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162 万象を穿つ必中の弓

「この辺りで良いでしょう」


 僅かな時間で山の中腹までやって来たミカゲ・ディエスは、そう呟くと足を止めた。


 その後方から、攻撃を仕掛けるわけでもなく素直に追従していたファライヤは、ミカゲに合わせて足を止めると、遠方で崩落する山頂を眺めてニマニマと笑みを浮かべていた。


「何かおかしなことでも?」


「いいえ、カインを試しに来たあなたたちが、素直に一対一を受けるとは思っていなかったものだから」


「さて、シンシアがどのように考えているかはわかりませんが、私はあなた方の実力も含めてカイン・マークレウスだと考えています。大英雄とて、一人で偉業を成したわけではありませんので」


「あら、意外と柔らかい考え方をしているのね。シンシアは随分と堅物のように思えたけれども」


「彼女は自分の気持ちに実直なのですよ。言葉にはしていませんが、その部分に関しては私も同じです。本来であれば、ここには全てのヴァルキュリアが揃っていたことでしょう。けれど、この場へ赴かなかった者たちは、皆一様にレーヴェンに任せておけば良いと言っていました」


「つまり、大英雄が好き過ぎて、自分の目で確かめなければ気が済まなかった三名が、この場へとやって来たということね」


「お恥ずかしながらその通りです。他の者たちが何故そこまで落ち着いていられるのかが、我らには理解しかねますが」


「シンシアにも言ったけれど、それならばミズシゲのようにカインと共に旅をして、その本質を見極めれば良いのではないかしら?」


「それには及びません。我らとてレーヴェンの目を疑っているわけではありません。間近に居たレーヴェンが意を唱えてこない以上、カイン・マークレウスにはその名を名乗る資質があるのでしょう」


「それが理解出来ていて、何故、力のあるなしを確認するのかしら? 試すというには子供の駄々のように思えるけれど?」


「刃を交えるのは、我らが個人的に納得する為です。彼が試されているのは、この国で起きているいざこざをどのように対処するか。その一点です」


「……つまり、あなたたちはセト王国の仕掛けに一枚噛んで、こちらの主力を足留めするつもりでもあったと?」


「その通りです。国の思惑すら挫けぬ内に、大英雄の名を語るな。それが、我ら三名が出した最終的な見解です」


 言い終えると、ミカゲはどこからともなく金属で出来た弓を取り出した。


 果たしてそれを、弓と表現して良いものか。


 ミカゲの取り出したそれは、握りの部分から歪曲する刃物が両端まで伸びており、矢を弾く為の弦が取り付けられていなかった。


 しかし、ミカゲがその弓を構える姿は、決して矢が放たれないとは想像出来ない程、堂に入っている。


 何よりも、纏った魔力が物語っていた。


 矢は放たれるのだということを。


「お喋りはこのくらいにしておきましょう。どの道、私とあなたが争う未来は変わらないのですから」


 ミカゲの言葉にニヤリと笑みをこぼすと、ファライヤは短刀を抜き放ち構えをとった。


 その表情は、普段通り余裕すら伺えるニマニマ顔であったが、ファライヤが構えをとることはあまり無い。


 今まで、圧倒的な実力を見せつけて来たファライヤですら、余裕を持って対峙して良い相手ではない。そう判断したが故に、強い警戒心が自然と構えを取らせていたのである。


「では、挨拶代わりです」


 ミカゲがそう言うと、右手に魔力が集まり始めた。


 左手で弓を握り、右手で無い筈の弦を弾く。


 その瞬間。


 ファライヤは大きく身をよじっていた。


 閃光の如く放たれたその一撃は、ファライヤの立っていた空間を真っ直ぐに通過すると、木々を何本も抉りとり、それでも勢いを削がれずに彼方へと消えていったのであった。


 ミカゲの放った矢が通過した後には、綺麗に抉り取られた木々が立ち並び、大きく抉り取られて大木を支えきれなくなった数本が、メキメキと音を立てて倒れた。


 挨拶代わりにと放たれたその一撃は、当たれば必殺となる程の威力を宿していたのである。


 地面を横に旋回してそれを躱したファライヤだったが、体勢が整った時には既に二の矢が放たれていた。


 セイナの放った【崩】の一撃にも負けず劣らないその攻撃を、人の反射神経だけで躱す事は難しい。


 例えその攻撃が目に見えていたとしても、その速度に肉体が追い付かない。躱すのであれば、事前に予測し動き出していなければ対処は出来ないだろう。


 だが、ファライヤはその攻撃に反応して見せた。


 体勢が整うのと同時に足の魔力を地面へと向けて放出し、その反動のままに蹴りを放ったのである。


 垂直に上げられた蹴り技が、ミカゲの放った閃光の一矢を上空へ向けて弾き飛ばす。


 その洗練された蹴り技に、ミカゲは思わず感嘆の声を漏らした。


「ほう、躱すのはともかく弾かれるとは……では数を増やしましょう」


 そう言って続け様に放たれた三本の矢。


 ほぼ同時とも見えるその攻撃を、ファライヤは一切の無駄の無い動きで全て弾き返して見せた。


 弾かれた矢が木々を薙ぎ倒し、周囲の森は瞬く間に開かれていった。


 倒木により土煙が立ち込める中、その中へ溶けるように身を潜ませるファライヤ。


 ミカゲにファライヤの姿が見えているのかいないのか。堂々と構えた弓から再度矢を放った。


 既に土煙の中を移動していたファライヤがいる場所とは、見当違いの場所へと三本の矢が放たれる。


 それをチラリと横目で確認した後、ファライヤが身を沈ませて疾駆した。


 ミカゲの背後へと周り込み、その後ろ姿へと短刀を振り上げる。


 しかし。


 振り上げた瞬間にファライヤは目を剥いた。


 ミカゲは弓を構えたままで、次の一手は放たれていない。だというのに、ファライヤへ向かって閃光の魔矢が向かって来ていたのである。


 咄嗟に身を捻って躱すファライヤであったが、予想外の攻撃に対応が間に合わず、肩と腿を撃ち抜かれ負傷した。


 呻き声を漏らすファライヤに向かって、ミカゲは振り向き様に蹴りを放つ。


 両腕を交差してそれを受けたファライヤであったが、ただ突き出されるように放たれた蹴りが恐ろしく重い。


 精密な魔力操作により、蹴りによるダメージは負わなかったものの、その体が空中へと投げ出された。


 そこへ、先程と同様に放たれていない筈の閃光の魔矢が迫り来る。


 ―――誘導!? あの速度の攻撃を!?


 そう。ミカゲの放った矢の攻撃は、その勢いの所為で彼方へと消えては行ったが、的へ向かって誘導され戻って来たのである。


「私の弓は万象を穿つ必中の弓」


 その形状からは想像出来ないが、ミカゲの持つ弓。これもエラーが創りし十四本の魔剣の一つであった。


 その名は【クリティカル・エイム】。


 対象を打ち抜くまで、攻撃をやめない魔矢を放つ魔剣である。


 狙われたが最後。その攻撃を受けるか霧散させる以外に止める方法は無い。そして更に、ミカゲが込めた魔力は常人の物とは明らかに性質が異なった。


 この弓はあくまでも、必中という概念を元に生み出されたのであり、あれ程の威力と速度を無条件に放てるわけでは無い。


 魔力量もさることながら、魔力の性質を最適な状態へと変質させる事により、より速く、より強い攻撃へと変化させているのである。


 その為、ミカゲの放つ一矢は、躱す事も困難。霧散させることも難しい。最強の一撃へと昇華したのであった。



 宙に体を浮かせた状態で、ミカゲの魔矢を捌き切る事は難しい。何よりも肩と腿に受けてしまった傷が厄介で、ファライヤの動きを鈍らせる。


 それでも、ファライヤは落ち着いた様子で思考を巡らせていた。そして、先程受けた二本の矢が、ファライヤを貫いた瞬間に消えた事から、その性質を理解する。


 故に、ファライヤは魔矢を躱す事をやめた。魔力を緩め、無抵抗のままにその攻撃を受ける事を決める。


 空中に投げ出されたファライヤを、閃光の魔矢が弄ぶかのように穿っていく。


 その一つが、終にはファライヤの胸を貫いた。


 抵抗する事なく落下し、地に体を預けピクリとも動かないファライヤ。その姿を目にしても、ミカゲは油断する事なく弓を構える。


 そして、地に倒れ伏したファライヤから、クツクツと笑い声が漏れた。


「ふふ、少しは油断して欲しいのだけれど?」


 ゆっくりと起き上がり、ファライヤが砂を払いながら言った。


 立ち上がったファライヤの服は所々に穴が空いてはいたものの、その体には傷一つ残っていない。


「あなたの事については報告が上がっています。我らと同じく【魔装】を扱う者が居ると」


「それはわかっているけれど、抵抗虚しく倒れた私に対して、随分と警戒するものね」


「【魔装】を出す前に死ぬような輩であれば、報告など上がっては来ないでしょう。現にあなたのそれは……ギフトの類ですね?」


「さて? なんでしょうね? 魔法かもしれないわね」


「どちらも同じようなものでしょう。ですが、条件のようなものが見えますね。使用したのではなく、私の矢があなたの胸を貫いた瞬間にそれは発動した。つまり、特定の条件下でなければ使用出来ない。もしくは、発動出来ないといったところでしょうね」


「使わなかっただけかもしれないわ」


「それもそうですね。油断を誘う為に最初に攻撃を受けた際、敢えて使用しなかった。それも考えられます」


「……惑わされない理屈屋って面白く無いわね。騙し甲斐がないのだもの」


「それは申し訳ない。ですが、戦場において相手の言葉に踊らされる馬鹿などいないでしょう」


「残念なことに、あなたが考えている以上に世の中にはそんな馬鹿が多いのよ」


「なるほど。でしたらお分かりいただけたと思いますが、私のことをそのような連中と同列だと考えないでください。いつまでも常識に囚われていると、あっさり死んでしまうかもしれませんよ?」


「ご忠告痛み入るわ」



 互いに再び武器を構えて対峙すると、ファライヤはふぅと息を吐いた。そして、その瞳がギラリと輝く。


 そして。


 ミカゲが矢を放つ間も無い程に刹那の瞬間、二人の間合いをひと息に詰めて短刀を振るったのである。


 だが、さすがはヴァルキュリアであった。


 目にも止まらぬ速度で迫ったファライヤに対して、その攻撃の軌道を完全に読み切って見せ、危なげなく躱した後に魔矢で反撃をしてきたのである。


 その攻撃をファライヤは、放たれる前から動き出して躱していく。


 最早、目で追える速度を超えた動きに対して、二人は互いの動きを読み合うように攻守を入れ替えて戦闘を繰り広げていた。


 しかし、拮抗するかと思われたその攻防は、直ぐに崩される。


 ミカゲの放った魔矢が戻って来ると、ファライヤは四方からの攻撃に対処しなくてはならなくなってしまったのだ。


 瞬く間に距離を詰めて来る魔矢を対応しながら、ミカゲと近距離での攻防を繰り広げられるわけもない。ファライヤは仕方なく距離を取る……のではなく、逆に距離を詰めたのであった。


 誘導され追尾して来る魔矢ではあるが、その速度の為か咄嗟に軌道を変える事が出来ない。


 接近された状態では、横や上からの攻撃はともかく、後ろからの攻撃はそのまま自身にも届き兼ねないのである。


 ファライヤが輪廻のギフトを活かし、自身諸共魔矢を貫かせようとしている事は明らかだった。


 それがわかっていて、敢えて乗ってやる必要もない。


 ミカゲはファライヤの後方から迫る魔矢を消し去り、左右と上方から迫るものだけに絞った。


 絞った瞬間、ファライヤが一歩後退する。


 その直後に三方から迫った魔矢は、互いの威力によって相殺された。


 空間に魔力が弾ける衝撃が伝わるが、ファライヤは構わず再度ミカゲへと詰め寄った。


 迎え打つように魔矢を放たれるかもしれないが構わない。放たれる魔矢ごと叩き斬る。


 そのつもりで魔力を込めて振るった短刀であったが、ファライヤの予想とは違いミカゲの手に持つ剣によって阻まれてしまった。


 ミカゲは先程まで手にしていた弓を持っていない。


 気が付けば、ミカゲの両手には鋭利な刃を持つ双剣が握られていたのである。


 その形状は、先程まで手にしていた弓と酷似している。いや、手にしている柄の部分を合わせれば、先程の弓と同じ形状になるだろう。


 そう、ミカゲの持つ【クリティカル・エイム】は弓の形状をしてはいたが、魔剣なのである。


 そして、その概念は必中。


 片腕でファライヤの短刀を受け、空いたもう一方で振るわれる一撃。


 動きを見切ったファライヤはその一撃を、スルリと躱した……筈だったのだが。その胸元には何故か大きな斬り傷が出来上がり、おびただしい量の血液が噴き出した。


「言ったでしょう? これは必中の弓だと」


 静かに告げるミカゲの言葉に、ファライヤは獰猛な瞳をギラつかせて大きく口元を歪めて笑った。

読んでくださりありがとうございます。

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