153 師の行動原理
二日後の早朝。
「それじゃあ頼んだぞ」
カインはアグニーの御者台に乗ったミズシゲに言った。
ミズシゲはカインの言葉に頷くと、手綱を打って移動を開始した。
山道を進む馬車の背を見送り、その姿が見えなくなるとカインは振り返る。
「俺たちは暫く待機だな」
カインの言葉に頷く一同であったが、イセリアだけは不満があるのか顎に手を当ててしかめっ面をしていた。
「ねえ、あんたら追われてるんだろ? 二手に別れて大丈夫なわけ?」
「問題ない。相手は俺たちを南下させる為に北側から攻めて来る。先行させたマリアンたちの山道に行き当たる為には、北側からだと必ずここを通る事になる」
「私たちが追手を待つ理由がわからないんだけど? 一緒に行って、直ぐに南下しないルートに入った方が良いんじゃないのかい?」
「当初の予定では、ここで追手を迎え撃って、更に北側から迂回することを考えていたんだ。だが、お前が加入した事で事情が変わった」
「私の所為みたいな言い方、やめて欲しいんだけど?」
「別に悪い意味で変わったわけじゃない。マリアンたちの向かった道の方が、国境までの道のりは近いんだ。遠回りをする必要が無くなったと言えば、納得出来るか?」
「まあ、それなら良いんだけど……でもさ、この人数で本当にやるつもり?」
イセリアがその場に残った面子を見て言った。
この場に居るのは、カインとイセリアを除いて、ファライヤ、エリシュナ、ヴィレイナ、トリティ、アーマードの五名だ。
カイン曰く、冒険者は徒党を組んでそれなりの人数でやって来るのだという。それをこの人数でどうにか出来るのだろうか?
イセリアの抱く疑問は最もだ。
山や森での集団戦において、冒険者の実力は騎士よりも高くなる。
それが、十や二十にも及ぶパーティーの連隊となると、些か不安とも思えなくもない頭数である。
だが、それでもこの場に居る面子は、地竜をも圧倒する力をそれぞれが備えているのである。
魔力の流れを見ていれば、それなりに腕が立つという事はわかる筈なのだが、イセリアはそういった細かな視点で相手を見定めるような事はしない。
要するに面倒くさがりなのである。
己が最強であると盲信するが故に、他者の力量を侮る癖があるのだ。
魔族であるエリシュナが居ることも当然承知している。
しかし、イセリアの脳内では、魔族はそこそこ強い、程度の認識しか持ち合わせていない。
加えてであるが、冒険者ギルドから依頼を受けているイセリアは、どの程度の冒険者が集められたかも知っている。未だ受けた依頼をこなすかどうか決めあぐねている状態ではあるのだが、もし、その冒険者たちに自分が参加するとなると、やはりこの面子では厳しいものがあるのではないだろうか?
そんな余計な心配が脳裏を過るのである。
「まあ、お前が居れば大丈夫だろう。頼りにしているぞ、イセリア」
そう言われて悪い気はしない。
だが、頼りにされても困ってしまう。
自分の力を当てにされてこの状況が出来上がっているとなると、カインたちの命運は全て自分の判断に委ねられているのではないだろうか?
―――まあ、いっか。細かいことを考えるのは性に合わないし、私は私のやりたいようにやろう。
あっさりと結論を出して、イセリアは細かい事を考えるのをやめた。
「……来たわね」
唐突にファライヤが声を発した。
時刻は昼を少し回った時間帯である。
一同に緊張が走り、全員が家から表へと出る。
周囲に広がる森の中からは、物音は未だに聴こえてこない。
「相変わらずだな。俺にはまだわからなかった」
「コツがあるのよ。それも含めて今後教えてあげるから安心なさい」
「有難いが、お手柔らかに頼む」
「あら、いつも死なない程度に調整しているのだから、これ以上優しくなんてできないわよ?」
「ありがとよ! いつも死なないように気遣ってくれて!」
「どういたしまして」
「皮肉で言ってんのわかってるか?」
青筋を立てるカインとニマニマと笑うファライヤを見ていたイセリアが、突然二人の話に割って来た。
「なんだい? 私という師がありながら、他に教えを乞うとかどうなんだい?」
「突然居なくなった奴が何を言ってる」
「だから、ちゃんと迎えに来るつもりだったと言ってるだろう? しつこいねあんたは」
「別に恨み言については既に言い終わってる。だから、いつまでも師匠面をするな! 壁を超えられたのは、マリアンの知識とファライヤの指導があったからだ」
「かあ、基礎を叩き込んだのは私だろうに! この恩知らずめ!」
「その間、だらしないお前の世話をしてやったのは俺だがな!」
「弟子が師匠の世話をするのは当然の義務だ!」
「それを当然だと思うような奴だから、何も言わずに居なくなったり出来るんだな!」
カインとイセリアが言い争いを続けていると、珍しくファライヤが二人のやり取りを止めに入った。
「そろそろ止めた方が良いわ」
そう言ってファライヤが森の方へ視線を向ける。
ファライヤの視線を追うようにして、カインとイセリアは表情を引き締めた。
暫くすると、ガサガサと枯れ草を踏み締める音が近付いて来て、開けたその一角を囲むように冒険者たちが姿を現した。
その数は多い。
ざっと見渡しただけでも、百名近くは居るだろう。
その中の一人が、一歩前に出て声を上げる。
「マリアンズだな? お前たちには、国から捕縛するよう要請が出ている。素直に投降するならよし。抵抗するなら命の保証は出来ないぞ!」
退路となる山道を背にして、カインたちは冒険者たちを見渡す。
全体の戦力を確認すると、厄介そうな相手が五人。それと、冒険者に紛れて気配を消すようにしている者が数名いる。
「捕まるような事は何もやってないんだがな?」
カインがそう言うと、前に出た男の表情が歪んだ。
「何もしていないだと? ラントックスの街で獣人奴隷を虐殺しておいて、よくそんな事が言えるな! 罪を犯したとはいえ、奴隷は人間だ! それを裁く権利はお前たちには無い筈だ!」
男の述べる言葉に反論しようとしたカインであったが、すぐに言葉を飲み込んだ。
―――なるほど、そういう筋書きか……敵はどこまで考えている?
ラントックスの街でカインたちを襲撃した獣人奴隷は、力こそ強かったが戦力としては不十分だった。
カインは最初、ただの使い捨ての駒として扱っているかと思ったが、敵の思惑は更に一つ上を行っていたようだった。
返り討ちにあったのであれば、それを理由に冒険者たちを合法的に焚き付ける事が出来る。
冒険者は金にしか興味の無い荒くれ者も多いが、それに比例するように正義感の強い人間も多い。
無抵抗の獣人奴隷を虐殺した者がいる。などと聞けば、黙っていられない者も多くいるのだ。そこに国の後ろ盾が付き、破格の報酬が支払われれば、そういった者たちが依頼を断る理由はほぼ無くなる。
予想よりも人数が多いと思っていた背景には、そういったカラクリもあったのだろう。
とはいえ、ここで捻じ曲げられた事実を否定したところで意味は無い。
国やギルドが伝える内容を盲信し、既に彼らの中ではそれが事実となっているのだから。
「黙っているという事は、認めるという事だな?」
「いや、黙秘させてもらう。その件について、お前らと話し合うつもりは無い」
「……残念だ。やるぞ!」
男の掛け声と共に冒険者たちが一斉に動き出した。
怒号を上げて押し寄せる彼らを、この開けた場所において僅か七名で対処するのは難しい。
通常であれば。
カインの前にスッとエリシュナが進み出て、被っていたフードを外す。
戦闘となる為、マリアンから貰ったお気に入りの服は着ていない。黒のスパッツにぶかぶかのパーカーを着た、少しだらしのない部屋着のような格好である。
だが、薄い紫色の髪が蛇をかたち取り、長い尾を地面に打ち付けて金色の瞳をギラつかせるその姿は、正しく魔族と呼べるほどの威圧感があった。
エリシュナの瞳が文様を刻み、金色の色合いを輝かせる。
すると。
枯れ草が即座に石へと変わり、その枯れ草に足を取られた冒険者たちが一斉に転んだ。
そこへ、カインたちが容赦なく【爆風】の魔晶石を投げ込んでいく。
「ぐああっ!」
「馬鹿! 何をやってる!」
動揺をみせた冒険者たちであったが、立ち直りも早い。
直ぐに【水球】の魔術と魔晶石を放ち、炎を鎮火していった。
「気を付けろ! 魔族がいるぞ!」
「はあ! そんな話は聞いてねえよ!」
エリシュナの魔眼を見せつければ、相手の足は止まると思われたが、意外にも冒険者は再度カインたちへ突進する姿勢を見せた。
先頭に立つ一人の冒険者。
その者に向かって、エリシュナが石化の魔眼を放つ。
しかし、エリシュナの魔眼を受けてもその冒険者は、石化することなく直進して来た。
「ふん、神気の使い手か」
冒険者が牽制として投げる魔晶石はことごとくが石へと変わったが、その者だけは体に纏った神気により石化の効果を相殺している。
そのまま、その冒険者は剣を抜き放ち、エリシュナへ向かって上段から振り下ろした。
鋭い斬撃が硬質な音を響かせた。
振り下ろされた剣は、エリシュナによって受け止められていたのだ。
指二本で挟まれるようにして。
「ば、馬鹿な!」
「馬鹿は貴様だ。そんな魔力も神気も込められていない剣で、魔族を傷付けられるとでも思っているのか?」
エリシュナに受け止められた剣が石化し、パキリと音を立てて折れた。
それと同時に強烈な尾の一撃が男の胸を打って吹き飛ばす。
後続の冒険者たちは、それを目の当たりにしても止まらない。
状況の判断は正しい。
石化の魔眼を越える為に、一人を盾にして近付いたとなれば、その好機を逃すわけにはいかないのである。
しかし、それでも判断を見誤ったとするならば、エリシュナ……もとい魔族の力量を侮った事。そして、エリシュナの後方で控えるカインたちの実力を侮った事だと言えるだろう。
エリシュナの長い尾が振られ、五、六人の冒険者を弾き飛ばす。
アーマードにより、岩のように巨大な槌が振り抜かれ、これにも五、六人の冒険者が吹き飛ばされた。
気が付けば、迫り来る冒険者たちを擦り抜けたファライヤが後頭部に短刀の柄を打ち付け、カイン、ヴィレイナ、トリティが一人ずつ確実に倒して行く。
僅かな時間で先行した冒険者たちが倒されると、後方から一斉に魔術が放たれた。
それに対してもカインたちは動じない。
各々が武器に魔力を這わせ、硬刃化と鋭刃化を施して、魔術をそのまま斬ったのである。
これには流石の冒険者たちにも動揺が走った。
「……なんなんだ、こいつらは」
圧倒的な実力を示され、冒険者たちに勝ち目が無いのは明らかである。
しかし、彼らの瞳には未だ諦めた様子が見られなかった。
彼らの心の支え。どんな強敵が相手だとしてもなんとかなると思える拠り所。
その支柱ともいえる最強の剣士へとカインは視線を向けた。
「……それで? イセリア。お前はどうするつもりなんだ?」
「なんだい、知ってたのかい? 相変わらずあんたは賢しいね」
これまでの攻防で何もせず、腕を組んで戦況を眺めていたイセリア。
堂々とした姿は変わらず、その視線は何かを思案しているようであった。
だが、何を思ったのか、突然カインたちと冒険者たちの間へ歩み出て、クルリと反転してカインたちへ向き直った。
「決めたよ。私はこちら側に着くとしよう」
そう言ってイセリアは腰にはいた剣を抜き放った。
「まあ、だと思ったよ」
「それもわかってたのかい?」
「まあな。でなけりゃ、マリアンたちを先行させたりなんてしない。ここで待ち構えたのは、お前とケリを付けておく為だ」
「ふーん。だったら、こいつらがやって来るまで待つ必要なんてなかっただろう?」
「この状況でなけりゃ、お前は本音を吐き出さなかっただろうな。いや、お前はいつも本音を語っているか……まあ、つまり、追われてる途中で敵に回ると決断されても困るって話だ」
「確かにその通りだね。実際、敵に回るって決めたのは今だしね」
イセリアは何故か嬉しそうに笑う。
「可愛い弟子の為に、力になってやろうとも思ったんだけどね。あんたたちが悪いのさ。ヴァルキュリア以外で私に興味を抱かせるから」
「はっ、この戦闘狂め。そんな性格だから、面接で落とされるんだよ」
「ほっとけ!」
軽口を叩き合いながらも、カインとイセリアの師弟対決の幕が切って落とされた。
読んでくださりありがとうございます。




