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025月夜の下で交わす言葉

 カンっと金属を打ち鳴らす軽い音が響いた。


 愉快そうに笑う声と、大声で捲し立てる声が周囲に響き合う。


「カンパーイ!」


 次々に杯を打ち付け、各々が杯に注がれたビールを煽り息を吐いた。


「くはー! 美味い。やはり冷えたビールは最高だな! 俺も氷結の魔術を覚えようかな? 旅先でも冷えたビールが飲めるのは魅力的だな」


「ばーか、そんなことのためだけに馬鹿高い魔術書を買う奴がいるかよ。買うなら実戦で役立つ物にしろよ」


 それもそうだなと笑い合う男たち。


「しかし、すげえ奴も居るもんだな。たった一人でやっちまったんだろ?」


「みたいだな。俺も先行して確認して来たけどよ。五十体はいたと思うぜ」


「はっ。世の中には化け物みたいな奴がいるんだな。で? どいつだ?」


 そう言われて、男の一人が顎をしゃくって酒場の一角を示した。


「あそこに座ってる、背の高い女らしいぜ」


 チラリと視線を這わせた先では、袖の無い和装に身を包んだ美しい顔立ちの女が、微笑を浮かべながら杯を煽っている姿があった。


「ほんとかよ! あんな綺麗な顔して腕も立つってか? 世の中不公平だな」


「同意だな。というか、その隣に座ってる不公平の塊みたいな子のせいで、それも霞んで見えるけどな」


 男たちの視線が和装の美人から、その隣で碧い瞳を輝かせている少女に移った。


「あー。マリアンちゃんって言ったっけ? まじ可愛いよなー。どっかの姫さんかな? それなら腕の立つ美人の護衛連れてんのも理解できるわ」


「姫さんが、こんな酒場で酒飲むわけねぇと思うけどな。何者なんだろうな? つか、俺もあっちに混ざりてえんだけどよ!」


「やめとけよ。さっき入領待ちの時、絡んでた奴があそこのでっかい奴に潰されてたぜ」


「あー。そういやそうだったな。あれって不落の要塞らしいな。あんなのも同行してるって、どんな事情があるんだかな」


 男たちの会話は続いた。



 ベンズマスト領にあるギネ村の酒場で、酒を酌み交わす者たちの話題を独占してる一団があった。


 美しい銀色の髪をなびかせ、碧色の瞳をキラキラとさせている絶世の美少女。


 その傍らで、ちびちびと酒を煽っている、大柄の冒険者。


 そして、銀髪の美少女を挟むように、大柄の冒険者の反対側に行儀良く腰掛け、ニマニマと笑みを漏らす和装の美人。


 今回の立役者である彼女―――ファライヤたちに話題が集まるのは至極当然のことだと言えた。


 たった一人で、ツーヘッド・マムの群れを僅か鐘一つの時間で討伐しきってしまった彼女。


 その偉業を賞賛しない者はそういない。


 不落の要塞として、過去に数々の偉業を成しとげて来たアーマードも然り。


 人目を引くことに掛けては右に出る者などいないマリアンなどは、話題の中心に上るのは日常的なことでもあった。


 人々の注目が集まる中、カイン、ミーア、ジェドの三人は大変居心地が悪かった。


 目の前に腰掛けた、商隊長である小太りの商人がファライヤの功績を仕切りに褒め称え、アーマードの武勇を自分のことのように語り始め、マリアンのことを手放しに絶賛したのだ。


 カインたち三名のことは話題にも上らず、影のように所在なく酒を煽るしかできない。


 元々影のように寡黙な男。ジェドに関しては、無視されていることにどこか安心した様子でもあったが。


「……あの、カインさん。私なんだか場違いな気がして凄く居心地が悪いんですけど」


「安心しろ。俺もそうだ」


「そうですよね。カインさんはマリアンズの団長なのに、空気みたいな扱いされて、私よりよっぽど居心地悪いですもんね」


「お前な! 息をするように自然と毒を吐くな!」


 カインがすかさず言い返すと、ミーアは何故かモジモジと身をよじらせた。


「あー。なんだかファライヤさんがカインさんに意地悪する気持ちが、少しわかったかもしれません」


 ほんのり頰を染めてミーアがニコリと笑う。


「そんなところ理解する必要はない! つか酔ってんのかよ」


 コルネリア領を抜け、ベンズマスト領へと入領した商隊一行は、一度ガゼットの街に立ち寄り物資の入れ替えと補給を行った。


 その後、ガゼットから南へ徒歩で半日ほどの距離にあるギネ村へと立ち寄り、一晩の休息を得ることとなった。


 なんでも、商隊長とギネ村の村長は古い馴染みらしく、ガゼットの街からわざわざこちらまで移動して夜を明かすほどに、二人の仲は良いようだ。


 ギネ村に到着すると同時に、今晩は酒宴を設けるから参加して欲しいと言われ、カインたちは相伴に預かることとなった。


 酒宴の席では、商隊長とギネ村の村長。そして、幾人かの商人に囲まれて食事をとることとなる。


 もっぱらの話題は、ファライヤがツーヘッド・マムの群れを討伐したことと、名高き冒険者であるアーマードの話。そして、見目麗しいマリアンの話題が中心であった。


 カインたちのことは、数合わせの背景だとでも思われているのか、当然のことながら話しを振られる気配もない。


 これが、現在のカインたちの状況であった。


 カインは疲れの所為か、元々乗り気ではなかった宴であることもあり、酒が入ってもどうにも気分が高揚してこなかった。


 断るのも角が立つと思い、やむなく参加したのだが、商隊の連中の興味は完全にマリアンたちに向いている。


 この状況であれば、自分が席を立っても問題ないだろう。


 そう考えて、カインはファライヤにマリアンを頼むと耳打ちして酒場を後にすることにした。




 外に出ると冷たい夜風が頰を撫でた。


 涼しくなって来たなと思いつつも、酒によって火照った身体には心地が良い。


 夜空に浮かんだ二つの月が、暗がりを優しく照らしてくれていた。


「んー。風が気持ちいいですね」


 肩口で切り揃えられた桃色の髪を風になびかせ、あまり大きくない胸を反らしてグッと伸びをしながらミーアが言った。


「なんだ。お前も出て来たのか」


「わたしお酒あんまり得意じゃないですし、騒がしいのもちょっと苦手なんで」


「周りの連中もなんだかギラついてて、居心地も良くなかったしな」


「そうですね。でも大丈夫なんですか?」


「何がだ?」


「目立ちたくないようなことを言ってませんでしたか?」


「そのつもりだったんだが、今更隠す方が怪しく映るしな。ファライヤの奴まで無茶苦茶しやがるから、諦めた方が気が楽になる」


「あー」


 ミーアは苦笑いをしながら、カインの言葉に納得した。


「でも、皆マリアンさんを見る目が、いやらしいを通り越して血走ってるようにみえましたけど、あれは放っておいていいんですかね?」


「いつものことだ。まあ、ファライヤとアーマードが付いてれば、大丈夫だろう」


「それもそうですね」


 そう言ってミーアは頷いた。


 カインとミーアは連れ立って、夜道を歩き出した。


 無言のまま歩き続ける二人。


 不意にミーアが言葉を発した。


「カインさんは、天秤の塔を攻略して、なんでマリアンさんを願ったんですか?」


「別に。願ったわけじゃない。天使に押し付けられただけだ」


「え? じゃあ、カインさんは別にギフトを持ってるんですか?」


「……いや、まあ。持ってないこともないが」


「曖昧ですね」


 カインは溜め息を吐いた。

 そして、天秤の塔を攻略した際、なにがあったのかをミーアに説明した。


 ミリアムの代わりに顕現した、天使メルリル。その天使に世界最強の力を願ったこと。そして渡されたのが、マリアンの所有権だったこと。

 マリアンを扱う為に、マリアンに魅了されないギフトを手にした成り行きを全て話した。


 その内容を聞いていたミーアの表情は、最初はうんうんと素直に頷いていたものの、話しが進むにつれて頰を引攣らせていった。


「あー。なんというか。ご愁傷様です。でも、結果的には願いが叶ったんですよね」


「叶ったというか、叶うかもしれないと言ったところだな」


 カインが遠くを見つめながらそう言うと、ミーアはそうですね。と言って口を噤んだ。


 二人の間に再び沈黙が訪れた。

 沈黙のまま、二人は月明かりに照らされた道をゆっくりと歩く。


「……あ、あの!」


 しばらくして、ミーアがどこか落ち着かない様子で声を発した。

 その表情は、困惑とも不安ともつかない様子で、とても言いにくそうな躊躇いがあった。


 カインはチラリとミーアを見て、無言のままミーアの言葉を待つ。


「……そ、その。すみませんでした」


「……なにがだ?」


「ペルシアの山道でのことです」


 そう言われ、カインはデバイスレインがエラー教に雇われ、カインたちを襲って来た時のことを言いたいのだと理解した。


「別に。なんとも思っちゃいない」


「それでもです。私たちを見逃してくれるばかりか、希望まで繋いでくれました。ずっと言わなくちゃって思ってたんですけど。その、機会がなくて……」


「助けると言い出したのはマリアンであって俺じゃない。感謝するならアイツにしてやればいい」


「マリアンさんにも感謝はしています。けれど、決断して行動してくれたのはカインさんです。だから、その。すみませんでした。そして……ありがとうございます」


 立ち止まり、ミーアはカインに深々と頭を下げた。


 その姿を見て、カインはどこか決まりが悪そうに、ポリポリと頰を掻いた。


「お前の謝罪と礼は確かに受け取った。だからもういい。頭を上げてくれ」


 ミーアはどこか潤んだような瞳で、ゆっくりと頭を上げる。


「カインさんは優しいですね」


「……そんなことはない」


「そんなことはありますよ。昼にファライヤさんの話を聞いた時、思ったんです。命を狙われた相手を平然と受け入れて、恨み言一つ言わずに接してくれる。器が大きい人だと思います」


「どうだかな。俺はただ、正しい理由があって行動している連中を恨みたくないだけだ。多分それは、今後、俺が正しいと思う理屈を他人に押し付けていくからだと思う」


「筋を通そうとするのは、優しい証拠だと思いますよ」


「自分を納得させる為の言い訳だろう。優しさとは違う」


「情によって動かされる心があります。それは、温かくて優しいものだから心に響くんです」


 カインは肩を竦めてため息を吐いた。


「……ったく。うちの連中は頑固な奴が多いな」


「カインさんもじゅうぶん頑固だと思いますよ」


 そう言って、二人は微かな笑いを漏らした。


「あの。カインさん。もし、わたしが道を間違えそうになったら、その時は正しい道を諭してくれますか?」


 唐突な内容にカインは僅かに顔を顰めた。


 ミーアが何を思ってその言葉を発したのかが理解出来なかったからだ。

 けれど、相手の心の内など容易く理解できるものではない。

 そう思い。カインは素直な気持ちをそのまま言葉にすることにした。


「うちで一番まともなお前が、間違えるとは思えないが……そうだな。お前の……ミーアの考えが正しくないと思った時には。俺の考えを押し付けてやるよ」


 ぶっきらぼうに告げられた言葉。


 けれど、その言葉が嬉しかったのか、ミーアは元気な声を上げる。


「はい! ありがとうございます」


 そう言って笑って見せたミーアの表情は、朝露に咲く花のように柔らかい無垢な笑顔だった。


 そんな汚れのない純真な笑顔を向けられて、カインの口元は自然と緩んでいき、優しい笑みへと変わるのであった。

次話、明後日投稿予定です。

8/15 追記 寝落ちして修正が間に合いませんでした。

次話投稿は8/16になります。

読んで頂き、ありがとう御座います。

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