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165 破壊する概念

 予想外ではあった。


 カインとしても、セトの宰相、マルセイ・ランタラルがマリアンを奪う為に色々と画策している事は分かっていたが、まさかヴァルキュリアをも関わらせて来るとは思わなかったのだ。


 セト王国が抱える手駒にも、名高い英雄は幾人もいる。それらを相手にしたとしても、突破し得る戦力がマリアンズには有った。


 しかし、マルセイが差し向けて来たのは、セト王国とは関係の無いカインが最も対峙したくない相手、ヴァルキュリアだったのである。


 ヴァルキュリアの実力は、カインが絶対に勝てないと感じたあの災害指定、ゼノデュロスでさえたった一人で打ち倒せる程だと言われている。


 世界広しと言えど、災害とまで言われた魔物を倒せる者は、今の時代でヴァルキュリアをおいて存在しないのではないだろうか? そう思える程に彼女たちの戦歴は凄まじいのである。


 情け無い話ではあるが、【操術そうじゅつ】を修得して間もないカインでは相手をする事も難しいだろう。


 その為、渡り合えるであろう仲間を残してその場を後にしたのだが、己自身で何とか出来なかった事に対して、悔しさのような感情がカインの中には渦巻いていた。


 とはいえ、ヴァルキュリアは既に仲間たちに任せてしまっている。今更策を弄したところで、状況が一変するとも思えない。であれば、カインには仲間を信じ前に進む以外の選択肢は現状無かったのである。


 そして、ヴァルキュリアの事を差し引いたとしても、状況は良くない。


 山道を上方へと向かうつもりが、当然のように下方へと誘導させられ、相手の思惑通り戦力を分散させられてしまっているのである。


 ヴァルキュリアさえ動かして来た相手が、他にも仕掛けを用意していない筈は無い。ヴァルキュリアたちの戦闘に巻き込まれないようにと先行させたマリアンたちへ、次の脅威が迫っている可能性も高いのである。


 マリアンたちの後を追って、全力で山道を駆けていたカインであったが、その予想は直ぐに的中する事となった。


 いや、予想よりも早い段階で、既にそれは起きていたのである。



 エリシュナと共に山道を駆けていたカインの視界に、その惨状は広がっていた。


 おびただしい程の血が周囲へ撒き散らされ、木々が腐り落ち陥没する地面。そして、傷だらけになって倒れているウルスナの姿。マリアンを庇いながら立つひび割れた鎧姿のアーマード。ウルスナを庇って立つヴィレイナの息も荒く、その側でトリティは折れた剣を構えていた。


 先頭に立つバッカーはもっと酷い有り様だ。相手を睨み付け、しっかりと地に足を着けてはいるが、全身から流れる血の量が多く、左腕の肘から先がなかったのである。


 脇の下を圧迫して止血を施してはいるが、バッカーの顔色は良くない。直ぐさま手当てをしなければ命に関わる。だが、バッカーたちは対峙する相手へと視線を向けたまま、身動きが取れずにいた。


 視線の先には、三名の男女が立ち塞がっていた。


 ガタイの良い短めの髪をした三白眼の男。細い目を更に細めて、ニヤニヤと笑みを溢すウェーブのかかった赤髪の女。三白眼の男よりも一回り大きな体つきをした、筋肉質な男である。


 カインとエリシュナが到着すると、その場の面々は一斉に視線を向けた。


「カイン!」


 カインの到着を目にしたヴィレイナの瞳が、疲弊した様子から希望に満ちた色へと変わった。


 ヴィレイナの視線に頷き返すと、カインとエリシュナは立ち塞がる三名の前に立ち、バッカーへと声をかける。


「下がれ、バッカー」


「……カイン、こいつらやべえ技を持ってるぜ」


「わかっている。俺に任せて、お前は早く傷の手当てをしろ」


 悪いと声をかけてバッカーが下がると、それを黙って見ていた三白眼の男が声をあげた。


「ファライヤはどうした?」


「さあな。あいつの知り合いか何かか?」


「別に。ただ、お前たちを潰すには、先ずあの女をと思っていたのだが、図らずともあの女が居ない状況が出来上がっているようだからな。少し拍子抜けしたところだ」


「俺たちを潰すつもりってことは、お前らはバン・ドルイドか」


「その通りだ。冥土の土産に名乗っておこう。俺は、バン・ドルイド三頭首の一人、ライアゼス」


「ハーニアよ。よろしくね。直ぐにさよならだけど」


「え? 俺も言うの? あー、面倒臭えな、グリームエルだ。覚えたか?」


 余裕を見せたまま名乗る三名は、バン・ドルイドの幹部と組織筆頭の一人であった。


 ヴァルキュリアのみならず、このような連中をも利用してくるセトの宰相。その手口は侮り難いものがある。


 しかし、この荒くれ共をどのようにして誘導したのか?


 そう思ったカインは、おびただしい量の血が撒き散らされた地面へと視線を向けた。そこには散乱した装備品や細切れとなった衣類の数々。飛び散った生々しい肉片のようなものが見て取れる。


 恐らく生き物の残骸……いや、衣類の切れ端や壊れた装備品がある以上、それは人の形を成していたものなのだろう。


 ヴァルキュリアや冒険者、獣人たちと同様にセト王国からはバン・ドルイドを誘導する為に暗部が派遣されていた筈だ。その姿が見当たらず、傷ついたバッカーやウルスナだけでは、足りないほどの血痕が周囲に撒き散らされている。ということはつまり、飛び散った肉片こそが、元々は暗部であったという事は想像に難くない。


 バッカーの腕にしてもそうだが、人の体を粉々にするだけの何かを連中は持っているということである。


 カイン自身、直接会った事はないが、マリアンたちを襲撃しファライヤによって倒されたエドと同等……いや、それ以上の力を目の前の相手は有している可能性が高かった。


「マリアン! この先の展開は読めているか?」


 ライアゼスたちから視線を外さずに、カインは叫ぶように言った。


 アーマードの影に隠れて一人難しそうな顔をしていたマリアンは、アーマードの後からひょっこり顔を覗かせるとカインの問いに大きな声で答える。


「予想は出来てるけども! それは予想であって予知じゃないからね!」


「十分だ! ならこの先の行動はわかるな?」


「えー、わかんないけど」


「難しい事は何もない! お前は俺を信じて、俺もお前を信じるだけだ」


「良いけど、後で怒らないでよ! わたし心が読めるわけじゃないんだからね」


 何を言っているのかとカインは苦笑いを浮かべた。誰よりも心の機微に敏感で、人の心理を見透かす少女が相手の心を読めないなどという事はない。


 一言一句正確に理解できなくても、相手がどのようなことを考えているのか、何故そのような発言をするのかをマリアンはいつも見通して来たのである。


 故に、カインの言う曖昧な言葉にも、その裏に潜む本質を、マリアンは正確に読み取っているとカインは確信していた。


「うーん、じゃあヴィレイナ、バッカーとウルスナの手当てをしたら、わたしたちは先に行きましょう」


 既に治癒を開始していたヴィレイナは、マリアンの言葉に首を振った。


「いいえ、私はここでカインと共に戦います。マリアンさんは先に安全なところへ向かってください」


 ヴィレイナの言葉を受けて、マリアンは小さく唸ると直ぐに理解を示した。


「あー、それが良いかもね。じゃあ、アーマード、ヴィレイナとトリティは残って貰って、わたしたちだけで行きましょう。あ、カイン、ヴィレイナたちを死なせちゃダメだからね」


 カインは、手だけでわかっていると合図をする。


 そして、治癒が終わるとマリアンたちは早々にその場を後にしていった。


 この場に残ったのは、カイン、エリシュナ、ヴィレイナ、トリティの四名である。


「準備は良いか?」


 ライアゼスはマリアンたちが立ち去るまでの間、仕掛ける素振りも見せずに腕を組んで待っていた。


「待ってくれるとは随分と優しいんだな」


「優しい? 違うな。あの娘に用があるのは、この国の連中であって俺たちじゃない。ようするにあの娘にさえ手出ししなければ、俺たちはこの国で何をやっても許されるということだ」


「悪名高きバン・ドルイドが、国に尻尾を振るとはな」


「ふん、これはあくまでも仕事の一環だ。目的であるお前たちを潰し、金まで手に入る。良い条件だとは思わないか?」


「確かにな。ただし、返り討ちに合わないことが条件だがな」


 カインの言葉に、ライアゼスは鼻で笑った。


「ファライヤのいないマリアンズなど、捻り潰すのは容易い。リーダーであるお前には当然死んでもらう。覚悟はしておくんだな」


 ライアゼスがそう言い終わると、周囲に霧状の魔力が漂い始めた。


 すると、ヴィレイナが大きな声を上げる。


「カイン! その霧の範囲に入らないでください!」


 元より霧に触れるつもりはなかったが、ヴィレイナの注意により大きく距離を取るカインとエリシュナ。すると、霧に覆われた箇所にあった木々が徐々に腐り始めて倒れていった。


「毒……いや、これは呪いだな」


 エリシュナが鼻をヒクつかせてそう言った。


「彼らは三名とも魔法ではなくギフトを所持しています! この霧は赤髪の女の持つギフトです。大柄の男はトリティの剣を素手で折りました。そして、リーダーの男は、人間を拳一つで砕き、バッカーさんの腕を破壊してます!」


「はあ? 赤髪の女って誰よ? 名乗ったばっかなのにもう忘れちゃったわけ?」


「俺も恥ずかしいの我慢して名乗ったんだぜ? そりゃねえよお嬢ちゃん」


 ハーニアとグリームエルが不満を口にするが、カインたちはそれには取り合わなかった。それよりも、カインは相手の力について深く考察する。


 ヴィレイナの簡潔な状況説明により、カインは相手の能力についてある程度把握は出来た。


 魔法とギフトの違いは然程無い。だが、唯一違うとすれば、発動するまでに行われる魔力の流れが違う。己が高めた魔力で現象を引き起こすのが魔法であれば、ギフトは与えた神々の力を流用する。その為、発動の際には僅かではあるが、魔力の動き方に違いが起こるのである。


 その微細な変化を読み取り、ヴィレイナは相手が魔法ではなく、ギフトを用いているのだという事を判断した。


 そして、ヴィレイナの説明により推察出来る相手の能力。赤髪の女ハーニアが扱う霧状の範囲攻撃。これはエリシュナが毒の匂いを嗅ぎ分けた事から、その発言の通り呪いを与える能力なのだろう。


 大柄の男グリームエルが素手でトリティの剣を折ったという事は、折る、砕く、裂くなどの概念を宿した攻撃であったという事がわかる。


 トリティは剣に魔力を這わす【硬刃化】と【鋭刃化】を修得している。その刃を膨大な魔力を用いずにへし折るという事は、魔法の領域にある概念が影響を及ぼしている可能性が高かった。


 そして、拳一つで人の身を粉砕してみせたらしいライアゼス。その概念は間違いなく【破壊】。


 魔力を身に纏う術を修得しているバッカーの腕をも粉砕する力は、概念以外の何物でもない。


 中距離型のギフトが一人と近距離型のギフトが二人。


 ヴィレイナの言葉で目まぐるしく思考を働かせたカインは、いくつもの手段を想定しては捨て去る。


 そして導き出した。


 全員が無事な状態で、目の前の敵に討ち勝つ為の手段を。


 カインが大きく息を吐き出し、腰の刀に手を添えた瞬間。両者は動き出し戦闘が開始された。

読んでくださりありがとうございます。

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