとしても体が痺れて力が入らない。
カインは何の抵抗も出来ず、そのままガクリと地面に突っ伏した。
「………………」
満足そうに微笑むファライヤの姿。そのやり取りをミーアは口を開けてポカンと眺めていた。
しかし、不意にファライヤがクルリと振り向き、ジェドとミーアを視界に捉えると我に返った。
猛禽類のような獰猛な瞳に、ミーアがヒッと小さく悲鳴を上げる。
あわわわするミーアが助けを求めようと、ジェドに視線を向けるとジェドは何故か胡座をかいて地面に座り込んでいた。
え? と思い。ミーアがジェドの様子を観察すると。
ジェドは、胡座をかいた体制で酒でも飲むかのように、チビチビと小瓶を煽っていた。
裏切り者ー!
別に裏切ったわけではないが、ミーアは心の中でジェドに対して悪態をついた。
すると、ポンとミーアの肩に手が置かれた。
あ! と思い。ミーアの顔から血の気が引いていった。
ギギギ、と機械が軋むような音がしそうな動きで、ミーアが振り向くと。
そこには悪魔がいた。
ひぅ、と可愛らしい悲鳴を上げたミーアをガッチリと掴み、ニコリと微笑むファライヤ。
その笑顔に顔を引攣らせ、ミーアは助かる術は残されていないことを悟った。
数十分後。
ようやく麻痺が抜けてきたカインが顔を上げた。
そこには楽しそうに夕食の準備をしているマリアンとファライヤの姿。胡坐を掻いて項垂れているアーマードとジェド。そして、膝を抱えてどんよりとしたミーアの姿があった。
カインは地に倒れ込んでいたものの、意識がなかったわけではない。
故にカインが毒を飲まされて倒れ込んでいた間になにがあったのかは、それなりに把握している。
チビチビと煽っていたジェドは、他の面々よりも毒の効果が少なく、比較的早い段階で回復していた。
一息に煽って気絶したアーマードであったが、元々それなりの耐性があったのか、割と早い段階で意識を取り戻した。
しかし、全く耐性がなかったのがミーアだ。
ミーアは脅されながら毒を煽った直後、ひゅうひゅうと荒い呼吸を繰り返し、青白い顔をして地面に倒れ込んだ。
どうやら呼吸器系に麻痺が及び、酸欠状態に陥っていた様子であった。
流石のファライヤもこれはいけないと思ったのか、しっかりと用意していた解毒剤をミーアに飲ませ症状を落ち付かせたのだ。
だが、その飲ませ方にミーアは大きなショックを受け、落ち込んでいるのであった。
全身が麻痺している状態で、ミーアは解毒剤を嚥下することが出来なかった為、ファライヤが口移しで飲ませるという行動に出たのだ。
状況的に仕方がないことだということは理解できていた。
しかし、何の抵抗もできぬまま強引に奪われた初めてに、そのショックは隠しきれなかったようだ。
症状が弱まると、ミーアは地面に手を付いて、死んだ魚のような瞳で虚空を眺めていたのであった。
カインが起き上がり、憐れむような眼でミーアを見ながらファライヤの下へとやって来た。
「痺れは抜けて来たかしら?」
そう問われ、カインは自分の状態を確認する。
気怠さは残っているものの、痺れる箇所はなくなっていた。
文句の一つでも言いたげな表情で、カインは問題ないと頷く。
「そう。では、二本目にいきましょうか」
容赦のないファライヤの言葉にカインは耳を疑った。
「お前は馬鹿なのか?」
「馬鹿はあなたでしょう。耐性が付いたか確認するのに一本で終わるわけがないでしょう」
そう言われてカインは言葉を詰まらせた。
確かにその通りである。
一本目の毒の効果時間と二本目の効果時間を比較しなくては、毒に対しての耐性が付いたかどうかを確認することはできない。
だが、それをこの状態で直ぐに行う必要性が果たしてあるのだろうか?
そう考えているとファライヤがニコリと笑う。
「嫌なことは早めに終わらせた方がいいでしょう?」
どの道、再び毒を飲まされることになるのであれば、確かに今の内に終わらせておく方がいい。
ファライヤの言葉に反論はなかったが、カインたちはどんよりと沈んだ気持ちになるのであった。
次話、月曜日を予定してますが、一話ラストまで書き上げてから投稿するか悩んでいます。
投稿しなかった場合は活動報告で詳細を報告します。
読んで頂き、ありがとう御座います。




