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151 童心の師

 身なりを整えたイセリアが、カインたちの待つ食堂へとやって来た。


 ベッドの上で寝こけていた時はだらしのない人物であったが、服装を整えると随分と見違える。


 長い紺色の髪を後ろで一つにまとめて、切れ長の瞳には己に対しての絶対的な自信が浮かんでいる。


 立ち方一つとっても隙の無いその姿は、一目で強者とわかる雰囲気を漂わせていた。


 イセリアが食堂で待つカインたちへ眺めるような視線を送ったあと、ドカリと勢いよく椅子に腰掛けて声を上げた。


「随分と大所帯だけど、私に何か用かい?」


「別にお前に用事は無い。二日ほどここに留まるからそのつもりでいろ」


「はあ? あんたね。突然団体で人様の家に押し掛けて来て、なんでそんなに強気な態度なわけ!」


「ここは元々俺の家だ。お前の家でもないだろう」


「わ・た・し・が拾ったんですー! 捨てたあんたが、今更所有権を主張しないでくれる?」


「なら聞くが、今まで何処へ行っていた? お前が突然姿を消すから、俺は急遽家を捨てて旅立つ事になったんだぞ!」


「弟子のあんたが、師匠のやる事にとやかく言うなっての! 大人しく鍛錬でもしてればその内帰って来たってのに……戻って来てみれば居なくなってるし、面接には落ちるしで最悪よ」


 そう言って、イセリアは力無くテーブルの上へ突っ伏した。


「だったら一声掛けてから離れれば良かっただろう……いや、ちょっと待て、面接とはなんだ?」


「……だからさ、アルストレイに行ってヴァルキュリアの予備隊に入ろうと思って……そしたら、そもそも面接で落とされたし……くすん」


「戻る気ゼロだったじゃねえか!」


「ちゃんとあったっての! 予備隊に入って『剣烈』に勝ったら迎えに来てやろうと思ってたんだから」


「お前……『剣烈』に勝つって事は、ヴァルキュリアになるということだぞ!」



 『剣烈祭』


 それはアルストレイ帝国で数年に一度行われ、ヴァルキュリアやシグルズがその力を世間に示す為の祭典だ。


 予備隊の中から男女一名が選出され、その一名がヴァルキュリアやシグルズに挑む行事である。


 ヴァルキュリアやシグルズは、ただ一度の敗北も許されない。故に『剣烈』と呼ばれるその祭典で彼らを倒す事が出来たならば、倒した者が次代のヴァルキュリア、シグルズへと成り代る事が出来る。


 ヴァルキュリアやシグルズに憧れる者たちにとって、『剣烈祭』は彼らの力をその目に焼き付けるのと同時に、自らがその席を手にする為の機会なのである。


 ただし、ここ数十年の間に『剣烈』において、ヴァルキュリアやシグルズに勝利を収めた者は居ない。


 軽口で述べられるほど、『剣烈』で勝つ事は容易ではないのだ。


 しかし、偉業とも言えるその事を、イセリアは出来て当然だと言わんばかりに口に出したのだ。


「最強の剣士である私より強い奴なんて居ない。なのにあいつらは、私を差し置いて最強を名乗ってるんだよ。だったら私がその座に居てもおかしくはないじゃないか」


 机に突っ伏したままイセリアはボソボソと言った。


 そんな台詞に対してスッと一つの手が上がる。


 イセリアがチラリと視線だけを向けると、東国の軽鎧を纏った小柄な女性―――ミズシゲが暝目したまま興味深そうな顔を向けていた。


「なんだい?」


「ヴァルキュリアになる為の条件はただ強い事、それだけの筈です。予備隊の審査において、面接で落とされたという話は聞いた事がないのですが?」


「いや、実際に実技を受ける前に追い返されたんだけど?」


「おかしいですね。差し支えなければ、どのような問答があったのか教えていただけませんか?」


「……なに? あんたヴァルキュリアにでもなりたいのかい? まあ、東国の出じゃあ、憧れるのもわかるけどね。東国じゃあ、『剣烈』は行われないんだろう? 戦う機会が無けりゃ成りようも無いしね」


「東国のヴァルキュリアは、つまるところ国主です。おいそれと決闘を受けるわけにもいかないのですよ。それと、憧れはあっても、まつりごとの類をやりたがる人間はそれほど多くありません。それで? 受け答えはどのような内容だったのでしょう?」


「……別に、本当に大した話はしてないよ。ただ、長々と大英雄の話を聞かされて退屈だったから、そんな過去の英雄より私の方が強いと言ってやったんだ」


 それを聞いて、ミズシゲとカインは呆れ顔になった。


「アルストレイで、しかもヴァルキュリアを目指す人の発言ではありませんね……」


「こいつはこういう奴なんだよ。剣のこと以外、頭が空っぽなんだ」


「なんでだよ! 大英雄の実力なんて、語り継がれてるだけで、誰一人その目で見た奴なんて居ないじゃないか! それなのに神聖視し過ぎだろう?」


「そういう問題じゃねえ。大英雄を軽んじてアルストレイで成り上がれるわけがないだろ!」


「ましてやヴァルキュリアの予備隊志望者が、そのような発言をしては実技の前に落とされても仕方がないかと……」


「なんだい、なんだい。どいつもこいつも頭が固いね」


 そう言ってイセリアはいじけるように顔を伏せた。


「ねえねえ、カイン。この家ってお風呂ないの?」


 唐突にマリアンが、キョロキョロと室内を見渡しながら言った。


「ああ、この家には―――」


「あるよ」


 カインが言いかけたところで、イセリアがテーブルに顔をつけたまま言葉を遮る。


「裏口を出たところに、小屋を増設して作ったんだ。魔道具でいつでも入れるように温度を調整してるから、好きに使って良いよ」


「わー、ほんと? ありがとう。それじゃあ、エリシュナお風呂入りに行こ」


「おいっ、押すな引っ付くな! 魔力が無駄になる!」


 文句を言いながらも然程の抵抗を見せずに押されて行くエリシュナだったが、尻の辺りから伸びる長い尾が僅かに顔を上げたイセリアの視界をかすめた。


「は?」


 勢い良く顔を上げて、間の抜けた声を上げるイセリア。


 そんなイセリアの反応に気が付かない二人は、そのまま風呂場へと消えて行ってしまった。


「……カイン、おかしな生き物がいたんだけど?」


「おかしいのはお前の頭だ。気が付いてなかったのか?」


「いや、大勢居るなぐらいにしか見てなかったんだけど。つか、何? あのおかしな子?」


「エリシュナはおかしな子じゃない。魔族だ」


「……へー」


 さも当然のように魔族がいる事に理解が追い付かないのか、イセリアは生返事をして遠い目をした。


 そんなイセリアに対して、カインはやれやれと溜息を吐いたのだった。




「なにか不満でもあるのか?」


 夕食の席で不愉快そうに沈黙していたイセリアに対して、カインは気遣う素振りも見せずに言った。


 先程、イセリアに対してカインたちの事情をひとしきり説明したのだが、話を聞けば聞くほどイセリアの言葉数は少なくなり、眉に皺を寄せて不満そうな表情へと変わっていったのだ。


 それは、夕食の席でも変わらなかった。


 無言のまま切り分けたボームの肉を口へと運び、沈黙を貫いていたのだ。


 食卓はそれほど広くない為、食事は交代で摂る事になり、今現在はイセリア、カイン、マリアン、エリシュナ、ヴィレイナの五名がテーブルを囲んでいる。


 そんな中、皆重々しい空気を察して沈黙しているものだから、食器の鳴る音だけが室内に響いていた。


 先程からマリアンがチラチラと視線を送り、なんとかしてよと無言の圧をかけてくる為、カインは仕方なく口火を切ることとなったのである。


 そんなカインの発言に続き、エリシュナが声を上げた。


「私の事が気に入らないのであれば、外へ出ていよう。私は魔族だ。受け入れられない人間がいる事は理解している」


 エリシュナがそう言葉を告げると、イセリアは手を止めてエリシュナへと視線を向けた。


「随分と物分かりが良い魔族だね。けど、別にあんたが居る事が不快なわけじゃない。多少驚きはしたけど、魔族については耳にタコができるぐらいカインに聞かされて来たからね」


「理解はあるのだな。ならば、先程から不愉快そうにしているのは何故だ?」


 エリシュナがそう言うと、イセリアはくっと表情を歪めた。


「カインが、師である私よりも高みを目指しているからだ! しかも、一定の成果を上げてるだって? 私は面接に落ちたってのに!」


 その言葉を聞いて、一同の顔に呆れの表情が浮かんだ。


「ただの嫉妬じゃねえか! 子供かよお前は!」


「だめだだめだ! 師よりも優れた弟子なんて認められん!」


「せめてまともに育ててから言え! お前から基礎は教わったが、強さの壁を超える方法は教わってないぞ!」


「壁にすら届いてない奴に、その先を教える奴が居るかい? あんたがさっさと成長してれば、教えようもあったての!」


「お前が突然居なくならなければ、文句もなく鍛錬してただろうな!」


「だから、あんたが壁に届くまでの間に、ヴァルキュリアになろうと思ったんじゃないか!」


「だからせめて一声かけてから行け! 何も告げずに居なくなられたら、捨てられたと思うだろ! 普通」


 子供のような言い争いは暫しの間続いた。


 息を荒くして言い争う二人を、ヴィレイナがまあまあとなだめるように落ち着かせる。


 だが。


「くっ、傍らに聖女を連れて、魔族にも懐かれる。おまけに良く分からないキラキラした子も居るし、勝ち組かよ。地獄へ落ちればいい」


 イセリアは更にやさぐれてしまった。


 イセリアの態度に青筋を立てて言葉を続けようとしたカインであったが、それをヴィレイナが再度なだめた。


 そして、そんなやりとりで何かを察したのか、マリアンがカインに代わって声を上げた。


「よくわからなくないよ。マリアンって言うの。これでも世界最強の美少女なのよ」


「世界最強はこの私だ!」


「お揃いだね」


「お揃いなもんか。世界最強はただ一人だ」


「えー、イセリアは剣で最強なんでしょ? 剣じゃ美少女と勝負できないから、比べられないとおもうけど」


「最強ってのは強さを示すもんだ! 美少女が強さと関係あるかっての」


「あるよ。強さって言っても色々でしょう? 力が強い。心が強い。戦略が強い。言葉が強い。同じ土俵にないものは比較できないんだから、最強が二人いてもおかしくないとおもうけど」


「む、ならあんたは、美少女って事で何ができるんだ」


「人を惑わして操る事ができるわ」


「タチが悪いな!」


「そうかな? でも、私は世間がイセリアのことを最強だって囁くように操ることもできるわ」


「なに!?」


 マリアンのその言葉には、不貞腐れていたイセリアも目を見開いて食い付いた。


「イセリアは戦う機会さえあれば、ヴァルキュリアにも勝てるんでしょう? 私だったらイセリアがヴァルキュリアと戦う機会を作ってあげることもできるわ。そこでヴァルキュリアに勝つ事ができるなら、イセリアはヴァルキュリアにもなれるし、それ以上の剣士として名実共に世間から認知されることにもなる」


「……そんな機会が本当に作れるのかい?」


「出来るよ。というか、向こうが直接関わって来るように、カインをマークレウスの名前で売り出してるんだから」


 初めて聞くマリアンの思惑に、イセリアだけでなく、カインも驚きの表情を浮かべた。


「お前! そんなことを企んでたのか!」


「企むというか、考えれば普通にわかるとおもうけど」


 カインとて、マークレウスの名がヴァルキュリアを動かすであろう事は予想出来ていた。しかし、わざわざヴァルキュリアを動かす為に、カインにその名を名乗らせていたとは思わなかったのだ。


 マリアンへ恨めしそうな視線を向けるカイン。それとは別に、イセリアは興味深そうに顎を撫でた。


「つまり、カインについて行けば、私がヴァルキュリアを倒す機会は自ずとやって来ると?」


「そうだね」


「なるほど、面白そうじゃないか」


 そう言ってイセリアは瞳をギラつかせた。


 子供のように純真な瞳。


 その瞳を真っ直ぐに向けて、一人頷くと言った。


「良いだろう。最強の名を売る為に、私もあんたたちに付いて行くよ」


 何一つ迷いの無い様子で突然決断するイセリア。


 ヴァルキュリアと争う事に不安など一切見られない、自信に満ちた姿。


 ただ、イセリアは気が付いていなかった。


 最強を自負するその者がマリアンの口車に乗せられ、舌戦においてあっさりと敗北しているという事実に……。

読んでくださりありがとうございます。

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