016知られざる概念
ファライヤは縦長に加工された石灰石を取り出すと、黒板の中央にカリカリと大きく『ステータス』と書いてみせた。
書かれた場所を木製のステッキでコツコツ叩き、説明を始める。
「当然のことだけれど、ステータスという基礎値が上昇すれば、それだけで能力が上昇するわ。筋力のステータスが一定値にまで上昇すれば、魔術を使用せずとも拳で岩を砕くことも可能よ。それを踏まえた上で、結論から言ってしまうけれど。ステータスを上げる為には、個人のレベルを上昇させるか、スキルを取得する。または、取得したスキルのレベルを上昇させることで可能となるのよ」
「レベル? スキル?」
「レベルとは、倒した敵の数によって上昇する戦闘の経験値を表した値よ。レベルが高い人物ほど、ステータスの値も高くなり経験も豊富になる。個人の強さを表す基準みたいなものね。そして、スキル。これは技術や才能といったものかしら? 剣術を磨けば剣術のスキルが身に付き、熟練度が上がるとスキルレベルも上昇していく。当然、スキルに応じたステータスの上昇も見込めるわ」
そう言ってファライヤは、黒板に『レベル』、『スキル』、『スキルレベル』と書き足した。その三つをステータスに『=』でつなげる。
「レベルの上昇の仕方は単純明快。多くの敵を倒すことで次第に上昇していく」
「それならば、俺たちはかなりの実践経験を積んでいる。それにしては、実力が頭打ちになっているように感じるが?」
「レベルの上昇は簡単には行われないのよ。レベルが上がれば上がるほど、次のレベルになる為に必要な経験値の量が増していくの。そして、自分よりレベルの低い相手を倒したとしても、得られる経験値はそれほど多くない。もし、本気でレベルを上げるつもりであれば、自分より高いレベルの相手を常に相手にしなくてはならない」
そう言われカインには思い当たることがいくつかあった。
強敵と言われる魔物を討伐した際、体が軽くなったような力が湧いてくるような感覚に陥ったことが過去に幾度かあったのだ。
その時は、興奮しているのだなと思い込んでいたのだが、壁に行き当たったときはその感覚のあと、今まで出来なかったことが急に出来るようになったりもした。
今考えても不思議な感覚ではあったが、レベル上昇によりステータスが上がった為だと説明されれば、それはそれで納得が出来てしまう内容ではあった。
「レベルを上げることは必要だけれど、効率的ではないわ。私たちにはレベルを見ることは出来ない。得られる経験値の量も不明。次のレベルに必要な量もわからない。これでは効率的にレベルを上げることなんて不可能に近いわ」
「わたしたちにはってことは、レベルを見ることができる人間がいるってことですよね」
ミーアが疑問を口にした。
「そうよ。『鑑定』というスキルを持つ者は、自分と相手のレベル。得られる経験値。取得しているスキルなどが目に見えるようになるわ」
「その鑑定とやらはどうやって使えるようになるんだ?」
「身に着けることは無理ね。いえ、取得方法はわかっていないというのが正しいかしら?」
「なんだかマリアンの受け売りというより、もともと知っているような口振りだな」
「察しが良いのね。カインの言う通り、ここまでの話は私自身も知っていたことよ。マリアンの話を聞いて私が知らなかったことは、スキルの構成と種類についての知識だけね」
「スキルの構成?」
「そう。話を戻すけれど、レベルを上げる行為はリスクが高く、それでいて不確定な要素が多い為、あまりお勧めできる方法ではないの。では、どうやってステータスを伸ばすのかというと――」
「スキルの取得と構成か」
「その通り。スキルは取得するだけで、ステータスを上昇させる効果を持っているわ。そして、スキルレベルが上昇すれば、それに比例してステータス量も上がっていく。つまり、自分よりレベルの高い相手と戦闘を行い、命賭けのリスクを背負うよりも、安全に力をつけることができるのよ」
そう言ってファライヤは、黒板に書かれた『スキル』の箇所に大きく丸を描いた。
「スキルの取得はそれほど難しいことではないわ。スキルに対応する行動を行い、熟練度が一定値を超えることで取得することができる」
「それなら皆がみんな、それなりのスキルを持っていることにならないか? 今更そのスキルとやらを取得して、大きな差がでるとは思えないが」
「スキルはレベルと同様、可視化できるものではないのよ。一般的には才能があるなんて言葉で言い表されている程度で、認知されているわけではないの。全ての行動がスキルに適応しているわけではないから、闇雲に動いてもスキルの取得につながるわけではない。ただし、運が良ければ話は別。時たまいるのよね。行動の多くがスキルに対応してしまうような当たりを引く人間が。現在ギフトも持たず一騎当千の力を有した英雄や闘千と呼ばれる者たちなんかもそれに該当するのでしょうね」
「スキルを取得していけば、そんな連中ともやり合える様になるのか?」
「なるわ。寧ろなってもらわなければ、大英雄になど届くわけもないし、ヴァルキュリアやシグルスの代わりとなる戦力も作れない」
「お前もマリアンも勘違いしているようだから言っておくが、俺は大英雄のように国を興そうなどと考えているわけじゃないぞ」
「わかっているわよ。種族を問わず助けたい者を助けたいのでしょう? けれど、それを願ってしまったら、自ずと大英雄と同じ道を歩むことになるわ。あなたは、助けた者を自己満足で助けたまま放っておくつもりなのかしら? そうでないのなら、この先何十、何百、何千と手を差し伸べた者たちを、傍に連れて歩くのかしら? 違うでしょう? 虐げられた者に手を差し伸べるなら、その者たちが平穏に暮らせる場所が必要になる。最初は小さな集落でもいいでしょう。けれど、人が増えて行けば街になり、国となる。国を維持する為にはより強い力が必要になってくる。ほら、結果あなたは一国を築き上げることになってしまうわね」
ファライヤの言葉にカインは頬を引きつらせながらも、反論することは出来なかった。
「最終的にあなたがどのような方法を見出すかはわからないけれど、今はこうなることが目に見えているのだから、そのつもりで行動するにこしたことはないでしょう?」
「お前は俺が本当に大英雄になれると思っているのか?」
「あら? 偉そうな理想を口にした割に自信がないのかしら?」
「そうじゃない。俺のことを良く知らないお前が、何故当然のように肩入れするのかがわからないだけだ」
「カイン。おかしなことを言うのね。私は最初からあなたに興味津々だったと思うけれど。でもそうね。私があなたに同行することになった経緯を話しておこうかしら?」
そう言うとファライヤは、目を細めて笑った。
妖しくも美しいその笑顔は、悪意とも好意ともとれる感情が見え隠れする。
「あなたとの手合わせで私の興味はより強いものとなった。力は足りないものの、戦闘における判断力は抜群に優れていると感じたわ。Bクラスの冒険者で埋もれるには惜しいと思う程にね。それで、あなたを私の手で育て上げようと考えたのだけれど、予定外の幕引きになってしまった所為で困ってしまったのよ」
まさか倒しきられてしまうとは思っていなかった。
そう言ってファライヤは肩を竦めてみせる。
「仕方がないので、寝込みを襲って無理やり教育しようかどうか悩んで、宿の周りをウロチョロしていたのだけれど、丁度よくマリアンに見つかってしまったのね。
聞けばマリアンはあなたを英雄にしようとしているというじゃない。これは丁度いいと思って、私はマリアンの剣としてあなたに同行することにしたのよ」
あっさりと述べられた台詞の中になにやら不穏な内容が含まれていた。
ファライヤならやり兼ねない。いや、この女はそう決めたら絶対にやる。そう思わせるだけの雰囲気をファライヤは持っている。
カインは危うく身に降りかかるところだった不幸を、未然に回避したマリアンに心の中で感謝をした。口に出すと調子に乗るので、あくまでも心の中でだけ感謝を述べておく。
「私はあなたを少しだけ育成しようと思っただけなのだけれど、先日あなたの話を聞いて考えを改めたわ。この手で大英雄を育て上げるなんて、とても興奮する話だとは思わないかしら」
そう言ったファライヤの瞳は獰猛な獣のようにギラ付いていた。
その視線を受け、カインだけではなく、その場の全員が背筋に悪寒のようなものを感じて頬を引きつらせた。
しかし、マリアンだけは相変わらずケロっとした表情のまま。うんうんと何故か共感するように頷いている。
「さて、また話が横道に反れてしまったわね。繰り返すようだけれど、スキルは目に見える数値ではない為、取得の可否を判断することが難しいの。けれど、どのようなスキルがあるのか、そのスキルの取得条件はなにか、それを知り得ていれば、ある程度の判断は可能となってくる。私がもともと知っていたスキルは五十二種。そして、マリアンは百七十二種ものスキルの知識があるようね。私とマリアンの知り得るスキルで重複している分を差し引くと、計二百十一種。これからあなた達にはこの二百十一種のスキル全てを取得してもらうわ」
「簡単に言ってくれるが、スキルの熟練度ってやつはそう簡単に得られるモノなのか?」
「いいえ。スキルの熟練度もレベルと同様、スキルレベルが上昇することで必要な値が増していくわ。スキルレベルの到達点は十レベル。剣術で例えるなら、達人の領域にまで達してようやく辿り着くものよ」
「そんなものを二百十一も取得できるとは思えないのだが?」
「地道に鍛錬を繰り返しているだけでは不可能でしょうね。けれど、その不可能を可能に出来るような知識がマリアンにはあったわ」
カインがマリアンの方にチラリと視線を向けると、マリアンは得意げな顔をして胸を反らした。その表情がなんだか無性に腹が立つ。
「スキルにはエクストラスキルというものが存在しているわ」
「エクストラスキル?」
「そう。一定の条件を満たした場合、特別なスキルを取得することができるのよ。そのスキルは、通常のスキルよりも遥かに高い補正値を有しているわ。そうね。例えば、剣術と格闘と槍術のスキルを取得すると、戦士というエクストラスキルが得られるわ。街の衛兵よりも訓練された兵士の方が強いのは、スキルによる影響が大きく関わっているの」
「誤差の範囲だろう? 大した訓練も受けてない衛兵より兵士の方が強いのは当然のはなしだろう」
「では、例えを変えましょう。鍛冶、酒豪、斧術のスキルを一定のレベルまで上げると、剛腕のエクストラスキルが得られるわ。剛腕のスキルは筋力のステータスに百を加算する強力なスキルの一つよ。私も正確にステータスの値を測ることはできないけれど、基準としては、そうね。筋力百でアーマード半といったところかしら?」
「逆にわかりずれぇよ!」
「そうかしら? アーマードぐらいの膂力があって、筋力が二百に届くというおよその基準よ。その半分だからアーマード半。物差しとしてわかり易いと思うけれど。というより、鍛冶が得意でお酒が大好きで、武器に戦斧を用いる種族に心当たりはないかしら?」
「……ドワーフですか」
「そうよ。ドワーフは我々人間よりも小柄なくせに、力が強い者が多い。これは、種族柄、エクストラスキルを取得し易い環境が整っている故よ」
「…………」
「エルフという種族に至ってもそう。エルフの持つエクストラスキルは『魔渦』。これは魔力の総量を格段に上げる補正があるわ。エルフが異様なほど魔力量が高いと言われているのは、このエクストラスキルのお陰よ。種族柄、彼らは掟を強く信奉する種族であることから、その掟を遵守することにより、そのスキルを得るに至っていると考えられるわ。つまり、何が言いたいのかというと、エクストラスキルには通常のスキルでは得られないような大きな恩恵があるのよ」
そうは言われたが、ファライヤの言葉を鵜呑みにすることは難しい。
これまでカインたちが培ってきた認識を大きく覆す概念。理解は出来たとしても易々と信じるには、どうしても抵抗があった。
しかし、大英雄の生涯を眺めていたマリアンがファライヤの説明を聞く度に、視界の隅でうんうんと頷く姿が目に入る。そして、否定する根拠もまるで見当たらない内容に、疑いの目を向けながらも納得せざるを得ない状況ではあった。
一同が困惑気味の表情を見せる中、それでもファライヤはニマニマと笑みを浮かべたまま、説明を続けた。
「多大な恩恵を与えるスキルの一つに『才能』というエクストラスキルがある。これは、スキルの熟練度を飛躍的に伸ばす特性を持っているわ。取得条件はスキルレベルの合計値が百レベルに到達すること。このスキルを取得することによって、あなた達は何倍もの速度でスキルレベルを上げることができるようになるわ」
「百レベルというものがどの程度かわからないが、それでも途方もない数字に聞こえてくるんだが?」
「途方もない数字であることに間違いはないでしょうね。けれど、今わたしたちにはスキルの種類と取得条件がわかっている。五十程度のスキルを全てレベル二にすることができれば、合計値を百に届かせることは不可能ではないわ。ちなみに、また剣術で例えるけれど、剣を扱えるようになってレベル一、他の武器より得意になってきてレベル二といったところでしょうね」
「つまり、これからスキル取得の為に手広く半端に出来るように訓練するということか?」
「ご明察。ここまででなにかわからないことはあるかしら?」
「レベルもスキルも今一ピンと来ないが、概ね理解はした。だが、あまり詮索はしたくないが、ファライヤ。一般的に知られていない知識を何故そこまで詳しく語れる?」
「いいわ。別に隠すつもりはないので答えましょう」
そう言ってファライヤは、手に持ったステッキで自分の肩をポンポンと叩き、僅かに思案するように間を置いてから語り出した。
「転移者、転生者という者たちが居ることを、あなたたちは知っているかしら?」
「転移者? 異世界からやって来たと言われている連中のことか? 聞いたことはあるが、ただの噂話だろう?」
「いいえ。転移者や転生者は実在するわ。現に私は彼等からこの知識を得ているのよ」
「出会ったことがあるのか!?」
「ええ。暫くの間、共に旅をしていたわ。その時、彼が有していたスキルが『鑑定』よ。彼の目を通して、私は自身のレベルとスキルについて知った。そしてステータスが上がる仕組みについても理解できたわ」
「そいつは今どうしている?」
「死んだわ」
「死んだ?」
「ええ。私が彼と共に旅していた地は、強力な魔物や魔族が跋扈する未開の地――魔国だったのよ」
「……魔国」
「異世界からやって来たという彼は、特別なスキルや知識を多く持っていて、それはもうおかしなくらいに強かった。けれど、私も彼も己の力を過信してしまったのね。ある時出会った一人の魔族に対して為す術もなく敗北したわ。命辛々逃げ延びたのは私一人だけ。彼はその時に命を落とした。だから、彼の知識を得ることも、『鑑定』のスキルを得ることも既に出来ないのよ」
「……そうか」
ファライヤの何処か陰があるような言葉に、カインはこれ以上の追求をすることができなかった。
周囲には影が落ち始め、沈黙した一同に宵の始まりを告げるのだった。
次話、恐らく翌日の7:00に投稿
気を付けていても、投稿後に気が付く誤字脱字の嵐……。
何故投稿前には気が付かないのか……。
あと、読んで頂きありがとう御座います。




