154 最強の剣術
イセリアが剣を構えると、数名の冒険者がイセリアの背後へ控えるように立った。
冒険者たちの中でも、カインが特に警戒していた数名である。
先程の攻防では、遠巻きに様子見をしているだけであったが、間近で見るとその実力が他の冒険者たちよりも抜き出ている事が伝わってくる。
「こいつ等は、私のパーティーメンバーでね。まあ、と言っても剣を教わりたいって言うから、教えてやってるだけの関係だけど。所謂あんたの後輩みたいなもんさ」
「俺よりもさぞ才能があるんだろうな。羨ましい限りだよ」
「ふっ、いいや。結果だけ見ればあんたの方が先を進んでいる。さっき見せた太刀筋は中々だった。私の興味を引くぐらいにね。
悔しいけど、師としてはそこの女の方が私よりも優れているようだね」
そう言ってイセリアは、ファライヤへと視線を向ける。ファライヤはその視線を受けて、ニマニマした表情のまま小さく肩を竦めてみせた。
「師としてだけじゃなく、ファライヤは実力もお前より上だ」
カインがそう言うとイセリアの目が細まった。
「私よりも強い? それならその実力を、是非見せて貰いたいものだね」
魔力を滾らせるイセリアに対して、ファライヤは視線も向けずに溜息を吐く。
「カイン、彼女を挑発して私に差し向けるのはやめなさい。あなたが相手をすると言ったのでしょう?」
「俺一人で相手にするとは言ってない。俺のやり方で相手をすると言っただけだが? それに、実際そこの阿呆師匠よりも、お前の方が強いのは間違ってないだろう」
カインの挑発には、イセリアよりもその後ろで控えていた冒険者たちが反応した。
腰の剣に手を添えて一歩前へ出ようとしたが、その行動をイセリアが手を上げて制した。
「手を出すんじゃないよ。こいつ等は私の獲物だ」
カインたちの力を目の当たりにしても、尚揺らがない自信。その自信を含んだ言葉に、冒険者たちは疑う素振りもみせずに従った。
イセリアの異常な強さは、冒険者たちが絶対の信頼を寄せるに足るものである。
一見すると、馬鹿なこだわりとも思える言動も、その実力に裏付けされたものなんである。彼女を知る者からすれば、反論する理由は浮かばないだろう。
だからこそ、カインとしては予定通りであり、都合の良い状況であった。
イセリアを相手にしながら、他の冒険者に割ける手は無い。もしそれをするならば、相手の息の根を一人一人確実に止めていかなければならないからである。
正しい情報を与えられずに、利用されているだけの冒険者たちにその仕打ちは些か気が引けるというものだ。
この場で唯一、事情を知りながらも敵対しているのは、イセリアただ一人なのである。
だから、その彼女が敵対するというのであれば、彼女にだけは例え己の師であったとしても慈悲を向ける理由は無い。カインの基準からすると、容赦なく叩き潰して良い相手は、イセリアだけなのであった。
「一つだけ確認しておくが、俺たちと敵対しなければ何れはヴァルキュリアと戦う機会もあるかもしれないんだぞ。それでもやるのか?」
「馬鹿な事を聞かないで欲しいね。私が敵に回ると確信していたあんたは、自分たちがヴァルキュリアと同等……いや、それ以上に私の興味を引くと考えていたんだろう?」
「まあ、そうだな。今の実力を見せたら、何れは本気で戦うと言い出して来ただろうな。それが面倒だったから、わざわざこの場を設けたわけだが……」
「ならさっさとやろうじゃないか。お喋りよりも、私は思う存分剣を振りたいのさ」
そう言ってイセリアが剣を振ると、突風が巻き起こって枯れ草を巻き上げた。
「私を楽しませろ。どんな手を使っても良い。なんなら倒してくれても良いんだよ」
イセリアの瞳がギラリと光った。
それを合図に、カインは動き出す。
真っ直ぐにイセリアへと向かって駆け出し、腰袋から取り出した魔晶石を前方へ向けて放り投げた。
イセリアへ向かって投げられたと思った魔晶石は、イセリアの攻撃範囲より手前に落下する。
ムッと顔を顰めるイセリア。
すると、地面に届いた魔晶石が淡く光り、土の壁を迫り上がらせた。
「エリシュナ!」
カインが叫ぶとエリシュナが即座に魔眼を発動させ、迫り上がった【土壁】を石へと変える。
【土壁】は水の魔術に弱い。だが、石へと変わったそれは、水の魔術をも弾く。
「わざわざ、水の魔術で対抗するとでも思ってるのかい?」
そう言って、イセリアが石となった壁を剣で斬りつけようとした時だった。
弾けるように石壁が砕かれた。
カインが【操術】により強化した足で、駆けた勢いをそのままに石壁を蹴破ったのである。
砕けた石壁が飛礫となってイセリアへ飛来した。
それに混ざって、カインは強烈な一振りをイセリアへ向かって放ったのである。
「相変わらず小細工ばかりをする」
イセリアの瞳がスッと細められ、迫り来るカインへ向けられ……そして、見開かれた。
「なっ!」
カインの攻撃を正面から受けようとした瞬間、左足に何かが巻き付きその体を引いたのだ。
「いたっ! いてて!」
カインの斬撃は辛うじて受けたイセリアであったが、足を引かれた状態で身動きが取れず石飛礫が命中していく。
そのまま更に足を引かれて、空中へと投げ出されたイセリア。
見ればエリシュナから伸びた長い尾が、イセリアの足へと巻き付き吊り上げるように空中へと引いていたのだ。
エリシュナの尾を斬ろうと剣を振るうが、察知したエリシュナは直ぐに尾を引いてそれを躱す。
そして。
投げ出されたイセリアの着地点には、大柄な男が待ち構えていた。
獅子を模した兜を被った、全身甲冑の男。アーマード。
アーマードは、落下するイセリアへ向かって巨大な槌を容赦の無い速度で振るったのだ。
ただでさえ膂力の高いアーマード。
そのアーマードが、スキルを磨いてステータスを高め、【操術】を用いて魔力を込めた一撃は、既に竜種をも一撃で屠るほどに至っている。
イセリアに対しては一切の手加減をするなと言われたアーマードは、文字通り一切の手加減をせずにその一撃を放ったのである。
恐ろしい速度で放たれたアーマードの槌から、半拍遅れてファライヤが短刀を閃かせて迫っていた。
アーマードの槌を辛うじて防いだとしても、その後にも既に追撃が放たれている。
例え闘千であったとしても、この連携を防ぎ切るのは容易ではないだろう。
だが。
イセリアは二人の攻撃を容易く防いで見せたのだ。
剣に螺旋のような風を纏わせ、剣先でほんの少しアーマードの槌に触れると、その軌道は大きくズレて振り抜かれる。
続いて放たれたファライヤの一撃も、剣を合わせるように添えただけで軌道を逸らしてみせたのだ。
大きく体勢を崩した二人に対して追撃を放とうとしたところで、イセリアは大きく後方へと飛び跳ねる。
避けたその場所が石へと変わるのを見て、イセリアはニヤリと口元を緩ませた。
「良いね。でも、惜しくはなかったけど」
余裕を見せるイセリア。
ところが。
その姿に視線を向けて、ファライヤが顎に手を当てて首を傾げていた。
「なんか不満そうだね。あんた」
「ええ、少し。今の技は剣技というよりも魔法でしょう? 最強の剣士を謳うあなたが、魔法を頼りに戦うなんて……そう思っただけよ」
「違う! 今のは私が編み出した剣術だ!」
「いいえ、魔法よ。剣士ではなく魔法使いを名乗って貰った方がしっくりとくるわね」
「馬鹿な事を言うな! イセリア流剣術は、最強の剣術だ! カインにだって伝授してやっただろうが!」
「伝授と言うか、俺が扱っていたのは、レイピアに込められた術式を基に起動する魔術だ。剣技でもなんでもない。お前が組み込んだ術式だろう? 言い訳すんな」
「ばっかじゃないのかい。あらゆる攻撃を受け流す二之型・流! 名前も効果もバッチリ完璧に剣術だろう! 屁理屈こねるんじゃないよ!」
「屁理屈をこねてるのはあなたではないかしら? 嫌ね、カイン。剣士のくせに魔法に頼るなんて」
「確かにな。プライドが無いんだろうな。所詮は二流って事だ」
「ぐっ、あんたら、言わせておけば……」
イセリアが歯噛みしている様子を、カインとファライヤは嘲笑う。
「だがしかし、魔法使いが相手となると状況は厳しいな。よし、全員撤退するぞ」
カインが指示を出すと、一同は頷き山道を駆けて行った。
「なっ! 待て!」
「魔法使いじゃなくて、最強の剣士として追って来るなら相手してやる」
直ぐに後を追おうとしたイセリアであったが、最後尾のカインがそう言い残すと足を止めて渋面を作った。
カインたちが走り去った後、後方で控えていた冒険者が険しい表情のイセリアに声をかける。
「……あの、追わない理由にはならないと思いますよ」
ハッと目を見開くイセリア。
その顔には、かつて無いほどに怒りの表情が浮かんでいた。
「あのガキ! 賢しい真似を!」
イセリアの表情に怯えながらも、冒険者たちは苦笑いを浮かべていた。
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