155 一枚上手の仕掛け
【操術】を駆使して走るカインたちの足は速い。
イセリアの虚を突いて開始された逃走は僅かな時間差であったが、あの場に居た冒険者たちでは既に追い付く事が難しい程、距離に開きが出来ていた。
「この辺りか?」
「もう少し先だ。あの緑の残る大きな木の手前辺りだ」
カインが問い掛けると、エリシュナが透かさず答えた。
それを受けて、最後尾を走るカインが先行するヴィレイナたちへと声をかける。
「ヴィレイナ、トリティ! 緑の残る大きな木の手前だ! 注意して進め!」
頷いたヴィレイナたちは、目的の地点に到着すると山道を外れて茂みを迂回し、また山道へと戻る。
「ヴィレイナたちは予定通りマリアンたちを追え! アーマード、エリシュナ、確実に決めるぞ!」
カインが目的地で立ち止まって指示を出すと、ヴィレイナ、トリティ、ファライヤの三名は再度頷き、そのまま山道を駆けて行く。
そして残ったカイン、エリシュナ、アーマードの三名が配置へと着いた。
「カイン、回りくどいやり方だが、少しワクワクするな」
「俺は割と緊張してるんだがな。あいつは何をやらかすのか読み切れない部分も多い」
「そうなのか? だが、イセリアの行動は全てお前が予想した通りだったぞ? 読み通り過ぎて思わず笑ってしまいそうになった」
「笑える内は良い。だが、笑えない事をしてくるのがあいつだ。失敗もあり得るから、その時は全力でやるぞ」
「任せておけ。お前と私が居れば大概の事はなんとかなる。デカブツ、足を引っ張るなよ」
エリシュナの物言いに、アーマードはなんとも言えない呻き声を漏らした。
程なくして、イセリアはカインたちへと追い付いた。
本気で駆けるイセリアには付いてこれなかったのか、後方に冒険者たちの姿は無い。
そして、カインの姿を捉えたイセリアは、視線を細めた。
山道の中央で刀を構えて待ち受けるカイン。その少し後ろで魔眼を放とうとエリシュナが金色の瞳を見開いている。それと、カインよりも少し前に出て山道の端で槌を構えているアーマード。
―――三人……しかも配置がおかしい。
待ち構えるには、余りにも不自然な配置。
その位置関係に違和感を覚え、イセリアが視線を少し下へと向けると、僅かではあるが不自然に盛り上がった地面が見て取れた。
―――罠、か。
イセリアは考える。
カインの前方で僅かに盛り上がった地面。即席で作ったのであれば、理解出来なくもない些細な失敗ではある。だが、イセリアの行動を読み切ったカインであれば、事前に準備していた可能性も高い。
だというのに、敢えてわかり易い跡を残しておくという事は、その場所はフェイクであると考えられた。つまり、罠があると思わせた場所から更に先に、もう一つ本命の罠が仕掛けられている可能性がある。
と、見せかけて実はその場所が本命……などという事も十分にあり得るのがカインという男だ。
アーマードの立ち位置を考えるに、カインが囮となり罠に嵌ったイセリアを一気に叩く算段なのだろう。
となると、どちらに嵌っても良いように、両方が本命という可能性が一番高い。
イセリアはそう結論付ける。
―――馬鹿め。私はあんたの師匠だよ。あんたの考えてる事なんてお見通しなんだよ!
イセリアは剣を振るって木々を切断すると、山道を迂回するように進んで、待ち構えるカインの後方から山道へと戻った。
スライムを斬るように容易く木々を切断して迂回したイセリアの行動に、カインたちは焦るような表情を浮かべた。
―――その顔付きも、どうにも胡散臭いね! ってことは!?
迂回したイセリアは剣を構えると、その位置で剣を振り抜いた。
イセリア流剣術【五乃型・斬】。
ゲンゴウの見せたような飛ぶ斬撃である。魔法の領域に至るイセリアもまた、魔力を変質させて斬撃を飛ばす事が出来るのである。
振り抜かれた斬撃が、空気を切り裂いた。
唸りを上げて迫る斬撃は、カインの立つ位置よりもだいぶ手前の地面に向けられていた。
そして、斬撃が地面を斬り裂くとそこには、地面が崩れ落ちてポカリと大きな穴が広がった。
と同時に、イセリアはカインに向かっても斬撃を放つ。
迫り来る斬撃をカインは、辛うじて刀で防いだが僅かによろめいてしまった。
その隙をイセリアは見逃さない。
跳躍して地面の穴を飛び越えると、カインへ向かって上空から剣を振り下ろしたのだ。
しかし。
その攻撃を……カインは受けようとしなかった。
突然カインの足下が盛り上がると、地面から出た長い尾が動き出し、その上に乗っていたカインを後方に下げたのである。
今までカインが立っていた場所に、先程より大きな穴が開けられた。
「なん、だと!」
前方にあった雑な仕掛けでもなく、その奥でも無い。後方に仕掛けられた落とし穴でもなく、本命はカインの足下。そこに山道を端から端まで跨ぐ程の大穴を開け、カインは橋のように渡されたエリシュナの尾の上に立っていたのである。
跳躍し、上空からカインを斬りつけようとしていたイセリアは止まれない。
そのまま吸い込まれるように穴の中へと落ちていった。
―――あんのガキ!
イセリアは忌々しげに歯噛みする。しかし、この程度の縦穴に落ちたところで、大した問題にもならない。
一息に飛び出てしまえばそれでいい。
そう思っていたのだが、穴の外から大地を揺るがすような振動が響いて来た。
そして、パラパラと振り注ぐ土砂。
―――あいつ埋める気か!
即座に脱出しようと試みたイセリアであったが、振り注ぐ土砂が徐々に硬質化していき身動きが取れなくてなってしまった。
「いや、べぶっ、ちょ、待て!」
程なくして、イセリアの落ちた穴はしっかりと塞がれ、山道として通れる道となった。
大木の上に設置していた土砂を、アーマードが木をへし折って落とし、それをエリシュナが石化の魔眼で石へと変化させていったのである。
落とした土砂をしっかり硬質な石へと変え終わると、エリシュナが地面をポンポン叩いて立ち上がった。
「やはり、全てカインの言う通りになったな!」
「エリシュナが昨晩、頑張って穴を掘ってくれたお陰だ」
「なんのことは無い。確かに穴を掘ってる間は、こんなものに落ちる奴が居るのかと首を傾げたくもなったが、誘い方次第で人は穴に落ちるのだな」
実のところ昨晩の内にカインが指示を出していたのは、ファライヤだけではなかった。
イセリアの行動を読み切っていたカインが、エリシュナにもこの仕掛けを用意して欲しいとお願いしていたのである。
エリシュナがマリアンから貰った服を着ていなかったのは、実は戦闘が行われるからではなく、単純に穴掘りによって泥まみれになってしまったから着替えただけなのであった。
「思惑通りに事が運ぶのは、思いの外楽しいものだったが、あれは生き埋めになっても大丈夫だったのか?」
「心配する必要は無い。おそらく鐘三つ分の時間もあれば勝手に這い出てくる。あいつは竜種よりもしぶといから大丈夫だ」
「そうか。では、私たちもマリアンたちを追うとしよう」
そうしてカインたちは、イセリアを放っておいたまま、先を急いだ。
だが、親切なことに間も無くやって来るであろう冒険者たちへ向けて、立札は用意しておく。
『イセリア、ここに埋まる』
カインたちが立ち去ったずっとあと。冒険者たちの手助けもあって地面から這い出る事に成功したイセリアは、その立札をへし折り、怒りの表情を浮かべたのは言うまでもない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
マリアンたちがアグニーの引く馬車で駆ける山道は、山を登る道と降る道へと別れている。
その分岐路をカインの指示によって登る道を選択していたのだが、そこで一つの問題に直面していた。
マリアンたちの目の前では、行く手を阻むように獣人の集団が立ち塞がったのだ。
「えー、私たちこの道を通りたいだけなんだけど?」
「黙れ! 我々【大浪】の縄張りに侵入し、同朋を傷付けておいてただで済むと思っているのか!」
「えー、いきなり襲って来たのがいけないとおもうけど」
反論するマリアンを庇うようにミズシゲが立ち、その足元には昏倒している獣人の姿がいくつかあった。
ゲンゴウがアグニーの操作を任され、馬車を囲むようにバッカー、リンドー、ウルスナが警戒を強める。
姿は見せてはいないが、既に馬車は包囲されており、獣人たちを倒さなくては進むも引くも出来ない状態であった。
とはいえ、マリアンの言う通り、マリアンたちに非は無い。
アグニーを走らせているところを突然襲われ、それをミズシゲが撃退したに過ぎないのだから。
だがそれを主張したところで、殺気立つ獣人たちは、既に矛を収める気は無いだろう。
「マリアン、どうしますか?」
ミズシゲに言われてマリアンは、指を口元へ当ててうーんと唸った。
そして。
「よし、撤退するぞ!」
普段と違ったマリアンの口調に、ミズシゲは苦笑いを浮かべる。
「今のは、カインの真似ですか? ちっとも似てませんよ」
「えー、声質はともかく、言い方は似てたとおもうけど。でもまあ、無理に進んでもカインたちと合流できなくなっちゃうし、分岐路のところへ戻りましょう」
「承知しました」
ミズシゲが畏まった様子で答えると、大きな声でゲンゴウへ指示を出す。
「アグニーを反転させてください。分岐路まで戻りますよ」
ゲンゴウが頷き、馬車を反転させ始めると、獣人たちも声を荒げる。
「逃すと思ってるのか!」
「止められると思っているのですか?」
被せるように発せられたミズシゲの言葉には、冷やかな殺気が込められていた。
それを感じとったのか、獣人たちの毛が逆立つ。そして、ぶるりと身を震わせると、犬歯を剥き出しにして大声をあげた。
「魔物の餌にしてやる!」
構えたシミターを振り上げ、獣人たちが一斉に襲いかかって来た。
森の奥からも遠吠えのような声が多数上がっている。
それでも、ゲンゴウは冷静にアグニーを操り馬車を反転させると、何事もなかったかのように走り出した。
走り出した馬車と並走するように、ウルスナとリンドーが走り、先導するようにバッカーが走り始める。
後方のミズシゲは、襲いかかって来た獣人たちの武器を刀で叩き折ると、マリアンの腰に手を添えて大きく跳躍した。
ふわりと飛び上がり、馬車の天幕へと着地すると、マリアンは声を荒げる。
「ねえ! 今のもう一回やって!」
「構いませんよ。ですが、彼らを退けた後です」
カインたちが冒険者を引き付けている最中、マリアンたちの方では、獣人たちとの小競り合いが始まっていたのであった。
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