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158 もう一人の戦士

 予想外の事態に、カインは目まぐるしく思考を働かせていた。


 セト王国がマリアンを奪う為に、何やら画策していることは知れていた。カインたちを追い込み戦力を分散させる為、相応の戦力をぶつけてくる事も想定出来ていた。


 だが、それがまさかセト王国とは繋がりの無い、ヴァルキュリアであるとは思いもよらなかったのである。


 確かにセト王国にもヴァルキュリアに匹敵すると言われている英雄が、幾人か存在している。


 しかし、それは強大な力を保持するアルストレイに対抗して、国が力を誇示する為に広められた噂に過ぎないとカインは考えていた。


 何故なら英雄や闘千が一人で千の兵士を打ち倒すと言われるように、ヴァルキュリアはたった一人で万の兵士を殲滅すると言われているからだ。


 事実、長い時を経て、それだけの戦歴を残しているのはヴァルキュリアをおいて他にないのである。


 三百年という月日の中で、ヴァルキュリア以上の覇業を成し得たとされる者は存在しない。


 正しく人類最強の存在。


 大英雄が残した究極の戦士。


 その究極とも称される戦士が、三名も揃い立ちはだかるこの状況下。それは正に、絶望的だと言っても過言ではないだろう。


 対抗できる手段はあまり多くない。いや、そもそも対抗出来る手段があるのかも怪しかった。


 この場にはマリアンズの主戦力が揃っている。カイン、ファライヤ、ミズシゲ、エリシュナ。


 現状カイン以外の三名であれば、英雄や闘千と一人で対峙したとしても、倒し得るだけの力を備えている。


 それでも、その力がヴァルキュリアに届くのかどうかはわからない。


 下手を打てば、たった一人に全員で掛かったとしても、敗北する可能性すらあるのだ。


 加えて東国の戦士であるミズシゲは、アルストレイと敵対する事を嫌っている。


 マリアンズへ正式に加入する際も、その事は強く念を押されているのである。


 となると、現状三名のヴァルキュリアへ対抗出来るのはカイン、ファライヤ、エリシュナの三名。


 個々で一人を受け持つ計算になるのだが、ただ闇雲に戦力をあてるだけでこの状況が打開出来るとも思えなかった。


 それでも、なんとかしなくてはいけない。


 ―――せめてもう少し時間が稼げれば……。


 カインがそう思考を巡らせていると、ファライヤと視線が合った。そして、ファライヤは小さく「任せなさい」と言って、カインとセイナの間を遮るように前へ出ると、徐に口を開いた。


「いきなり襲って来るなんて、ヴァルキュリアとは随分と不躾な連中なのね。野盗となんら変わらないわ」


 その言葉にセイナたちは、兜越しに視線を向けただけで静かに耳を傾けた。


「しかも、私たちのような名も売れてない相手に対して、仲間を連れて完全武装でやってくるなんて……随分と臆病なのね」


 挑発的な言葉。


 穏便に済ませる事が最善ではあるが、カインはファライヤの言葉を止めに入ろうとはしなかった。


 挑発の応酬でもなんでも良い。今は即座に剣を交えるよりも時間が欲しいのである。


 おそらくファライヤも、カインの意図は理解している筈だ。これは話を引き伸ばす為の挑発なのだろう。


 相手が乗らずに攻撃を仕掛けようとしたなら、割って言葉を発する。カインがそう考えていると、セイナは重々しくも口を開いた。


「好きに思えば良い。だが、一つだけ貴様に教えてやると、この鎧は我々ヴァルキュリアが正式な任に当たる際、必ず纏う事となっている」


「つまり、あなたたちは皇帝陛下直々の命によって動いたのだと?」


「いいや、これは我々の総意だ」


 セイナが言い切ると、ファライヤは声を圧し殺して笑った。


「ふふ、総意? 皇帝陛下の命を受けたわけでもなく、自分の意思でやって来たというの? ふふふ、ヴァルキュリアとはどれだけ愚かだというのかしら」


 尚も笑い続けるファライヤの姿に、無表情だったセイナの口元が引き結ばれた。


「カインがマークレウスを名乗っているのが気にいらないのでしょう? それだけの理由でわざわざアルストレイからやって来るなんて……ふふ、くくく」


 ついには大声で笑い始めたファライヤに対して、セイナが足を僅かにあげて地面を踏みしめる。


 すると、大地に亀裂が走りファライヤへ向かって、生き物のように向かって行った。


 それをファライヤは、なんでもないかのようにヒラリと躱し、必死で笑いを堪えている。


「あら、ごめんなさい。あまりにもおかしかったものだから、はしたなく笑ってしまったわ」


 苛立ちを見せたセイナであったが、それ以上ファライヤの挑発的な態度に乗ろうとはしない。


 逆に腕を組み顎に手を当てて首を傾げる。


「何もおかしくはあるまい。我らにとって、大英雄の名は陛下の御身と同等に尊い。軽々しく名乗られて良いものではない!」


「誰が軽々しく名乗っているというのかしら? 彼は、カインの志は誰よりも大英雄に近しいわ。最も大英雄の近くにいた初代ヴァルキュリアたちよりもずっとね」


「貴様にあの方々の何がわかる!」


「あなたこそ、カインの何がわかると言うの?」


 互いに一歩前へ出て、睨み合うように言葉をぶつける二人。


 今にも仕掛け合いそうなほど殺気だってはいるが、どちらも吐いた言葉を有耶無耶にはしたくないのだろう。手を出すギリギリのところで踏み止まっていた。


「その男の事は知らん。だから、我らは見定める為にやって来たのだ」


「勝手な事を……まともに言葉を交わすわけでもなく仕掛けておいて、何を見定めるというのかしら?」


「剣を交えれば、その男の本質がわかる」


「剣だけで測れる事など限られているわ。共に歩まなくては見えてこないものもある。知らないのかしらね?」


「我らにそのような事を、悠長にしている時間はない」


「時間がない? あなたたちの大切な大英雄の事だというのに、時間を惜しむというの? あなたたちのこだわりは随分と易いのね」


「馬鹿め! その男に時間をかけるだけの価値があるのであれば、当然そのようにする。それを見定める為に剣を交えるのだろう!」


「それで殺してしまっては本末転倒だと思うのだけれど?」


「死んだのなら、その程度の男だったという事だ」


「強さこそが判断の全てではないでしょう?」


「強くなければ、大英雄の抱いた願いはただの夢物語にしかならなかった! それほどの願いを抱いているというのならば、その男は現時点で我らに匹敵する力を得ていなければならない!」


 どちらも引かず、掛け合いは平行線を辿った。


 そこで、ファライヤがチラリとエリシュナへと視線を向けた。


「カインはまだ強くはないわ。けれども、己よりも強い者を挫き、認めさせて来た。私もそう。彼女もそう」


 そう言ってファライヤはエリシュナを指差した。


「大英雄を信奉するあなたたちは、彼女の存在から目を逸らしてはいけないと思うのだけれど」


「……魔族か。それがどうした?」


 セイナの言葉には、さすがのファライヤも眉を顰めた。


「魔族は言葉を話し、理性もある。本気で取り込む気があるのなら、懐柔する事は容易い」


「誰もやろうとしなかったというのに?」


「違うな。やろうとしなかったのではなく、対話に至るまでの力がなかったのだ。だが、我らにとってはそのような事は容易い」


「……ならば何故、今のアルストレイには魔族が居ないのかしら? あなたたちなら出来るというのならば、何故カインのように分かり合おうとしないのかしら?」


「貴様らは魔族の事を理解していないようだな。ひとえに魔族といえども種族は様々だ。そこの魔族がどうかは知らんが、魔族の中には人を食らう者もいる」


「人を食らう?」


「そうだ。人の肉を好む者、生き血を啜る者、魂を喰らう者。意思疎通が出来たとしても、生態として相容れない者も多くいるのだ。我らが一人でも魔族を受け入れる事になれば、それらの魔族も同様に受け入れる事となる。アルストレイは人種を差別しない。そういう国だからな」


「つまりは出来ないということではないのかしら?」


「その通りだ。だが、誰にそれが出来る? その男がした事は、ただ共存出来る相手と理解し合っただけに過ぎない。誰よりも大英雄に近しいと言うのであれば、それら全ての魔族を差別なく受け入れる程度のことはやって欲しいものだな」


「……大英雄だって、初めから魔族全てを受け入れようとしたわけではないでしょう? 大英雄の英雄譚は、ただ一人の魔族の為に、彼の思い描く理想に向かって我儘を貫き通しただけだわ。結果として魔族全てを受け入れる事になりはしたけれど、その結果を最初から判断の基準にするのはおかしいわ」


「我儘を貫き通すためには、最低限の力が必要だ。先も言ったが、反発する者をねじ伏せるだけの力がなければ理想はただの夢物語となる。出来もしない理想の為に、マークレウスの名を口にするな! 名乗るのであれば、その男が自身の理想を叶えるだけの力を持ち、その決意があるという事を示してもらおう!」


「……なるほど、あなたたちの主張がようやく理解出来たわ。やはり大事ね。話し合うって」


 そう言うとファライヤの口元に笑みが零れる。


「結局のところ、あなたたちも己の我儘を押し通しているということでしょう? 己の価値観を押し付ける為に、暴力を向けにやって来た。そういうのは嫌いではないけれど、強さこそが物の通りと言うのなら、これ以上の言葉は無粋ね。そして何より、私たちのリーダーが、わざわざ相手をしてあげる必要もなくなるわ」


 ファライヤがカインへチラリと視線を送った。それを受けて、カインは険しい表情を向けながらも頷いた。


「私が一人受け持つわ。エリシュナ、一人いけるかしら?」


「任せておけ」


「そう、であればここは私たちに任せて、カインとミズシゲはマリアンたちを追って頂戴」


「一人ずつ相手にしてやっても構わんが、計算が合わないぞ? 一人で我らの二人を相手にするというのであれば、些か自惚れが過ぎると思うが?」


「そこまで自惚れてはいないわ。あと一人は間も無く到着するわ」


 ファライヤが西側の森へと視線を向けると、騒音を立てて迫る何かがあった。


 木々を薙ぎ倒し、一直線にカインたちの元へ向かってくる何か。


 その何かが、ゲンゴウとリンドーが抑える獣人たちを蹴散らすと、そのまま大きく跳躍をして谷のように斬り裂かれた大地を飛び越えた。


 そして、ヴァルキュリアと対峙するカインたちの元へと着地をすると、喉奥から唸るような声を発した。


「カイン〜、やってくれたな!」


 長い紺色の髪を後ろに纏め、スラリと高い身長。


 引き締まった体と切れ長の鋭い目つき。


 腰の剣に手をかけ、今にも襲いかからんと殺気を撒き散らしているのは、生き埋めにされたカインの師、イセリアであった。


 カインが時間を稼ぎたかった理由はこれだ。


 イセリアを生き埋めにしてから、鐘四つ分は時間が経過している。


 イセリアが落とし穴から脱出しているのであれば、全速力でカインたちを追うだろう。そして、マリアンを抱えたまま逃げていたカインとは、比べ物にならない速度で追ってくる事は間違いなかった。


 途中の分岐路からは二択。登る道と下る道。


 その道順はどちらも踏み荒らされている為、カインたちを正確に追う事は出来ない。


 だが、居場所を知らせる為に、カインはセイナの初撃を強引に上空へと逸らしたのである。


 あれだけの魔力が上空へと駆けて行けば、多少鈍感なイセリアとて気が付くだろう。そう考えての行動であった。


 そして、二択の道順を間違えていたイセリアは、カインの打ち上げた魔力の塊を見て山をそのまま突っ切り、一直線にこの場へと向かって来たのだろう。


 イセリアの駆けた後は、木々が倒れ新たな道が出来ている程であった。



「イセリア、少し手伝いなさい」


「あ゛あ゛! 人様を生き埋めにした連中を手伝うわけないだろう! 頭沸いてんのかい!?」


 ファライヤの言葉に当然ながら、イセリアは反発した。


「酷い事を言うのね」


「酷いのはあんたらの思考回路だ! どんだけ図々しいんだい!」


「折角の機会を用意してあげたというのに?」


「はあ? 機会だあ?」


 ファライヤの視線を追うように、イセリアはヴァルキュリアへ視線を向ける。


「なんだい、こいつらは?」


「あなたね。ヴァルキュリアになろうとしていた者が、その鎧を見て何故理解出来ないのかしら?」


「鎧? 随分と性能の高そうな鎧だね」


 イセリアがそう言うと、ファライヤはやれやれと溜め息を吐いた。


「そいつらは、あなたが倒したがっていたヴァルキュリアよ。最強を自負するのなら、一人倒して頂戴」


「なにっ! こいつらが私を面接で落とした連中か!」


 ヴァルキュリアが予備隊の面接に直接関わっているわけではないのだが、ファライヤはその事には言及せずに頷く。


 すると、イセリアの瞳がギラリと揺らぎ、ヴァルキュリアたちへ向けられた。


「倒せたなら、あなたが最強。そして、あなたこそがヴァルキュリアよ」


「なるほど。カインは後でぶっ飛ばすとして、その前の準備運動には丁度良い」


 そう言うとイセリアは剣を抜いてヴァルキュリアへ向かって構えた。


 ―――この人は本当に扱い易いわね。


 内心でくすりと笑みを零したが、ファライヤはそれを表情には出さなかった。


「これで三対三ね」


 ファライヤの言葉にセイナは薄く笑った。


「ふっ、だからその男を残して一対一を望むのであれば、数が足りないと言っているだろう? おいっ! こいつらが勘違いをしているぞ」


 そう言ったセイナが兜越しに見つめる先。


 そこには、先ほどから一言も言葉を発さず、静かに佇んでいるミズシゲの姿があった。


「お前がその男を相手にしても、今までと何も変わるまい。私と代われミズシゲ」


 セイナに言われ瞑目していたミズシゲが、その色素の薄い瞳を薄っすらと開いた。


「お前だけが、その男を構っていて終わる話ではないのだ。いい加減、国主としての職務に戻れ、ミズシゲ・ウエスギ……いや、ヴァルキュリア・レーヴェン!」


 その言葉に、カインたちは驚きの表情を浮かべた。


 ファライヤでさえ、その事実は想定していなかったのか、その瞳が大きく見開かれている。


 セイナの発言に対して、答えを待つような沈黙が訪れる。その沈黙の中、ミズシゲは反論する様子もなく、ただ静かに目を細めるのであった。

読んでくださりありがとうございます。

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