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174 薄氷の攻防

 ライアゼスの踏み込みにより、大地が抉れるように四散した。

 土も岩も木の根も、その強烈な衝撃で砕け散っていった。


 しかし、これは【破壊】のギフトによるものではない。ライアゼスが纏う魔力を、そのまま叩きつけただけの単純な暴力の結果である。


 四散した土や石飛礫がカインたちに迫り、それを器用に一つ一つ避けては弾くが、視界が悪い。

 カインの視線の先でライアゼスの姿が霞んでいく。


 そして、ゆらりとライアゼスが左右に動き出したように見えた。そう思った次の瞬間、カインの視界からその姿が消えた。


 カインは忽然と姿を消したライアゼスを探し、飛来する石飛礫を躱しながら周囲に視線を這わせる。


 ―――何処だ!?


 探知の糸により相手の位置を把握していた筈だったが、突然距離を開けられたことにより、カインはライアゼスの姿を完全に見失ってしまったのだ。

 だが、自身の周囲に巡らせた探知の糸に相手が触れれば、その時点で位置を把握する事は出来る筈である。

 意識を集中して、ライアゼスの気配を探る。


 ところがそれから数秒間、カインに向かって何かが迫る気配が無かった。


 視界を遮る為に巻き起こされた土煙は、間もなく収まろうとしている。


 未だ攻撃がないことに対して、相手の意図に微かな疑問を抱いていた時、カインがハッと目を見開いた。


 相手が自身を狙っているのではないとしたら!


 そう考えた時、カインは動き出していた。


「エリシュナ!」


 声を上げて駆け出したカインの視線の先。


 そこにはトリティを抱き抱えるようにして癒しを施している、ヴィレイナの姿があった。


 カインと同じくして相手の姿を見失っていたエリシュナであったが、直ぐにカインの意図を察する事が出来た。


 相手の狙いは、ヴィレイナである。

 

 そう確信し、エリシュナは即座に石化の魔眼を発動させると、癒しを施すヴィレイナの周囲に網の目の魔力を展開させた。


 そこへ迂回しながら迫っていたライアゼスは、チッと舌打ちをして僅かに速度を緩めた。

 だが、魔眼に対して怯み、距離を取るという事はせずに自身の魔力を更に高める。


 ハーニアが扱っていた【呪い】のギフト同様、エリシュナの魔眼も相手に呪いを付与するものである。

 つまりそれは、魔力を厚く張れば一時的には効果を防げるというものだ。

 呪いの耐性、神気の有無で耐えられる時間は変動するが、今ライアゼスが纏っている魔力量であれば、魔眼の効果を突破して相手に一撃を加える事は出来るだろう。


 カインの視界で、ヴィレイナの表情が強張るのが見えた。


 身構えたとしても、トリティを抱えたその体勢で【破壊】のギフトを叩き込まれれば、避ける手段はない。ヴィレイナの命はトリティ諸共尽きる事になる。


 カインが全力で距離を詰めたとしても間に合わない。


 だから。


 カインは全力で前方へと大きく跳躍した。


 すると、その背に向かって大地がひび割れる程に強く踏み締めたエリシュナが、全力の蹴りを放ったのである。


 突き刺さるような鋭い一撃。

 魔力を十分に背に当てていたとは云え、その衝撃でカインの息が詰まる。


 それでも狙いは正確であった。


 カインの体勢を崩す事なく、そのまま勢いを加速させるように放たれた蹴り。

 エリシュナはたったひと言声をかけられただけで、カインの考えを全て察して行動に移していたのである。


 確かにこの状況で選べる手段は少ない。取れる方法は限られている。

 それでも、信頼するものに対して、下手をすれば戦闘不能になりかねない攻撃を行うなど、普通では考えられない。


 考えられないからこそ、カインならばその選択をするとエリシュナは確信していたのであった。


 周囲に居る者たちがカインに惹かれるのは、その心根が真っ直ぐであり、明確であり、揺らがないからだ。

 やると決めた事は躊躇わず、どんな危険も顧みない。手段を選ばない。

 例えその身が深く傷付く事になったとしても。


 そんな男だからこそ、エリシュナ自身も惹きつけられた。心を赦してしまった。


 カインを失う事は怖い。危険を犯して欲しくはない。

 ヴィレイナを大切に思う感情もあるが、それよりもカインが傷付き倒れてしまう方が余程辛い。


 そう思う程に依存してしまっている自分が居た。


 だが、それ以上に怖いと感じるのは、カインが今のカインではなくなってしまう事だ。


 カインには後悔などして欲しくない。後悔により、今の真っすぐな気持ちを陰らせたくはない。ましてやそうなる切っ掛けを、自身が与えたくはない。そう考える。


 だから、エリシュナは躊躇わない。


 この男ならばそうする。そう思ったのであれば、例えどれ程無茶な行動であろうとも手を貸して行く。その為には自身が傷付く事も、相手が傷付くもいとわない。


 薄氷を渡るような手段だとしても、それに全力で応えて行く覚悟があった。


 カインと共に歩むという事は、つまりはそういう事なのだから。それが、二人の関係であり、共に紡ぐ物語なのだから。



 エリシュナから放たれた容赦のない蹴りは強烈だ。


 全身の骨と筋肉が軋み、咳き込んでしまいそうになる程の痛みが、紛れもないダメージとしてカインへと与えられていた。


 だが、これならば間に合う。


 予想以上の速度で接近したカインを見て、ライアゼスはヴィレイナへ向かって振ろうとした拳を止めた。

 そして、つま先をくるりと反転させ、迎え撃つようにしてカインへと拳を振り抜いたのである。



 ライアゼスとしては、別にどちらでも構わなかった。


 カインがなんの対応もせずに仲間を見殺しにしようとも、回復役を叩いておくことに損はない。

 見殺しには出来ずに、無理な特攻を仕掛けて来るのであれば是非もない。


 事実、カインはその無理な特攻を選択し、ライアゼスへと迫っていた。

 予想外の速度であった為、ヴィレイナへ拳を叩き込む事は断念せざるを得ないが、それでもこれだけの速度で真っ直ぐに迫ったとあれば、自身のギフトから逃れる事は出来ないだろう。


 カインの胸元を狙って放たれた拳。


 カインも上段から刀を振り下ろしてはいるが、関係ない。


 カインの読み通り、ライアゼスは自身の体の至る箇所で、【破壊】のギフトを使用する事が出来るのである。

 使用した部分の衣類も破壊される為、普段は何も装備していない両手でしか扱ってはいないのだが。

 この局面で使わないわけもなかった。


 ライアゼスの肩へ向かって振り下ろされる刀。その部分へ意識を向けて、ぶつかる瞬間にギフトを発動する。

 そうすればカインの刀は砕け散り、放たれた拳が胸を穿つ。


 刹那に交錯するその瞬間に、ライアゼスはそこまでのことを想定して動いていた。


 だが、ぶつかり合う瞬間に、直進していたカインの体が沈み込むように左へとズレた。


 ―――なにっ!


 想定と違う箇所へと振り下ろされる刀の一撃。

 その一撃がライアゼスの左腕へと斬り付けられる。


 その為、カインの胸元を狙っていたライアゼスの拳が、左肩へと逸れて向かって行った。


 斬り付けられた瞬間と、ライアゼスの拳がぶつかった瞬間はほぼ同時だった。


 ライアゼスの左腕には刀の刃が深く沈み込み、カインの肩は拳を当てられて肩当てごと爆ぜた。


 両者が苦悶の声を上げてすれ違う。


 カインは勢いのまま地面を滑るように転げ、ライアゼスも崩した体勢を立て直す為に、腕を押さえて地面を転がった。



 息も吐けない攻防は続く。


 前方へと小さく転がり、膝立ちの状態で体勢を戻したライアゼスへ向かって、鞭のようにしなる尾が振り下ろされたのだ。


 ―――この魔族、一度ならず二度も仲間を攻撃するとはなっ!


 そう、ぶつかり合う瞬間に直進したカインの軌道を変えたのはエリシュナの尾であった。


 伸び縮みするその尾を大きく振れば、その先端は捉える事が出来ない程の速度を生み出す。

 吹き飛ばされた人間にも追い付ける程に。


 その一撃を以ってして、エリシュナはカインを右上から再度攻撃したのだ。


 その為、カインは再びダメージを負う事となった。しかし、その所為で容易く予想出来る筈の攻撃は、不規則なものへと変わり、ライアゼスの目算を大きく狂わせたのである。


 そして、探知を用いたとしても、エリシュナが全力で振るう尾の軌道を正確に追い続ける事は不可能だった。


 周囲の木々や岩をも破壊しながら幾度となく打ち込まれる尾の攻撃を、ライアゼスは魔力を厚く張って堪える。


 魔力すらも削ぎ落としていく強烈な攻撃。

 その攻撃を数度受けたあと、ライアゼスの上半身の衣類が突如爆ぜた。


 なりふり構ってはいられなかったのだろう。


 上半身全てでギフトを扱い、どの部分に攻撃を加えられたとしても破壊する。そう考えての行動であった。


 ライアゼスの目論見通り、胸元へと向けられた尾の攻撃。それがライアゼスとぶつかった瞬間、向けられた尾そのものを粉々に破壊した。


 攻撃が止み、巻き上げられた石や木の破片がパラパラと降り注ぎ、ライアゼスの体にコツリコツリと小さくぶつかっていく。


 その時だった。


 強烈な衝撃がライアゼスの腹部に伝った。


「ぐはっ!」


 声を上げて悶えるライアゼスが、大きく吹き飛ばされる。その体が木々を薙ぎ倒し、地を抉り、そり立った岩山へとぶつかってようやく勢いを止めた。


 ライアゼスが守勢に回っていた場所。


 その場所では、エリシュナが蹴りを放った姿勢で立っていた。腰と尻の間に生えていた尾は、半ばから綺麗に切断され切口は灰色に石化している。


 ライアゼスがギフトを使用した瞬間、エリシュナは自身で尾を切り離していたのだ。

 そして、切り離した瞬間には動き出していた。


 自身が巻き上げた石や木の破片がライアゼスにぶつかり弾ける様を見ながら、その破片がその体にぶつかっても弾けなくなる瞬間を見定めて。


 ライアゼスは今、常時魔力を厚く張り身体の強化に努めていた。その為、ギフトを使用したタイミングが、目視では掴み切れない。

 だからこそ、相手が全身でギフトを扱わざるを得ない攻撃を仕掛け、木々の破片がぶつかる動きでその効果の有無を判断したのである。


 発動したギフトの切れ目がわかれば、あとは臆する事などない。

 殺すつもりで全力の蹴りをお見舞いしてやれば良いのである。


 エリシュナの思惑は嵌まり、ライアゼスは発動させたギフトの切れ目を狙われてその攻撃をモロに受ける事となった。ただし、一撃で沈めるつもりで放たれた蹴りは、ライアゼスの強固な守りを完全に打ち抜く事が出来なかった。


 尾を犠牲にして叩き込んだこの一撃で、倒し切れなかった事は悔やまれる。

 本来であれば、このまま追撃に移るのが定石なのだろう。しかし、手負いとはいえ意識一つで発動出来るギフトを持っている以上、深追いは禁物だ。

 魔族と云えども、魔法やギフトに対しても無敵というわけではないのだから。


 エリシュナはライアゼスを一瞥した後、カインの下へと駆けた。


 相打ったとは云え、カインの傷も深い筈だ。なにせ、魔力で守りを高めていた箇所を狙ったとは云え、エリシュナの全力の攻撃を受け相手の一撃も受けているのである。


 カインの下へと辿り着くと、両足をしっかりと地に着けてはいた。だが、その姿は痛々しい。


 大きく抉り取られた肩から大量の血を流し、左腕は力無くだらりと下がっていた。


「止血をするぞ」


 エリシュナはそう言うと、石化の魔眼でカインの肩と左腕を石へと変えた。

 止血をするだけなら肩だけでも良かったが、血の通っていない左腕を放っておけば腐り落ちてしまうかもしれない。


「助かった。だが、まだまだ終わりそうにないな」


 首を鳴らしながら調子を確認するカインであったが、その視線の先。そこには、ライアゼスが胸を押さえながらも鋭い視線を向けて立っていた。

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