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019呟きは宵の空へ

7/25 誤字修正

 宵闇に紛れて暗い表情の男が三人、野営地へとやって来た。


 眉間には皺が寄り険しい表情ではあるものの、(くま)が張ったように目元に疲労が残っている。


 疲れ切った顔付きの男たち。


 彼らは焚火の近くに腰を下ろし、ニマニマと笑みを浮かべる和装の美人の前までやってくると足を止めた。


 そして、無言のまま本日の戦果を放る。


 ドサリと音を立てて、和装の美人の前に投げ出されたのは、兎とギーナという鳥の死骸だった。


「獲物を雑に扱うものではないわ」


 袖の無い和装に身を包んだ女―――ファライヤがそう言うと、男たちは崩れるように地へと腰を下ろした。


「そうも言ってられる状態じゃない。つか、魔物が出るなんて聞いてないぞ!」


 腰を落とし項垂れる様に声を発した男―――カインはファライヤに悪態を付いた。

 カインの後ろでは、体力と筋力の塊の様な男であるアーマードですら、その巨漢を丸めて項垂れていた。その横で、あまり自己主張の多くないジェドが虚ろな瞳で星を仰いでいる。


「夜の森なら、魔物ぐらい出るでしょう」


「そんなことは知っている! お前は魔物が出るような森で夜狩りをさせたのか!」


「いいえ。この森についてはもともと知らないわ」


「知らねーのかよ!」


 カインは声を荒げた。


 ファライヤの指示によって夜狩りへと繰り出したカインたちであったが、魔物が出現するとは思ってもいなかった。


 というのも、基本的に夜の森へと踏み込む場合、その森の情報は必ず伝えられる。


 魔物が出現するだとか、気をつけなくてはならない植物や動物などとか、仲間内であれば情報の共有は半ば常識とも言えた。


 ファライヤほどの冒険者がその常識を知らないはずもなく。カインたちはファライヤが森に付いて何も言わないことから、この森が安全であると勝手に思い込んでいたのだ。


 夜狩りであることから、普段よりも警戒心を強めていたこともあり、大事に至ることはなかったが、それでも魔物が出現した時にはそれなりに焦ったのである。


「魔物程度でピーピー騒がないでちょうだい」


 お前にとってはそうなのだろうな! カインは内心でそう思ったが、声に出しはしなかった。目の前の女に今更何を言っても無駄であろう。


「わかったもういい。とりあえず飯にする。流石に疲れた。あとはお前に任せるからさっさとやってくれ」


 そう言われてファライヤは口元に指を当ててなにやら思案する。


「獲物を捌いたことがない者はいるかしら?」


 ファライヤが何を言いたいのか直ぐに察することが出来たが、カインは安心して首を振った。


 狩りの経験はそれなりにある。


 ソロの冒険者として長く活動して来たカインは、現地で獲物狩ることも多くそれなりの経験を得ていた。

 『狩猟』のスキルを獲得することだけが目的ならば、今回の夜狩りは断る名目もあったほどにである。


 カインの後ろで項垂れていたアーマードも首を横に振った。アーマードもまた、ソロの冒険者としてそれなりに長い。狩猟や解体の経験もあるのだろう。


 ファライヤが二人の反応を確認した後、後方のジェドへと視線を向ける。すると、ジェドはファライヤの更に後方に向かってジッと視線を向けていた。


 その視線を追ってファライヤが視線を向け、それにつられるようにカインとアーマードの視線もそちらの方へと向いた。


「…………」


 一同が向けた視線の先。


 そこでは、ミーアが倒れていた。


 うつ伏せのまま地面に倒れ、死んだようにピクリとも動いていない。

 すぐ傍では、マリアンが枝を持ってミーアの身体をツンツンしている。


 何があった! カインたちはミーアの姿に頰を引きつらせた。


「で? ジェド。あなたは解体の経験があるのかしら?」


 何事もなかったような調子でファライヤに問われ、ジェドがブンブンと首を縦に振って応えた。


「では、そっちで倒れている子は?」


 ジェドに向かって投げかけられた問いに、彼は答えるのを躊躇うように口籠った。


 それはそうだろう。


 ミーアには解体の経験がないのである。


 今ここで、ファライヤにそのことを知られてしまったらどうなるのか。限界を超えて地に倒れ込んでいる彼女に、目の前の悪魔はどのような要求をしてくるのか。

 それを想像すると安易には答えられない内容ではあった。


 幼い頃より共に過ごして来た仲間を裏切ることは出来ない。

 しかし、ここで嘘を付いたとしてファライヤは素直に引き下がるとも思えない。


 そんな葛藤を胸に、ジェドが言葉を発することを躊躇していると、ファライヤはニコリと笑って立ち上がった。


 不穏な笑み。


 ただ笑うだけで、これほどの重圧を与える者にジェドは出会ったことがない。


 そして最早遅かった。


 ジェドの僅かな沈黙が、ファライヤに答えを伝えてしまっていたのだ。


 己の不甲斐なさにジェドは苦虫を噛み潰したような表情をして、心の中で思った。


 ミーア。すまない、と。


「ミーア。起きなさい」


 ファライヤがそう言うと、ミーアの身体がピクリと反応した。


 しかし、それ以上の動きは見せず、一向に起き上がってくる気配はない。

 その様子にファライヤはやれやれとため息を吐いた。


「早く起き上がりなさい。……犯すわよ」


 冷たく言い放たれた言葉に反応して、ミーアがガバッと顔を上げた。


「ななな、なんてことを言うんですか!」


「やはり元気じゃない。話は聞こえてたでしょう? やりなさい」


 そう言ってファライヤは地に置かれた獲物を指差した。


「う、動けません!」


 ミーアが透かさず反論すると、ファライヤは一歩ミーアに向かって歩を進めた。


「……う、動けないんですよ」


 徐々に弱々しくなるミーアの声を無視するように、ファライヤは倒れ込んだミーアの傍まで移動すると、ミーアの襟首を掴んで軽々と持ち上げた。


「ひあっ」


 桃色の髪が揺れてミーアが可愛らしい悲鳴を上げる。


 けれど、その表情は恐怖に歪み、ガタガタと小刻みに身体を震わせていた。

 ズルズルと足元を引きずられて運ばれたミーアは、獲物の前に物かなにかのように雑に置かれた。

 傍に突き立てられた短剣にビクリと反応して、恐る恐るファライヤを見た。


 ファライヤの瞳はただ一言だけを語っていた。


 やれ。


 それだけだった。


 涙目になりながらも、ミーアは抵抗することを諦め、獲物を捌くことにした。


 獲物を前にして、ミーアが困惑した表情を浮かべた。


 それはそうだろう。ミーアには獲物を直に捌いた経験などないのだ。そもそもやり方がわからないのだから、躊躇してしまうのは当然だと言える。


 そんなミーアの姿を見て、カインがやれやれと溜息を吐いてから声を掛けた。


「獲物を解体するにはまず、皮を剥ぐことから始める」


 急に声をかけられて、ミーアは「あっ」と声を上げた。


 カインは地に突き立てられた短剣を布で拭うと、火で軽く炙ってから兎の内腿辺りに刃を入れた。


「入りやすいところから刃を入れて手足の複雑な部分から皮を剥がしていく。今回は毛皮を取るわけじゃないから、それほど丁寧にやる必要はない」


 手慣れた様子で兎の皮を剥いで行く様子を、ミーアは食い入るように見つめた。


 服を脱がせるように兎の皮を剥がしたカインは、獲物を仰向けにして首を落とした。


「皮を剥がしたあとは首を落とす。まあ、先に内臓を処理してもいいが、人それぞれだな。それで、内臓の処理をする時は、腹の辺りから刃を入れて丁寧に切り開く。内臓のいくつかは傷付けると肉に臭いが付いて味が悪くなるから気を付けろ」


 器用に内臓を取り出して見せ、大まかに切り分けていく。


「本来なら、各部位ごとに切り分けるんだが、こいつは肉付きが良くないから、ザックリとでいい。こんなものか」


 そい言ってカインは削いだ皮の内側が上になるように敷くと、その上に切り分けた肉を並べた。


「鳥も似た様なものだが、鳥の場合は羽をむしらなくちゃいけない。これが意外と面倒でな」


 カインは腰袋から小瓶を取り出すと、小瓶に入った粉の様なものをギーナに振りかけた。


「それは?」


「こいつは火薬だ。ギーナの羽は燃えやすく、体表に油を多く含んでいる。つまり―――」


 カインは足を掴んだギーナを、焚き火の前にかざした。


 すると、ギーナの羽が勢いよく燃え上がり、皮を薄っすらと焦がして直ぐに鎮火した。


「こうすると早い」


 ほんのりと芳ばしい匂いを漂わせるギーナをミーアの前に置くと、カインは短剣を逆手に持ってミーアへと渡す。


「やってみろ。あとは肉を切り分けて、内臓を処理するだけだ」


 ミーアは頷いて短剣を受け取ると、おっかなびっくりではあったがギーナを捌いていった。


 カインがミーアの後ろから優しく助言をしてくれたお陰で、初めてにしてはそれなりの仕上がりだった。

 後ろから抱えるように指導された所為もあってか、ミーアの頰がやや上気し、薄く朱色が差している。


 カインが離れ、ミーアが僅かに荒くなった息を吐くと、なにやらヒソヒソとした声が聞こえてきた。


「ファライヤ。ミーアはちょっとチョロすぎなんじゃないかな?」


「そうかしら? 中々自然な流れでカッコ良かったと思うのだけれど?」


「うーん。悪くはなかったけど、それだと元々の目的が果てせないと思うけど」


「マリアン。作戦というのは、どちらの結果に転んでも良いように立てるのよ。カインがミーアを惚れさせれば、『誘惑』や『魅了』のスキルが取得出来るかもしれないじゃない」


「えー。でも、ミーアが頑張って、『誘惑耐性』とか『魅了耐性』取れた方が良いとおもうけど。カインはいずれ人の上に立つんだから、放っておいても誰かしら口説いてるとおもうよ」


「何を言っているのマリアン。色んな娘に言い寄られて、困惑するカインを見た方が面白いでしょう?」


「たしかに!」


「たしかに! じゃねぇ!」


 マリアンとファライヤが目を向けると、一同がジトっとした視線を送っていた。


 だが、そんな視線など気に止める気配もなく、ファライヤはニマニマといつもの笑みを漏らした。

 そんなファライヤの真似をして、同調するようにマリアンもニマニマと笑みを浮かべる。


―――ベシ!


「あいたー!」


 腹の立つ笑みを浮かべたマリアンに、間を置かずカインのチョップが炸裂した。


 頭部を殴打されて、マリアンが打たれた部分を押さえて涙目になる。

 そして、カインの行動に殺気を放つアーマードをファライヤが手で制して、涙目のマリアンを豊満な胸元へと抱き寄せた。


「ダメよカイン。女の子に手を上げちゃ」


 よしよしとマリアンの頭を撫でて、ファライヤが言った。


「放って置いたらそいつは際限なく調子に乗るだろうが。躾は主人の務めだ」


「そうね。躾は大事ね。けれど、自分より弱い相手に手を上げるのはカッコ悪いわ」


「それをお前が言うか?」


「なにを言っているのかしら?」


 すっとぼけるファライヤに対して、カインは青筋を立ててイラつく。


「自分の胸に手を当てて考えてみろ!」


 そう言われてファライヤは、自身の豊満な胸を揉みしだくように触って言った。


「あら。大きくて柔らかいわ」


―――ブチ。


「上等だ! 今日こそお前の嫌らしい笑みを引攣らせてやる!」


「出来ないことを口にするものではないわ」


「やってみなきゃわかんねぇだろ!」


「やってみなくてもわかると思うのだけれど」


 そして、カインはニマニマと笑うファライヤに食ってかかった。


 当然のことながら、カインはファライヤのニマニマを引攣らせることなど出来ず、何度も地面に叩きつけられて悶絶するのであった。


 ファライヤは心の底から愉快そうなニマニマを浮かべる。

 そんな二人の争いを尻目に、疲れ切った顔のミーアが呟いた。


「……あの。いい加減お腹が空いたのですが」


 その呟きは誰の耳にも届くことはなく、宵闇の空へと消えて行った。

次話、7/30(月)投稿予定。

読んで頂き、ありがとう御座います。

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