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152 築き上げた関係

 懐かしの我が家。


 ここには母やヨミと過ごしたかけがえのない思い出が詰まっている。


 寒空の下。井戸の縁に腰掛けて荒れてしまった畑を眺めながら、カインは一人感慨に耽っていた。


 共に畑を耕し作物を育て、森へ山菜を採りに行った日々。ただ静かに過ぎ行く時間は優しく、それだけで充実した日常がそこにはあった。


 そんなひと時がずっと続けば良いと思っていた。ずっと、続くと思っていた。


 誰しもが無干渉でいてくれたなら、そんな日々は今もずっと続いていたのだろう。


 しかし、そんなひと時は、誰かの悪意によって容易く打ち砕かれてしまった。


 ガルシアナ聖騎士団。


 ありふれた幸福を奪い去った彼らの旗印を、カインは忘れた事が無い。


 憎しみ……とは少し違う。


 あの時、ヨミを殺した英雄が言った言葉は真実だったから。


『正しいとか間違ってるとかじゃないのさ。俺は強くて、お前は弱い。俺は英雄で、お前はただの小僧だ。だから、俺の行動こそが正義なんだよ』


 世界は力と、多くの者が信じる言葉が優先される。


 その言葉こそが真実へと変わる。


 例えそれが間違った真実だとしても。


 正しいと思った事は、必ずしも正義になるとは限らない。


 それを認めたからこそ、カインは他者に憎しみを抱かない。己の信じるモノが誰かの正義であるわけでは無いのだから。


 それでも、許せない事はある。認めたくない出来事が溢れている。


 だから、決意したのだ。


 英雄になろうと。


 自身の考えを否定する者をねじ伏せる為に。己の我儘を貫き通す為に。


 リグルト・ガルシアナ。


 ヨミを殺したあの男の行動は間違っている。


 そう否定する為に、力を求め続けたのだ。


 当時の弱かった自分とは違う。今は戦える力を持っている。


 ラントックスの街を離れる際に、チラリと目に留まった旗印。


 神ゼオンの槍とセト王国の聖剣を交差させたあの旗を、見間違えるわけもない。


 ラントックスを包囲しようとしていた軍隊は、間違いなくガルシアナ聖騎士団であった。


 ―――仇? そうじゃない。俺は奴の行動を全否定する為に力をつけたんだ。


 憎しみの感情が無いと言えば嘘になる。だがそれでも、ヨミがカインに求めたものは誰かを憎む姿では無かった筈だ。


 ヨミの最後の言葉が蘇る。


『優しいあなたが好き』


『正しく在ろうとするあなたが好き』


『勇敢で真っ直ぐなところが好き』


 その言葉の中に、恨み言など含まれていない。


 あったのは、カインに抱く素直な想いだけだ。


 誰かを憎む事は簡単だ。


 だが、そうしてしまっては、ヨミが想いを寄せた自分ではなくなってしまう。


 怒りや憎しみで心を満たすよりも、ヨミが好きだと言った自分のままで在りたい。


 改めてそう思い、カインは拳を握り締めてグッと力を込めた。




 険しい表情となったカインの背後に、音もなく忍び寄る影があった。


 その影は一切の足音を立てずに、真っ直ぐカインへと向かって進む。


 そして、腕を伸ばしカインの首筋へと接触しようとしたところで、カインは振り返る事なく声を発した。


「悪趣味だぞ、ファライヤ」


 カインの首筋を冷たい指先が撫でるように触れた。


「あら、成長したわね。探知を躱して近付いたというのに……」


「耳が良くなったのか、風音が遮られるのがわかった。足音も立てずに、探知を躱せる相手はお前ぐらいしかいない」


「私以外の強者だったらどうするつもりだったのかしら?」


「考えてもいなかったな。わざわざ探知を掻い潜ってまで接近してくるような奴は、お前以外に思いつかなかった」


「確かに……そうかもしれないわね」


 そう言って、ファライヤはクスリと笑みをこぼす。


「それで? 準備は出来たか?」


「ええ、整っているわ。けれど流石ね。それとなくカマを掛けてみたけれど、あなたの言う通りの反応だったわ」


「やはりそうか」


「あなたの師でしょう? 信用はしてあげないのかしら?」


「信用してるさ。しているだけに、あいつが敵に回る可能性は高い」


 ファライヤはカインの正面に立ち、腕を組んでニマニマと笑う。


「参考までに、何故その結論に至ったのかを聞いても良いかしら?」


 問い掛けられて、カインは夜空へと視線を向けてから話し始めた。



「ラントックスでの襲撃が不可解だった。軍で街を包囲してから襲撃をするのではなく、敢えて逃げ出す事の出来るタイミングを残している」


「逃げ道を残しておかなくては、鼠でも猫に噛み付く事があるでしょう? 戦術の基本ではなくて?」


「そうだが、相手が確実にマリアンを手にしたいと言うのなら、多少の被害があるとわかっていても力押しで来る筈だ。だが、それをしないという事は、他にも手を打っているということになる」


「他にも……ね。実際、相手の思惑が見えて来ないわ。私たちが集団で行動している以上、何処で仕掛けようと結局は変わらないでしょう? こちらの戦力を削りたいのであれば、襲撃時に暗部を用いても良いでしょうし、少なくとも街では軍との戦闘になっていたと思うのだけれど?」


「戦力は既に削られているさ」


「ミーアたちを応援にやった事を言っているのかしら? けれどそれは、カインがルクスを心配して送り付けただけで、相手が想定出来る行動では無いわ」


 確かにその通りである。


 しかし、カインは自身の判断が、相手の手の内であると考えた。それは、襲撃に暗部ではなく、獣人奴隷を用いた事から想像出来る。


 相手の意表を突きたいだけなのであれば、ルクスの裏切りに気が付いているという事を、わざわざカインたちに悟らせる必要は無いのである。

 それをしたという事はつまり、一人王都へと発ったルクスの身に危険が迫っていると知らせるようなもの。


 そんな無駄とも思える行動をとっている相手だ。カインが即座に判断しミーアたちを応援に向かわせなかったとしても、何かしらの行動を起こして来るであろう事は明らかだった。


 おそらくそのタイミングは、ルクスの身柄を抑えたあとである。とはいえ、既にミーアたちを送ってしまっている為、カインの予想が正しかったのかどうか、その答え合わせは出来ない可能性も高いのだが……。


 カインの予測を交えた推察を聞いて、ファライヤは一応の納得を見せた。


「襲撃自体に色々仕掛けがあったという事は、この場所へ私たちが逃げ込んだ事も相手の思惑通りだということかしら?」


「そうだ。そして、俺なら追い込む為に、人を使って南西に向かって山を下るように北側から襲撃を掛ける」


「それで冒険者ギルドを気にしていたのね」


 カインは頷いた。


 イセリアが仲間に加わると言ったあと、カインはファライヤに移動の為の準備を急かした。それと同時に一つの仕掛けを頼んだのである。


 その理由が、イセリアが昨晩、冒険者ギルドへ顔を出している可能性があるという内容から始まったのである。


 山奥にあるこの場所では、近隣の村へ向かったところで、冒険者ギルドの情報は得られない。


 冒険者ギルドがある近場の街までは、徒歩で五日はかかるのである。


 だが、イセリアであれば一日もあればその区間を往復する事が出来る。


 昼夜を問わずに本気で駆けたならば、イセリアはそのぐらいのことはやって退ける程の能力を有しているのだ。


 家にやって来た際、イセリアはベッドで眠りに就いていた。


 まだ日も落ちない時間帯からである。


 カインがイセリアの弟子となった日から今日まで、あの時間帯に眠りに就いたイセリアの姿を、カインは幾度か目にした事がある。


 カインもイセリアの交友関係までは詳しくないが、Sクラスの冒険者であるらしいイセリアは、当時から冒険者ギルドへ呼び出される事もあった。


 その時は、戻って来る時間帯はまばらであったが、一日二日の内には戻って来て昼間から睡眠をとったあと、またフラッと何処かへ消える感じであった。


 つまるところ、何かしらの襲撃があると予想していたカインであったが、人を使うのであれば冒険者ギルドを動かして来るだろうと想定していたのである。


 そこで、Sクラスの冒険者がタイミング良くギルドに呼び出された形跡があるとなると、それはもう確信へと変わる。


 呼び出されたイセリアが、依頼を受けたかどうかはわからない。しかし、仲間となった今もその事を伏せているとなると、敵となる可能性が格段に高くなるのである。


「お前のカマ掛けで、イセリアは素直にギルドへ向かった事を認めたか?」


「いいえ、買出しに街へ向かったと言っていたわ」


 これで決まりである。


 カインが敢えて自分ではなく、ファライヤに聞かせた質問。


 カインが直接聞けば、イセリアは自分の習慣を見て問われているのだと気が付いただろう。そうなると答えの内容が変わって来る。


 しかし、自分の事を知らない他人から、なんの気なしに問われれば、単純に答えたくない事はそのまま答えないのである。


「ファライヤ、あいつは口先だけじゃなく、本当に強いぞ」


「あら? 私に任せるつもり?」


「任せても良いか?」


「それはご褒美次第かしら?」


 ファライヤがいつに無い程悪い笑みを浮かべると、カインは苦い顔を見せた。


「そっちの方が面倒そうだから自分でやる事にする」


「つれないのね。なら、カインの気を引く為に一つ贈物をしようかしら」


 そう言って、ファライヤは嬉しそうにニマニマと笑みを浮かべて、一枚の布をカインへ手渡した。


 月明かりが反射して虹色に光る、少し硬めだが手触りの良い布。


 これは? と顔を上げて問い掛けるカインに対して、ファライヤはクスリと口元を緩める。


 そして―――。



「……なるほど。大した贈物だな」


「どうかしら? 少しは気が引けたかしら?」


 受け取った布を手にしてカインは微笑する。


「いや、まったく」


「あら、それは残念ね」


 カインの冷たい言葉にも、ファライヤは全く残念そうな様子を見せずに言った。


 しかし、吐き出す言葉とは裏腹に何処か互いを認め合っている。二人の瞳には、そんな信頼の色合いが浮かんでいるのであった。

読んでくださりありがとうございます。

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