018苦難の旅路
アーマードの暴走により曖昧となってしまったが、講義の翌日から一同はスキルの取得に努めることとなった。
魔法の訓練も同時に行うことにはなっているのだが、ミーアを除く面々の総魔力量が基準値に達していない。その為、先ずは魔力の総量を増やすことのできるスキルを優先的に獲得していくこととなった。
エクストラスキル『魔渦』。
魔力のステータスに五百を加算させる強力なスキルである。
しかし、これを獲得する為には、『魔力制御』、『精霊学』、『弓術』を全てレベル五に到達させなければならない。
地道な訓練で獲得するには、おそらくは年単位の時間が掛かってしまうだろう。
更に、スキルの獲得手段は把握できているものの、獲得したスキルがどのステータスを上昇させるのか、その正確な内容はマリアンの知識の中にもなかった。現状把握できているのは、ファライヤが転移者の鑑定を通して知り得た知識に限られるわけだが、ファライヤとて細かな内容まで記憶しているわけではない。
というわけで、スキル上昇の傾向を頼りに優先度を決めたところ、まずは魔力系スキルの取得が必須という結論に至った。
その中でも、最も純粋に魔力量に直結するスキル『闇脈』。
血管のように体内を巡る魔力そのものを指し示すこのスキルは、消費した魔力量によってそのスキルレベルを上昇させる基礎スキルの一つである。
魔力を使用する人物であれば、『闇脈』のスキルを既に獲得していることは間違いない。だが、単純に魔力を消費することによりスキルレベルが上がり、その補正値もステータスに大きく影響するこのスキルのレベルを上げない手はない。
よって、一同は少しでも『闇脈』のスキルレベルを上昇させる為、自身の魔力が空になるまで魔晶石に魔力を込めたのだった。
魔力が欠乏した状態でも、肉体的な影響はさほどない。
精神が脆くなったり、気力といったものが萎えてやる気が低下する為、基本的には空になるまで魔力を使用する者はいないが。
しかし、今回はファライヤのひと声で、全員が魔力を極限まで使用した状態にさせられていた。
精神的に不安定になる一同。そんな状態でも、商隊の馬車に揺られている時間も無駄にしないようにと、ファライヤから指示された内容。
それが、裁縫であった。
カインたちは何故か準備されていた人数分の裁縫道具一式を目の前に置かれ、馬車に揺られながら裁縫のスキル取得に励むこととなった。
縫い目が均一になるようにと、丸一日かけて揺れる馬車の中で、小さな針でチクチクと何十枚もの布を縫い合わせていった。
その細かな作業と魔力の欠乏により、旅慣れたカインですら馬車酔いを起こしてしまう始末である。
悪戦苦闘しながら、何十枚もの布を縫い合わせているのだが、いつまで経ってもファライヤから合格点を貰えない。
一同が焦れ始めた時、先程ようやくジェドが合格をしたのだった。
ジェドは表情の変化が乏しい寡黙な男ではあったが、疲れの所為かその顔には珍しく安堵の色が浮かんでいた。
しかし、安堵の息を吐いたジェドに向かって、ファライヤが長方形に加工された木材を放って投げた。
ジェドが怪訝な表情でそれを受け取ると、同時に床を滑らすようにして鞘に収まったナイフが届けられた。
「彫りなさい。題材はそうね。マリアンにしましょうか」
唐突に言われ、ジェドは困惑しながらもファライヤの意図していることを理解した。
ファライヤは、『彫刻』のスキルを取得させようとしているのだと。
ちまちまとした裁縫がようやく終わったというその直後に。休む間もなく。
たかが裁縫といえども、一日の殆どを費やしたこともあり、それなりの体力は消耗している。加えて一同は魔力系スキル獲得の為、その魔力を殆ど消費している状態だ。
気力が低下している状態で、この仕打ちは中々にくるものがある。
流石のジェドもこれには反論を試みようとした。
しかし。
「早く取り掛かりなさい。時間はないのよ」
冷え切った暗殺者の瞳を向けられ、容赦なく言い切られた言葉にジェドは沈黙したまま頷くことしか出来なかった。
「ファライヤ。こっちも終わったぞ」
次いでカインが声を上げた。
既に何十回と玉砕しているカインであったが、今回は自信があるのか、その顔はやり切った男の顔である。
ファライヤの隣に腰を下ろし、縫い合わせた布を渡すとカインは言った。
「少し休ませてやったらどうだ。丸一日やっているんだ」
「別に病気になるわけでもないし、必要ないでしょう」
「魔力の殆どを消費して、気力が萎えているんだ。休息も必要だろう」
「気力の低下が体力に影響するわけではないでしょう? 要するにやる気の問題だとおもうのだけど」
「そのやる気が魔力の欠乏で削がれるんだろうが。それに、気力も体力もギリギリまで消費した状態で旅する奴はいないだろう? もしこの商隊が魔物に襲われたらどうするつもりだ。疲弊した状態では役に立たなくなるぞ」
「役に立つ必要なんてないのよ。私一人で殲滅してあげるから、あなたたちは安心して気力も体力もすり減らしてちょうだい」
さも当然のように一人で殲滅すると言い切るファライヤに対してカインは頬を引き攣らせた。
「お前もスキルの取得に励めばいいだろう。交代で休みを入れて、全員がある程度闘える状態を保つのが好ましいと俺は思うが?」
「それでもいいのだけれどね。余り意味がないと思うわ」
「何故だ」
「転移者と共に旅をしていたことは前にも話したでしょう? 彼が居なくなってから、私は自身のスキルを正確には把握できていないのよ。ただ、ある時を境にやたらと覚えが良くなったと感じた記憶があるわ。恐らくだけれど、その時が私のスキルレベルの合計値が百を超え、『才能』のエクストラスキルを取得できた瞬間だったのだと思うわ」
「既に物覚えが良いのならば、それこそスキルを取得してレベルを上げて行けばいいだろう」
「だから、もうやったのよ。色々と手を出して、闇雲に訓練したわ。その結果が今の私なのよ。現時点では、伸びしろが何処にあるのか自分でもよくわからないの。だから私はスキルを取得するよりも、疲弊したあなたたちを守る役に徹しているのよ」
「だがそれでは―――」
ファライヤにどのような利益が生まれるのか? カインがそう言い掛けたと同時に、ファライヤのしなやかな手がカインの口を塞いだ。
「カイン。私に意見したいというのなら、私より強くなって飼い慣らしてからにしなさい」
言い聞かせるような優しい声音。やや上気させた頬と期待の込められた瞳に、カインは言葉を噤んで思わずたじろいだ。
そんなカインの様子にファライヤはクスクスと笑いを溢し、カインの頬を優しく撫でた。
「いつ何時、あなたの前に強敵が現れるとも知れないのだから、強くなれる内に強くなって置いて損はないでしょう。強くなるまでは、私のことを信用して任せなさい」
ファライヤが顔を近付けて言った。
その整った顔立ち。引き締まった身体とふくよかな胸元。暗殺者としての一面さえなければ、ファライヤの女として魅力は非常に高い。
普段のニマニマとした嫌らしい笑みではなく、ニコリと微笑まれると、カインの胸は自然と高鳴った。
「それとカイン」
更にファライヤがカインに顔を近付ける。その柔らかそうな唇が触れてしまうのではというほど近付くと、カインの鼓動はより早まる。
そして。
「…………やり直しよ」
そう言われて胸元に付き返された布地を受け取り、カインは目を白黒させた。
その様子をみて、ファライヤはいつものようにニマニマと笑みを漏らしていた。
からかわれたことに気が付き、カインは眉を痙攣させて硬直するのだった。
日が傾きかけて、商隊は本日の野営地へと停車した。
疲れ切った表情の面々。
清々しい顔つきをしているのは、ファライヤと先ほどファライヤが煎じた酔い止めの薬で完全復活したマリアンだけだった。
「ファライヤがいなければ、わたしの美少女レベルが下がってしまうところだったわ」
よかったわね。と微笑むファライヤを尻目に、カインは呆れた顔で美少女にレベルがあってたまるかと、悪態を付きたかったのだが、既にそんな気力もなくなっていたのでやめた。
「さて、ではカイン。暫く野営地を離れると商隊長さんに伝えてきて貰えるかしら」
「はあ? まずは休憩がてら飯だろうが」
「その食事の準備をする為に森へと行かなければならないのよ」
「なんでだよ。食料ならちゃんと日数分以上に買い込んで来ただろう」
「それは、獲れなかった時に使用するから大丈夫よ」
「はあ? お前。まさか……」
ファライヤのニマニマとした笑みが不穏な空気を感じさせた。
「私は鳥肉が食べたいわ」
「えー。わたしはボームのお肉がいいけど」
ここぞとばかりに便乗してくるマリアンを睨みつけ、カインは直ぐに反論する。
「ばっか! こんな時間から森に入って狩りをする奴がいるか!」
「いないわね。けれど、夜間の狩りは非常に良い訓練になるわ。『狩猟』、『気配察知』、『聞き耳』、『隠密』、『暗視』、『嗅覚』、『忍び足』、弓を使って狩れば、『弓術』のスキルも付いてくるわね」
「……本気か?」
カインの問いにファライヤはニコリと微笑んだ。
どうやら本気らしい。カインは頬を引き攣らせながらも反論することをやめた。ファライヤはどうせ意見を変えるつもりはないのだろう。それならば、これ以上の下手な問答を繰り広げるよりも、辛うじて日が射している内にさっさと狩りに出てしまった方が効率的であると判断した為だ。
スキル取得の為――己を磨く為には、ファライヤの言うように夜間の森で狩りを行うこともやぶさかではなかったが、流石にここまで疲弊した状態でやりたいとは思わない。
手早く済ませてしまおう。そう考え、カインが他の連中を引き連れて商隊長のところへ向かおうとした時、引き留めるようにファライヤから声が掛かった。
「ミーア。あなたは弓を扱うことができるのかしら?」
唐突な問い掛けに首を傾げながら、ミーアは恐る恐る答える。
「……一応。できますけど」
「であれば、あなたは残りなさい」
その言葉でミーアの瞳に花が咲いたような輝きが宿った。
魔力も碌に回復しておらず、一日中裁縫をやらされて疲弊している中、この時間帯から狩りになど出たいわけもない。
鼻を鳴らして嬉しそうに頷くミーアに対して、ファライヤはニコリと笑う。
「あなたは私と格闘の訓練よ」
言われた瞬間、ミーアの表情は凍り付いた。
「あなたの魔力量は十分だけれど、近接戦闘の経験と能力が劣っているわ。だから、あなたはここに残って私と格闘の訓練を行うわよ」
凍り付いたミーアの表情が直ぐに絶望に沈んだ。
瞳からは直ぐに輝きが失われ、死んだ魚のように濁り切った目をしていた。
そんなミーアを尻目に、カインたちはこれ以上無理難題を言われぬうちにと狩りに出るのだった。
次話、明後日の夕方ぐらいに投稿予定。
連日投稿するのがベストなのだが、私の筆では追い付かない。
読んで頂き、ありがとう御座います。




