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147 通りすがりの魔法使い

 ソレインはアンジェを追わなかった。


 それはそうだろう。


 ソレインの目的はあくまでも、ルクスの捕縛である。相手を殲滅することで悦に浸るほど、実戦を甘く見てはいない。対峙する相手の中で一番厄介な相手を暗部が受け持ってくれるというのならば、それは素直に喜ばしいことでもある。


 【影想剣】を打ち砕く技を持つ者がいなくなったとなれば、残す相手はそれほどの脅威はないだろう。


 それでも、油断はしない。


 ルクスの刃はソレインの守りを突き破り、傷を負わせる程に強化されていたからだ。


 落ちこぼれだと思っていたルクスが、いつの間にこれほどの実力を手にしていたのか……。


 気にはなるが、まだまだ己に届くほどではない。


 さっさと片付けてしまおう。


 そう考えると、ソレインが動き出した。


 【影想剣】を振り上げ、魔力の刃を縦横無尽に放つ。


 ルクスも両手に短剣を握り締め、不規則な軌道を描く刃に対抗した。


 一合二合と打ち合い、【影想剣】を防ぐルクス。


 不規則とはいえ、速度はそれほど速くなく、精強な騎士の振るう一撃と然程変わらない。


 しかし、ただの剣と違い、影想の刃は硬化と軟化を繰り返し、剣筋を見極めるのが難しい。


 この攻撃を多方面から繰り出されると、今のルクスでは少々厳しいものがある。


 ルクスがそう考えていた矢先である。ソレインの【影想剣】は二つに割れた。


 二方から攻め立てられる攻撃に、なんとか対応するが、捌き切れない攻撃が僅かに薄皮を切り裂き、ルクスに浅い傷を付けていく。


 その状況で影想の刃は更に四つに別れた。


 これにはルクスも肝を冷やした。


 的を絞られないようにと右へ左へ大きく体を揺さぶり、地面を転げ回りながらなんとか攻撃をやり過ごす。


 だが、ギリギリ過ぎるその攻防も次第に逃げ道を狭められ、遂には躱し切れなくなってしまった。


 腿を傷付けられ、動きが鈍ったところへ追撃される。


 ―――避けられない!


 そう思った瞬間。


 割り込むように振られた攻撃が、影想の刃を弾き返した。


「すまねえ!」


「どういたしましてっと!」


 コトリの放つ武器が、適切なタイミングでルクスをフォローする。


 しかし、先ほどまで軽口を叩いていたコトリの表情には、余裕のない焦りが浮かんでいた。


 ルクスの攻防を目の端で捉えながらも、暴れ回るアンジェのフォローもしっかりとこなしていたのだ。


 それなりに距離のあるアンジェの方へは、遠隔操作で円盤のような武器を飛ばしている。


 打ち落とされないようにと相手の攻撃を躱し、アンジェが戦い易いように適度な牽制を加えている。


 コトリの手から飛ばしている魔力量からして、それ程長いことそれを維持するのは難しいだろう。


 魔力回復用のポーションを口にしてはいるが、ポーションで直ぐに魔力が全快するわけではない。


 ミスラートも魔術を行使し、度々ソレインへ攻撃を仕掛けている。


 しかし、それに対応する為だけに影想の刃は分裂してしまい、ルクスの回避は楽にはならなかった。


 ―――まずい! このままではジリ貧だ。


 そう考えてはいるものの、焦れば焦るほど目の前に立ちはだかるソレインの姿が霞んで行く。


 代わりに見えてくるのが、袖の無い和装に身を包んだ妖艶な戦士の姿。


 口元にニマニマと笑みを浮かべた余裕のある女の姿が、ソレインと重なって見える。


 ソレインの強さがファライヤと酷似しているからでは無い。


 ファライヤとソレインでは、その動き方に大きな差があるのだ。


 ファライヤが相手であったのならば、ルクスは既に詰んでいた。


 自身が想定する最悪な動きを超えた行動を、あの悪魔はさも当然のようにしてくるのである。


 これは、もしファライヤが【影想剣】を使用したのであればどう動かすのかという、ルクスの思考が生み出した幻影だ。


 度重なる度を超えた訓練の中、刷り込まれた強者の影。その幻影が頻りに次の一手を教えてくれる。


 それでも、ルクスがソレインの攻撃を躱し切れないのは、想定する動きとソレインの動きが余りにもかけ離れているからである。


 ファライヤなら、こんなぬるい攻め方をしないだろう。


 そう思う予測と現実の動きの乖離が、ルクスの動きを鈍らせていたのだ。


 ―――違う。俺がしなければいけないのは、姐御を相手に戦う想像じゃない。姐御だったらどう動くのか? それを考えなきゃいけねえ。


 ファライヤは言っていた。


 己の技術こそが、効率を追い求めた完成形だと。膨大な魔力を持つ魔族とも戦えるようにと完成させた技こそが、【操術】であると。


 ソレインは強い。


 しかし、その魔力の扱いにかけては、ファライヤの言う効率とはかけ離れている。


 であるならば、魔力の差も技量の差も、ファライヤから叩き込まれた効率があれば埋められない差ではないはずなのだ。


 今、効率の良くないものは何か?


 余分な魔力をどこに使用しているのか?


 戦いの最中でルクスは一つ一つ不要な物を省いていく。


 ―――ミスラートやコトリがいる。だから、周囲に気を配るのはやめだ!

 僅かだが、守りに魔力を当てているな。何ビビッてんだ! 当たらなけりゃ守りなんて必要ねえ。

 目で魔力を見ているな。探知が正確なら見る必要もねえ。


 ファライヤならどう仕掛けるかではなく、ファライヤならどう躱すか。それを考えながら、不要な物を省き必要な物だけを残しいくと、ルクスの動きは次第に良くなって行った。


 迫りくる影想の刃を時には躱し、必要なだけ力を込めて弾き返す。


 そうしていると、例え四方から攻撃を加えられたとしても、ルクスの動きが危なげの無いものへと変わって行った。


「ぐっ、何!? 動きが変わっただと!」


 大きな変化もなく、突然動きの良くなったルクスに対して、ソレインが困惑した声を上げた。


 そして、その僅かな動揺がこの刹那の攻防の中では大きな隙となった。


 【影想剣】を掻い潜り、一息にソレインへと詰め寄るルクス。


 低い体勢のまま、両の足に魔力を込めて這うように駆ける。


 手に持った短剣が鋭く放たれ、ソレインは堪らず左手を前に突き出し魔力の壁を作った。


 ルクスの一撃は弾かれ、再び【影想剣】がルクスに襲い掛かる。


 だが、それで良い。


 ファライヤの言う効率とはそういうことだ。


 拮抗した状態で、最後に勝敗を別つのは魔力残量である。


 最小限の力で攻撃を仕掛けて、相手に多くの魔力を使用させる。


 そして、最終的に相手よりも魔力残量が上回っていれば、そこで勝敗が決する。


 確かに時間は掛かる。


 だが、格上の相手を倒すのであれば、薄氷の上を渡るようにギリギリの攻防を渡り切らなければならない。


 幸いなことに、この攻防が維持できればアンジェが戻って来る。


 いや、暗部共に遅れをとらなければという前提だが、ルクスには不思議とアンジェが負けるようなイメージが湧いてこないのであった。



 どの位戦っていたのだろうか。


 幾度となく繰り返される攻防で、遂にソレインが痺れを切らした。


 分裂させた【影想剣】を全て自身の下へと引き戻すと、体の内から膨大な魔力を膨れ上がらせたのだ。


 魔力が膨れ上がった時には、既にそれは放たれていた。


 【瞬影剣】。


 引き戻された影想の刃が閃光のように走り、ルクスへと一直線に走り抜ける。


 咄嗟に胸元へ短剣を当てて守りを固めたが、短剣に込める魔力量が足りなかった。


 ソレインの放った一撃はルクスの短剣を砕き、僅かに軌道をズラしてルクスの肩を抉る。


「ぐあっ」


 堪らず足を止めたルクスだったが、既に追撃が迫っていた。


 【瞬影剣】に【影想剣】のような不規則な動きはない。だが、その速度が比較にならない。


 【影想剣】の速度に慣らされていたルクスは、急激な緩急に対応できないでいた。


 痛む肩を意地で無視して、体を旋回させ地面を転げ回る。【瞬影剣】を回避するのもギリギリだ。


 ところが、回避した際にチラリと後方で控えるアリシアとマルコの姿が目に留まった。


 ―――この位置はまずい!


 ルクスが回避した場所。


 そこは丁度、ソレインとアリシアたちが直線上に重なる位置であった。


 次の攻撃をルクスが回避しようものなら、その攻撃はアリシアたちへと届く。


 アリシアたちの前にはミスラートが控えている。


 多少の攻撃であれば、ミスラートが対処してくれるだろう。


 だが、この攻撃はまずい。


 魔術を主体とするミスラートに、この攻撃が防ぎ切れるのか?


 ミスラートを侮っているわけではないが、リスクを冒すことはできなかった。


 そして、容赦無く放たれた【瞬影剣】の一撃。


 その攻撃を、ルクスは躱すことなく短剣で受けた。


 効率を無視して短剣に魔力を注ぎ、霧散させるつもりで受け止める。


 しかし、予測と違い、その一撃は短剣に触れた瞬間、力の方向が変わった。


 その所為か、短剣に弾かれルクスの頰を掠めて上空へと消えていく。


 続け様に放たれた【瞬影剣】。


 それも三つ同時に。


 それらは全て、直線的な動きから急速に角度を変えて迫りくる。


 今までよりも速度は遅い。


 だが、アリシアたちを背にしたルクスは、その攻撃を安易に躱す事が出来なかった。


 短剣で弾きながら防いで行くも、逸らし切れなかった攻撃が次第にルクスの体を傷付けて行く。


 気が付けば、体中から血を流し、荒い呼吸を繰り返すルクスの姿がそこにはあった。


「ルクス!」


 その光景に堪らずアリシアが声を上げる。


 だが、そんなアリシアに対して、ルクスは片手を上げて手を振って見せた。


 その姿を目にしたソレインの表情が歪む。


「余裕を見せていられる状況か? 見ろ、時間切れだ」


 ソレインが後方を指差すと、上空からバサバサと何かが羽ばたく音が聞こえて来る。


 その音が次第に大きくなると、闇夜の中に飛竜が姿を現した。


 先行する二頭と少し遅れて飛ぶ二頭の計四頭。


 恐らくは先程呼び付けた、ソレインの部下たちだろう。


 闘千であるソレインが直属の部下として扱う者たち。その者たちが、弱いなどという事はないだろう。


 ソレインですら手に余るこの状況での増援は、ルクスたちにとって絶望的であった。


 ソレインが余裕の表情を浮かべて部下の到着を待つ間、ルクスはポーションで傷を回復させておく、そしてアリシアたちへもっと距離を開けろと指示を出して待ち構えた。


 敵の増援が降り立つ前に、ソレインを倒したい。


 しかし、余裕の表情を浮かべながらも、ソレインに隙はなかった。


 グッと悔しげに唇を噛み、どうするべきかと思考を巡らせるルクス。だが、考えが纏まる前に先行する飛竜から二つの影が飛び降りて来た。


 フードを纏った二つの影はソレインの後方へと向かって降下する。


 ところが、その様子を見ていたルクスが眉を顰める。


 グングンと降下してくる二人だが、着地の位置が随分とソレインに近い。


 そして、二人の内の一人が徐に取り出したのは杖である。


 その杖を振り上げ、フードの一人は着地の直前に振り降ろしたのである。


「【落雷】!」


 稲妻のように振り降ろされた杖。


 その一撃はソレインに対して向けられた。


「なっ!」


 慌てて回避しようとしたソレインであったが、余りにも速い振り降ろしに対応する事が出来ず、その一撃はソレインの肩へ沈み込むような衝撃を与えた。


 よろめくソレインに対して、飛竜から降り立ったもう一人が剣を振るった。


 その剣筋も中々に鋭い。


 何が起きたのか理解が出来ず、ソレインはその一撃を辛うじて躱す。


 そして、はたと気が付いた。


 己の部下に、これほどの攻撃ができる者は居ない。


 ―――つまり、こいつらは敵!


 そう考えが及んだ時、ソレインは動く右手で【影想剣】を抜いて、攻撃していた。


 本来なら見える筈のない剣筋。


 その攻撃を二人は容易く躱してみせたのだ。


「やはり! 貴様ら何者だ!」


 ソレインが距離を取って声を上げると、フード付きのマントを脱ぎ捨て二人の姿が露になる。


 そこに居たのは、桃色の髪をしたまだ幼さの残る少女と、短い茶色髪の眼つきの悪い男―――ミーアとガナックの姿があった。


「通りすがりのただの魔法使いです、お構いなく!」


「いや、構うだろ。普通」


 二人の姿を見て、ルクスの焦る感情は落ち着きを取り戻していた。


「おめえら、なんでここに……」


「ルクスさんがヘマすることなんて、カインさんにはお見通しなんですよ!」


「すげえ、複雑な気持ちになること言うんじゃねえよ!」


 そう言い返しながらも、ルクスはどこか嬉しそうだった。


 一人でやれと言っておきながら、結局は助けを差し向けてくれるカイン。


 国ではなく、カインたちを選んだ自分の判断は間違いではなかった。


 ルクスは心の内で改めてそう実感したのであった。

お読みくださりありがとうございます。

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