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163 幼き達人

 ミカゲとファライヤの攻防は続いていた。


 胸元から血を滴らせながら、攻撃の手を緩めないファライヤ。その攻撃を両手の双剣で危なげなく受けるミカゲ。


 両者の攻防は互角。そう見えなくもないが、実際にはファライヤの方が不利であった。


 攻めている内は良い。だが、相手が振るった攻撃を躱す事が出来ないのである。


 時折反撃して来るミカゲの攻撃をファライヤも受け流してはいるのだが、受ける度に体のどこかに斬り傷が生まれる。


 深いものもあれば、浅いものもあるが、徐々に奪われる体力と流れ出る血の量がファライヤを疲弊させていったのである。


 ファライヤは、短刀を振るいながら考える。


 ―――必中の概念。それは当たるという前提で行使されているわね。ただ、概念を相手に影響させる為には、魔力そのものを相手へと向けなくてはいけない。ならば、どこで魔力の影響を受けているのかしら? ディエスが攻撃を仕掛ける際、魔力は双剣にしか込められていない。その攻撃を短刀で受けることもあれば、躱す事もある。けれど、どちらの行動をとっても、攻撃が当たるという結果は変わらない。

 受ける傷は一定ではない。深いものあれば、浅いものもある。これは、当たるという結果以外は相手に意図する事が出来ないからでしょうね。

 不規則に受ける攻撃……その攻撃は全て体の正面で受けている。つまり、ディエスと私の間に生じる何かに触れた部分が、概念の対象となっているということ。であるならば、ディエスから発せられる何かに、私は触れている。

 それは何? 探知にもかからない魔力は何処で発生している?


 そう考えながらファライヤが短刀を振るうと、互いの武器に込められた魔力がぶつかり合い、火花のように散った。


 ―――これか。ディエスの持つ武器は、この細かく散る魔力に必中の概念を宿している。つまり、攻撃をしているのは、攻めた時ではなく受けた時。私がこれに触れた時だけ無理に攻撃に転じていたということね。通りで感知出来ないわけね。


 答えに辿り着くと、ファライヤは一度ミカゲから距離を取った。


 その瞬間にディエスは両手に持つ双剣を一つに合わせ、弓の形状を形作ると閃光の魔矢を放つ。


 ファライヤは一度、深く息を吐くと左手を前に突き出した。


 その左手へミカゲの放った魔矢が直撃する。


 した瞬間、ファライヤが手首を返すと、その魔矢は霧散して消えていってしまった。


「一度当たれば消えて無くなるなんて、脆弱な概念ね」


 そう、ミカゲの放つ必中の一撃は、当たるという前提の下に放たれているのである。


 先の戦闘を振り返れば、当たったという結果さえ残れば、その魔矢は概念を失い霧散する。つまり、手に魔力の層を作り、その魔力へ当たった瞬間に軌道上から逸れる事が出来れば、ただの魔矢と何も変わらない。


 ただし、音速を超える速度で放たれた矢の攻撃に対して、そこまで精密な魔力操作と動きが出来ればの話ではあるが。


 だが、その常人離れした動きをファライヤはやって退けたのだ。



「……感心しています。僅かな攻防の中で正解に辿り着き、行動してみせるその実力。これが予備隊の試験であれば、間違いなく合格出来ていたでしょうね」


「あらそう? なら次は剣烈で勝利してみようかしら」


「挑まれますか? 剣烈に」


「冗談、ヴァルキュリアになど興味は無いわ。それにわざわざ祭りに参加するのも面倒ね」


「……この場でも行えますよ。我らには、独自に剣烈を行う権利がありますから」


「だから興味ないと言っているでしょう。それに、そんなものを行わなくても、一度の敗北も許されない貴方たちは、負ければ終わりなのだから同じでしょう」


「ただ敗北するのと、次代が控えている中で敗北するのでは意味合いがまるで異なります」


「そう、ならばただ敗北して悔しい思いをしていなさい」


 ファライヤがそう言い放つと、ずっと落ち着きを見せていたミカゲが笑い声を漏らした。


「ふふ、ヴァルキュリアとなって、そのように強気な発言を受けたのは初めてです。そして、強がりではなく、あなたはそれが出来ると本気で思っている」


「何がおかしいのか知らないけれど、勝てると思っていなければ一人引き受けるなんて言わないわ。私が言い出さなければ、カインは別の手段をとっていたでしょうし。出来もしない癖に言い出すなんて、正直迷惑だと思わないかしら?」


「あなたの言い分は正しい。ですが、勝てると思う事と実際に勝てるかどうかは別問題です。そして、世の中の人々は……それにあなたもですが、ヴァルキュリアの持つ力を少々みくびっているように感じます」


 そう言うと、ミカゲの周囲が歪んだ。


 いや、その禍々しい程に厚い魔力が、光を妨げるように展開されたのだ。


「魔装を装備しなさい。でなければ、次の一撃であなたはチリと化します」


 肌をチリチリと焼くような熱が伝わり、ファライヤの額からは汗が流れ落ちた。


 それでも、ファライヤは強気な姿勢を崩さない。


「そういうことは、私から【魔装】を引き出すだけのことをやってから言って頂戴」


「困ったものですね。後悔してからでは遅いというのに」


 溜め息と共にミカゲは、光をも歪める程濃密な魔力を周囲に展開した。






 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





「さて、向こうもおっ始めてるみたいだし、この辺りで良いんじゃないのかい?」


 ファライヤたちとは随分と離れた山の中腹で足を止め、イセリアはルネイス・オチアへ言葉を向けた。


 イセリアに合わせて立ち止まると、ルネイスは無言のままに頷く。


 そして、イセリアは腰の剣を抜き放ち、ルネイスは一本の槍を取り出して構えた。


「なあ? あんたを倒したら、私がヴァルキュリアになれるんだろう?」


 イセリアの陽気な言葉に、ルネイスは首を傾げる。


「なれない」


 抑揚のない幼げな声でルネイスがそう答えると、イセリアは憤慨するように声を荒げた。


「なんでだよ! ヴァルキュリアに勝った奴が次のヴァルキュリアになるんじゃないのかよ!」


「剣烈に勝てば、なれる。けど、お前にはその資格がないし、そもそも私に勝てない」


「はあ? 資格がないとかあんのかい? 聞いてる話と違うんだけど! つか、勝てないとか決めつけるのやめてくんない?」


「ヴァルキュリアは誰にも負けない。あと、お前が予備隊の面接で大英雄を馬鹿にしたのを私は知ってる」


「なんだい? ヴァルキュリアにまで知られてるとか、私も有名になったもんだね」


「違う、たまたま私の部下が面接をしていたから、報告を受けただけ。ぶっ殺してやろうと思って素性を調べてたら、シエテに止められた」


「なんだい、余計なことをする奴が居たもんだね。そのままぶっ殺しに来てくれれば良かったってのに」


「大丈夫。結局機会はやって来た。ここでお前をぶっ殺してもシエテには怒られない」


 そう言うとルネイスは、槍を構えたままキュッと足先に力を込めた。


 その一挙手一投足を、イセリアは目を細めて見る。


 隙の無い構え。だが、槍の長さが背丈と合っていない。他のヴァルキュリアと比べると明らかに小柄で、その構えには経験の少ない幼さのようなものが伺えた。


 それでも、油断出来るような事では無い。体の成長に伴い安定する軸と、経験によって軟化する構えの柔らかさが僅かに足りないというだけ。


 体から立ち上る魔力量と、体のいかなる箇所へも伝達し易いように待機させている魔力操作は、それだけを見ても強者である事はわかる。


「……あんたいくつだい? 随分若いみたいだね」


 全身鎧に覆われて、その容姿を確認する事は出来ないのだが、イセリアは構え一つを見て確信するように言った。


「……十三。それがお前に関係ある?」


「いや、全く関係ないんだけどね。ていうか、ここ数十年は剣烈に勝ったって話を聞いてないんだけど、なんでそんな若い子がヴァルキュリアにいるのかって思ってさ」


「お前は馬鹿なの? 剣烈が行われなくても、誰かが引退すればその席は空く。その席を埋める為に、一般に公募したりするわけがない」


「口悪っ! さっきから思ってたけど、随分と口の悪いガキだね」


「年齢を聞いた途端に子供扱いするとか、やっぱりお前馬鹿でしょ」


 そう言った直後に、ルネイスは予備動作もなく手にした槍を放った。


 子供が放つような一撃ではない。


 あまりに自然で、常人ならば目の前で槍を突かれているのにもかかわらず、その攻撃を認識出来なかっただろう。


 しかし、軽口を叩きながらも、ルネイスの動きを警戒していたイセリアは、その音速の突きを手にした剣で鮮やかに捌いて見せた。


「……危なっ! つか、魔力すら予備動作なく動かすとか、達人かよ!」


 どうやらギリギリであったようである。


 体に合って無い槍とまだ安定していない軸もあり、完全ではない筈の構えではあったが、そのひと突きは既に完成された高みにあった。


 イセリアは正直な感想を口にしただけなのだが、その飄々とした態度がルネイスには馬鹿にしているように見えたのだろう。


 イセリアからは兜越しで見えないが、ルネイスの額にビキッと青筋が立ちその目がキッと細められた。


「やっぱりお前は、ぶっ殺した方が良い」


 物騒な台詞と敵意を向けられて、イセリアのヴァルキュリアへの挑戦が開始された。

読んでくださりありがとうございます。

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