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173 一番危険な者とは

 目で追う事も難しい速度で放たれた拳。


 その拳を、カインは僅かに体を傾ける事で避けた。


 続け様に放たれる蹴り。これも後ろへ一歩引いて回避してみせる。


 余裕を以って相手の攻撃を躱し続けているように見えるカインではあったが、その表情は固く強張っていた。


 何せライアゼスの攻撃は速い。目で追えないその動きを把握し対応する為には、予測、探知の技術を最大限に用いて動かなくてはならないのである。

 しかも、【破壊】のギフトにより触れたものを一撃で粉砕する特性を持っているとなれば、その攻撃一つ一つが、致命打となり兼ねないのだ。


 僅かでも触れる事が許されず、打ち合う事が出来ない状況の中、攻撃を躱す度にカインの背筋にはゾクリと迸る緊張感が走っていた。


 その特性と攻撃速度により、反撃すらままならず、ただ避ける事しか出来ないこの状況は非常にまずい。


 気力や体力の問題だけではなく、ミスを許されない綱渡りのようなこの攻防を、果たしていつまでも続ける事が出来るのか。


 【曲水流転きょくすいるてん】の動き。それと、度々挟まれるエリシュナの魔眼や尾の攻撃により、この攻防は絶妙なバランスを維持しているに過ぎない。


 ライアゼスがカインの見せる独特な動きに慣れ始め、エリシュナの攻撃に対策を見出してしまえばそれだけで状況は一変するだろう。


 そんな息を吐く事もままならない攻防の最中。それでも二人は、互いに狙い澄ますような視線を向けて相手を観察していた。


 カインとライアゼスの間にエリシュナの尾が振り下ろされ、それにより互いの距離が僅かに離れた直後だった。


 両者が一斉に大地を踏み締め、僅かに離れた距離を一気に詰め寄ろうと試みる。


 その速度は、今まで攻防を繰り広げていた時よりも数段速い。


 しかし、共に自身の力を抑えていたのか、急激な緩急を予測出来ていなかった二人はギョッと目を剥いて驚いた。


 予想よりも二人の間合いが早く詰まり、互いの攻撃が間に合わない。


 体当たりするようにぶつかり合った二人は、その衝撃で互いに後退すると、歯を食いしばって堪え、即座に次の行動へと移行する。


 水平に振り抜かれたカインの刀。その刀に左手を突き出し、右腕を真っ直ぐと突き出すライアゼス。


 だが、カインは直ぐに刀をピタリと止め、そのままぐるりと旋回するように体を捻ってライアゼスの右手の軌道上から体をズラした。


 即座に持ち手を変えて、回転する勢いのまま再度刀を振るうカイン。


 右手と左手。両の手の軌道上から体も刀も一瞬でズラして見せたカインの動きに、ライアゼスは僅かに驚き目を見開いた。


 ところが、無理な体勢で振るった一撃は、意表は付けたものの普段よりも剣速が遅い。その為、ライアゼスは身を低くするだけでその一撃を躱してしまった。


 ライアゼスが即座に一歩踏み出そうとする。すると、周囲には網の目のように魔力が展開される。


 エリシュナの魔眼である。


 ライアゼスは舌打ちすると詰め寄るのを諦め、カインとの距離を取るように後ろへと退がった。


 それを追う事なく、カインは一度息を吐いて考える。



 ライアゼスは確かに強い。


 だが、その身体能力はカインよりも上ではあるが、エリシュナよりも低い。


 単純な殴り合いであれば、エリシュナが一人で倒す事も出来るだろう。


 二人がかりで押し切る事が出来ないのは、触れる事が出来ない【破壊】のギフトによるところが大きい。


 しかし、そのギフトの特性もおおよそ把握出来てはいた。


 一見すると両腕で扱うように思えなくもないのだが、恐らくはその効果を全身で発動させる事が出来るのだろう。


 刀を持つ相手に対して、足技まで放って来たのがその根拠である。


 そう思わせて実は両腕のみと云う事も考えられなくはないが、足を切り落とされ兼ねない状況で相手を騙す為だけに仕掛けたと云うには些かリスクを負い過ぎだろう。


 ならば、どの部位であれ触れた物を破壊出来ると云う自信を、相手が持っていると考える方が自然だろう。


 ライアゼスの体に二度接触する場面があった。一度はエリシュナが尾でその蹴りを弾いた時。


 そしてもう一度が、先ほど互いの動きを読み違えぶつかってしまった時である。


 この時、相手のギフトがどの部位に触れても即座に発動するものであれば、勝負は既に決まっていたかもしれない。


 だが、その事でカインたちに破壊によるダメージはなかった。


 つまり、相手のギフトは常時発動しているものではないと云う事である。


 いや、より冷静に考えるならば、今までの攻防で相手はギフトを使用していないと考えるのが正しいだろう。


 触れた物を【破壊】すると云う概念が宿った部位に、服を纏っているのもおかしい。踏み締めた大地が常時破壊されないと云うのもおかしな話なのである。


 この場に到着した時、カインは一人の人間であった筈の残骸を目にしている。


 その体は元の形を留めておらず、装備品ですら粉々となっていた。


 その様子から、ライアゼスのギフトは生身の肉体、などと云う限定的なものに作用するものではないと言い切れる。


 だと云うのに自身が纏う衣類に破壊の跡が無いと云う事は、その部位でギフトを使用していないと云う事に繋がる。


 それでも、放たれた拳や蹴り技には絶対的な自信が宿っていた。だからこそ、その部位で【破壊】を使用する事は可能であり、触れていないが為に発動させなかったと云う流れだったのだろうと予測出来るのである。


 と云う事はだ。ライアゼスのギフトは瞬間的に発動させるものであり、触れた瞬間にその箇所へ意識を向ける事で発動される可能性が極めて高い。


 つまりそれは、意識外からの攻撃に酷く脆いとも言い換えられる。


 予期していなかった攻撃に対して、即座に対応する事が難しいのだ。


 だから先ほどぶつかった時も、エリシュナが蹴りを弾いた時も、ギフトによる影響がなかった。


「エリシュナ、こいつは意識外の攻撃に対して、ギフトは使えない」


「……決め付けて良いのか? そう思わせようとしているだけかもしれないぞ?」


「そう思わせる理由がない。わざわざそんな仕掛けをしなくても、それが出来るならばこちらは相応のダメージを受けていただろうからな」


「……そうか。お前がそう判断したのなら、きっとそうなのだろうな。ならばどうする? ヴィレイナたちも私が手を貸すまでもなくケリが着いたようだ。ここからは私もこちらへ意識を集中出来るぞ」


「それは助かるな。なら、相手が読み切れないほど手数で畳み掛けるかな」


「また難しい事を……。そう言ってお前は、それとは別の手段を考えているのだからタチが悪い」


「エリシュナが、色々察してくれるのは助かってる」


「先も言ったが私とてお前の考えが全てわかるわけではないのだ。あまり突拍子もない事をしないで貰いたいものだが」


「善処しよう」


 カインとエリシュナは僅かに口元を緩ませると、直ぐに表情を引き締めてライアゼスを睨み付けた。




 ライアゼスは地に伏したグリームエルとハーニアを僅かに一瞥した後、直ぐにカインたちへと視線を戻した。

 それと同時に小さく溜め息が漏れる。


 本当に使えない連中だと。


 ギフト持ちと云う事で重宝していたのだが、名も売れていない連中に良いように倒されてしまう。

 五年もかけて育てたと云うのに、なんとも情け無い話である。


 だが、何よりも情け無いのが己自信だ。


 目の前の男の動きに翻弄され、良いように仲間を倒されてしまったのだから。


 ……仲間。


 それはライアゼスにとってただ利用するだけの存在に過ぎないのだが……。


 目の前の男にとっては違うようだった。


 互いに信じ合い、疑う事なく行動を示す。


 なんとも美しい話だ。まるで御伽噺でも読んでいるかのように心温まる、虫唾の走る光景ではないか。


 人も魔族も、その本質は己の事しか考えていない。自身に利益の生じない事柄には、興味を示さない。

 他者に依存し、その背を預けるのは、ただそれが心の安寧に繋がる精神的な利益を生み出しているからに過ぎない。


 故に、他者を信頼する者は心が弱いのである。


 友情も信頼も愛情も。その全てが自身の為に生まれる感情でしかないのだ。


 それをあたかも正しいかのように見せつけてくる世間にも、目の前の男にも苛立ちの感情しか湧いて来ない。


「貴様は、自分が正しいとでも思っているのか?」


 苛立ちが募り、ライアゼスは唐突にそんな言葉を口に出していた。


 だが、目の前で対峙した男は、ライアゼスの考えなどわかるわけもない筈なのに、平然と言葉を返して来た。


「当たり前だろう。俺は自分が正しいと思った事しかしない。お前は違うのか? 違うならさっさと考え方を改めた方が良いぞ」


 その言葉でライアゼスの苛立ちは更に強まった。


 正しいと思える言葉。


 なんの根拠があるかは知らないが、感情に素直な真っ直ぐな言葉だったからだろう。


 自身の行動もライアゼスの考えも否定しないありふれた言葉だ。


 それ故にライアゼスの胸に突き刺さった。


 そもそもがカインたちは襲われている立場であり、身を守る為の正当性しか持ち合わせていない。


 反撃をする事は当然の事なのである。


 その状況下で正しいのかと問われれば、正しいと答える以外の言葉はある筈もない。


 だが、カインは襲われた事実は関係なくその言葉を口にしていた。つまり、ライアゼスの真意に対して、自身の明確な答えを言葉にしていたのである。


 それが理解出来たが故に、ライアゼスの心情は乱される事となった。


 蔑まされ、恐れられ、否定されるのが当たり前だった男に対して、その存在を肯定するかのような一言。

 自分が正しいと思っているなら良いが、そうじゃ無いなら改めろと云う上から目線の言葉。


 気に入らない。


 気に入らないが、カインの言葉には人の悪意を知った上で生み出される、本質を射抜いた正しさがあったのである。


「……俺は勘違いをしていたな。マリアンズで脅威となるのは、ファライヤだと思っていた。だが一番危険なのは、あの猛獣を手懐けるお前だったのか、カイン・マークレウス」


「手懐けてるとは言い難いが、過分な評価に礼でも言っておこうか?」


「過分な評価ではない。お前は今後も多くの者を惹き付けるだろう。俺たちが手に負えなくなるぐらいにな」


「今なら手に負えるって言い方だが?」


「その通りだ。引く事も考えたが、どうやらお前はここで確実に倒しておかなくてはいけないようだ」


 そう言うと、ライアゼスの体に膨大な魔力が纏わり付いた。


 渦を巻く様にライアゼスへと集まる魔力。


 その魔力がライアゼスの体を浅黒く染めて行く。


「本気を出そう。お前を殺す為だけにな」


 そう告げたライアゼスが一歩踏み出すと、大地諸共その一帯が爆ぜた。

読んでくださりありがとうございます。

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