168 仕えるべき相手は……
一振りの剣撃が木々を裂き、岩をも断ち、大地を割った。
その攻撃を二手三手と繰り出し、互いの一撃を躱し、流し、時には受けて相殺させる。
既に周囲に道はなく、足場の悪い荒れた岩場と化しているその場で攻防を繰り広げているのは、二人のヴァルキュリア。セイナとミズシゲであった。
一歩も引かぬせめぎ合いは、己の武器や技術を惜しげもなくぶつけ合い、周囲に破壊を撒き散らして行く。
それだけの攻撃を繰り返しながらも、二人の身には傷一つ付けられておらず、息が乱れる様子も見られなかった。
飛び上がったセイナが【同】を出現させ、それを足場に空中で方向転換をして攻撃を仕掛ける。対するミズシゲも、強烈なセイナの一撃を綺麗に受けて、衝撃の反動を利用し紙のようにふわりと後退した。
追撃も丁寧に捌いてその合間に反撃の一手を差し込むと、セイナはそれを避けようともせず、体の周囲に展開した【円】でそれを防ぐ。
速過ぎる攻防の中、二人の動きはあまりにも危なげが無い。体力、魔力共に疲弊した様子が無い二人は、このやり取りをいつまでも続ける事が出来るだろう。
正しく埒のあかないやり取りである。
ただ、二人の体力とは別に、山の耐久力は徐々に低下していった。
削られ過ぎた大地は荒れ果て、時折土砂が斜面を滑り落ちるほど歪み、山道だった場所は既に道の形を成してはいなかった。そんな足場さえ不安定な場所へ静かに着地をすると、二人に向かって大きな岩が転がり落ちて来た。
背後から迫るそれを、セイナは振り向きもせずに【繊】によって五つに分断する。セイナを避けるように分断された岩がミズシゲへと迫ると、ミズシゲもこれを一振りでチリのように細かく斬り刻んだ。
「中々に粘るな」
「ええ、本当に」
「このやり取りも、少し面倒になって来たのだが?」
「私も同じ事を考えていました」
二人の中で何かを確認し合うと、セイナとミズシゲの体から大地を揺るがすほどの魔力が立ち込めた。
「山を消し飛ばすと、他の二人に文句を言われそうだ」
「さすがにそれをされると、カインたちにも影響が出そうですね。やめていただきたいのですが?」
「お前が何とかしてみせろ」
「……無茶苦茶な」
ミズシゲはそう言いながらも、腰を深く落とし刀を構えると高めた魔力を更に大きなものへ変えた。
「ゲ、ゲンゴウさん! さすがにこれ以上はまずいですよ!」
「わかっておる! だが、此奴らが引かぬのだから仕方あるまい!」
セイナとミズシゲが魔力を高める中、崩落した山道を少し下がったところでゲンゴウたちと獣人たちの争いは続いていた。
ヴァルキュリアの二人がこちらに興味を示さないという事がわかった為か、獣人たちはゲンゴウたちを倒し、自分たちに手をあげたマリアンたちを追うつもりであるようだ。
主に多くの獣人を斬り付けたのはミズシゲなのだが、これだけの攻防を見せ付けられては、血の気の多い獣人たちといえどもミズシゲへ報復しようとは考えていない。だが、それ以外の対象は別だと言わんばかりに、ゲンゴウたちに対しては容赦のない攻撃を仕掛けて来ていたのである。
しかし、獣人たちも焦れていた。
ヴァルキュリアがそちらへ目を向けて来ない以上、ゲンゴウたちを倒し下りの道へと進んでしまえば何の障害も無い。そう考えていたのだが……。
予想以上の粘りを見せるゲンゴウと、その後方から魔術による支援をしているリンドーを崩す事が出来ず、足留めを余儀無くされてしまっているのである。
最早意地とも言えなくも無いが、引くにも引けず進むにも進めない状況と、早くこの場から立ち去りたい気持ちもあり、焦りの感情が透け始めていたのである。
そこへ、この魔力の高ぶりである。
魔力を目視する事の出来ない獣人たちにも、セイナとミズシゲがこれから行おうとしている事が、どのような結果をもたらすのかは想像出来た。
毛先が逆立つような感覚。
大地を揺るがし、空気を震わせる強大な魔力の波動。
ヴァルキュリアたちが次に繰り出す攻撃は、周囲どころかこの山全てを飲み込むほどの威力となるだろう。
そんな想像が掻き立てられるほど、周囲に満ちた魔力の圧力は凄まじい。
「ぐっ、お前ら引くぞ!」
リーダー格の獣人が呻きながらもそう声を発した。
この状況下で反論する者はいない。
獣人たちはゲンゴウたちを倒す事を諦め、反転して来た道を駆けて行った。
引くと決めたならば、その動きは速い。
掛け声を上げてから僅かな間をおいて、その姿は完全に見えなくなってしまった。
「ゲンゴウさん! 我々も、早く!」
リンドーが叫ぶように声を上げ、ゲンゴウは僅かに躊躇するようにミズシゲへと視線を送ったが、獣人たちとは反対の方向へと向かうリンドーの後を追った。
程なくして、セイナとミズシゲの魔力が最大に膨れ上がる。
それと同時にセイナが剣を振り上げ声を張った。
「行くぞ、【天撃】!」
ミズシゲも目を見開き、刀を振り抜く。
「【戴天村正】!」
叫びと共にセイナの剣に纏った魔力は白く輝き、天をも突き破るほどの大きさとなって振り降ろされた。対するミズシゲの刀も、漆黒に満ちた魔力が人の断末魔のような唸りを上げて巨大な螺旋を描く。
二人が放ったものは魔法では無い。
これは純粋な破壊を目的とし、膨大な魔力を一つの形とした一撃である。
事象を捻じ曲げるといった複雑な条件は一切練られていない。
それ故に強く。それ故に破壊的であった。
全てを浄化させるような熱量と威力。この攻撃に対して魔法で対抗したとしても、概念の元となる魔力そのものを打ち消されてしまうだろう。
最強と呼ばれる者たちが最終的に至る場所は、つまるところ純粋な力なのであった。
それに対抗する為には、同等の力かそれ以上の力を持たなければ成し得ない。
もっとも、さすがのヴァルキュリアといえども、これだけの魔力を用いた攻撃を幾度も放てるほど、無尽蔵の魔力を持ち合わせているわけでは無いのだが……。
膨大な魔力がぶつかり合い、辺りを光が包み込んだ。
全てを消滅させるような破壊の後には、天に昇るように土煙が上がって行く。
随分と長い時間をかけてそれが収まると、その衝撃が巻き起こった場所は、抉り取られたかのような剥き出しの大地が広がっていた。
山の中腹に大きなへこみを生み出し、その辺り一帯は見通しの良い大地となった。
木々もなく、岩も無い。ただ、曲線を描くような斜面が続くその場所にあるものは、二人の戦士の姿。
互いに肩で息をしながら武器を手に対峙するその姿は、多少疲弊した様子は見られるものの大きな損傷は見当たらない。
「……やはり、少々やり過ぎなのでは?」
「ふん、加減はしたつもりだ。それよりもだ」
セイナは構えを解いて剣を収めると、ミズシゲへと歩み寄り魔装を消した。それに倣い、ミズシゲも刀を収めて魔装を解く。
そして、腕を組んで仁王立ちしたセイナが重々しく声を発した。
「邪魔な連中は消えた。いい加減聞かせて貰おうか、我らに剣を向ける理由を」
「ゲンゴウたちや獣人たちを追い払う為だけに、これだけの事をしたのですか?」
「私に付き合ったお前が、それを言うか? 一対一を受けてわざわざ二人だけになれる状況にしたのだ。まだ口を閉ざすというのであれば、本当に争う事になるぞ」
「ふむ、あまり公表したいことでは無いのですけどね」
そう言うと、ミズシゲは肩を竦めて溜息を吐いた。
とはいえ、ミズシゲとセイナは、このように決着することを前提として動いていた。
ヴァルキュリア同士が争わないという、三百年前から守られてきた決まりごとを、正当な理由も無くして破るような人物はヴァルキュリアには存在しない。
故にミズシゲの行動は気でも触れたのかというほど、奇妙な行動であったのだ。
ヴァルキュリアの中でも、掟に対して特に厳しい教育を受けている筈の東国の国主が、それを己の感情一つで覆すわけもない。
となれば、その理由を口にせず剣を向けるということはつまり、理由を口に出来ない状況にあったという他無いのである。
ならば、その理由を聞き出す為に、人払いをする必要があるとセイナは考えていたのであった。
生真面目な従者と血の気の多い獣人たちの所為で、周囲を荒地に変える事になってしまったが。
「大義はあるのだろうな?」
「当然です。なんなら、セイナたちが私の邪魔をしている事の方が問題だと思いますよ」
「どのような理屈でそうなる!」
セイナが声を荒げると、ミズシゲは顎に手を当ててふむと唸った。
「ヴァルキュリアは誰のもので、誰に仕える者でしょうか?」
「何を馬鹿な事を……我らはアルストレイ帝国を支える為に存在している。国に仕え、陛下と大英雄にこの身の全てを捧げている。当然ではないか!」
「その通りです。ですが、誰のものかと問われれば、厳密には初代皇帝マリア・ルイ・アルストレイ様と、大英雄カール・マークレウス様であると私は考えます」
「そのお二人は遠い昔にお亡くなりになられている。元を辿ればそうだが、現状我々がお仕えするのはお二人の願いが創り上げたアルストレイ帝国と、それを統治されている現皇帝ヴィント・ディ・アルストレイ様であることは間違ってはいない」
「その答えに誤りはないのですが、仮にそのお亡くなりになれた筈の方々が未だ現存されていた場合、優先順位はどのようになりますか?」
「……ミズシゲ、お前はあの男が大英雄の生まれ変わりだとでも言いたいのか?」
「いえ、彼は関係ありませんよ。私が言いたいのは、王族の方々に対してです。今現在、マリア様がご存命であった場合、現皇帝であられるヴィント様とどちらにお仕えするのが正しいのか?」
「……現在王位を継承されているのがヴィント様である以上、それにお仕えするのが正しい……と言いたいところだが、王位の継承は王が政務を全う出来なくなった場合のみ行われる為、お前の言う仮の話があった場合、継承順位の高いマリア様へ王位を戻されるのが適切だ」
「はい。私の見解もそれと同じです」
「……お前は何が言いたい? それはあくまで仮の話であって…………まさか、仮ではないというのか!?」
驚きに目を剥くセイナに向かって、ミズシゲは小さく頷いた。
「『神滅の抗争』。この争いの中心となった人物は、神と共に消滅したと語られていました。しかし、それは事実ではなかったのですよ。多くの神に愛されたその方が、たった一人の神と共に滅びるわけも無い。ましてや私たちの信奉する大英雄が、例え神が相手であったとしても、自分の孫娘を守り切れない筈も無い」
「……あの、少女のことか!?」
「はい。どのような経緯があったかは知りませんが、神界に隠された彼女は長き年月を経て、再びこの地へと戻りました。神の寵愛。全ての神秘を無力化するギフト【神滅】を持ち、天秤の塔の恩恵としてカインへと与えられたのです」
セイナの瞳が揺らぎ、動揺を抑えようと握った手に力がこもった。
そして、ミズシゲはハッキリと言い放つ。
「彼女の名はマリアン。大英雄と初代皇帝の孫娘にして、アルストレイ帝国三代目皇帝になる筈だった王族。アリス・ヴィル・アルストレイその人です」
「―――っ!!」
「私はマリアンにお願いされたのです。あなた方と対峙する事になった場合は、カインの味方をして欲しいと。これが、私があなたに剣を向けた正当な理由です」
「……馬鹿な、そんなことがあって良い筈が」
「信じられませんか? 私の言葉を、アリス様のことを?」
「元よりお前の事を疑ってなどいない! それが事実だとしたら我らは大変なことをしでかしているぞ! 直ぐに追い掛けなければ、セトの連中が何をしでかすか!」
即座に動き出そうとするセイナに対して、ミズシゲがその行動を制止した。
「問題はありません。アリス様は……いえ、マリアンは全て見通していますよ。でなければ、私がこの場に残ってあなた方の相手をする筈もありません」
ミズシゲの言葉にセイナは少し落ち着きを取り戻した。
「であれば、この後はどうするつもりだ?」
「さて、問題が生じれば【伝意】による指示が来る筈ですが、それがないということは、このまま傍観していれば良いのでは? とはいえ、ファライヤたちの争いは早く止めた方が良いでしょうが」
苦虫を噛み潰したような顔を向けて、セイナはミカゲとルネイスに【伝意】を使って連絡を取る。
「これ以上は争うな。問題が生じた」
セイナがそう声を上げた直後、遠方の山から大きな爆発音と巨大な土煙が上がった。
「ふむ、少々遅かったですね」
悪びれる様子もなく言ったミズシゲに対して、セイナは再び苦い表情を浮かべた。
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