015強さの根本
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「ぬぅ」
ガタゴトと揺れる馬車の中で、唸り声が聞こえた。
太陽が頭上で輝く中、窓の少ない馬車の中は薄っすらと陰が差している。
そんな馬車の中で、黙々と作業を進める男が三人と女が一人。手元にある布切れを必死になって弄り回している姿があった。
チクチクチクチクチクチクチクチクチク。
静まり返った馬車の中は布が擦りあう微かな音と、先ほどから漏れる苦悶の声しか聞こえてこない。
カインたちは全員で裁縫に打ち込んでいた。
布と布とをを小さな針で通し、額に汗を滲ませながら必死の形相で重ねた布を縫い合わせている。揺れる馬車の中で細かい作業を行っているせいか、カインは若干……いや、かなり前から馬車酔いで吐きそうになっていた。
そんな状況でもカインは弱音を吐くことなく真剣な表情で布を縫い合わせる。
チクチクチクチクチクチクチクチクチク。
そして、真剣な空気の中、口元を覆う黒装束に身を包んだ黒髪の男がスッと手を上げた。その動きを察してか、腕を組んだまま壁にもたれ掛かるようにして目を閉じていたファライヤが薄っすらと目を開ける。
「ジェド。終わったのかしら?」
ファライヤの問い掛けにジェドは無言のままコクリと頷いた。
ファライヤはジェドから仕上げられた布切れを受け取ると、目を細めながらそれを吟味した。
「あら。縫い目も均一だし、良くできているじゃない。マリアンどうかしら?」
そう言ってファライヤは、自分の直ぐ横でゴロンと横になり、なにやら青い顔をしているマリアンへと話し掛けた。
「えー。うぷ。あー。まあいいんじゃないかな」
受け取った布切れをおざなりに見たマリアンは、具合が悪そうに気のない返事をした。
マリアンは完全に馬車に酔ってしまい。その瞳にいつものようなキラキラした輝きはない。完全に濁り切った魚の様な目をしていた。そして、マリアンは今にも戻しそうになるのを必死に堪えていたのである。
先ほど、気持ち悪いなら吐いてもいいのよ。と受け皿を差し出されファライヤに優しく言われたマリアンだったが。ヒロインはゲロ吐かないんですけど! となにやら訳のわからない台詞を吐いたのち蹲ったままプルプルと震えていた。
「ゲロインは嫌。ゲロインはダメ」
譫言の様にマリアンは呟いていたのだが、そんな様子をカインたちは気にも留めていなかった。マリアン大好きアーマードでさえ、今は手元にある布をチクチクチクチクと懸命に針を通している。
巨大な体躯を小さく丸め、分厚い指先でチクチクする姿は、不落の名とは程遠い。道端にある岩の塊と大差ないほどに存在感がないのであった。
ベンズマスト領のダイアスの街へ向かう商隊に同乗し、進行する馬車の中で一行が裁縫に打ち込んでいるのには訳があった。
時は二日前に遡る。
ベンズマスト領にあるゲネードの街。その街で神子をしているヴィレイナという女性を訪ねることに決まった一行は、近隣の街であるダイアスの街へと向かう商隊へ同乗することになった。
約十二日間の旅路は箱馬車で進むよりもやや遅い。金銭的な面もあったが、それ以上に旅路の間に別の作業を行う必要があった為だ。
同行したのはカインとマリアンの他に、ファライヤ、アーマード、ジェド、ミーアの全六名である。ローレンは未だ転送で散り散りになったデバイスレインのメンバーを取り纏める為、一時的に別行動をとることになった。
商隊の馬車に同乗して初日の夕方。早めの夕食を終えた一行は、人目の付かない森の一角に陣取っていた。
「で? これからなにが始まるっていうんだ?」
マリアンを中心に円を描くように集められた一行は、好き勝手に腰掛けながら成り行きを見守っていた。そんな中カインの発言を受け、マリアンが得意げに胸を反らし説明を始める。
「もう忘れちゃったの? わたしはカインを大英雄へ導く義務があるんですけど」
「お前に義務があるかは知らんが、勿体振らずに教えろ」
「教えるけど、説明が難しいんだよね。そこで、私は考えました。手っ取り早い方法を」
そう言ってマリアンはファライヤを指さした。
「ファライヤ先生。お願いします」
言われてファライヤは、ニマニマと笑みを浮かべたまま、マリアンの隣に立って腕を組んだ。
「私は戦いとか不得意だから、戦闘経験豊富なファライヤ先生に相談したところ、先生はなんと! わたしの言いたいことを全て正確に把握してくれました。よって! 以後、カインたちは戦闘技術を学ぶため、ファライヤ先生の指揮下で訓練を行ってもらいます」
「まず、所有者である俺に相談せずに、何故ファライヤに話をしているのかが意味不明なのだが?」
カインが指摘するとファライヤがニマニマと笑いながら答えた。
「マリアンの判断は正しいわ。恐らくだけれど、マリアンの話した内容を聞いても私以外では正確に理解することはできなかったでしょうね」
「何故そんなことが言いきれる?」
「それは私が一番強いからよ。それも圧倒的にね」
そう断言されて、カインは眉をヒク付かせた。アーマードも無表情ではあったが、ファライヤの発言が気に入らなかったのか、口元を僅かに引き締めて不満を表す。ジェドとミーアはなんのことだかわからないといった顔である。
「二人掛かりとはいえ、俺とアーマードはお前を倒している。実力は認めるが、圧倒的とは聞き捨てならないな」
カインの言葉にアーマードは無言のまま頷いた。
「わたしは本気ではなかった。とでもいえば納得できるかしら? 事実、私はあなたたちと闘ったあとも五体満足でここに立っているわ」
「そういや、何故生きているのか、正確な答えを貰ってなかったな」
「それは、追々教えてあげるけれど、あなたには先に学ぶべきことがたくさんあるのよ」
「何を学ぶというんだ」
「強さの概念について。今のあなたでは本気のわたしに指一本触れることはできないわ。アーマードあなたも同じよ」
そう言われ、カインとアーマード勢いよく立ち上がった。
「言ってくれるじゃないか。安い挑発だが乗ってやる!」
「助かるわ。口で言うより体で覚えた方が理解が早いものね。相手をしてあげるから、掛かってきなさい。二人同時でも構わないわよ」
言われた瞬間、カインは地を蹴っていた。
半ば不意打ちに近い行動。数歩分の間合いを一気に詰め容赦なく拳を振るう。曲がりなりにも天秤の塔の攻略者となれるほどの実力を有しているカインの攻撃である。普通の者であれば反応しきれない程素早い動きであった。
しかし、カインとしてもファライヤの実力を侮っているわけではない。不意打ちをして尚、それなりの対応はされるだろうと予測をしていたのだが。
気が付けばカインの頭上には星が舞っていた。
一瞬、意識を手放したことに気が付いたカインは、起き上がろうとした際に背中から鈍い痛みを感じた。
どうやら、今の一瞬で地面に向かって背中から叩き付けられてしまったようである。
カインはズキズキと痛む背中を摩りながら考えた。今自分は何をされたのだろうかと。
一瞬の攻防ではあったが、ファライヤの動きがまるで見えなかったのである。
カインが無様な姿を晒したあと、アーマードが一歩前に出た。
全身甲冑は装備していないものの、その鍛え抜かれた肉体は鋼のようで、見る者を圧倒する力強さがあった。
ズシリと地を踏みしめ振るう拳は重く空気を震わせる。
容赦なく振るわれた拳。
しかし、ファライヤはその攻撃を躱す素振りもみせず、手の平を軽く突き出すだけで優しく受け止めてしまった。
驚愕に目を剥くアーマード。
次の瞬間。アーマードの体が宙に浮いた。
懐に入り込んだファライヤがアーマードの腹部に付き上げるような掌底を放ったのだ。
ドンと音を立ててカインの真隣りに尻餅を付くアーマード。
大きなダメージを負ったわけではないが、その出来事はあまりにも衝撃だった。
「あなたたちもやるかしら?」
ファライヤが大人しく膝を抱えるように座っていたジェドとミーアに声を掛けると、二人はフルフルと首を振ってそれに答えた。
「そう。では理解できたと思うけど。あなた達は弱いわ。でもそれは技術が劣っているとか、経験が足りないとかそういった問題ではなく、単純に身体能力が低い。赤子では大人の力に太刀打ちできないように、わたしとあなたたちでは根本的な能力に開きがあるわ」
ファライヤの言う通りであった。カインとて、安穏と日々を過ごしてきたわけではない。貧欲に強さを求め、己を鍛えそれなりの死線も超えて来た。
しかし、歳も大して変わらないであろうファライヤの動きを、目で捉えることすら敵わなかった。
それは、既に己の肉体を鍛えるなどというそういった次元の力量差ではない。
ましてや、肉体の頑強さに恵まれ、人よりはるかに高い膂力を持つアーマードの攻撃を、女性らしい細腕で容易く受け止めてしまったのだ。基本性能がまるで違うという話も頷ける。
「まず、一つ質問しましょう。強さとはなにかしら?」
ファライヤの問いに一同は沈黙する。
強さとは何か? ファライヤは、折れない心だとか意思の強さだとかそういった精神的な強さのことを聞いているのではないのだろう。
強さ。それも単純な戦闘能力における力量がなにを持って決するのか。その答えを求めているのだ。
「……技だ。達人の領域まで研ぎ澄まされた技だ」
カインが答えるとファライヤは瞑目する。そして、見開いた瞳をアーマードへと向ける。
「……力。単純な力の強さが強さに直結する」
アーマードの答えに頷き、ファライヤはジェドとミーアに視線を移した。
「……ギフトとか。特異な才能だと思いますけど」
ミーアが恐る恐る答えるとジェドは沈黙のままそれに頷いた。
「……なるほど。確かに間違いではないわね。けれど、あなた達のその認識は強さの到達点であって、根本ではないわ。強さにはもっと単純に影響しているモノがある」
そう言われ、一同が怪訝な表情を見せる。
「それは、ステータスよ」
言われて全員が困惑した顔を浮かべた。
「ステータスとは、個々の能力を数値化した値。筋力、敏捷性、耐久力、持久力、魔力など、個々の能力の基礎となる数値よ」
「なんだそれは、聞いたこともないぞ」
「それはそうでしょう。数値とは言っても可視化できるものではないのだから。認知していないのが普通よ。けれど、ステータスは存在するわ。現に私の細腕でアーマードの拳を受けることができるのは、私のステータスとあなたたちのステータスに格段の開きがあるからよ」
「力を殺す受け方もあるだろう」
「ええ。確かにそうね。でも聞いたことはないかしら? 大岩を持ち上げた幼子の話を。可憐な容姿で戦場を駆ける乙女の話を。そして、ドラゴンを打ち倒す英雄の話を。どんなに肉体を鍛え上げたとしても、人の身で振るう力には限度というものがあると思わないかしら?」
「それを魔術やギフトで補うんじゃないか」
「いいえ。それは基礎を疎かにした人間が用いる手段であって、必要不可欠なものではないわ。ギフトはともかくとして、魔術など効率の悪いモノは強さの妨げにしかならない」
この言葉には生粋の魔術士であるミーアはムッと顔を顰めた。
「なら、そのステータスとやらがあると仮定して、どう強さに影響を及ぼす。俺たちの能力が数値化されたところで、現状の強さは変わらないだろう」
「そうね。けれど、ステータスには意図的に数値を伸ばす方法が存在しているわ」
「なんだと?」
「それこそが、大英雄カール・マークレウスの強さの秘密。その一端とでも言っておきましょうか」
そこまで聞いて、一同はようやくファライヤの話を聞く姿勢になった。自身に向けられる視線が真剣なモノへと変化するのを見届けると、ファライヤは胸元をまさぐり、革袋の中から何かを取り出した。
圧縮の魔術が掛けられた魔道具から飛び出したのは、黒板であった。
ドンと大きな黒板を地面に置くと、ファライヤは木製のステッキを手に取りコンコンと黒板を叩いた。
一同の視線が黒板に集まるのを確認して、ファライヤはニマニマと笑みを浮かべて言った。
「さて、興味を引けたところで授業を始めましょうか」
次話、明日7:00投稿予定。
うむ。なろうっぽくなってきた。
読んで頂き、ありがとう御座います。




