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170 消化不良

 イセリアとルネイスの攻防は続いていた。


 連続して打ち鳴らされる金属音は、楽器を鳴らすようなリズムを刻む。その音は僅かな間隔で鳴り響き、聞き耳を立てているだけならば、踊り出したくなるほど軽快なものであっただろう。


 だが、二人はその軽快なリズムを、剣を振り槍を打ち合わせる事で奏でているのである。


 攻撃を打ち出し、引き戻して再度仕掛ける。


 その一連の動作で鳴らされる音を、途切れる事なく発しているという事は、攻撃を仕掛けるまでの間隔が異常なまでに速いという事に他ならない。


 常軌を逸した攻防。


 あまりの速さ故に、二人の姿が霞んで見える。


 移動を繰り返し、邪魔となる木々もそこには無いかのよう剣が振られ、その剣を槍が木々ごと弾き返す。


 ただ、互いの武器を打ち合っているだけだというのに、二人の通過した場所は災害でも起きたかのように荒れ果てた状態へとなっていた。


 攻防は互角。


 いや、既に七度相手の攻撃を掻い潜り攻撃を届かせている事から、技の練度はイセリアに軍配が上がる。


 しかし、体に付けられた傷はイセリアの方が多かった。


 イセリアの剣がルネイスの肩を捉え、コツリと硬質な音を響かせて弾かれた。


 これで八度目。


 捉えたと思った攻撃が、相手の鎧を突破する事が出来ない。


 チッと舌打ちをするが、直ぐに放たれたルネイスの反撃がイセリアの肩を浅く傷付ける。


 そしてまた、同じ攻防が繰り返される。


 イセリアは焦れていた。


 技の練度も汎用性も自分の方が高い。恐らく戦闘経験ですら自身の方が上だろう。


 事実、イセリアの攻撃はルネイスに届き、ルネイスによる反撃は一度として致命打になっていないのだ。


 だというのに、追い詰められているのは自分である。


 ルネイスから受けた傷は浅いものばかりである。だが、徐々に削られているという感覚が、イセリアの精神力を大きく消耗させていた。


 攻撃が当たっているのに届かない。


 それは、相手の纏う鎧の性能が恐ろしく高いという事に他ならない。


 と、通常では考えるところだが、イセリアはそうは思っていなかった。


 どれほど硬質な守りも打ち破る筈の突き。その突きが硬い物にぶつかったような音を立てて弾かれる。


 そんな事は本来であれば有り得ない筈なのである。


 何故なら、イセリアの剣技は魔法の領域に至っているからだ。概念をも込めた渾身の突きが、ただ硬いというだけで弾かれる筈も無い。


 そうなると考えられる事は二つ。相手が守りに対して、魔法を用いている。もしくは、魔力を霧散させる技術を持ち得ているかである。


 攻撃が当たる僅かな瞬間、魔力が消失している。加えて攻撃した際に魔力が霧散した様子が見られない。


 だとすれば、答えは後者であろう。


 ルネイスの持つ技術。それは、相手の魔力を霧散させる事が出来るのではないだろうか。


 しかし、そうであった場合、一つの疑問が湧き上がる。


 相手の魔力を霧散させる技術を持ち合わせているのであれば、その技を何故攻撃に使用して来ないのか?


 互いの一撃は武器に這わせた魔力で極限まで高められている。


 もし、ルネイスが攻撃の際にイセリアの魔力を霧散させたとするならば、その神がかった槍術を防ぎ切る事は出来ていないだろう。


 ならば、この技は守り専用の技術であると確信出来る。


 問題は、その守りを突破する手段だが……。


 イセリアは攻防の最中に薄っすらと目を細める。


 少し賭けになる。だが、その特性を見極めなければ活路は見出せない。


 そう判断したイセリアは、ルネイスの攻防を躱した瞬間に剣技を繰り出した。


 【八之型・幻】。


 イセリアの剣から魔力が飛散し、イセリアの体を包み込む。構わず槍を放つルネイスだったが、その一撃がイセリアに突き刺さった瞬間に顔を顰めた。


 手応えが無い。


 イセリアの姿は確かにそこにある。しかし、放った槍の先端がイセリアの腹部を突き刺したにも関わらず、その感触が伝わって来ない。


 実際イセリアも動きを止めず反撃を繰り出してくる。


 堪らず槍でその攻撃を受けたルネイスだったが、再度驚かされた。


 受けたと思っていた攻撃が、すり抜けるようにしてルネイスへ向かって来たのである。


 ルネイスは初めて大きく身を捻ってその攻撃を躱す。地に転がるようにして攻撃を躱したが、体勢が悪い。その隙を、今まで拮抗するように攻防を繰り広げていたイセリアが見逃す筈も無い。


 イセリアの剣が再度閃き、輝きを放つ。


 【六之型・針】。


 イセリアの剣から放たれた斬撃が、棘のような刃を無数に伸ばしルネイスへと迫ったのである。


 その攻撃を、ルネイスは右腕を払うだけで霧散させた。


 だが、イセリアの攻撃は終わらない。


 体勢を崩したままのルネイスに疾駆し、【四之型・突】を放ったのである。


 槍での対応が間に合わず、ルネイスが左腕でその攻撃を受けた。


 再びコツリと響く金属音。


 しかし、イセリアの突進は止まらない。


 受け止められた剣に全力で魔力を送り込み、その守りを強引に突破しようとしたのである。


「うぉおおおおお!」


 出し惜しみなく魔力を注いでいくイセリア。


 ところが、その一撃がルネイスの鎧を突き破る前に、魔力を抑えて飛び上がり、ルネイスとの距離を取った。


「くっそ、反則だろ!」


 土を払ってゆっくりと立ち上がるルネイスに対して、イセリアはそう叫んでいた。


「お前はやっぱり馬鹿。闘いに反則なんてものはない」


「相手の魔力を吸収する守りとか、普通に反則なんだけど!」


「別に、お前もやったら良い」


「そんな事出来るか!」


 イセリアの攻撃がルネイスに通用しない訳。それは、ルネイスの持つ魔法の効果にあった。


 【絶対領域(アブソートフィールド)】。


 それは、あらゆる魔力干渉を無効化し、根源たる源、魔力を吸収する魔法であった。


 物理攻撃には一切の効果を及ぼさないこの魔法。魔術士や魔法の領域に至った者以外には、その効果はさほど得られないだろう。


 そのような偏った効果を生み出したという事は、ルネイスは魔法使い以外の相手との戦闘は想定していないという事に他ならない。


 魔法を扱う者だけを相手にする為に高めて来た技術。


 ルネイスはその魔法を常に周囲展開して、戦闘を繰り広げていたのである。


 魔法の発動を感知出来ず、攻撃に魔法を用いない単調なものであった事にも納得がいく。


 事実、達人の域にまで達している槍技を、並の剣士では受ける事が出来ないだろう。


 故に、偏りのある技術とはいえ、この戦闘スタイルは一つの完成を見せている。


 十三という年齢でヴァルキュリアに抜擢されただけのことはある。イセリアは感心と共に苦い顔を見せた。


「槍がでっかくなったのは、魔法じゃなくてその槍の特性だね。つまりあんたは、魔法を用いた攻撃が出来ないって事になる」


「そう思っていれば良い」


 ルネイスはそう答えたが、イセリアは確信していた。


 攻撃的な姿勢とは真逆で、ルネイスはその守りに力を当てている。ならば、イセリアのような相手の意表を突いた攻撃はして来ない筈である。


 だがしかし、魔力を吸収する守りを突破し、あの硬質な鎧を力だけで打ち破る方法があるのだろうか?


 浮かび上がった考えを、イセリアは振り払った。


「私は天才だ! 天才が故に最強へと至った剣士だ!」


「馬鹿と天才は紙一重だって言う。お前は確かに凄いけど、天才じゃない。紙一重で馬鹿」


「あ、あったま来た、だったら見せてやろうじゃない。あんたの防御なんて、九つの型で万象穿つ最強の剣術、【イセリア流剣術】の前では鼻くそ以下だって事をね」


「鼻くそ以下の守りを突破出来ない剣術……ウケる」


「このっ、とっておきを見せてやるよ。あんたに受けれるかい? 災害指定をも討ち倒した私の全力、【十之型・九頭龍】を」


「九つって言ってるのに、十個目があるのが既に頭悪い」


「言ってろ! 奥の手ってのは常に持っておくもんなんだよ!」


「なら、十一個目もあるの?」


「ある!」


 この返答にはルネイスも呆れ顔であった。


 やれやれといった様子で槍を構えるルネイス。これではどちらが大人でどちらが子供なのかわからない。


 しかし、イセリアはそんな事を気にする様子もなく魔力を高めていった。


 真っ向からその攻撃を受けるつもりのルネイスであったが、突然現れた二つの影にハッとする。


 そして、イセリアが技を放とうとした瞬間、突如地面からせり上がった巨大な剣が二つの間を遮った。


「何っ!」


 邪魔が入った事に苛立ちながらも、距離を取り後退する。そのまま、巨大な剣を放った相手へ視線を向けると、ルネイスの両隣にはセイナとミズシゲの姿があった。


「どういうつもりだい!」


「イセリア、もう十分です。話は着きましたので」


 ミズシゲの言葉にイセリアは眉を顰めた。


「いいや、十分じゃないね。そこのちっこいのを倒さなきゃあんたとやれないって話じゃないか。戦えって言ったりやめろって言ったり、勝手なんだよ」


「まあ、おっしゃる通りですが、ひとまず剣を収めてください。事が済んだ後でしたら私が相手になりますので」


 納得がいかない様子のイセリア。それは、ルネイスも同じだった。


「私も不満。そいつをぶっ殺してやる予定だったのに」


「お前も私の【伝意】を無視するな。言うことを聞かないと後でオチアに言い付けるからな」


「むぅ、それはずるい」


「ずるくとも今は言うことを聞け」


 不満そうにしながらも、ルネイスはセイナに言われた通り槍を下げて構えを解いた。


「別に私は三対一でも良いんだけど?」


「調子に乗るな、馬鹿」


「チッ、口の減らないガキだね!」


「戦うなら、三体一ではなく五対一になりますよ」


 そう言って音も無く現れたのはミカゲ。その隣には普段のニマニマ顔ではなく、不満そうな表情のファライヤが立っていた。


「何故、私も含まれているのかしら?」


「いやですね。お友達になったではありませんか」


「なってないわ。というか、馴れ馴れしく腕を組まないでもらえるかしら?」


「そんなに照れなくとも良いではないですか」


 ファライヤは大きく溜息を吐いた。


「そういうことですので、剣を収めてください」


 ニコリと笑うミカゲだったが、その優しげな表情とは違い、目の奥に威圧的な闘志が宿っていた。頷かないのなら、実力行使をするという明らかな威嚇。


 そんな事をされれば、負けず嫌いなイセリアは反発しそうなものなのだが。さすがに状況を読めないほど、馬鹿でもなかった。


 一人でも倒せる保証がなかったヴァルキュリアが四人。それと同等の戦士が一人。


 真面目にやりあったとしたら、万に一つの勝ち目もないだろう。


 しぶしぶ剣を収めたイセリアは、それでもただでは引かなかった。


「ちっこいの、あんたとは再戦するからね! あとミズシゲだったっけ? あんたとも戦うから覚えおきな」


 良いですよと頷くミズシゲ。


 しかし、ルネイスはイセリアを鼻で笑った。


「私にぶっ殺されるから、お前がレーヴェンと戦う事はない」


「クソジャリ、あんたは百回泣かしてやるから覚えておきな!」


「二百回土下座させてやる。その上でぶっ殺すけど」


 いがみ合う二人。


 勝敗の行方は未だ不明だが、こうしてヴァルキュリアとの戦いには一応の決着をみせたのであった。

読んでくださりありがとうございます。

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