150 故郷での再会
王都カルドブルグ、その王城の一室。
白髪の目立つ厳しい顔付きの男は、姿勢良く椅子に腰掛け、テーブルの上に並べられた駒を眺めて髭を撫でた。
そして、沈黙のまま僅かに暝目すると、その男―――マルセイ・ランタラルは静かに口を開いた。
「カインという男は、少しは頭が回るようだな」
「はい。襲撃の夜、早々に街を離れていなければ、神の恩恵は既にこちらの手中にあったでしょう」
独り言のように虚空へ発せられた言葉。だが、その言葉に反応する者があった。
「その事では無い。早々にルクスへ対して仲間を送って来たことだ」
姿も見せず、どこからともなく鳴った声に対して、マルセイは気にした素振りも見せずに言葉を返した。
「……確かに、対応が早過ぎますね。つまり、あの男は宰相閣下の思惑に気が付いたと?」
「その通りだ」
マルセイは何故だか嬉しそうにそう答えた。
「お陰で、ルクスを人質にして奴等を誘き寄せる手間が省けた」
実のところマルセイは、ルクスの裏切りにも、国外へ逃亡しようとしている事にも大した関心が無い。
マルセイの関心。
それは、神の恩恵であるマリアンを奪う事のみに向けられていた。
ルクスの一件は、その為の布石の一つに過ぎない。
爵位を匂わせ、妻であるアリシアを容易に説得出来ないように仕向け、国外へ逃亡するまでの時間稼ぎをしたのである。
連絡手段があるとも思えなかったが、いつまでも王都から離れないルクスのことを知れば、魔族にすら情を向けるカインという男は、必ず助けを送り付けるだろうと考えていた。
最悪その手段は、ルクスを捕え、人質として利用する事でカインへ伝えようと考えていたのだが、マルセイの予想を上回り、カインはルクスが事を起こす前に仲間を送り付けて来たのである。
マルセイの考えを見抜くような判断。だが、まだ二手ほど読み切れていない。
マルセイの目的は、ルクスの国外逃亡を許さない事ではない。ルクスを餌にして、カインたちマリアンズの戦力を分散させる事にあったのだ。
「奴らのリーダーが優秀なお陰で手間が一つ減る。喜ばしい事ではないか」
機嫌の良いマルセイに対して、姿を見せない男は沈黙を向けて答える。
「人数を今一度正確に報告しろ」
「救援としてやって来たのは四名、他の五名は旧市街でなにやら暗躍していた者たちです」
「旧市街の五名は、アルストレイの客人が放った者だろうな。ルクスの奴が引き込んだのか、はたまた奴らが掻き乱しに来たのか……ルクスを助けにやって来た連中の詳細はわかるか?」
「……はい、恐らくはコルネリア領の冒険者クラン、デバイスレインに所属する者たちかと」
「……ふむ、なるほど。少し失敗したか? 出来れば主戦力を引き付けたかったが、だがまあそれは欲をかき過ぎかもしれんな」
「お言葉ですが、十分な成果を得ているかと。救援としてやって来た者たちは、ソレインと我々を退けるほどの実力を有しておりました」
「その者たちは強かったか?」
「……強い、とは少々違う気がしますが。ですが、上手いと思わせる戦い振りであったのは間違いありません」
「その辺りの感覚は、私にはわからんよ。どちらにせよ、闘千級の戦力は間引くことが出来たというわけだな?」
「……はい。今後彼らはいかがなさいますか?」
「疑われない程度に相手をしてやれ。早々に国から出て行って貰った方がこちらとしては都合が良い」
「承知致しました」
男が承諾すると、マルセイは再び駒の並べられたテーブルの上へと視線を落とした。
「冒険者共の動きは?」
「……はい。概ね手筈通りです。間も無く対象へ接触すると思われます」
「ふむ、暴馬共やお客人の調整も出来ているだろうな?」
「はい。全ては宰相閣下の思惑通りに運んでおります」
「よろしい。では、ガルシアナ聖騎士団を所定の場所へと向かわせろ」
マルセイの言葉に頷くと、声の主は最後まで姿を見せずにその気配を消した。
声の主が立ち去ると、マルセイは椅子に深く腰掛け口元を緩めた。
―――間も無く、神の恩恵が我が手中に収まるか。
密やかに進行するマリアンを奪う為の策謀。
ルクスの裏切り、襲撃の失敗、国外逃亡、そして救援。
マルセイにとって、それら全ては予定通りの出来事であった。
いや、それすらも想定して手を打っていたと言う方が正しい。
続け様に打たれるマルセイの仕掛け。そのことに、カインたちはまだ気が付いていない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
王都を離れたあと、山間を回って国境を越える事にしたカインたちは、一先ず山の中へと身を隠す事にした。そして、細い山道を多少強引に突き進みながら数日。ようやく目的の場所へ辿り着いたのだった。
山奥で草木が生い茂ったあとの残る、少し開けた場所。
よく見れば、そこは畑であった場所のようで、手入れがされていない為に、背を伸ばした草木が好き勝手に成長し、葉先を黄緑色に枯らしている。
その一角に建てられた二階建ての家。周囲にある建物は物置小屋だけで、人が住まう建物はそこぐらいしか見当たらない。
家の外壁にも蔓が伸びて張り付き、この建物も随分と長いこと手入れがされていないことが伺える。
しかし、そんな状態ではあるが、家の前の草木は綺麗に刈り取られ、物置小屋の横にある井戸は苔も生えずに綺麗な状態となっていた。
「……おかしい。人が居た形跡がある」
ぼそりと呟いたカインの隣で、マリアンは小首を傾げた。
「人が住んでるからじゃなくて?」
「……まあ、そうなんだが、ここは近隣の村からも少し離れているし、わざわざこんなところに住もうとする奴なんて居ないと思ってな」
「……? 家があるんだから、居るって事じゃないの?」
「まあ、元々は居たんだが、そいつが居なくなってからは、誰も寄り付かないと思っていたんだ」
「元々居た? カインの知り合い?」
「……いや、知り合いというか……住んで居たのは俺だ」
突然の告白。その言葉にマリアンは瞳を輝かせた。
「え? なになに! ここってカインの実家なの?」
マリアンが大きな声を上げると、少し距離を開けて周囲を伺っていたヴィレイナとエリシュナも食い付いて来た。
「カインのご実家なんですね! そうですか、ここでカインは育ったんですね」
一人感慨に耽るヴィレイナ。
「ふん、なるほど。カインの言う魔族もここで共に生活していたのだな。僅かだが、未だに魔力の残滓が残っているぞ」
そう言ってエリシュナが鼻をヒクつかせる。
「実家と言えばそうだが、旅に出る時に捨てた家だ。そんなに物珍しいものでもないだろう」
「えー、そんな事ないよ。住んでた家とか見ると、その人がどんな景色を見て育ったのかがわかるじゃない? そういうのを共有できるのって、なんだか楽しいとおもうけど」
マリアンの言葉に、ヴィレイナとエリシュナはうんうんと頷いた。
その感覚はカインには少しわからなかったが、三人のよくわからない勢いに押されて、「そうなのか」と頷くことしか出来なかった。
とそこで、周囲を見回っていたファライヤが、カインの元までやって来て言った。
「カイン、気を付けなさい。家の中に手練れが一人居るわ」
ファライヤの言葉に、和やかだった空間に緊張感が走った。
戦闘体勢に入ったカインたちをファライヤが手で制する。
「別に敵意のある相手ではないわ。私の探知にも無関心だったし。けれど、こちらには気が付いているでしょうから、警戒だけは緩めないように」
ファライヤの言葉に頷き、カインは気を引き締めて家の戸を引いた。
家の中は暖かかった。
火を灯した訳でもなく、程よい気温を維持しているのは、魔道具を使用しているからだろう。
そして、外装と違い中は綺麗に掃除されていた。
カインが家を出る際に粗方処分してしまったのもあって、物はそれほど多くない。
備え付けのテーブルと椅子。棚に片付けられた僅かな食器。壁に掛かっている服は冒険者が愛用する物だろう。
懐かしさを感じながらも視線を這わし、警戒しながら奥へと足を踏み入れるカイン。
そして、奥まった部屋に設置されたベッドの上に、その人物は居た。
カインたちに背を向けるようにベッド上で横たわり、スヤスヤと寝息を立てている人物は女だった。
薄手のシャツを着て下には下着しか付けていないあられもない格好。掛けていたのであろう毛布は、既にベッドの下へと落ちてしまっている。
黒に近い紺色の長い髪が乱れて、ベッド上に広がっている。
カインたちが部屋へ侵入して来ても、その女性は胸をゆっくりと上下させたまま寝息を立てて、起き上がっては来ない。ポリポリと尻を掻く仕草は、興味無しとでも主張しているかのようであった。
その姿を見て、カインは警戒を解いて小さく溜息を吐いた。
「おい、起きろ! つか、起きてんだろ」
カインがそう声をかけると、女性は乱れた髪のまま頭を掻いてゆっくりと上体を起こした。
焦点の合わない視線をカインに向けて、欠伸をしながら伸びをする。
「……なに?」
「なに、じゃない。ここで何をしている、イセリア!」
カインの言葉を聞いてようやく瞼をしっかりと開いた女性は、まじまじとカインを見つめて首を傾げた。
「あれ? どちら様だっけ?」
カインが再び溜息を吐く。
「俺だ、カインだ。忘れたとか言ったらさすがにひくぞ」
「おおー! そうだカインじゃん! つか、でっかくなってね? 私が知ってるのはこんな小さかった頃だから気が付かなかったよ」
そう言ってイセリアと呼ばれた女性は、ベッドの高さぐらいに手をやった。
「相変わらず阿呆だな。お前と出会ったのは八年前だ。そんなに小さいわけがないだろ!」
「あんたも相変わらず冗談が通じないねえ」
そう言ってイセリアはケラケラと笑い声を上げた。
カインとイセリアのやり取りに、カインの後方から付いて来ていたヴィレイナとエリシュナ、そしてファライヤが首を傾げる。
「……カイン、知り合いなのかしら?」
ファライヤの言葉にカインは頷く。
「ああ、こいつが俺に戦い方を教えた師匠、イセリアだ」
「教えたって、あんたが頼み込んで来たから教えてやったんだろ? 感謝が足りないんじゃない? それと、剣を極めた私のことは、天聖剣と呼べと言っただろう。剣だけじゃなくて、頭の覚えも悪いとか苦労させられるわけだよ」
「それが自称じゃなければ、そう呼んでも良いんだがな! それと、お前はなに一つ苦労してねえ!」
カインがそう言うと、イセリアは口をすぼめて明後日の方角へ視線を向けた。
久方振りの故郷で再開したのは、英雄を目指して駆け始めた頃、カインへ戦い方の基礎を叩き込んだ師であった。
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