146 影想の刃
片膝を折り、地に手をついたままソレインは、くつくつと笑い声をあげた。
何がおかしいのか、ソレインは堪え切れないとばかりに大きく笑うと、何事もなかったかのように髪を掻き上げ立ち上がる。
その堂々とした立ち姿からは、先程の攻防でアンジェの放った蹴り技により、ダメージを負った様には見られない。
その事実にアンジェの口元から、小さく舌打ちが漏れた。
「なるほど、ただの雑兵というわけではないようだな。ルクスの仲間など、所詮は烏合の集。そう考えていた俺の認識は改めよう」
「はん、改める必要なんてないよ。ぶちのめされた後で後悔でもしてれば良いのさ」
「俺はそこまで驕ってなどいないさ。強い者は認めるし、手に負えない可能性がある場合は素直に引く事だってある。このようにね」
そう言ってソレインは、腰袋から取り出した銃器のような物を、空に向けて打ち上げた。
闇夜で赤く発光するそれは、仲間へと合図をする為の信号弾である。
「部下を呼ばせて貰うよ。万が一にもお前たちを取り逃がすわけにはいかないのでね」
「周到な事で……」
キツく睨みつけ、拳を前に突き出してアンジェは構えを取る。
「まあ、なんでも良いさ。こっちは長々と喋ってる時間はないんだ。さっさと片付けさせて貰うよ」
そう言うと、アンジェは余裕を見せるソレインに対して、躊躇うことなく踏み込んだ。
ソレインとの間合いを一気に詰めて、唸りを上げる拳を叩き付ける。
その攻撃を、ソレインは片腕だけで容易く受けてみせた。
―――やはり! 魔力の層が厚い!
魔力を込めたアンジェの攻撃を受けて尚、平然と立ち上がったソレイン。それはつまり、アンジェが攻撃に使用した魔力量よりも、ソレインが守りに使用した魔力量の方が高かったということである。
込める魔力量によって攻撃の威力は変わる。しかし、咄嗟に込められる魔力量は、個人の力量によるところが大きい。
それは、攻撃のみならず、守りに対しても適用される。
魔力を直接力として扱う者たちにとって、精密な魔力操作をいかに早く、多く行えるのかが、個々の力量に大きな影響を及ぼすのである。
現状、魔力操作の精密さでいえば、ソレインよりもアンジェの方が優れている。
しかし、ソレインは魔力を体に滞留させて、惜しげもなく守りに当てている。
これは、そもそもの魔力量が多いからこそとれる手段である。
無駄なく各部位に魔力をあてがうアンジェに対して、ソレインは膨大な魔力量を常に纏っている状態だ。
魔力総量の差でアンジェにはソレインのような方法は取れない。これが、今二人の間に生じている差である。
「チッ、阿呆みたいな魔力量だね」
そう言って、アンジェがソレインから距離を取ろうとした時、ソレインの魔力が更に膨れ上がった。
そして、ソレインは何も無い腰に手を添えると、まるでそこに剣があるかのように振り抜いたのだ。
型だけの斬り上げ。
見る者が見れば、それは剣を用いないただの素振りだっただろう。
しかし、アンジェにはそれが見えていた。
ソレインの腰に収束していた膨大な魔力の塊。その塊が剣をかたちづくって振り抜かれたのだ。
咄嗟に身を捻って躱したアンジェだったが、躱した瞬間に剣は軌道を変えてアンジェへと襲いかかった。
「【影想剣】」
無軌道を描く見えざる剣。
それが、ソレインが完成させた剣の最終形。
媒介を持たず、無手のまま生み出せる形の無い剣。
その一撃が躱しきれなくなったアンジェへ迫った時、コトリの放つ同じく変幻自在に動き回る攻撃がソレインの一撃を弾き返した。
その間に体勢を立て直すアンジェ。しかし、ソレインの【影想剣】は追撃の手を緩めない。
弾いても、躱しても執拗に追い立てるように、軌道を変えて襲いかかってくる。
ミスラートが【風斬】の魔術をソレインに放ったが、ソレインの【影想剣】は二つに割れてそれらを打ち払う。
コトリも黙って見てはいない。
巧みに武器を操り、ソレインへ直接攻撃を仕掛ける。
しかし、更に分裂した【影想剣】がコトリの攻撃をも易々と打ち払うと、今度は三方からアンジェへと迫りかかったのだ。
―――これは、躱し切れない。
そう判断したアンジェは小さく息を吐く。
そして次の瞬間、アンジェが鋭い眼光を放った。
【フラッシュ・レイン】
一部の間隔もなく、同時に繰り出された連撃。
空間を埋め尽くすように幾重にも放たれた攻撃が、影想の刃を飲み込んで行く。
そして、幾度となく打ち込まれた連撃により、刃を形成していた魔力そのものが全て打ち砕かれた。
荒く息を吐くアンジェがニヤリと口元を歪めた。ところが、ソレインが続けてとった行動で直ぐに表情が引き締まる。
ソレインは、再び腰に手を添え、影想の刃を抜き放とうとしていたのである。
―――どんだけ、魔力があんのよ!
ソレインの【影想剣】は効果こそ高いものの、剣を形成する為に相応の魔力量を必要とする。
一度作り上げてしまえば燃費の悪い技ではないが、形成したものを打ち砕かれてしまうと、再び形成する為には同じだけの魔力量が必要となる。
それだけの技を打ち砕かれる前提で、次を用意しているなど、並大抵の魔力総量では出来ないのである。
「凄まじい威力だが、それだけだな。出した後の隙も大きい。それではいつまで経っても俺には届かないぞ」
そう言って、ソレインは再び腰から影想の刃を抜き放った。
「良いんだよ。別に一人で戦ってるわけじゃないからね」
アンジェがそう告げた瞬間であった。
ソレインは自身に迫る者の気配を感じて、咄嗟に身を捻った。
捻った瞬間に、脇腹に鈍い痛みを感じる。
「ぐ、いつの間に!」
ソレインの背後から音もなく忍び寄ったルクス。
その短剣が身をよじったソレインの脇腹を抉ったのだ。
魔力で守りを固めていたソレインの肉体を貫けるほどの一撃。その一撃が、闘千であるソレインへと届いた。
しかし、ルクスの表情は優れない。
何故なら、この一撃で決着を付けるつもりであったからである。
心臓目掛けて放った一撃には、相応の魔力を込めていた。ソレインの探知を躱し、気付かれずに近付く事には成功したが、込めた魔力が大き過ぎて踏み込んだ直前でソレインに勘付かれてしまったのである。
それでも、この機会を逃すわけにもいかない。
体勢を立て直されてしまえば、援軍がやって来るまでにソレインを倒し切る事が出来なくなってしまうからだ。
ルクスは構わず、短剣を振り上げソレインへと攻撃を繰り出す。
一閃、二閃と繰り出すその攻撃であったが、ソレインは危なげなく躱し、【影想剣】で受け流した。
ルクスが猛攻を仕掛ける中、アンジェたちも黙って見てはいない。
囲むようにして攻撃を繰り出し、息を吐く間も与えずに攻め続けた。
しかし、ソレインの【影想剣】はまたしても、分裂をして四方からの攻撃に全て対処しきって見せたのだ。
「それなら、もう一度破壊してやる! 【フラッシュ・レイン】!」
アンジェが高々に叫んで大技を繰り出した。
そして、再度【影想剣】を打ち砕かれたソレインであったが、剣を持たない状態でもルクス、コトリ、ミスラートの攻撃を躱して見せたのだ。
ソレインの蹴りがルクスの腹部に決まり、軌道を読まれ武器を掴まれたコトリが体勢を崩す。透かさず蹴り上げられた地面の石がミスラートへ向かい、それを対処している間にソレインはスルリと包囲網から抜け出して、再び【影想剣】を抜き放った。
それと同時に腰袋から取り出したポーションで、傷口を回復させる。
―――強い! 闘千とはこれほどか!
エリシュナを救いに行った時、カインが闘千を相手に殴り合いをしているところをルクスは見ている。
しかし、それはエリシュナとの戦闘や、ウルスナのA級魔術を受けた後の疲弊した状態だった。
万全の状態で挑む闘千の強さに、ルクスは焦燥を隠し切れない。
時間がない。
そして、この闘いにかかっているのは、ルクスの命だけではない。
決して負ける事が許されないこの状況で、ルクスは募る不安を抑え込んで、ただ攻撃を繰り出すことしかできなかった。
そんな攻防が繰り返されている中、終には敵の援軍が到着してしまった。
土埃を上げて向かって来る一台の荷馬車。御者台に一名と荷台に四名。
格好から察するに、セトの暗部に属する者たちだろう。
そして、僅か五名で追ってきていることから、王都内で相手にした連中よりも手練れである可能性が高い。
現に相手側からは、こちらの戦略を探る為の探知の糸が伸びて来ている。
「チッ、ルクス、闘千は任せたよ! 私はあっちを始末する!」
アンジェの無茶な指示に対しても、ルクスは了承する以外に選択肢が無い。
四人がかりでも持て余す相手を、ルクス一人でどうにかできるとも思えないのだが、アンジェもそれは見越しているのだろう。
「ミスラート、嫁と子供を守りながら援護しな! コトリ、あんたはルクスと私の両方を支援しな!」
「んな、無茶苦茶なっ!」
「無茶でもやるんだよ! ルクス、倒さなくて良い、私があっちを片付けるまで持ち堪えな!」
「出来んのかよ!」
「あったり前だ、私は拳一つで都市を壊滅させる女だよ!」
「なにっ、やった事があんのか!」
「これからその予定なんだよ!」
アンジェの言葉にルクスは呆れ顔を見せた。
だが、同時に羨ましいとも思った。
カインのような決断力。真っ直ぐな意思。そして、必ず目的を達成させようとする心の強さ。
羨んでばかりではいられない。
この闘いは元を辿れば、ルクスの我儘が引き起こしたものなのだ。
であるならば、アンジェ以上にルクス自身が気張らなくてはならない。
「さっさと片付けろよ、でないと俺一人で倒しちまうからよ」
「あんたこそ、そんなこと出来んのかい?」
「へっ、俺は未来の大英雄の片腕になる男だぜ! 出来ねえわけがねえ」
ルクスがそう言い放つと、アンジェは一瞬目を見開いて驚き、直ぐに口元を緩めて微笑した。
「はっ、面白いけど、そういう事は私の上司と同じくらい強くなってから言いな!」
そう言うと、アンジェは荷馬車の方へ向かって駆けて行ってしまった。
そして、ルクスは自身の相手へ向かって武器を構える。
四人がかりで攻め立てて、未だ疲弊した様子の見られない闘千。
ルクス一人で勝つ事は難しいだろう。
しかし、何故だろう。
強いとはいえ、恐怖を感じるほどではない。
そう考えた時、ルクスの脳裏に一人の女が浮かび上がる。
袖の無い和装に身を包んだ、ニマニマと嫌らしく笑うその姿。
「はは、姐御を相手にするのと比べたら、ちっとも絶望的じゃねえな」
どんなに優れた技術であったとしても、ファライヤの完成された技術には遠く及ばない。
己はその完成された技術を叩き込まれているのである。
であるならば、自身の技術が闘千に遠く及ばないという事も無い。
そう結論付けた時、ルクスの瞳にはかつて無い程の闘志が宿っていた。
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