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026女神を決める審査会

 ベンズマスト領に入領してから二日目。全体の行程では十日目にあたる夕方の出来事である。


 カインたちが恒例となりつつあった夜狩りの準備をしていると、ファライヤがそれを制した。


「この辺りは森も薄いから、今日の狩りは中止にしましょう」


 不穏な空気を漂わせながら、ニマニマと笑うファライヤの様子にカインたちは警戒の色を強めた。


 この数日間、何かにつけてスキルの取得をさせようとするファライヤの指示は、容赦のないものが多かった。


 限界まで酷使させようとする方針は緩まず、日を増すごとに酷くなるほどである。


 そんな彼女が、多少森が薄くなった程度で一同に休息を与える筈もない。


 絶対に何か良からぬことを考えている。


 その場の全員が仲良くその結論に至った。


「そんなに警戒しなくても良いと思うのだけれど」


いつものニマ顔は引っ込め、憂いをはらんだ表情で悲しげに目を伏せるファライヤ。


 その表情は、ハッと息を飲むほど美しく、捉えどころのない影のある姿が、ファライヤの妖艶な魅力を一層引き立てた。


 だが、通常であればそれなりに男を釣れる表情であったものの、カインたち一行には何も響いていなかった。


 襟元の長い服で口元を隠し、影のようにひっそりとした男。ジェドは相変わらずの無表情で、つまらないものを見るような視線を向けている。


 マリアン一筋である鉄壁の男。アーマードのガードも非常に硬い。厳しい顔を岩のように固めて表情を動かす素振りはない。


 そして、世界で一番自分のことが可愛いと思っているマリアンは、当然のことながら冷静である。

 だが、普段のおちゃらけた様子はなく、その瞳はやや真剣なものだった。


 マリアンは徐に、肩にかけた鞄をガサゴソと漁ると、一枚の札を取り出した。


―――七十点。


 マリアンがかざすように取り出したそれは、金属で加工された円状のプレートに七十という数字が刻まれていた。プレートには手に持ち易いように棒が取り付けられている。


 あら? 厳しいのね。そう瞳で語ったファライヤに対して、マリアンはチッチッチと指を立てると、肩に掛けた鞄を勢いよく肩から外した。


 投げるように外された鞄。


 その勢いで右腕を空に伸ばし、天を仰ぐような格好になるマリアン。


 銀色の長い髪がキラキラと空へと舞った。


 やがて、降り注ぐように銀色の髪が踊り、乱れる髪の隙間からマリアンが妖艶な瞳を覗かせた。


 碧い瞳を薄っすらと細めると、長い睫毛がよく映える。


 掲げた手を眼前を滑らすようになぞると、手首を返して腰に添え、見下すように顎を上げる。


 ファサッと髪が降ろされると同時に口元に微笑を浮かべるその姿は、見る者が見ればそれなりに様にはなっていた。


 アーマードがブホッと吹き出し、ジェドがほんのり頬を染め、ファライヤにジト目を向けていたミーアでさえ、おぅふ、と変な声を上げてしまう程には魅力的である。


 いつも余裕たっぷりのファライヤでさえ、真剣な眼差しでマリアンを見ていた。


 スッとファライヤが眼光を弛緩させると、胸元を弄り始めた。


 そして、胸元の皮袋から取り出したのは、先ほどマリアンが掲げたプレートと同様のものだった。


 しかし、そのプレートはマリアンが取り出した物と僅かに異なり、円状のプレートには九十と数字が描かれていた。


 その数字を見てマリアンの表情が強張り、キッとファライヤを睨み付けた。


「えー。今のは百点だったと思うけど」


「甘いわねマリアン。あなたの容姿で大人の魅力を引き出そうとするのは無理があるわ。儚げな少女を演出していたら、私も百点を付けてしまうところだったでしょうね」


 カインは二人のやり取りにジト目を向けて呆れていた。


 仲が良いことは何よりだが、何故突然遊び始めるのか。ついでにそのプレートはどこで手に入れたのか。


 そんな疑問も湧いてきたが、流石のカインも学習している。アホな二人に付き合っても結局は疲れるだけである。


 そんな連れない様子で、カインは二人を無視するのだった。


「さーて。飯の準備でもするかな」


「えー。ノリが悪いんですけど」


 カインの態度にマリアンが口を尖らせてブーたれた。


「商隊長さんに昨晩貰ったのよ。マリアンが使いたいというものだから遊び方を模索していたの」


 聞いてもいない説明をファライヤが始めた。

 ふーんと相づちを打って、竃を組み始めるカインにファライヤがジワジワと距離を詰めて言った。


「近々、幻光巡りというお祭りがあるのだけれど。そこで行われる審査会に使用するプレートらしいのよ」


「それを俺に説明してなんて返して欲しいんだよ。かまってちゃんかお前は! つか近い! 少し離れろ」


 眼前にまで迫って来たファライヤの肩を掴んで引き剥がす。


 しかし、ファライヤはググッとカを込めて、抵抗するようにカインとの距離を保った。


「幻光巡りは、七日後にリーンバネルの街から始まって、十日後にはゲネードに到着するらしいのよ」


「ぐ、だからなんだと言うんだ」


「普段からみな頑張っているわ。たまの一日、羽を伸ばすのも悪くはないと思うのだけれど」


 どうやらファライヤは祭りに興味があるらしく、遠回しにそれに参加したいと言っているようであった。


 予定では、ゲネードに到着するのが六日後。そこから神子との交渉を行うことを考えれば、祭りを見て回る時間も取ることは可能かもしれない。


「……わかった。状況次第だが、参加してくればいい」


 カインがそう言うと、ファライヤはようやく離れ、満足そうに頷く。


「ありがとう。では、私はマリアンと審査会に参加してくるわね」


 まるでついでのようにサラッと述べられた言葉。

 その言葉にカインの眉がヒクつく。


「待て、審査会とはなんだ?」


「あら。知らないのかしら? 幻光巡りは、各街でその年の女神を立てて、街と街との縁を紡ぐお祭りよ。その女神を選ぶのが審査会よ」


 ファライヤの説明に何処かソワソワした様子のマリアンが、カインの視界の端に映った。


 その様子でカインは、ファライヤが何をしたいのかをようやく察することが出来た。


 つまり、ファライヤは審査会に参加したいマリアンの為に、わざわざこんな茶番劇を演出しているのである。


 ただ単にお願いしただけでは、ノーと答えられるのが目に見えている。だから、色々と煙に巻いて言質を取ろうとしているわけなのだが。


 こんなことをしたところで、当然カインの答えはノーである。


 ベンズマスト領に来てまで、わざわざ目立つような真似をする必要性もない。

 寧ろ、自分から目立ちに行く方が、後々面倒事を抱える原因となり兼ねないのである。


「ダメだ」


 故にカインの答えは決まっていた。


「幻光巡りはそれなりに由緒正しいお祭りよ。街の象徴となる女神に選ばれれば、その街で協力を取り付けるのも容易になってくる。神子を引き込む為の良い材料になると思うのだけれど?」


「そんなことをしなくても、協力を取り付けることはできるかもしれないだろう。自分からわざわざ目立つような真似をする必要性が見えないのだが」


「相手の神子はミリアム教徒よ。エラー教の聖女として肩書きを利用すると、後々エラー教に付け入る隙を与えてしまうかもしれないでしょう。それであれば、街の象徴となって自分たちで協力を取り付ける理由を整えてあげた方が、今後動き易くなると思うのだけれど」


「もっともな理由を付けているが、お前はマリアンを審査会に出したいだけだろう。少しマリアンに甘すぎるぞ」


「マリアンにお願いされたのも事実だけれど、それだけが理由ではないわ。カイン。あなたは衆目を集めることを避けたいようだけれど、英雄となる男がそんなことでいいのかしら?」


「良いもなにも訓練も半ばで、目立ちに行く理由はないと思うが?」


「アホね。衆目は集めようと思っても、認知されるのにそれなりの時間を要するのよ。いつ終わるとも知れない鍛錬の成果を気にして、戦場に赴く事を躊躇う冒険者はいないでしょう?」


 そう言われると、カインとしても思うところがないわけではない。

 名声は偉業を成していけば自然と付いてくるものでもない。

 名も無き集団が、コソコソと人助けをしていたところで、その名が広まるのは助けた人物の周囲だけで留まってしまう。


 だが、組織として名を馳せていると少々勝手が違ってくる。


 有名になればなるほど、その動向は注視され、細やかな行動も噂となって流れ易くなるからだ。


 今、カインたちが行おうとしていることもそうである。

 名も知られていないマリアンズ一行が、キリエ村の呪いを解く事に注力したところで、その功績を称える者はせいぜいがデバイスレインの面々かキリエ村の人々だけであろう。


 しかし、絶世の美女を連れたマリアンズという集団に注目が集まれば、その組織がなにを目的としているのか。どのような集団なのかを知り得る為、その行動が巷で囁かれることとなる。


 そして、その行動が正しいものであるならば、功績を称える者達も自然と増えるのだろう。


 であるならば、当面は衆目を集める為に、マリアンを前面に押し出すという手も、全く無しというわけではなくなってくる。


 カインは渋い顔をしてファライヤを見た。

 ニマニマと笑うその顔は、人を小馬鹿にしているようで腹が立つ。


「カインは自分が一定以上の力を付けてからでないと、行動に移したくないようだけれど、それではいけないわ。もう、あなたの物語は始まっているのだから。前にも言ったけれど、力を付けるまでは私たちを利用しなさい。この組織には剣も盾も既に揃っているのよ」


 ファライヤがチラリとアーマードの方へ視線を向けた。


 確かにファライヤの言う通りでもあった。

 マリアンズには既に、Aクラスの冒険者であるアーマードとそれを上回る実力を有したファライヤがいる。


 カインやデバイスレインの面々も冒険者としてBクラスに位置する実力者である。


 現状でも、集団としてみれば、マリアンズの戦力はそれなりに高いとも言えた。


 やり過ぎるのも問題だが、正当に衆目を集めること自体は自然なことでもあるのだろう。


 だが、それでも懸念点がないわけではない。


 まず、マリアンとファライヤは自重するということを、全くと言って良いほどしない。

 この二人を自由にしておくと、どのような展開になるのかが全く予測できないのである。


 そして、そもそもの目的として、カインは人々に讃えられる英雄になりたいわけではないということだ。


 衆目を集める英雄にしたいのは、ファライヤの事情であって、カインの目的とは異なる。


 だが、人々に認知されなければ、カインの助けたい者たちの声がカインの元まで届かないという事実もある。


 カインは悩んだ末、眉間に皺を刻んで、渋々ながらもファライヤの言い分を受け入れる事にした。


 その様子を伺っていたマリアンが、カインが頷くと同時にやったー、と声を上げて喜ぶ。


 花が咲いたような笑顔。


 審査会で選ばれたわけではないが、その表情は女神と呼ぶに相応しいものである。


 呆れ顔をしながら、カインは内心でそう思い、どこか微笑ましい感情も湧いてきた。


「さすがファライヤ! ファライヤに掛かればカインなんてチョロいわね!」


 その、余計な一言を言うまでは。


 小躍りして喜ぶマリアンの傍らで、カインは額に青筋を浮かべるのであった。

次話は明後日投稿予定です。

読んで頂き、ありがとう御座います。

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