017技術の神髄
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ファライヤが胸元の革袋から身の丈程の燭台を取り出した。そして、その燭台を軽く叩いただけで明かりを灯すと、周囲は僅かながらの明るさを取り戻した。
「さて、スキルの取得と獲得についてはこの位にして、そろそろ本題の話をしましょうか」
事細かに書き記された黒板を消しながらファライヤがそう告げると、カインは眉を顰めた。
「本題? まだなにかあるのか?」
「当然でしょう。ステータスを高めるだけでは足りないわ。それでは並みの英雄と変わらない。あなたが目指すのは神をも退けたと言われる大英雄なのよ? スキルを得たぐらいで辿り付けるほどあまくはないわ」
「…………」
「戦闘において強さの要となるものは四つある。ステータスの高さ。アーティファクトと呼ばれる武具やアイテム。ギフトや固有スキルという特別な能力。そして、到達した技術の神髄」
「技術の神髄?」
「そう。基礎値を高め、それをより効率よく扱う為の術。力を蓄え、技を磨き、才能を開花させる到達点。洗練された真なる技術の結晶。それが―――魔法という名の神髄」
「……魔法だと?」
その言葉を聞いてミーアがガバッと立ち上がった。
「馬鹿げています! 魔法なんてお伽話じゃないですか!」
「あら? ミーア。魔術士はみなその真髄に辿り着こうと必死になっているのではなくて?」
「一部の魔術士はそんな妄想を本気で信じている者もいるみたいですね。けど、普通はそんなまやかし、本気になんてしていません! そもそも魔法などというものを認めてしまったら、私たち魔術士の存在意義がなくなります!」
「確かにその通りね。存在意義がなくなることはないと思うけれど、こと戦闘において魔術士というものはそれほど役に立たないことは事実ね」
「――――!」
「考えてもご覧なさい。魔術を行使する為には、術式を編む必要があるわ。一瞬の判断が命運を分ける実践において、そんな悠長なことしている暇はないでしょう? 魔術を行使する為には、どうしても壁役となる仲間が必要になる。時間を掛けて編んだ術式は、勝敗を左右するような効果にはならない。これでは、役に立たないと言っても過言ではないでしょう?」
「そんなことはありません! 人を死に至らしめるだけの威力も効果だって魔術にはあります!」
「ただの雑兵と戦うだけならばそうでしょうね。けれど、わたしが想定しているのは、一騎当千の強者よ。たった一騎で何千ものを相手取る人外たち。闘千、英雄と呼ばれる最強の戦士を相手にあなたの魔術は通用するのかしら?」
「…………」
そこまで言われてミーアは苦い顔をして押し黙ってしまった。
集団での戦闘では確かに役立っていると言う自負がミーアにはあった。しかし、ファライヤの言うように、一騎当千の猛者を相手にして自分の魔術が有効であるとはとても思えなかったのだ。
「……魔法とはなんだ?」
今まで沈黙を貫いていたアーマードが声を上げた。
「魔術と魔法にどのような違いがあるのか俺にはわからん。どちらも同じように思えるのだが?」
そう言われてファライヤはふむと顎に手を当てて考える。
「魔術とは、術式を編むことで、現象を引き起こす技術のことよ。例をあげましょう。丸い石が右から左へと転がったとしましょう。これは石に対して右側から力を込めることにより再現することが可能となるわ。この力を加える行為を魔力を用いて行わせる為には、どの位の力が必要なのか。どの角度から力を加えるかが必要になる。それらを計算し、術式として魔方陣を編み魔力と言う原動力を注ぐことで現象を引き起こす。これが魔術の原理よ」
アーマードは顎に手を当ててふむと頷いた。
「そして、魔法。これは魔力そのもので現象を引き起こす行為。術式などというものを必要としない純粋な力。想像で創造する事象の改変さえ起こし得る万能の極み」
「むう」
「ふふ。つまりは、使用される魔力の量次第で、なんだって起こせる奇跡のことよ」
「そんなものが本当に存在するのか?」
「するわ。だからそれをあなたたちに伝授しようとしているんじゃない」
「―――――!?」
「つ、使えるんですか! 魔法を!」
「ええ使えるわ。ただし、わたしが使える魔法は一つだけ。それも基礎中の基礎よ」
「万能ではないのか?」
「万能とは言っても、想像と創造が行えてこそよ。人の感覚でその領域を超えることは中々に難しいの。けれど、わたしの魔法はこと戦闘に関してはそれなりに万能よ」
「ど、どんな魔法が使えるんですか!?」
「ただの魔力操作よ。命名するならば身体強化の魔法といったところかしら」
そう言ってファライヤはニヤリと笑みを漏らした。
「ここまでの内容は概ね理解出来たかしら?」
ファライヤは一同に視線を這わせた。
スキルやレベル。そして魔法という技術についての突拍子もない内容ではあったが、皆それぞれ思うところはあったもののそれなりには理解している様子であった。
その様子に満足そうに頷くと、ファライヤはニマニマと笑っていた表情を引き締め、真剣な面持ちになって言った。
「では、これから訓練の予定について話すけれど、その前に改めて確認しなければいけないことがあるわ」
ファライヤは言葉を区切り、今一度全員に視線を這わす。
「半ば成り行きとはいえ、私たちは縁を結ぶことになったわけなのだけど。あなたたちはカインとマリアンが紡ごうとしている夢物語に、命を賭けて協力する覚悟が出来ているのかしら? 種族を問わず困っている誰かを助ける行為に忌避感はないのかしら? もし少しでも躊躇う心が残っているのであれば、今すぐ寝床に戻ってここから先の話を聞くことをやめなさい」
「ここまで聞かされて今更じゃないですか!」
「いいえ。ここまでは不都合がないから聞かせたのよ。命を賭けるだけの利益を提示したに過ぎない。でも、これ以上は秘密を漏らさず、最後まで協力出来る仲間にしか教えられない。半端な覚悟の者に与えるわけにはいかない。もし、秘密を漏らし裏切りを働くような輩がいれば、わたしはその相手を始末しなくてはならないのだから」
そう言ったファライヤの表情は真剣なものであった。感情のこもっていない無機質な瞳。氷のように突き刺さる視線は、寒気すら覚える。正に暗殺者の顔であった。
その視線を受けてミーアの身体がブルリと震えた。背筋に嫌な汗が流れ落ちる。
「私の知り得る技術は本来、他人に教えて良いものではないの。けれど、私はカインを大英雄に育て上げると決めたわ。大英雄にはヴァルキュリアとシグルズという強力な仲間たちが居た。そんな仲間たちが彼にも必要だと思っているの。だから、出し惜しみをするつもりはないのだけれど……」
そう言ってファライヤは目の前の三人に視線を這わせる。
「アーマード。ジェド。そしてミーア。あなたたちはカインと共に、英雄、闘千、ギルド、教団、最終的には国をも相手に闘う覚悟があるのかしら?」
ファライヤの問いに三人は沈黙した。突然迫られた究極の決断を容易く決めることなどできるわけもない。いや、突然迫られたわけではない。
先日、カインの語った理想を聞き、マリアンに仲間であるか問われた時に既に決断は迫られていた。だが、その時の決断はファライヤの言うように、最終的には国をも相手取る可能性を秘めていることを果たして認識出来ていたのであろうか。曖昧な覚悟のまま同行しているに過ぎないではないか。そんな疑念を晴らすために再度問われたに過ぎない。
認識の相違がないか問われ、三人が沈黙したのはそれほど長い時間ではなかった。
「俺は、カインの為に闘うわけではない。マリアンちゃんが俺の力を必要だと言ってくれたから同行しているに過ぎない。だが、マリアンちゃんの為に、俺の持つ全てを賭けることは既に決まっている。マリアンちゃんが望むなら、その男の力にもなるのだろうな」
アーマードが低い声でそう言った。
「わたしは、あなたの言う覚悟なんてこれっぽっちもできてません。わたしが、私たちが誓ったのは家族である孤児院の子たちを救うことです。わたしが同行しているのは家族を助ける為です。彼の理想を叶える為じゃない。目的も果たせないまま、誰かの為に命を賭けるなんて誓えません! けれど、わたしたちの家族が救えたならば、そのあとは好きに使ってください」
「……ミーアの言う通りだ。……俺たちには受けた恩がある。それも返せぬまま、誰かの手駒になることはありえない」
押し殺すような低い声で珍しくジェドが言った。
そんな三人の返答を受けてファライヤは薄っすらと目を細める。
「ファライヤ。別にいいじゃない。脅しなんて掛けなくも彼らは大丈夫よ」
とそこで、マリアンが根拠のない言葉を口にした。
半端な者に与えるべきではない知識。ファライヤの警戒も頷けるのだが、ファライヤはマリアンの言うその一言だけで、そうなの? と言ってあっさりと視線を緩めた。
「マリアンがそう言うのならいいわ。では、魔法の訓練と今後の予定についてだけれど――」
「おい! お前らだけで話を進行させるな!」
ファライヤとマリアンを睨みつけて、カインが言った。
カインが声を上げるのは最もであった。
力を求め、その足掛かりを得たのはカインであり、他の面々ではない。英雄を目指し、誰かを救う理想を掲げているのもカインである。
これからの行動はカインが己の我儘を通す為に行われるのであって、他の誰かが主導となって進行していいことではないのだ。
そんなカインの意見も聞かず、マリアンとファライヤは二人だけで話を進行させていく。他の面々を信用できないというほどではないが、易々と進行する状況を黙っているわけにもいかないのだ。
「カイン。あなたはただ強くなることだけ考えていればいいの。余計なことに気を回す暇はないのよ」
「そうだよ。カインは慎重すぎるから、たまには頭空っぽにして成り行きに任せてみると良いとおもうけど」
「そういうわけに行くか! お前らに任せていたらめちゃくちゃになる気しかしない」
「カイン。そうなったら、私が全て始末してあげるから安心なさい」
「やめろ! お前が言うと冗談に聞こえない」
「なら、わたしが丸く収めてあげるよ」
「お前は更にややこしくするだけだろうが!」
そう言うと二人は顔を見合わせて肩を竦めた。
「カイン。聞き分けのない子供のようなことを言うモノではないわ。後でおっぱいを吸わせてあげるから大人しく話を聞いていなさい」
「俺は幼児じゃねぇ! 無駄に興味を引くなだめ方をするな!」
「ファライヤだめよ。カインはホモだからその方法は通用しないよ」
「ちげぇよ! お前はあらぬ誤解を招く言い方をするんじゃねぇ!」
「あら。そうだったの。そういえば私も誘いを断られたことがあったわね」
「でしょう! わたしなんか全裸で抱き付いてたのに簀巻きにされて放置されたんだから」
「マリアン! てめぇ!」
マリアンが余計な一言を述べると、機械の様にアーマードが立ち上がった。
その顔には、一切の感情が浮かんでいなかった。
まるでゴーレムのように感情の見えない表情。オイルが切れたようなぎこちない動きで、カインへと向き直ると。
大振りに拳を振り下ろした。
「うおっ! あぶねぇ!」
振り抜かれた拳をカインがギリギリで躱すと、その拳は地を揺らしながら大地へと突き刺さった。
アーマードの体から湯気が立ち込めるように殺気が膨らむと、無表情だったその顔つきには鬼が宿っていた。
ギラリと光る瞳がカインの姿を捉える。
その様子にカインは冷や汗を流した。
「落ち着けアーマード」
助けを求めようと周囲へと視線を向けると、ファライヤは楽しそうにニマニマと笑みをこぼしていた。
こいつは当てにならないと判断したカインは、ミーアへと視線を向ける。
だが、ミーアはゴミをみるような目つきで、カインのことを見ていた。
心なしかミーアの陰に隠れるようにジェドがカインから距離を取っている。
誤解だ! そう弁解したかったカインだったが、その余裕はなかった。
目の前の鬼が立ち上がり、カインへと迫りくる。
「ちょ。マリアンなんとかしろ!」
「えー。英雄になる人がか弱い美少女に命令する内容じゃないんですけど」
「お前が余計なことを言ったせい―――うおっ」
言い終わる前に再びアーマードの拳が空を切った。
「やはり貴様は成敗してくれる!」
悪鬼のごとく迫るアーマードに対して、カインは全速力で逃げ惑った。
薄暗い森の中で男の悲鳴と、時たま地を揺らすような音が響き渡った。
クスクスと笑いを漏らすファライヤ。
イケいけー。と野次を飛ばすマリアン。
いつもより青ざめた様子のジェド。
そして。
「…………あの。魔法についての講義は?」
ミーアは一人そう呟いたのだった。
次話、週明けの7/23投稿予定。
読んで頂き、ありがとう御座います。




