156 四つ先の予測
アグニーの足はそれほど速くはない。
寒さに強く力があることを除けば、長旅だろうと逃走時だろうと、荷台を引かせるには馬の方が適当なのは間違いない。
現に鞭を打って急かしたところで、地を駆けて迫る獣人たちを振り切ることは出来ていない。それどころか、多少の距離があったとしてもひと息で追い付かれてしまう始末である。
それでも、マリアンズが馬車を捨てずに逃走劇を続けているのは、偏にマリアンの足が遅いからだと言える。
神秘を無力化するギフトを持つマリアンは、マリアンズで唯一ステータスの強化が行えない。その為、着々と身体能力を向上させ、個々の性能を高めているマリアンズではあっても、常にマリアンというお荷物のことを優先的に考えて行動しなければならないのだ。
マリアンを抱えて走る事も出来なくはない。
しかし、その身が僅かにでも肌に触れてしまえば、抱えた者のスキル効果を無効化してしまう為リスクが大きい。
それ故に、多少逃走には不向きだとしても、マリアンをアグニーに乗せ守りながら移動する方が効率的なのであった。
とはいえ。マリアンズの面々は、その手間を面倒だとは考えていない。寧ろマリアンを守ることは自分たちの旗を守るのに等しいと考えている。
マリアンの持つ深い知識による恩恵を受けていることもあるのだろう。だが、それ以上にマリアンには、誰しもが守りたくなってしまうほどの魅力があった。
バッカー、ウルスナ、リンドー、そしてここには居ないがアーマードの四名は言うまでもなくマリアンに心酔しきっている。人に対して適切な距離感を保つ東国出身の二人も、口には出さないがマリアンを守ることを胸の内に義務付けている節も見受けられた。
仲間内からも恐れられているファライヤですら、マリアンに対してだけは甘やかすような言動も多々見られる。
現状マリアンズでマリアンに厳しく当たれるのは、リーダーであるカインただ一人だ。
しかし、そのカインですら、マリアンを守ることを常に意識して行動している。
つまり、気が付けば、マリアンはマリアンズの中心で守られることが至極当たり前の存在となっていたのであった。
「ねえ、ミズシゲ。獣人ってカッコ良くない!」
「マリアン、顔を出さないでください。矢が当たったらどうするのですか」
「えー、ミズシゲが漏れなく打ち落としてるとおもうけど?」
「もしもの事があるかもしれないではないですか」
「えー、打ち漏らすことがあるかもしれないの?」
「有り得ません!」
「だったら別に良いじゃない」
荷台の後部からひょっこり顔を出すマリアンに対して、馬車の後方で駆けながら刀を振るうミズシゲは溜め息を吐いた。
馬車の周囲には怒声を鳴らして、獣人たちが迫って来ている。
高い身体能力を生かして迫る獣人たち。それを後方はミズシゲが、左右はウルスナとリンドーが、そして前方はバッカーが蹴散らしながら馬車を進めている。
だが、亀のようにゆっくり走るアグニーの周囲には、蟻のように獣人たちが群がって来るのできりが無い。
何名かを撃退し、少し距離が開くと途端に弓と魔晶石により攻撃が仕掛けられる。それをミズシゲが漏らす事なく斬って捨てるのだが、一向に攻撃の手が緩まる事はなかった。
「相手は集団戦に長けています! ただの野盗などではないようですが?」
接近した獣人のシミターを打ち上げ、腿に十字の斬り傷を負わせて転倒させるとミズシゲは言った。
「じゃあ、レジスタンスか何かじゃないの?」
「レジスタンス?」
「そう。セト王国って亜人に厳しい国でしょ? 獣人も奴隷として扱われてるし」
「罪を犯していない者を奴隷として扱う事は、国家間での協定に違反していますよ。差別はあれど、獣人だからといって奴隷としては扱えない筈です」
「それにしては、獣人の奴隷が多いと思わない? 犯罪なんて国がでっち上げれば幾らでも成立するとおもうけど」
「つまり、彼らは冤罪で奴隷に落とされた獣人たちを解放する為の集団だと?」
「さあ? でもさ、地元のカインが彼らの縄張りを知らなかったわけだし、わたしたちって追われてるわけじゃない?」
「そうっ、ですね!」
会話をしながらも、再び迫った獣人をミズシゲは容易く退ける。
「ラントックスの街で襲撃されたのが獣人奴隷だったって事を考えると、これも相手の手の内なのかなって」
「申し訳ありませんが、繋がりが見えません」
「だからさ、襲撃者を獣人奴隷にしてわたしたちに撃退させるでしょ。それを理由に冒険者を動かす。で、冒険者から追われてる先で、獣人の一団と出くわす。そこで、私たちが襲撃者である獣人奴隷を倒した事がその一団に伝わると、獣人たちも敵に回る。相手がこんな感じの絵を描いていたんなら、都合が良い集団はレジスタンスかなって思って」
矢の雨を一振りで斬り落としながら、ミズシゲはふむと唸った。
マリアンの言わんとしている事も理解出来る。
マリアンズを追い込む為に用意された状況なのだとすれば、その流れは相手にとって理想的だろう。
実際は二手に別れてしまった為、マリアンの想像とは違うかたちで獣人たちに追われることとなっているのだが……。
こちらが相手の想定とは違う動きを見せている。にも関わらず、結果としてはマリアンの言うように、獣人たちに追われる事態となっている。
偶然のようにも思えなくもないのではあるが。
ミズシゲがチラリと視線を這わすと、獣人たちの中に忍ぶような動きを見せる者が居るのがわかった。
―――想定外の動きをした際にも、調整が出来るように暗部に属する者を送り込んでいる……ということですか。ですが、レジスタンスが都合良くこの場に居るというのも不自然な……。
そこまで考えて、ミズシゲは再びふむと唸った。
「内通者に情報を流せば容易……ですか」
ミズシゲの呟きに対して、思考の過程を読んだマリアンが相槌を打つ。
「そうだね。たぶん新しい奴隷が運ばれるとか、そんな感じの内容でもあれば簡単に動かせるとおもうよ」
「ならば、安易に下がるのは得策ではないと思いますよ」
「得策じゃなくても、突っ切るとなると大変だとおもうけど」
「私が居るではありませんか? 御命令頂ければ、全て排除してみせますよ」
ミズシゲは閉じていた目を薄っすらと開き、普段よりも低い声音でそう言った。
だが、マリアンはミズシゲの言葉に首を横に振る。
「うーん、それはあんまりおいしくないんだよね」
色素の薄いミズシゲの瞳が、マリアンを見つめたまま細められる。
「……マリアン、あなたはどこまで見通しているのですか?」
「えー、四つ先ぐらいまでかな? と言ってもただの予想なんだけどね」
マリアンの言葉にミズシゲの口元が僅かに綻んだ。
「……であるならば、あなたの読みに従うとしましょう」
そう言って、ミズシゲは迫る獣人二人を斬り払った。
程なくして、マリアンたち一行は分岐路まで戻って来た。
バッカーが奮闘したお陰で、正面から迫って来ていた獣人は、粗方倒している。
あとは後方でミズシゲが牽制している者たちだが、流石の獣人たちもミズシゲの実力に警戒し始めたのか、先程の様に強引な攻めは行って来ない。
「マリアンちゃん! 俺はどうすれば良い!?」
「カインが追い付くまで待ちで! 現状維持!」
前方から叫ぶバッカーに対して、後方からマリアンが指示を飛ばした。
アーマード同様、マリアンの忠実な犬であるバッカーは、それに素直に従う。
すると、停止した馬車を獣人たちが取り囲んだ。
倒した筈の相手も既にポーションによって回復しており、数は当初から減っておらず、寧ろ待機していた者たちも加わり数が増している。
それでも、やはり逃走中の攻防が効いているのだろう。取り囲んだ後、獣人たちは警戒の色を強めながらも、直ぐに襲っては来なかった。
そのまま暫し睨み合いが続いていると、山道を駆ける足音が近付いて来た。
山道を駆けて来たのはヴィレイナとトリティ。その少し後にはファライヤ。そして、更に離れてカイン、エリシュナ、アーマードの姿が見えた。
走りながら、カインは状況を見定める。
が、獣人たちに囲まれているマリアンたちを見て、細かな状況の判断などするまでもない。双方既に武器を抜き放っている。話し合いが行われているとはとてもではないが思えない状況だ。
「ファライヤ、エリシュナ、ビビらせてやれ! アーマード、背負子を出してマリアンを背負え! 馬車は捨てる!」
カインが指示を出すと三人は頷いて行動に移った。
ファライヤとエリシュナがヴィレイナたちを易々追い抜き、獣人たちの前に迫った。
駆けながらファライヤが大木を容易く切断し、それを尾で掴みあげたエリシュナが獣人たちへ向かって横薙ぎに振るった。
警戒していた筈の獣人たちではあったが、まさか大木をそのまま振ってくるとは思わなかったようだ。
対応も出来ずに数十人が巻き込まれるようにして、地に投げ出される。
ファライヤとエリシュナの攻撃は止まらない。
次々と大木を切断して、獣人たちへ向けて倒していくファライヤ。
尾で掴んだ大木を続け様に振り上げるエリシュナ。
その圧倒的な強さを前に、獣人の集団はなす術もなく倒されていった。
しかし、それでも獣人たちは怯まない。
「なんなのだ、こいつらは?」
「さあ? 高い志しでも持っているのかしらね? 命が惜しくないような目をしているわ」
「これ以上やると殺してしまうのだが?」
「敵でしょうし、良いのではないかしら?」
エリシュナとファライヤがそんな会話をしていると、カインから指示が飛んで来た。
「二人とも行くぞ!」
既にアーマードの背負う『背負える椅子』には、マリアンが乗っており、逃走する準備は完了していた。
二人に指示を出すと、カインは迷う事なく下る方の道へと駆けて行った。
それを見た二人は、再度獣人たちに攻撃を仕掛けると踵を返してカインたちの後を追った。
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