167 半魔
ライアゼスの体に、闘気のような厚い魔力の層が立ち込めた。
カインはそれに目を細める。
並の魔力量では無い。
スキルを多数獲得し、自身のステータス量を大きく上昇させているカインの魔力量も既に並の領域には無いのだが、カインの魔力総量を遥かに超えるこの量は異常である。
先に出会ったヴァルキュリアたち、もしくは魔族であるエリシュナに匹敵する程の量。これ程の魔力をスキルの仕組みを理解せずに得る事が出来るのだろうか?
いや、不可能だろう。だが、いくらスキルを修得しレベルを上昇させたとしても、これだけの量に至れるとは想像出来ない。
であれば、ヴァルキュリアたちもそうだが、魔力量を底上げする為にはもう一つ別の手段があるのでは無いだろうか?
カインはそう思ったが、その考えは直ぐに否定された。
ライアゼスの肉体が一回り大きくなり、その頭部には二本の角が生え、瞳が十字に裂けたからである。
身体を変化させる術がある事は知らない。しかし、あるとするならば、それは生まれながらの特性である可能性が高い。カインはその現象を直ぐに思い至った。
「……魔族……いや、半魔か!」
そう、人と魔族のハーフ。半魔であれば、異常な程に高い魔力量にも、突如肉体が変化する事にも納得がいく。
ただし、噂では聞いていたが、半魔をその目にするのは初めてだった。そもそもが、人と魔が交わる事が稀であり、子が成せるのかという疑問も尽きない。
「そうだ。お前たち人間が大嫌いな魔族の血が、俺には流れている」
「別に俺は魔族を嫌っちゃいない。寧ろ好きだし、愛している」
カインの台詞にその後方に控えていたエリシュナが顔を赤く染め、ヴァイレイナが少しムスッとした表情になった。
その事に気が付く様子もなく、二人の会話は続く。
「なら、俺の事も愛してくれるのか?」
今度はライアゼスの後ろに立つハーニアが、何を想像したのか頰を赤く染めた。
「野郎に愛情を注ぐ趣味は無い。だが、お前が改心して拳を収めるなら、信じてやる事は出来る」
「多くの人間を殺めて来た俺を信じられるというのか?」
「お前に改心する気があるならな」
「くく、随分と上から目線な奴だな。面白い。なら、お前の仲間になってやろう」
「そんなギラついた目をして何を言ってる? 仲間になりたきゃ、まずは誠心誠意謝ってからだろうが」
「脆弱な人間共に下げる頭は無いんでな」
「そんな性格だから、お前は人間に嫌われるんだよ」
「俺を嫌うのは人間だけじゃない。魔族共も俺を嫌う。つまり、俺には最初から居場所が無いわけだ」
「だから、居場所を無くしてんのは、お前のその性格と態度だって言ってんだろうが!」
「何も知らん癖にほざくな」
「お前だって俺の事をなんにも知らねえだろう」
そう言うと、カインとライアゼスは互いに構えた。
同時に二人の後ろで控えていた全員に緊張が走る。
大地をひび割れる程強く蹴り、動き出したライアゼスは速い。ただ、今のカインならばギリギリ対処出来る範囲の動きではあった。
だが、注意しなければいけないのがその手に宿るギフトである。
対処出来るとはいえ、その手に触れる事が許されない。となると対応は非常に難しくなってくる。
刀を構えるカインに対して、構うこと無くライアゼスは突進した。
刀を破壊される恐れがあるため、カインは安易に応戦出来ない。牽制の為に刀を突き出してみるが、それを掴み取ろうとライアゼスが左手を前に出す。
先ほどカインを殴り付けようと振るった拳は右手だった。今度は左手。両手に触れることが危険なのか? はたまた……。
カインは咄嗟に刀を引き、守りに徹する事にする。
攻撃を受ける事は出来ない。
故にカインはライアゼスの拳を躱す、躱す、躱す。
【操術】と【曲水流転】の動きを駆使して、なんとか捌いていく。
拳を躱されたライアゼスが、そのまま蹴りを放った。
―――蹴りはどうだ? 刀で受けてみるか? いや、リスクが高すぎる。
カインがそう考えていると、横合いから差し出されるように振られた尾が、ライアゼスの蹴りを弾いた。
それと同時に網の目を張るような魔力が展開される。
ライアゼスは舌打ちをすると、カインから一度距離を取る。
すると、地面を石に変えながら侵食する魔力が、倒れているグリームエルの手足を石化させていった。
「エリシュナ、安易に触れるな!」
「問題無い、尾は砕かれたとしてもまた生えて来る。それよりもカイン、倒した相手を放置するな! いつ意識を取り戻すとも知れないのだぞ」
「それについては悪い、お前が石に変えるだろうと勝手に考えていた」
「ならばそう言え。私とて心を読めるわけではないのだぞ」
「だが、結局はそう判断してくれただろう?」
「ふん、たまたまだ。理解はしてやりたいが、お前の突飛な考えは読み切れ無い事も多い」
鼻を鳴らしてそう言うと、エリシュナはカインの隣に立った。
「ならエリシュナ、こいつは俺とお前の二人で倒すぞ」
「ふん、それは言われなくともそうするつもりだ」
エリシュナが尾で地面を打ち鳴らすと、それを合図にその場の面々は行動を開始した。
「馬鹿ね! ライだけが相手だと思ってるわけ?」
ハーニアがギフトを使おうとすると、そこへ赤い剣戟が閃いた。
「あっぶな!」
後方に飛び下がり、それを回避するハーニア。
自身へ攻撃を放った者へ視線を向けると、そこにはトリティとヴィレイナが立ちはだかっていた。
「あなたの相手は私たちがします」
「はぁ? まあ、勝手にやれば」
そう言うとハーニアはライアゼスの後方へと、身を引こうとする。
「逃げるのですか?」
トリティの言葉を、ハーニアは嘲るように笑い飛ばす。
「馬鹿だね聖騎士。あんたらみたいな騎士道なんて、私らにはないんだよ。ライが本気を出したんなら、私は後ろに隠れてギフトを使ってるだけで十分なのよ。雑魚二人を直接相手なんてするわけないでしょ」
そう言ってハーニアが背を向けようとすると。
「……顔もブスなら、性格も醜くなるんですね」
ヴィレイナがボソリとそんな事を呟いた。
ピクリと動きを止めたハーニアの目が血走る。
「あ゛あ゛!? 今なんつった!」
「心の醜さは顔立ちに表れるのだと言ったんですよ」
「調子に乗んな小娘。尻の青いガキが舐めた口を利いてんじゃないよ」
「あら? 私の顔立ちに関しては言い返さないんですね。まあそうでしょうね。尻の青い小娘の方が、顔立ちも体付きも良いのですから、口論にもなりませんね」
ハーニアは自身の小振りな胸元に視線を落とすと、青筋を立てて怒りを露わにした。
「殺す!」
上手く釣れた。
ヴィレイナは内心で胸を撫で下ろす。
レイピアを手渡された時、既にこの状況を想定していたのか、カインはヴィレイナとトリティにグリームエルを牽制したあと、ハーニアを任せると告げていたのである。
ヴィレイナは、どのように引き付ければ良いかと悩んでいたのだが、図らずとも直ぐに状況はやって来た。
僅かな攻防の中、相手の能力を探り、どのように挑発すれば良いのかを実践して見せたカイン。
ヴィレイナは、それを真似て実施するだけで良かった。
だがそれでも、カインのように上手くやれるかどうか自信はなかった。
今の発言はヴィレイナにとっての精一杯。その言葉が、相手の琴線に触れ上手く挑発出来たことに安堵の息が漏れる。
しかし、気を抜いてはいられない。
ヴィレイナはカインにハーニアを任されたのである。
引き付ける事は大前提。ここからは、英雄の領域にある敵を倒さなくてはいけないのだ。
出来るだろうか? いや、出来る。
カインが信じた自分を信じ、ヴィレイナは強くレイピアを握り締めた。
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