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148 生粋の魔術士

 正面にはミーアとガナックが立ち塞がり、後方ではルクスが構える。


 挟まれるような立ち位置となったソレインは、前後に気を配りながら、ミーアへと向けて問いを投げかけた。


「俺の部下たちをどうした?」


「え? あー、あれですかね? 飛竜に乗っていたら急に襲って来た人たちがいたので撃退しました。あ、あっちの飛竜はその方たちが乗っていたものをお借りしたものです」


 ミーアが後方を指差すと、追うようにやって来た二頭の飛竜から、アンジェの元へと二人の影が降り立つ姿が見られた。


 飛び立つ飛竜の首元には、ソレインたちの所有する飛竜に付けている首輪が嵌められている。


 それを見て、ソレインの眉が僅かに上がった。



 カインの指示により王都までやって来たミーアたちは、ミサンガを頼りにルクスの所在を探っていた。そして、王都内部でルクスの反応を見つけるに至ったのであった。


 とはいえ、見つけたのはミサンガであり、王都の外からでは一切の状況が掴めなかった為、暫くは様子を伺う事となったのだ。しかし、中々動きを見せないルクスに対してしびれを切らし、内部へ様子を探りに行く算段を付けていたところで動きがあった。


 夜分遅くに逃げるようにして、ルクスが王都の外へと向かう動きをみせたのである。


 それに気が付いたミーアたちは慌てて飛竜に飛び乗り、ルクスと合流しようとした。ところが、今度は飛竜たちが騒ぎ始めたのだ。


 その原因は、上空へ飛び立ったミーアたちに向かって、別の飛竜たちが接近してきた為であった。


 野生の飛竜ではなく、人が乗りこなす飛竜。恐らくは、王国に属する者たちであることは、ミーアたちにもすぐにわかった。


 そして、当然のことではあるが、飛行許可もなく飛竜に跨っているミーアたちの事を王国の者たちが放って置くわけもない。即座に敵とみなされたミーアたちは、警告もなく攻撃を仕掛けられる羽目となったのだ。


 自分たちに非があるとはいえ、攻撃を仕掛けられてはミーアたちも黙ってはいられない。本意ではないとはいえ、そこでは少しばかりの戦闘が繰り広げられることとなった。


 だが、王国の戦士とはいえ、ミーアたちの敵ではなかった。


 なにせミーアたちは一人で地竜を相手取り、打ち倒すほどにまで強くなっているのである。


 言ってしまえば、飛竜の上に地竜が乗っているのと然程変わらない状態なのだ。


 多少腕が立つ程度では、これに対抗することは難しい。


 結果、王国の戦士たちは、大した抵抗も出来ずに飛竜から落とされ、足である飛竜を容易く奪われてしまったのであった。


 ミーアたちがようやくルクスの元へと辿り着くと、そこでは既に別の戦闘が開始されていた。


 戦闘の状況から誰が敵で誰が味方なのかは、直ぐに察する事が出来た。


 ルクスと対峙する大きな魔力を帯びた人物。暗部のような連中を一人で相手しているのは……見覚えがなくも無い人物。


 その者とルクスとの中間に位置して、どちらにも適切なフォローをしている人物。


 そして、子供を抱き締めながら戦況を見守る女性と、その女性を守るように立つ人物。


 これだけで十分に状況判断は出来る。


 敵から奪った飛竜と自前の飛竜を二手に分けて、ジェドとカデナには暗部らしき連中を一手に引き受けている者へ応援に向かって貰い、ミーアとガナックはルクスの元へと向かったのであった。



 ソレインの問いに惚けた答えを返しながら、ミーアは手に持った杖をギュッと握り締めた。


 飛竜から飛び降りた時、不意打ち気味に振るった一撃で、今対峙している相手を倒すつもりでいた。


 相手の魔力量は高かったが、【操術】を用いた攻撃が決まれば耐えられはしないだろうと考えていたからだ。


 しかし、ミーアの予想に反して、ソレインは直前で身を捻り、直撃した筈の肩を膨大な魔力の壁で守ってみせたのである。


 そんな事が出来る人物……それは、ミーアが想定していたような相手ではない。


 即ち闘千、英雄の領域に至る相手である。


 ミーアがその目にした事のある強者は二人。


 バン・ドルイドのエドと、熱鋼騎士団のグレイシス。どちらもミーアでは遠く及ばない程の実力を有していた。


 目の前の戦士は、そんな二人と近しい力を有しているのである。


 それほどの相手に、何故ルクスが目を付けられているのかはわからない。


 だが、どんな理由があったとしても、対峙してしまった以上、倒さなければならない事には変わらない。


 この場所には、カインもファライヤも居ないのである。


 自分たちでやらなければ。


 そう思い、ミーアの手には自然と力が入ったのだった。



「……魔法使いと言ったな。貴様、魔法が使えるのか?」


「ええ、使えますよ。なので大人しく撤退してくれても良いですよ」


「ふ、くく……そうか」


 突然ソレインがくつくつと笑い声を漏らした。


「俺も使えるぞ! 魔法をな!」


 対抗するようなその言葉を聞いて、ミーアはキョトンとした表情となり、困惑したように眉を下げる。


「……え? はい、凄いですね!」


 驚かせるつもりで発した言葉だったが、あまりにも動揺無く返されてしまい、逆にソレインの方が動揺した。


 二人の感覚が噛み合わないのも仕方がない。


 魔法とは、魔力を操る上での一つの到達点である。


 概念をも捻じ曲げるその技術は、人の世ではあまり知られていないのである。


 事実、その技術に至る者は、闘千や英雄の中でもそれほど多くはない。


 その事実を数多の戦闘の中で、それとなく理解していたソレインに対して、ミーアはファライヤとミズシゲぐらいしか魔法を扱える人物を知らないのである。


 ファライヤは常に、魔法を扱う程の強者を基準として話をしてくる。


 その為、ミーアの中では、闘千クラスの相手なら魔法の一つも使用してくるだろうという想定が、既に成り立っていたのである。


 ミーアの不意打ちを受けて平然としている相手が、魔法を扱うことが出来る。そんなことは、改めて言われるまでもなく、出来て当然だと考えていたのだ。



「あの、それではそろそろ始めても良いですか?」


 困り顔をしたまま、周囲に魔力を撒いて杖を振り上げたミーア。


 その行動に対して、余計な事に思考を奪われていたソレインは、僅かに反応が遅れた。


 それでも、ミーアとの距離を考えれば、何をして来たとしても対応出来なくは無い……筈だった。


 ミーアが杖を振り上げた瞬間、氷の刃がソレインの脇腹に突き刺さったのだ。


 ―――何処から!?


 攻撃の気配も無く、突如として現れた氷の刃。


 しかも、力を込めてはいなかったとはいえ、ソレインの防御を易々と突破して来たのである。


「ぐっ!」


 痛みを堪えて【瞬影剣】を振り抜こうとすると、既に眼前で剣が振り下ろされていた。


 咄嗟に【影想剣】を抜き放ち、剣ごと相手を斬り伏せようとしたが、この剣も十分に固い。


 一合二合と切り結んだあと、チッと舌打ちをして後退すると、後ろからも気配が迫っていた。


 ソレインは振り向かず、後方から迫る相手へ四本に分裂させた【影想剣】を向ける。


 だが、その気配は、【影想剣】を完全に見切り、スルリと躱すと最小限の動きで鋭く刃を突いてくる。


 振り返りざまにソレインとルクスの視線がぶつかる。


 ―――ルクス! 貴様如きに負ける俺では無いぞ!


 ソレインの瞳がギラリと光ると、全身の魔力が膨れ上がった。


 ソレインの体を覆う魔力が厚くなり、鋭刃化したルクスの短剣はまたしても弾かれてしまう。


 しかし。


 今回はそれだけでは終わらなかった。


 叩き付けられるように放たれたガナックの剣戟。


 ルクスの短剣による猛攻。


 そして、どこからともなく、氷の刃が絶え間無く放たれた。


 反撃の機会を与えられず、ソレインは避ける事も出来ないまま、三方からの攻撃に魔力を厚く当てる事でしか対応できなかった。


 【影想剣】で反撃をすれば、魔力の壁が薄くなる。そうなれば、守りを突破される恐れがある。


 そう思えるほど、強い魔力が込められた連撃がソレインを襲っていたのだ。


 それでも、ソレインにはこの攻撃を凌ぎ切る自信があった。


 膨大な魔力を込めたこの守りが、過去に打ち破られた事はないのである。


 どんなに強い相手であったとしても、この魔力の壁を打ち破ることは難しい。


 それは無尽蔵に湧いてくる魔力総量が、他者と比べるなど出来ない程に多かったからだ。


 故にこの守りを続けている限り、先にへばるのは相手である。


 逆に言えば、攻め立てるルクスたちにとっては、へばった時が運の尽きなのだ。


 ソレインはそう考えていた。


 考えていたのだが……。


 眼前で飛び上がったミーアが大きく杖を振り上げた。


 その姿から感じる力強さ。


 先程の不意打ちのように、直前まで魔力を抑えていた攻撃とはまるで違う。


 ガナックとルクスが攻撃の手を止めて下がった瞬間、目一杯力を溜めたミーアが杖を振り下ろした。


 その強烈な振り下ろしに対して、ソレインが更に魔力を込めて防御を高める。


 魔力と魔力がぶつかり合う衝撃で、周囲に旋風が巻き起こった。


 そして。


 ぶつかり合う衝撃の後、ソレインを覆う魔力がガラスのように砕け散り、空中に溶け込むようにして消えていった。


「……ばか、な!」


 今まで一度として打ち破られた事のない全力の守り。


 その守りを自分よりも遥かに若い、幼さの残る少女に討ち払われたのだ。


 驚かないわけがない。


 魔力がぶつかり合った衝撃で、ソレインとミーアが後退する。


 そこへ、一歩引いて待ち構えていたルクスとガナックが攻撃を仕掛けた。


 その攻撃をソレインは再び魔力の壁を用いて、防ごうとする。


 しかし。


 魔力を動かそうとした瞬間、ソレインの脳が拒絶反応を示した。


 倦怠感に襲われ、動くのが億劫になってくる。


 この局面でそんなことを考えている暇はない。ないのだが、先程まで高まっていた戦闘での高揚が瞬間的に薄れていき、堪えていた腹部の傷がズキリと痛んだ。


 そして、何より。


 ―――魔力の壁が出ない!


 その事実に驚きの表情を浮かべた。


 魔力の欠乏。


 例え膨大な魔力を有していたとしても、その総量には限りがある。


 威力の高い技を使用すれば、それだけ多くの魔力を消費する。


 ソレインの使用した技は確かに強力なものであった。


 しかし、それだけの魔力を用いた技を幾度となく打ち砕かれ、収束させた魔力を霧散させていては、魔力残量を維持できるはずもなかった。


 魔力の壁を出せないソレインに対して、ガナックとルクスの攻撃が決まる。


 ガナックの剣がソレインの左肩を貫き、ルクスの短剣が素手で受け止めようとしたソレインの掌に突き刺さったのだ。


 痛みに顔を歪めるソレイン。


 魔力の底をつかせ、これだけの手傷を負わせた状態。


 あと一手で勝負が決まる。


 そう思われたが、ソレインが自らの足元へ【爆風】の魔晶石を散らせた。


 自爆覚悟の行動。


 防御に当てる魔力もなく、ソレインが生身で【爆風】の魔術を受けると、ルクスとガナックは攻撃を中止してソレインとの距離を取る。


 その隙を突き、ソレインは胸元を漁って、小さな宝石の付いたネックレスを引きちぎった。


 淡い光がソレインを包み込むと、ソレインの傷が癒され、瞳に活力が宿る。


 今まさに、その身に受けたと思われる怪我も、ルクスたちによってあたえられた怪我も、ソレインの体からは、跡形もなく消え去っていた。


 アーティファクト【エリクシール】。


 使用者の傷と魔力量を全快してくれる物である。


 その効果により、ソレインは万全の状態へと戻ってしまったのであった。



「やってくれたな。まさか切札を使わされるとは思わなかったぞ!」


 ソレインの体から再び魔力が膨れ上がった。


「捕らえるつもりだったが、構わないだろう。貴様らは全員俺の魔法によって死ね!」


 右手を掲げて魔力を収束させるソレイン。


「これが俺の魔法だ! グランド―――」


 魔法を放とうとした瞬間、ソレインの右手に氷の刃が突き立ち、収束させた魔力を霧散させた。


 先程から、何処からともなく放たれていた氷の刃。


 その出どころも、放たれる瞬間もわからない攻撃。


 その攻撃を誰が仕掛けていたのか、ソレインはこのタイミングでようやく理解した。


 貫かれた右手を押さえ、ソレインが睨み付けるように視線を向ける先。


 そこには、杖を構えて立つミーアの姿が映っていた。


「……これが、貴様の魔法か?」


「魔法? いいえ、これは魔術(・・)です」


 そう言って、ミーアが杖を振るってみせると、ミーアから放たれた魔力がそのまま魔方陣の形に固定される。


「ただし、私は魔術を無詠唱で行うすべを身に付けました」


 ミーアの作り出した魔方陣が輝きを放ち、魔術を放たんと合図を待つように待機された。


 ファライヤの訓練を受け始めた頃、魔術は実戦では役に立たないと言われた。


 その事がミーアの中でずっと引っかかっていた。


 共に歩んで来た魔術。


 無価値な己に価値を見出してくれた魔術。


 その魔術を否定された事が、ミーアは何よりも悔しかったのだ。


 だから、ずっと考えていた。


 実戦でも役立つ魔術を作り上げようと。


 例えファライヤのような強者が相手であったとしても、通用し得る魔術を作り出そうと。


 誤った詠唱を行なっていたカインの魔術にヒントを得て、異世界からの来訪者の魔術を参考にし、ファライヤから学んだ技術とマリアンの知識を元に生み出された実戦でも扱える魔術。


 それが、ミーアの生み出した魔術の完成形。


 【無詠唱術式】であった。


「魔法使いと名乗りはしましたが、結局のところ、私は魔術が好きなんですよ」


 ミーアがそう言い放つと、空間に縫い付けられた魔方陣から一斉に氷の刃が飛び出し、ソレインへと向かって行った。

読んでくださりありがとうございます。

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