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171 焦がれた者の戦い方

 ヴィレイナが戦い方を学んでから約四ヶ月。


 その僅かな期間でヴィレイナの力は、並の冒険者や騎士では太刀打ち出来ない程にまで至っていた。


 世に知られざる知識を用いて、スキルやレベルを効率的に上げて行ったこともあるだろう。

 ファライヤの天才的な技術を叩き込まれたことも、理由の一つとしてあげられる。


 それでも、彼女が劇的にその力量を高めることが出来たのは、足手纏いになりたくないという強い気持ちがあったからだ。

 カインの役に立ちたいという強い想いが、苦しい訓練を乗り越えさせたのである。


 一切手は抜かなかった。


 やれと言われれば、どんなに疲れていても取り組んでみせ、その日の内に出来なければ、誰よりも早く起床して体に鞭を打って訓練に没頭した。


 そんなヴィレイナの姿勢が伝わったのだろう。


 ファライヤはヴィレイナに対して特別厳しく、そして特別目をかけてくれた。


 神気が底を着けば、訓練の為だけに高いポーションを与えてくれたし、神気では扱えない術式も専用のものへと作り直してくれた。


 拙かった剣術。拙かった魔力操作。それらの技術はスキルの補正とステータスが上昇することにより、正確なものへと変わって行った。


 今のヴィレイナに足りない物があるとすれば、それは戦闘経験に他ならない。


 しかし、圧倒的な強者であるファライヤを相手に戦い続け、竜種を相手にし、災害指定の魔物とも渡り合った。


 その僅かな経験は、並の人間が得られるものとは違った。


 自分より強い相手。自分より大きな相手とどう戦うのか。どうやって倒せば良いのか。

 そのことを常に考えて行動し、失敗して打ちのめされる事が出来た。


 ファライヤとカインは、常に答えを教えてくれる。


 こうすれば良い。こうした方が良かった。それらの答えは積み重なり、ヴィレイナの中に明確な目標を生み出し続けた。


 一つ一つ着実に階段を登るようにその力を伸ばして行き、ようやく見え始めた頂き。


 そこにはまだ手は掛かっていない。


 それでも、目の前に対峙している相手はその頂きにはいない。


 今のヴィレイナでも、手を伸ばせば届く位置にいる。


 自分より先にいる存在なのかもしれない。


 ただ打ち合うだけでは勝てない相手なのかもしれない。


 けれどヴィレイナは教わって来ている。


 己よりも強い相手とどうやって戦うのかを。傍らで見て来た自身が憧れる英雄が、その背中で常に教えてくれた。


 考えろ。頭を使え。心理を読め。意表を付け。


 技量で劣るのであれば、戦術で上回れば良い。


 勝つ為に必要な事は全て、カインがその行動で示してくれている。


 手が届く相手なのであれば、勝つ為の方法は必ずある。あとはそれを実践出来るかどうか。


 ヴィレイナはレイピアをグッと握り締め、小剣を放つハーニアの攻撃を受けた。




 二合、三合と打ち合ったあとハーニアは顔を顰めた。


 安い挑発に乗り、相手をする羽目になってしまった相手。おそらくは、ミリアム教の聖女とそれに付き従う聖騎士だが。その力量が事前に受けていた情報とまるで異なる。


 神気を扱えるだけの神子だった女と、一介の聖騎士。


 本来であれば、魔力を這わせた小剣の一撃で、その剣ごと両断して終わりだというのに。この二人はその攻撃を受けて尚、反撃しようとしてくるのである。


 多少の訓練をしている事は知っていたが、それでもこの伸び方は異常である。


 スキル修得によるステータスの強化。それに加えて身体を強化する魔力操作。


 それらの技術は当然ハーニアも知っている。


 だが、ハーニアが今の段階へ至る為に、五年の歳月を要している。


 ギフトを手にしたお陰で、ライアゼスに拾われたのが五年前。それから戦闘技術を叩き込まれて、ようやく闘千に並ぶ程の実力を手にする事が出来たのである。


 マリアンズに加わる前、この二人はそれらの技術を修得してはいなかったという情報は得ていた。


 その情報に偽りはない。


 もし、以前からこれ程の実力を有していたのであれば、この二人の名は既に広まっていただろう。

 教会の神子や一介の聖騎士などという役職に、収まっているわけもない。


 だからこそ予想外だった。


 ハーニアは挑発に乗ったとはいえ、直ぐにケリを付ける自信があったのだ。


 国が欲しがるほどの少女。そして、エドを倒しライアゼスがわざわざ出向くキッカケとなった女。


 その二人が脳裏にチラついた。


 ―――なるほど、ライの判断は正しい。この連中は放置しておけば手が付けられなくなる。


 ただの少女が、僅か数ヶ月でこれ程の実力に至っているのだ。今よりも仲間が増え、全員がこの速度で成長するとなれば、それはもう一国を滅ぼせるだけの力となる。


 ―――マリアンズのリーダーは大英雄の名を語っている。しかも、魔族まで仲間に引き入れて……ちょっと、まじでやらかすんじゃないの、こいつら。


 そんな考えごとをしていると、ハーニアの鼻先を剣が掠めた。


 余計なことを考えている場合ではない。


 目の前の二人は、舐めて掛かって良い相手ではないのである。


 ハーニアは表情を引き締めて、意識を切り替えた。




 トリティの剣が躱されると、入れ替わるようにしてヴィレイナがレイピアで突きを放った。


 それもハーニアの小剣によって、危なげなく受け流される。


 後方支援を得意とするギフト持ちとはいえ、ハーニアの技量は高い。


 二人掛かりで仕掛けているにも拘らず、ヴィレイナたちが攻撃に転じる事が出来るのは、三度の攻撃に対して一度が精々だろう。


 ヴィレイナの持つレイピアの特殊な剣技を扱えれば、技量は拮抗するかもしれない。


 しかし、ヴィレイナがその技を放つ為には制限が課せられていた。


 レイピアに組み込まれた術式は、魔力を元に起動する事が出来る。ところが、ヴィレイナでは肝心の魔力を送り込む事が出来ないのである。


 神気を扱う者は、魔力を扱う事が出来ない。


 その為、レイピアに組み込まれた術式を自身の力で起動させる事が出来ないのである。


 ヴィレイナが最初に扱ったイセリア流剣術は、カインが事前にレイピアへ込めていた魔力で発動させている。柄に溜め込まれた魔力を神気で送り出す事は出来るが、それ程多くの量を貯めておく事が出来ない。


 その為、ヴィレイナがレイピアの剣術を扱えるのは、あと三回が限度なのである。


 状況を覆す事が出来るその剣術を、容易く使い切るわけにはいかない。


 それでも、出し惜しみをしているだけでは状況が一変しないのも事実だ。


 ヴィレイナは繰り出されるハーニアの攻撃を受けながら、必死でその機会を伺っていた。



 不意に、剣を交わすヴィレイナたちの周囲に霧が発生した。


 ハーニア諸共包み込むような魔力による霧。


「トリティ!」


 ヴィレイナが声を上げた時には、既にトリティは霧から距離を取っていた。


 さすが、聖騎士として戦線に立っていたトリティは、ヴィレイナよりも判断が早い。


 ハーニアの持つギフトは、先の状況から相手に呪いを付与するものだという事が知れている。


 神気による浄化が行えるヴィレイナよりも、トリティが受ける方が致命的だろう。その事を理解している為か、ヴィレイナを守る立場にあるにも拘らず、トリティは先に動いてみせたのである。


 トリティを先に下がらせてから、ヴィレイナもハーニアから距離を取る。


 相手が距離を詰めて来なかったのは幸いだが、それでも少し下がるのが遅かった。


 ヴィレイナの左半身が痣のように赤黒くなり、徐々に皮膚を侵食していく。


 すぐさま自身に浄化と癒しを施し、進行を食い止め傷を癒すと、ヴィレイナの肌は元通りの色艶を取り戻した。


「へー、確かに浄化や癒しが使える神子が、近接戦闘までこなせるってのは厄介ね。けど、呪い自体を防げないんじゃ意味ないけど」


 霧を晴らしてハーニアがそう告げると、その言葉にヴィレイナはピクリと反応した。


「あなたのギフトは持続性がありませんね。その霧を出し続けられるならば、常に出しておいた方が戦況は有利に運びますよ」


「はん、出してないだけかもしんないでしょう」


「いいえ、本気で勝つつもりなら、そのギフトを収める必要がありません。寧ろ徐々に範囲を広げていけば、私たちは手出し出来なくなる。それをしないという事は、出来ないということでしょう」


「持続するにも、魔力消費が多いから抑えてんのよ」


 これは嘘だな。


 ヴィレイナはそう思った。


 ギフトとは、神から与えられる恩恵である。


 その為、使用する際に自身の魔力を消費する必要が無い。詳しくはわからないが、一説によると神の力をそのまま借り受けている為、神の持つ神気をそのまま引き出しているのだとか。


 神の持つ神気は膨大だ。人がどれだけ使用したとしても、その総量に影響を及ぼす事は無いだろう。


 故に、基本的にはその能力を扱う事に制限は無い。


 であれば、出し惜しむ必要もなく使用すれば良いのである。


 ハーニアがそれをしないという事はつまり、それが出来ないという理由で間違いは無いだろう。


 ギフトを持たないヴィレイナがその事実を知らないと思ったのか、ハーニアは虚勢を張っているに過ぎ無いのである。


 と、今までのヴィレイナであれば、そこで思考が止まっていただろう。


 カインは戦闘の最中、常に相手の目論見を探り、それを引き出すように言葉を交わす。


 それはカインだけに言えることでは無いだろう。


 本気の戦い。命のやり取りで、余計な情報を相手に与える者は少ない。


 だからそれを引き出す為に、相手を揺さぶる言葉を投げかけるのだ。


 見よう見まねではあったが、ヴィレイナの投げかけた言葉に対して、相手は一分の隙を見せた。


 ヴィレイナが元々神子であり、聖女となった事を相手は知っているだろう。その神子であった者がギフトの性質について知らないわけも無い。


 そんな者に対して、魔力消費を理由にやらないのだと述べればそれが嘘だと気が付くのは自然だろう。


 嘘だと気が付けば、出来ないのだと思い込む。


 あたかも虚勢のように告げられた言葉は、裏を返せばそう捉えるように告げられた言葉とも受け取れた。


 だからこそ事実は言葉の通り、やらない(・・・・)というのが正しい。


 ヴィレイナはそう結論付けた。


 ヴィレイナがレイピアを構えると、トリティが即座に動き出した。


 相手へ猛追をかけるが、それをハーニアはあしらって行く。


 ヴィレイナも一手遅れて攻撃を仕掛けるが、ハーニアは反撃をせずに何かを狙っているような気配を見せる。


 再びふわりと霧状の魔力が周囲に漂う。


 それに反応して、ヴィレイナとトリティが下がろうとすると、直ぐ霧は薄れて行く。


 引こうとしたところで直ぐに霧を消された所為で、引くべきか押すべきかと二人の中で僅かな躊躇が生まれた。


 その一瞬の隙を突いてハーニアが小剣を突きながら、ヴィレイナとの距離を一気に詰めた。


 ―――まずい!


 そう思い咄嗟にイセリア流剣術【ニ之型・流】を発動させるヴィレイナ。


 咄嗟の判断によって最初の突きを受け流す事は出来たが、グリームエルに使用したその技を見ていたのか、ハーニアは受け流された事に動揺は見せなかった。


 直ぐさま二撃三撃と小剣を繰り出しヴィレイナを攻め立てる。


 防戦一方のヴィレイナを助けるべく、トリティがハーニアへ向かって剣を振るおうとした。


 しかし、剣を繰り出す前に、周囲を魔力の霧が満たした。


 慌てて距離を取るトリティ。


「くっ、ヴィレイナ様!」


 声を上げるが今までよりも濃い霧が周囲を満たし、ハーニアとヴィレイナを包み込んで行った。




 この時、ハーニアは勝利を確信していた。


 相手を分断してしまえば、剣の力量は自身の方が上である。


 加えて、距離を取れないように攻め立て、【腐敗】のギフトで周囲を満たしてやれば相手は逃れる術が無いのである。


 例え神気で呪いの浄化と腐る体の治療が出来たとしても、直に受ければ回復は間に合わないだろう。


 確かに【腐敗】のギフトは、魔力で肉体を覆えば多少なりとも防ぐ事は出来る。


 しかし、今まで出していた霧は威力を調整していたのである。全力で出したこの霧は、効果量も高く効果時間も遥かに長い。


 常に霧を出し続ける事は出来ないが、別にこのギフトは連続で使用出来ないわけでは無い。消える前に新たな霧を出現させれば、常に周囲を霧で満たせる事は可能なのである。


 なら、何故それをしなかったのか?


 答えは単純である。相手に出来ないのだと思わせる為である。


 周囲を呪いの霧で満たす単調な能力では、相手に直ぐ底が知れてしまう。故に、ハーニアは常に力を抑えた状態でギフトを使用してきたのである。


 その為、ヴィレイナはハーニアの目論見通り、読み違えた。


 あとどれくらい持つか。黒い霧に覆われた視界の中で、ヴィレイナはハーニアの攻撃を必死に受けている。


 しかし、徐々に侵食する呪いが、ヴィレイナの綺麗な肌を赤黒く染め上げていった。


 不意に攻撃を受けてヴィレイナの膝が折れた。


 ―――さすが、神気を纏っているだけあって、よく耐えたわね。けど、もう終わりね。


 ニヤリと口元を歪めたハーニアが剣を振り上げた瞬間、横から気配が迫った。


 視線を向ければそこには、全身に魔力を厚く纏ったトリティが剣を振りかざしていたのだ。


 ―――ばかね。この霧を強引に突っ切って来るなんて!


 全身に厚く魔力を張っているとはいえ、トリティの体は既に所々が赤黒く染まっていた。


 振り抜けるとしても、今放った一撃が精々だろう。


 ―――聖女の後に始末してやろうと思ったけど、先に死にな!


 トリティの渾身の一撃を受け流し、ハーニアがとどめを刺そうと小剣を振るった瞬間。


 その剣が何かに引き寄せられるように軌道を変えた。


 あらぬ方向へと振られた一撃。


 その隙をトリティは見逃さない。


 倒れそうになる体に鞭を打って、再度剣を振り抜いたのである。


 その剣がハーニアの横腹を深く傷付けた。


「ぐっ、この……死に損ないが!」


 ムキになって小剣を振ろうとしたハーニアだったが、その時。


 突如その胸を何かが貫いた。


「がはっ、馬鹿……な」


 見れば自身の胸から細身の刃が突き出ていた。


 ゆっくりと引き抜かれるレイピアの剣先。それと同時に黒い霧が晴れる。


 ハーニアが振り向くと、そこには傷一つ負ってないヴィレイナがレイピアを握り締めて立っていた。


「……あんた……呪いで、弱ってた、筈じゃ……」


「あなたがギフトを持続させなかった(・・・・・・・・)ように、私もギフトによる呪いを防がなかった(・・・・・・)だけです」


 そう、ヴィレイナの神気は既に呪いを完全に防げる程にまで至っていたのである。


 カインの受けた呪いを浄化した際に、多少受けたとしても戦況に影響を及ぼさない事は分かっていた。


 故に戦闘の最中、呪いを完全に防ぐ事はしなかったのだ。それをどのように利用するかは考えられていなかった。


 しかし、ハーニアが『呪い自体を防げなければ意味がない』と言葉を発した時、相手が勘違いをしている事に気が付いた。


 相手が自身の能力を偽っていると感じた時、全てがこの決着へと繋がった。


 ハーニアは必ず、ギフトの特性を最大限に利用してこちらを攻めて来る。その時、自身が弱っていると思わせる事が出来れば、それは大きな隙へと繋がると。


 トリティが無理をして攻撃を仕掛ける事も読めていた。だから、タイミングを合わせて弱った振りをした。


 自身から意識を引き剥がせれば、あとはレイピアに残った術式を発動させれば良かった。


 事は全て、ヴィレイナの考える思惑通りに運んだのである。



「小娘との騙し合いに、負ける……なんてね」


 そう言い残すと、ハーニアはそのまま地に倒れた。


「カインの戦いを見て来なければ、私たちはあなたには勝てなかったでしょうね」


 地に倒れ身動き一つ取らなくなったハーニアにそう告げると、ヴィレイナは直ぐ様トリティの元へと駆けたのだった。

読んでくださりありがとうございます。

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