172 静やかな決着
マリアンを背負って山道を下っていたアーマードが突然足を止めた。
それに合わせて追従していたウルスナとバッカーも足を止める。
突然背後から現れた気配に対して一同が振り返ると、そこには黒装束に身を包み仮面を被った男女が十数名、来た道を塞ぐようにして現れたのであった。
「チッ、次から次へと厄介だぜ」
バッカーはそう呟くと、腰を落として戦う姿勢を見せた。
ところが、構えた左腕は肘から先が無く、その顔色はあまり良くない。
バン・ドルイドと戦った際に受けた傷は、ヴィレイナの癒しとポーションにより癒えている。しかし、流し過ぎた血液は戻ってはいない。その為、山道を駆けただけで既に呼吸も荒くなっていたのである。
ウルスナも同様だ。戦う前から疲弊した様子は隠す事が出来ていない。
この場で唯一まともに戦えるのは、アーマードしか居ない。だが、そのアーマードもマリアンを守る使命がある為、あまり自由に動く事は出来ないだろう。
そんな状態で出くわしたのは、恐らくセトの暗部である。
状況は最悪と言っていい程に悪く、アーマードたちは硬い表情を見せていた。
しかし、そんな一同の考えと違い、マリアンはアーマードの背中でマルセイという男の強かさに関心していた。
軍とは関係の無い連中を散々けしかけて来て、ようやく暗部を送り込んで来た。
自分の兵力を削る事なく、あれだけの連中を思惑通りに動かして見せたのだ。
そして、自分たちは大した損失を出さずに、遂には詰められてしまった。
マリアンズの戦力は十分だった。多少腕に自身のある連中が攻めて来たとしても、強引に跳ね除けるだけの力を有していたのである。
だというのに、ここまで戦力を削りマリアンを捕縛出来る状況を作り出したのだ。
マルセイの考える策はこれに留まらないだろう。
恐らくこの道の先には……。
マリアンは降る道の先を見つめてから声を上げた。
「ねえ、この先には誰が待ってるの?」
マリアンが声を上げると、一人の男が一歩前に出て言った。
「周辺を一騎士団が取り囲んでいます。残念ながら、もう逃げ道はありません」
「てめぇ等をぶっ飛ばしゃ、道は出来るんだぜ!」
バッカーが声を荒げて言うが、男は冷静に言葉を返した。
「あなたは逃げた方が良いですよ。その状態で我々と戦うのは難しいでしょう。我々が受けている命は、そちらのお嬢さんを連れて帰る事だけですので見逃して差し上げます」
「知るかよ、そんな事させると思ってんのか?」
「いいよ。降参、あなたたちに付いていくわ」
「ちょ、マリアンちゃん!」
その言葉には、バッカーだけでなくアーマードとウルスナも反論した。
「俺たちの身を案じているなら気にする必要は無い。命に変えても守ってみせる」
「そうよ。マリアンちゃんを他の連中にくれてやるぐらいなら、死んだ方がましよ」
そう言われて、マリアンが可愛らしく首を傾げた。
「うーん、なら一緒に付いて来てくれる?」
「「えっ?」」
その言葉には、バッカーたちだけでなく、暗部の男も声を漏らした。
「付いて行くにしても私、体力ないから移動にはアーマードが必要だし、世話係として女の子も必要だからウルスナにも一緒に居て欲しいし、護衛の一人も居ないと安心出来ないからバッカーも来てくれると嬉しい」
マリアンが望むなら、傍にいて欲しいと願うのならば是非も無い。
マリアンを崇拝しているこの三名が、その願いを否定する事は有り得ないのだが。
そもそもが、素直に捕らえられるという選択をしても良いのだろうか? その考えが三人を頷かせるのに躊躇いを生み出させた。
それは相手としても同じ事だった。
これだけ逃げ回ってみせた相手が素直に捕らえられようとするなど、思ってもいなかったのである。
それに、男が命じられたのは、マリアンを連れて帰る事であり、他の者たちを一緒に捕えて良いものか。その判断が出来ず、困惑するように沈黙している。
「我々が連れて来いと命じられたのは、あなただけです」
「えー、じゃあ色々抵抗しちゃうけど? 戦いになってわたしが死んじゃったらそっちも困るだろうし、捕まえても言う事聞かなかったら困るとおもうけど。私、捕まってもあなたの所為で言う事聞かないんだって言っちゃうからね」
男は口籠る。
抵抗されるのは問題ない。
しかし、自らの意思でやって来るのと、無理矢理連れて行くのでは結果が異なる。
宰相がこの美しい少女に何を求めているのか、男は知らされていない。だからこそ、その目的に協力的な状態で連れて行く方が好ましい。
何よりもその状態を作り出せる状況下にありながら、言われたまま無理に連れて帰るだけでは無能の謗りを受ける事になるだろう。
己が罰せられるだけなら問題ない。既にその身は国に捧げているのだから。
だが抵抗されることによって、宰相が目的を果たせなくなるのは困る。
そう考え、男は仮面の下で眉を顰めた。
アーマードは考えていた。
この状況を打開する事は出来るのかと。
相手の戦力は不明。目の前には十四名の暗部が立ちはだかり、恐らくはその後ろにも数十名が控えているだろう。
単体で実力が拮抗しそうな相手が二名。それ以外はなんとかなるだろう。
ウルスナとバッカーは、怪我こそ治ってはいるものの疲弊している。
そんな中、マリアンを庇いながら戦闘を行った場合、相手に打ち勝つ事が出来るのか?
答えは……出来るだ。
ギリギリの戦いにはなるだろう。道を下った先で待ち構えている騎士団がこちらへ向かってくればひとたまりも無いかもしれない。
それでもマリアンを守り切り、状況を打開する自信が今のアーマードにはあった。
その事はマリアン自身も良く把握していると思われる。
物事の多くを見通す女神のようなこの少女が、それらを理解していないわけもない。
だというのに、マリアンは無抵抗のまま相手に捕われても良いと言った。
となると、マリアンが見つめている物事は、アーマードが考えているよりもずっと先にある。
今、目の前の敵を蹴散らすことよりも、捕らえられる事により生み出される何かがあるのだ。
それが自身の為になることなのか、はたまたカインの為になることなのかはわからない。
だが、確かだと言える事が一つある。
それは、アーマードはカインの味方ではなく、マリアンの盾であるという事だ。
アーマードはマリアンの為に戦うと胸の内に誓っているのである。
であるならば、マリアンが何を考えているにせよ、今はその言葉に従っておくのがアーマードにとっての最適解だと思われた。
そう結論に至ったアーマードは、低い声を発する。
「俺はマリアンちゃんに従う。こいつらを叩きのめすならば命令してくれ、それまでは大人しくしていよう」
「えー、ありがとうお兄ちゃん」
真剣な顔付きだった兜の下の表情が、急にだらしなく緩んだ。
幸いにも、その様子に気が付いた者はいなかったが。
「まあ、マリアンちゃんが付いて来いって云うなら、お姉さん何処までも付いて行くけど……」
「お、俺様だってそうだぜ!」
「二人もありがと、じゃあこっちの意見は纏まったから、あとはあなたの答えを教えてくれる?」
そう言ってマリアンは、暗部の男に視線を向けた。
「三人を伴った私を迎え入れるか、それとも無理矢理私だけを捕らえるか」
「……私の一存では決められませんね」
「なら誰なら決められるの? 下で待ってる騎士団の団長さんなら決められる?」
「……まあ、彼ならば多少の権限は持ち合わせていますが……」
「そう? なら、団長さんのところに行って直接聞いて来ましょう」
そう言うとマリアンはアーマードに指示を出して、山道を降って行く。それに対してバッカーとウルスナは文句も言わずに付き従った。
―――馬鹿な! 自ら騎士団に取り囲まれに行って、交渉も何も無いだろう!
暗部の男はマリアンの大胆な行動に驚き固まっていたが、その事に気が付き慌ててその後を追って行った。
山道の森を取り囲んでいたのは、セト王国最強の一角、英雄リグルト・ガルシアナ率いる聖騎士団であった。
そんな騎士団の前にアーマードの背に乗ったまま無防備に近付いて行ったマリアンは、騎士団の前で堂々と立つと団長を出してと大声で言ったのである。
後ろから暗部たちがゾロゾロとやって来て、完全に取り囲まれたこの状況だと云うのに、マリアンは怯えた様子も見せずに楽しそうにしていた。
目的の少女を取り囲んだこの状況下であれば、後は捕らえてしまえば終わりである。その為、騎士団の団長がわざわざ対象と会話をする必要もないのだが、リグルトは騎士たちをかき分け、仁王立ちするマリアンの前に姿を現したのであった。
銀色の鎧に身を包み兜は被っていない。緑がかった短い髪。鋭い眼光。口元を固く引き結んだその姿は、英雄と呼ばれるに相応しいほどの威圧感を宿していた。
だが、そんなリグルトを前にしても、マリアンは普段の調子を崩さずに言った。
「あなたが団長さん? お話をしようと思ってここまで来たんだけど」
「俺を呼び付けておいて随分な態度だな」
「えー、あんまり偉そうじゃなかったから良いかなって思って。あ、偉そうって云うのは態度のことじゃなくて、立場のことね」
「貴様!」
リグルトが腰の剣に手を添える。
「良いのかな? マルセイ・ランタラルは私を欲しがってるって聞いてるけど?」
「生意気なその口だけ利ければ問題ないだろう。手足を切り落とされた後も、その態度が続けられるとも思えないがな」
「ならやってみたら? わたしか弱いから死んじゃうかもしれないけど」
「出来ないとでも思っているのか?」
「うーん、どっちかと云うとやらない方が良いとおもうけど。手足は最悪アーティファクトで再生出来るけど、失墜したあなたの立場は元には戻らないから」
「俺が自分の立場に執着しているように見えるのか?」
「執着してるかはわからないけど、小娘の安い挑発で全てを棒に振るうような堪え性のない人は、例え実力があっても騎士団の団長になんてなれないとおもうけど」
「チッ、クソ生意気な女だな」
そう言ってリグルトは剣の柄から手を引いた。
「それで、わざわざ俺に何の用だ。言っておくが、交渉出来る余地などないぞ。俺たちはお前を捕えて連れて帰るだけだ」
「えっとね、大人しく捕まって言う事聞いてあげる代わりに、この三人をお世話係として連れてって良いか聞こうと思って来たの」
「……話を聞いていたのか? お前に交渉出来る物は何も無い。囲いに飛び込んで来た獲物と交渉する猟師は居ないだろう」
「えー、色々あるとおもうけど? 駄目って言われたら私何も答えてあげないし」
「人の秘密を暴くアーティファクトもあれば、魔術もある。お前の意思など関係ない」
「私に一切の神秘は効かないけど大丈夫?」
は? っとリグルトは顔を顰めた。
「ウルスナ、わたしに魔術を当ててみて」
マリアンがそう言うと、ウルスナは躊躇う事なく【風斬】の魔術を詠唱し、マリアンへ向けて放った。
その魔術がマリアンへぶつかる直前で霧散した。
その事実に響めきが走る。
「静かにしろ!」
リグルトが一括すると、騒ついた騎士たちは直ぐに口を閉ざし背筋を伸ばして直立する。
「俺にも試させろ」
「別に良いよ」
そう言ってアーマードたちに距離を取らせたマリアンに対して、リグルトは【火球】の魔術を放った。
それもマリアンへ届く直前で霧散してしまう。
その事実に、リグルトはほうと感嘆の息を漏らした。
「くく、確かに交渉の余地はあるようだな。さすが神の恩恵と言われるだけの事はある」
そう言ってリグルトは、顎に手を当てて何やら思案した。
「お前は神ゼオンについて、何か知っているか?」
「うーん、詳しいかはわからないけど、ゼオン教の教皇が知らないような事ぐらいは知ってるかな?」
「ならばお前の知り得る限りを俺に教えろ。そうすれば、その三名がお前に付けるよう口利きをしてやる」
「別に良いけど。でも、教えるのは約束が守られるか確認出来たあとでね」
「良いだろう。お前が素直に口を開くというならば、俺がお前等の安全も保証してやろう」
「交渉成立ってやつだね」
ふんっ、と鼻を鳴らしてリグルトが部下に指示を出す。
そして、程なくして到着した馬車へマリアンが乗り込み、腕を後ろに拘束されたアーマードたちが続いた。
こうして一連の騒動は、マリアンを奪われる形で静かに決着をみせたのであった。
未だ戦闘を繰り広げているカインたちは、まだその事を知らない。
読んでくださりありがとうございます。




