157 受け継がれし最強の証
マリアンたちと合流したカインたちは、予定とは違い登る道ではなく下る道へと誘導され、尚も獣人たちに追われたまま山道を駆けていた。
予想以上に獣人たちの足は速い。
カインたちが全力で疾走したのであれば、振り切る事も容易なのではあるが、マリアンを背負ったアーマードの速度が上がらない。
重い全身鎧を纏っているから……というわけではなく、背に乗ったマリアンにあまり振動が伝わらない様にと気遣っているのが主な原因だろう。
カインとしては、そんな気遣いなどせずに構わず走れと言いたいところではあるが、人並みの力と体力しか持たないマリアンが振り落とされてしまっても敵わない。そんな事情もあり、あまり強くは言えない状況ではあった。
「カイン、敵の思惑通り下の道へとやって来てしまって良かったのですか?」
カインの隣で並走していたミズシゲが問い掛けた。
それを受けてカインは頷く。
「この道は下る道だが、少し先へ行けば登りの道へ戻る為の分岐路がある。そちらから回れば問題ない」
「そのことは相手も理解している筈ですよ」
「ああ、だが冒険者の中に異質な連中が混ざっていた。あれはたぶんセトの暗部だろうな」
「獣人たちの中にも動きの違う者たちがいました。それも恐らくは暗部の者たちでしょう。それが何か?」
「相手は恐らくこちらの戦力を削ぐのが目的だ。色々な連中をけしかけて、マリアンの守りを薄くさせたいんじゃないかと思っている。だから、どちらの道から進んだとしても、結局は何かしらとぶつかる様になっているんだと考えたわけだ」
「暗部が情報を共有して、向かった先で鉢合わせる様に仕向けているわけですか……」
「たぶんな。だから、強引に突っ切るよりもこっちから向かった方がましだと判断した」
「……それでも、追われたまま次と当たるのはよろしくないと思いますよ。やはり、彼らの足を止めましょう」
「どうやって? 言っとくが、冒険者やあの獣人を手にかければ、それこそセトの思惑通りになると思うぞ」
「一人残します」
「ダメだ。あの数を相手に一人を残すなんて出来ない」
「では、こちらで勝手に残るとしましょう。ゲンゴウ!」
ミズシゲに呼ばれてゲンゴウが応答する。
「一人で彼らの足留めをしてください! 鐘二つ程時を稼いだら、引いて構いません」
「承知した」
「待てっ! 勝手なことをするな! ファライヤ、この先の分岐路で敵の気配はするか? 俺の探知じゃ探り切れない!」
慌ててカインが確認を取ると、ファライヤは首を横に振った。
「いいえ、この先で待ち伏せている集団はいないわ」
「そうか。ならミズシゲ、やはり一人を残すのは中止だ」
「……カイン、私の探知でも、集団が待ち伏せている気配は感じられません」
「ああ、だが待ち伏せている奴は確実にいる!」
「……つまり」
「そうだ。この先には英雄クラスの強敵がいるってことだ。後ろの連中を引き連れて乱戦に持ち込むぞ!」
「……承知しました。出会い頭に一撃貰わない様、ご注意を」
そうしてカインたちは、獣人に追われたまま山道をひた走った。
程なくして目的の分岐路が視界に入る。
カインは探知を駆使して相手を探るが、この近さになっても敵の気配を感じる事が出来ない。
チラリとファライヤとミズシゲへ視線を向けるが、二人も首を横に振るばかりである。
ファライヤやミズシゲを以ってしても、探る事の出来ない相手。
本当に待ち伏せなどしている者が居るのだろうか?
そう首を傾げたくもなるのだが、カインは確信している。相手は確実に待ち伏せていると。
そうでなくては、カインたちを追い詰める為に相手が向けて来た、これまでの仕掛けが全て無駄になる。
この分岐路で何もしないという事は、作戦自体が成り立っていない事と同義なのだ。
―――どうする?
分岐路が目前まで迫って来ても、相手の気配は感じる事が出来ない。
―――いない? いや、いる。だが、何処に?
「ファライヤ、エリシュナ、ミズシゲ! 俺が囮になるからフォローしてくれ!」
相手の所在が掴めない以上、姿を現して貰うしかない。
カインが先行し、直ぐ後方からはマリアンズの主力が追従する。この形であれば、何を仕掛けられたとしても対応は可能だ。
カインはそう判断した。
ところが。
分岐路を登りの道へ向かったカインへ攻撃が仕掛けられる事はなく、カインはあっさりと分岐路を通過してしまった。
後続のファライヤたちも通過するが、特に何かを仕掛けられる様子は無い。
―――読み違えたか? そんな筈は……。
カインがそう考えた時だった。
ひび割れる様な音が響き渡り、それと同時に山道が裂けた。
ファライヤたちの後を追おうと、バッカーとゲンゴウが分岐路へ差し掛かった瞬間である。
慌てて足を止めた二人とカインたちの間にあった道は無くなり、そこは深い谷となっていた。
常人では飛び越える事も難しいほど広く深い亀裂。
地形を容易く変えてしまう程の威力で放たれた一撃である。探知を駆使せずとも、膨大な魔力の高まりが相手の位置を教えてくれた。
相手の居る位置は、高くそびえる大木の真上。
太い枝に足を置くわけでもなく、正にその頂上で羽の様に重さを感じさせずに立っていた。
その姿を捉えて最初に行動したのはゲンゴウだった。
「乱戦は無理だ! 予定通り獣人どもは俺が抑える! アーマード! マリアンを連れて下る道を行け! この場に居ては巻き込まれるぞ!」
僅かに躊躇したアーマードだったが、カインへ視線を向けると目線が合う。そして、カインが確かに頷く姿が見えた。アーマードも頷き返し、即座に下る道へと向かって駆け出した。
それに続く様にして、不安げな表情を浮かべながらヴィレイナが。更にその後をトリティ、バッカー、ウルスナが続いて行く。だが、リンドーだけはその場から動かなかった。
「何をしておる? さっさと行け!」
「いえ、そうなんですけどね。やはり、後衛が一人居ると違うと思うんですよね」
リンドーの言葉にゲンゴウは舌打ちで答えた。
そして、未だ目の前の亀裂に動揺している獣人たちへ向けて長刀を構える。
「助けなど必要ないと理解したら、お主もさっさと先を急げ!」
背を向けたまま言ったゲンゴウの言葉に、リンドーは苦笑いを浮かべて頷いた。
大木の頂上には三人の戦士が立っていた。
その者たちは、カインたちが視線を向けると身を投げ出し、音も立てずに地面へと着地した。
全身鎧の重々しい姿からは想像出来ないほど、軽やかな動き。
だが、体に纏う魔力の量が桁外れに多く力強い。
僅かに青みの掛かった艶のある全身鎧。肌を覗かせているのは口元のみで、目元まで覆う様な兜が鷹の嘴のような形をしている。
そして何よりも、その鎧からはファライヤの【魔装】と同じ様に禍々しい魔力が溢れていた。
三人の戦士の中で中央に立つ者。その手には、セトの暗部と思わしき人物が引きずられる様にして襟首を掴まれていた。
既に意識は失われているのか、その人物はピクリとも動かない。そして、襟首を掴んだ戦士は、徐にそれを放り投げると、カインへ向けて一歩前へと進んだ。
「カイン・マークレウス」
腹の底に響く声音。
力強いその声に聞き覚えは無い。
これ程の魔力と闘気を放つ者と、知り合いになった記憶などなかった。出会った事があるというのであれば、忘れる事など出来る筈も無い。
だがそれでも、カインは相手が何者であるのか、その見当がついていた。
薄く青みがかった輝く全身鎧。口元を覗かせた鷹の嘴の様な兜は、過去に数々の逸話を残して来た。
長きに渡り語り継がれて来た物語は、三百年の時を経ても薄れる事なく未だ続いている。
そう、その鎧は三百年も昔から、色褪せる事なく受け継がれて来た最強という名の証なのである。
その鎧を見たら平伏せ。されば安寧の下、死に抱かれるだろう。
これは、アルストレイ帝国において、罪を犯した者たちの中で囁かれる言葉であるが、その言葉を知らずとも、その姿を見た者は本能が全てを理解する。
彼の者こそが人類最強、食物連鎖の頂点に位置する存在であるということを。
拒絶は不可能。抵抗は意味を成さない。抗えば余計な苦しみを味わう事になる。
本能に刻まれた警報が、無抵抗にその身を捧げる事こそ正しい選択だと訴えかける。
それ故に生まれた言葉。
事実、その言葉を体現するだけの威圧感を、戦士たちは十全に備えているのである。
カインも本能的にそれを感じ取っていた。
故に、出会った事も無い目の前の戦士たちが、何者であるのかを察する事に時間を必要とはしなかった。
その者たちこそ、アルストレイ帝国が誇る十二人の戦士。
紛れも無い最強の権化。
大英雄の戦乙女、ヴァルキュリアであった。
「どちら様だ? 名前を呼ばれる間柄で、お前たちの様な知り合いは居なかったと思ったが?」
惚けた回答ではあったが、カインとて相手がヴァルキュリアである事は、既に理解している。
これはあくまでも、相手の出方を伺う為の問答である。
しかし、ヴァルキュリアの一人は、カインの言葉には取り合わず、高らかに声を上げた。
「名乗ろう! 我が名はヴァルキュリアが一人。セイナ・シンシアだ」
「同じく、ヴァルキュリアが一人。ルネイス・オチア」
「同じく、ミカゲ・ディエス」
三名が名乗りを上げた後も、カインは挑発的な問答を続けた。
「ヴァルキュリアが俺に何の用だ? しかも、俺の様な小者相手に、三人も揃ってご登場とはな」
「くだらん事を聞くな。我等の目的など分かりきった事だろう? それすらも理解出来ていないというのならば、貴様は失格だ」
「失格? お前らに何かを試される筋合いはまるで無いな。今は忙しいから、どっかに行ってくれ」
カインがそう言うと、セイナは小さく鼻で笑った。
「……そうか、試す迄もなかったか……では、死ぬといい」
そう言うとセイナは腰の剣を抜き放つ。
青白い炎を纏った剣。
その剣が、カインへ向けて空気を斬り裂く様に振り抜かれた。
それは果たして斬撃と呼べるものなのだろうか。
その場で振り抜かれた剣は、距離の概念を無視してカインへと迫った。
魔力? それとも物理?
どちらともとれる放たれた一撃に、確かだと言えることは一つ。
受け流さなければ、確実に命を落とす威力があるということだ。
カインは刀を抜き放ち、【操術】、【硬刃化】、【鋭刃化】、【予測】、【探知】、加えて【強理剛剣】と、持ち得る限りの技術を注ぎ込み、迫る刃を受ける。
積み上げて来た技術の粋を集めた、全力とも言える守り。その技術を以ってしても、ただ振られただけの一撃を受けるのはギリギリであった。
物理的な斬撃を受け切った後も、魔力で作り上げた斬撃が勢いを衰えずに残る。
「ぐっ、うおおお!」
声を上げ、刀で受けている斬撃を、真下から垂直に蹴り上げ真上へと逸らす。
上空に打ち上げられた斬撃は、その形を残したまま彼方へと消えて行った。
あと僅かでも刀で受ける時間が長ければ、刀と一緒に己の身も斬り裂かれていた。
それほどの一撃を、当然の様に振るってくる相手。
―――勝てる気がしないな。
弱気になったわけではなく、カインは感嘆と共にそう思った。
「今のを防げる程度には鍛えている様だな。だが、これはどう―――」
セイナがそう声を上げた瞬間だった。
セイナへ向けて、黒い影が短刀を振り下ろしていたのである。
青白い炎を纏う剣でそれを受けたセイナ。
その口元が僅かに引き結ばれた。
突然攻撃を仕掛けたのはファライヤ。そして、その攻撃を合図にエリシュナも動いていた。
石化の魔眼を展開し、長い尾を使ってセイナの後方で佇むルネイスとミカゲへ攻撃を仕掛ける。
しかし、さすがと言うべきか。二人の攻撃は全て受け切られ、かすり傷一つ負わせることも叶わなかった。
人類最強と謳われるヴァルキュリア。
それも三名を相手に、カインたちは僅か四名で対峙する事となる。
だが、それでもカインの瞳に絶望の色は浮かんでいなかった。
ヴァルキュリアは強い。しかし、カインの仲間たちもまた、常人では推し測れない遥か高みに至っているのである。
ヴァルキュリアを前にして、それでも戦意を喪失することなく強い瞳を向けるカインの姿を、セイナは口を結んだまま真っ直ぐと見つめた。
読んでくださりありがとうございます。




