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145 四対一

 ルクスが訓練生だった頃から、ソレインという男は才能を花開かせていた。


 何をやらせても器用にこなし、気配の消し方から戦闘技術に至るまで、他の訓練生と比べて頭一つ抜き出た存在だった。


 ルクスも、模擬戦や技巧の訓練で幾度となくソレインに挑んできたが、終ぞ何一つソレインを上回る事は叶わなかった。


 ―――出来が違う。


 人智を超越し、闘千や英雄と呼ばれるようになる天才とは、きっと彼のような人物なのだろう。


 事実、ソレインは諜報員という枠を飛び越え、貴族位こそ得てはいないものの、闘千と呼ばれるまでに至っている。


 ―――凡人では決して届かない。


 才能の差を痛感させられて、当時のルクスはそんな考えで自身を納得させることしか出来なかった。


 しかし、カインと出会い、ファライヤから戦闘技術を叩き込まれた今ならば、ソレインの才能がただの幸運であったのだと理解出来る。


 天才などではない。


 ソレインはただ、人より多くのスキルを身に付けていたに過ぎない。


 スキルを多く身に付ければステータスが上昇し、その影響でより多くの事が出来るようになる。出来るようになれば、その部分を労せず伸ばせてスキルレベルが上昇する。


 加えてスキルレベルの合計値が百に至れば、【才能】のスキルがスキルレベルの上昇を更に手助けしてくれる。


 そして、ステータスが上がり、己の能力が高まっていけばやる気にも繋がるだろう。


 ソレインはただ、そのサイクルに運良く恵まれたに過ぎないのである。


 その事を、自分よりも歳の若い悪魔のような女に教えられ、遅ればせながらもルクスはソレインと同じ経路を辿っていた。


 当時では決して敵わなかっただろう。


 しかし、今のルクスには六つの身体強化がある。加えて七つ目の身体強化【操術】の入口へと辿り着いてもいる。


 闘千となったソレインの実力がどれほどのものかはわからないが、眼前で対峙したこの状況は当時ほど悲観するような状況ではなかった。


「同期ではあるが、てめえとは大して交流はなかったと思うけどな? 俺の裏切りがてめえを喜ばせる理由が分からねえんだが?」


「わからない? そうだろうな。お前ら落ちこぼれにはわからないだろうな!」


 そう言ってソレインは、チラリとアリシアへと視線を向けた。


「落ちこぼれたのは技術であって、頭の方じゃねえ。身に覚えのない事がわかるわけねえだろうが」


「黙れ!」


 直ぐにルクスへ視線を戻し、怒りを露わにしたソレインは腰に佩いた剣を抜き放った。


 その剣筋は恐ろしく早く、剣が届く筈のない間合いを容易く詰めた。


 セノベイのような伸びる斬撃。


 魔力そのものを変質させ、攻撃手段として扱う術である。つまり、それが出来るという事は……。


 魔法の領域に至る戦士であるということだ。


 僅かに顔を顰めたルクスであったが、ソレインの攻撃を硬刃化した短剣で弾いてみせる。


 その事に、今度はソレインが驚きの表情を浮かべた。


 しかし、驚きを見せたのは僅かな間で、その表情は直ぐに微笑へと変わる。


「驚いたぞ。才能の無いお前が、まさかこちら側にいるとは思いもよらなかった。先行した連中が全滅したのも頷けるな」


「才能? 俺は才能なんてねえ凡人だ」


「そうだろうな。こちら側に少々足を踏み入れた程度で、天狗になられても困る」


「天狗になんてなってねえよ。俺は俺より強え奴らを知ってる。てめえと違って分はわきまえてるつもりだ」


「ならば早々に降伏しろ。今なら、四肢を切り離して、投獄するだけで許してやろう」


「馬鹿が! その先の事はてめえに決めれねえだろうが。アリシア、マルコ下がってろ!」


 ルクスがそう言うと、アリシアとマルコはルクスたちから距離を取る。ソレインが闘千である事はアリシアも知っているのだろう。一瞬躊躇する様子も見られたが、反論したところで何が出来るわけでもない。


 悔しそうな表情を浮かべながらも、アリシアは腰の短剣に手を添えてマルコを守るようにして下がった。


 その一部始終をソレインは大人しく眺めていた。だが、その表情には苛立ちが募っている。


「ルクス! 闘千が出てくるとか聞いてないんだけど?」


 ルクスの隣に立ったアンジェが声を上げた。その後方に控えた、コトリとミスラートも呆れた表情を浮かべている。


「聞いてないっていうか、逃亡を手助けしたらそういう連中ともやり合う可能性あったでしょ」


「セトの闘千などと事を構えて、叱られないか心配なのだが……」


 ボソリと呟いた言葉に、アンジェがギロリと睨み付けると二人は視線を逸らして知らん顔をした。


「ともかく、こっちは四人であんたは一人。先行して飛竜で追って来たのは失敗だったね」


「お前ら落ちこぼれが何人居ようと、何も変わらんさ。知っているか? 闘千は一人で千の兵士を相手取る事が出来るからこそ、闘千と呼ばれるのだ。一人も四人も誤差でしかない」


「あ゛あ゛!? 私は闘千を千人蹴散らす人の部下だっての!」


「いや、それって自分の強さと関係ないじゃん!」


「うっさいね! 先にあんたをぶっ飛ばすよ!」


「戦う前に仲間減っちゃうじゃん!」


 アンジェとコトリのやり取りに呆れつつも、ルクスは状況を考える。


 相手は現在一人。


 それに対してルクス側は、Sクラスの冒険者であるアンジェ、コトリ、ミスラートの三名がいる。


 他の二名は旧市街に残って、バロッグと共に後処理を行なっている。


 その為、暗部たちが戻らない事に疑問を抱いたとしても、細かく状況確認をしていたのでは、ここまで早く追ってくる事は出来なかっただろう。


 おそらくではあるが、ソレインはルクスが現れるのを待機して待っていたのだろう。何故、そこまで執着するのかはわからないが、相手の戦力など気にもかけず、差し向けた追手が戻らなかった時点で行動を開始したと考えられる。


 加えて、ソレインの攻撃をルクスが防いだ事にも驚いていた。


 つまり、ソレインはルクスを捕らえる為だけに行動している。その他の状況や相手の戦力など気にも留めずに。


 ならば、ルクスたちの戦力を把握していないこの状況ならば、倒せる可能性も十分にある。


 いや、ここで倒さなくては、協力を申し出てくれたアンジェたちも今後追われる事になってしまうかもしれない。


「アンジェ! さっき言ってた追手はこいつのことじゃねえよな!」


「そうだね。こいつをとっとと倒さないと、敵さんが増えちまうってことさ」


「なら、仕方ねえな」


「何が仕方ないという―――!」


 ソレインが言いかけた時には、ルクスたちは一斉に動き出していた。


 示し合わせたわけではない。


 だが、ふざけた会話をしながらも、既に全員が戦うつもりで備えていたのだろう。


 ソレインが急速に接近するルクスに対して身構えると、ルクスを追い越すようにしてコトリの武器が放たれた。


 その攻撃を紐の部分から切断しようと剣を振るうと、断ち切る事が出来ずグルグルと剣に絡まった。


 魔力を這わせた剣でも切れない伸縮性の高い紐。そんなものは存在しない。そのことからソレインは相手が、魔力を用いて戦える相手だという事を察する。


 ルクスのみならず、闘千である己に勝つ気で迫る四人の敵は、すべからず英雄の領域に足を踏み入れている。


 即座にそう判断したソレインは、剣に拘らずに手を離し、もう一本の腰に挿していた小剣を抜き放った。


 迫り来るルクスの攻撃を小剣で捌き、隙だらけの鳩尾に蹴りを放つ。しかし、読まれていたのか、ルクスはそれを片腕で受けると、後方に宙返りをして流した。


 透さずルクスの後ろから、風の刃が巻き起こりソレインへと迫る。


 それを器用に躱して見せたソレインであったが、ある事に気が付く。


 ―――あと一人は何処へ行った?


 そう考えたソレインだったが、直ぐに自身の探知に反応があり、その位置を把握した。


 ―――上か!


 探知の外まで大きく跳躍していたアンジェが、流星の如き蹴りをソレインへと向けた。


 その攻撃をソレインが後方に下がって避けると、アンジェの蹴りは地面に亀裂を入れて突き刺さった。


 攻撃直後の僅かな隙。


 大振りの一撃を放ったアンジェよりも、最小限の動きで攻撃を躱したソレインの方が動き出すのが早い。


 しかし、アンジェを攻撃しようと動き出したソレインであったが、足首を何かに引かれてその動きを止めた。


 ―――なにっ!


 気が付けば、伸縮自在のコトリの武器が、ソレインの足首に巻き付いて、その動きを妨害している。


 そして、致命的な隙を作り出されたソレインに対して、眼前のアンジェが不敵な笑みを漏らした。


「くらいなっ!」


 【ブレイブ・ブロウ】


 体を捻り、螺旋を描くように放たれた蹴り。


 肉体のみならず、体を巡る全ての魔力が回転するように螺旋を描く。その力の流動が全て一点、アンジェの足へと集約され、まるで炎のような赤い魔力が渦を巻いて纏わりつく。


 洗練された回し蹴りに、精密な魔力操作を加えた蹴り技。


 その速度もさることながら、威力の程も凄まじい。


 魔力を帯びたソレインの小剣を容易くヘシ折り、胸当てを粉砕しながらソレインの体を易々と宙に浮かせ、後方へと大きく吹き飛ばしたのだ。


「が、はっ!」


 闘千といえども、今の一撃は安くはなかっただろう。


 歯軋りをしてアンジェを睨み付けるソレインに対して、アンジェは鼻で笑った。


「だから言ったろ! 私の上司は闘千が千人相手でも敵わないってね!」


「だから、アンジェの実力と関係ないじゃん!」


「コトリ、あんた馬鹿なのかい? 闘千を虫ケラのように倒せる方が、それでも部下として置いておきたがるって事は、私の価値は闘千よりも高いって事なのさ!」


「いや、ただ雑用させるのに丁度良いからじゃ……」


 ブンッと音を立てて、コトリの顔面横を何かが通過した。


 見ればアンジェが鬼の形相を向け、投石した後の体制をとっている。


 ―――もう、なんか言うのやめようかな。


 コトリは冷や汗を流しながら、そんな事を思う。


 そして、カインのように状況の把握に努めていたルクスは思った。


 ―――ふざけているとはいえ、アンジェたちの実力は本物だ。闘千が相手であったとしても、アンジェたちの協力があれば倒し切ることも出来る。だが、問題は時間。敵の増援も厄介そうな相手だとアンジェ自身が言っていた。


 早急に倒し切らねば、面倒な事になる。そんな予感がルクスの脳裏にはぎっていた。

読んでくださりありがとうございます。

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