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144 王都脱出

 闇に紛れて三つの影が、寄り添うようにして人気のない路地を駆けていた。


 フードを深く被り顔を隠してはいるが、先行する者以外は線の細い輪郭と低い背丈からもわかるように、女子供である事が見て取れる。


 その三名を取り囲むようにして、徐々に距離を縮めてくる者たち。


 一切の足音も立てずに気配を消して接近する様子から察するに、その者たちは国の諜報員の中でも特別技能が高いとされる、暗部に属する者たちであることが伺える。


 追手との距離が姿を目視出来るほどに近付いてくると、フード姿の一人が腰の短剣に手を添えて警戒を強めた。


「待て、アリシア! これ以上は近付いてこねえ」


 先行するフードの人物―――ルクスがアリシアの行動を制する。


 アリシアはルクスの言葉に頷くと、短剣から手を離し隣を走るマルコを守るように肩へと手を添えた。


 ルクスの言う通り、追手は一定の距離まで近付くと、それ以上は距離を保ったまま近付いて来ようとはしなかった。


 人気の無い夜であるとはいえ、ここはまだ新市街の中である。出来る事ならば、何かあっても問題になり難い場所、旧市街かもしくは王都の外へとルクスたちが足を向けるのが望ましいのだろう。


 現状、ルクスたちは旧市街の入り口となる場所へと向かっている。


 このまま行けば、間も無く旧市街へと差し掛かる。


 追手たちがそう考えている事を、ルクスも同じく考えていた。


 ルクス一人ならば追手の目を掻い潜り、王都の外へと脱出する事は容易だっただろう。しかし、アリシアや十歳になったばかりのマルコを連れて、暗部である彼らの目を欺くのは難しい。


 故に、ルクスは敢えて暗部たちの目に付くように行動し、目的の場所が分かるようにと移動していたのである。


 間も無くして、新市街とは隔離された旧市街へと続く入り口が見えてきた。ここを通過すれば、程なくして追手たちは仕掛けてくるだろう。


 ルクスがチラリと二人へと視線を向けると、息子のマルコは既に息も絶え絶えになっている。それほどの速度で進んだわけではないが、普段とは違う緊迫した状況がマルコに要らぬ緊張感を与えているのだろう。


 それでも、文句一つ言うことなく着いて来ているのだから、大したものだとルクスは感心した。


 あまり家にいる時間も多くなかったルクスは、息子の教育に口出しなどした事がない。故に、マルコの胆力が年齢以上に高いのは、アリシアが厳しく目を掛けてきた賜物なのだろう。


「旧市街に入ったら、脇目を振らずに真っ直ぐ走れ!」


 そう言って、アリシアとマルコを先行させて殿を務めるルクス。


 その行動にルクスの思惑を察したのか、追手たちはそれぞれが武器を抜き放った。


 そのまま一定の距離を保ち、旧市街へ突入してうねるような路地を暫く進んだところで、追手が動き出した。


 三名が同時に駆ける速度を上げて、急速にルクスとの間合いを詰める。


 先行するアリシアとマルコの背を見つめたままのルクスに対して、追手が同時に武器を振るった瞬間、ルクスの体が僅かに揺れてその攻撃は空を切った。


 視線を向ける事なく躱された攻撃に、冷静に事を運ぼうとしていた追手たちも驚きを見せる。


 それはそうだろう。


 政務官直属とはいえ、ただの諜報員であるルクスでは、暗部にまで上り詰めた彼らとは実力に一定の開きがある。


 多少の腕前を隠している事は想定出来たとしても、視線も向けずに攻撃を躱せる程であるとは誰も思わない。


 そんなことが出来るとすれば、探知のアーティファクトを所持している事を疑いたくもなる。


 暗部たちが動揺している間に、ルクスは腰袋から取り出した【爆風】の魔晶石を後方へと放った。


 爆炎が立ち上り、その範囲から逃れるように引いた追手たちとルクスたちの距離が再び離れる。


 そして、再び追手たちがルクスとの距離を詰めようと踏み込んだその時、アリシアとマルコが一定のラインを超えたことを確認したルクスが声を上げた。


「今だ!」


 その瞬間、それは巻き起こった。


 周囲を冷気が満たし、地面や壁を氷付かせて無数の棘が突き出された。


 這うように周囲を侵食したそれを、追手の幾人かは躱すことが出来ず、氷の棘に足を貫かれて動きを止めた。


 しかし、ルクスをも巻き込むように放たれた【氷棘】の魔術ではあったが、ルクスはその影響を受けることなく反転し、動きを止めた追手へ向かって短剣を閃かせる。


 鋭く放たれた一撃を躱すことが出来ず、足を止めた追手の三名が抵抗出来ずに首を刈り取られた。


 そんなルクスに対して、襲い掛かる事を躊躇し隙を見せる追手たちではあったが、ルクスは三名を倒すと深追いはせずに反転してアリシアたちの後を追った。


 釣られるように追手たちも再び動き出す。


 だが、道の開けた場所までやって来ると突然ルクスが立ち止まり、追手へと向かって短剣を構える。


「頼んだぞ!」


 ルクスが叫ぶと黒いローブを羽織った魔術士―――ミスラートは、小さく頷いて、アリシアとマルコの背を押して先を急がせた。


 ルクスは追手から逃げるつもりなどなかった。


 追われている状況では、旧市街を経由したとしても王都から脱出する事は難しい。最初から、相手を全滅させる以外に選択肢はなかったとも言える。


 アリシアやマルコを守りながらでは、難しかっただろう。しかし、アンジェたちの協力を得て、それは可能となった。


 アリシアたちが消えて行った路地から、二人の冒険者が姿を現しルクスの後方で構える。ここから先は通さないと主張するように。


 現れた二人、コトリとセノベイは、アンジェと同様長きに渡りセイナ・シンシアに仕えるSクラスの冒険者である。


 ルクスがアンジェたちと出会った建物内を探知を用いて探った際、探知の糸を躱して気配を辿られなかったことから、この二人も相応の実力を有していることが伺える。


 対して、ルクスたちと対峙している暗部たちは、ルクスの探知にすら気が付いていない。つまり、この者たちは暗部の中でも実力の劣る尖兵なのだろう。


 ルクスたちに負ける要素は一つとしてない。


「一人も逃すなよ」


 ルクスがそう言うと、後方の二人は頷いた。


「アンジェじゃないんだから、そんなぬるい事するわけないじゃん」


「仕事はきっちりこなす。でなければ、あの方に顔向け出来ないからな」


 そう言うと、二人は即座に動き出した。


 ―――速い!


 瞬く間にルクスを追い抜き、追手として現れた暗部たちへと躍り掛かる。


 即座に武器を構えて対抗しようとする暗部たちであったが、構えたと同時に手元の武器が弾き飛ばされた。


 コトリの放ったゴムのように伸縮する独特な武器。伸び縮みする紐に刃を取り付けたその武器を、相手が緩く構えた一瞬の隙を突いて、目に見えぬ速度で放ったのだ。


 続け様にコトリはその武器をブンブンと不規則に振るうと、両脇から迫ろうとした相手をも切り裂いた。


 変幻自在の軌道。そして容易く相手を切り裂く威力。


 探知を用いずにこの攻撃を見切るのは難しいだろう。


 仲間さえも巻き込みそうな武器の軌道ではあるが、セノベイに当たる事はない。コトリが巧みに武器を操っている事もあるが、振るわれた武器の軌道上にセノベイは踏み込まないのだ。


 間合いを詰める事なく攻撃出来るコトリに対して、セノベイが手にしているのは普通の剣だ。


 これでは、セノベイが相手との間合いを詰めている間に、コトリの攻撃が届く……そう思われたが。


 普通だと思っていた剣の刃がぐにゃりと曲がった。


 その歪んだ剣をセノベイはそのまま振るったのだ。


 すると、振るった剣が相手に向かって伸びる。


 いや、それは錯覚だ。


 魔力を目視出来るルクスにとっては、そう見えただけに過ぎないのである。


 実際に剣は曲がっておらず、その刃も伸びてはいない。


 しかし、振るわれた相手は、突如切り裂かれて絶命した。


 魔力を目視出来なければ、何をされたのかも分からなかっただろう。


 これが、Sクラスの冒険者の実力。


 冒険者において、AクラスとSクラスでは明確な差が存在していた。


 鍛錬を重ねて技術を研ぎ澄ませただけでは、Sクラスには届かない。


 鍛錬の先、技術の向こう側、それは即ち魔法、ギフト、アーティファクト。


 常人を超越する強さの限界を突破した者だけが許される称号、それがSクラスなのである。


 だが、そんなSクラスの冒険者に、ルクスも引けをとっていなかった。


 状況次第では報告の為に撤退する準備を整えていた相手に、音もなく近付くと最小限の動作で首を跳ねる。


 それを見て驚き、咄嗟に術式を編もうとする相手へ這うように接近して、術式ごと相手を両断して見せた。


 程なくして、その場にやって来た追手全てが、ルクスたちの手によって全滅させられたのであった。


 探知によって周囲に残党が残っていないことを互いに確認すると、ルクスは隠れるように待機していたリーガルたちへ指示を出して後処理を任せた。


 その後、無事アリシアたちと合流したルクスは、アンジェたちが用意した箱馬車に乗せられ、門を通過して王都の外へと脱出するに至った。


 旧市街では、人身売買が行われる事もあり、それらを出荷する際に夜間に門をくぐる事もある。


 その都度、門兵には袖の下を渡すことにはなるが、国から何も伝達を受けていない彼らは疑う事もなくルクスたちを通行させてくれたのだった。


 脱出した後も油断は出来ない。


 新たに追手を出される事も考えられるし、夜道を馬車で走るのも危険である。


 道が見えにくい事もあるが、陽も落ちれば街道に魔物が顔を見せる事も珍しくはないのである。


 今のルクスであれば、王都付近に出現する魔物に対して遅れをとることはないだろうが、馬やマルコは別である。


 そして、注意を払って街道を進んでいると、アンジェが徐に声を上げた。


「来てるね。まだ距離はあるけど、手強そうなのが居るよ」


「わかんのか? 姐御もそうだが、どうやったらそんな距離を探知出来るんだ?」


「姐御ってあの悪魔みたいな女のことかい? さすがにあれと一緒にしないで貰いたいけどね。まあ、慣れってのが一番大きいね。使ってりゃその内出来るようになるさ」


「随分感覚的な答えだな」


「実際に慣れさ、魔力を糸のように伸ばしたとしても、触れなけりゃ探れない。魔力も無限じゃないんだ、ある程度的を絞らなきゃ、直ぐに枯渇しちまうよ」


 なるほど、つまりはアンジェの場合、ある程度相手の動きを予測して網を張るように探知を仕掛けて居るのだろう。


 ルクスも遠方へと探知を行なっていたのだが、その探知に相手がかからないのは探っている位置が悪いのだろう。


 加えて、探知を行なったとしてもそれを躱される事もあり得る。つまり、躱された事もわかるように網を張らなくてはいけないのだ。


 その感性は、感覚というよりも実践による慣れを必要とするようにも思える。


 意外にも感覚よりなアンジェの言葉は的を射ているのである。つまり、ルクスが今すぐに実践出来るようになるのは、少々難しいという結論でもあるわけだが……。





 ルクスたちが後方を警戒しながら道を進んでいると、鳥の羽ばたくような音が聞こえてきた。


 その音は次第に大きくなり、近付くにつれて風を巻き上げるような音へと変わる。


「……あんたね。飛竜まで出してくるとか、どんだけ本気で追われてるんだい?」


「いや、さすがに俺もそこまでしてくるとは、考えてなかった」


 闇夜に現れた飛竜を睨み付けて、アンジェとルクスが警戒を強めていると……。


 突然上空が赤く燃え上がり、炎の矢が降り注いだ。


「ミスラート!」


 アンジェが叫ぶと、ミスラートは既に編んでいた【堅牢】の魔術を発動させる。


 それにより、ルクスたちに火の矢が当たることはなかったが、車輪が穿たれ馬車が大きく揺れて停止してしまった。


「チッ! あいつらは何がしてえんだ!」


 たかが間諜一人の裏切りに対して、飛竜までも導入してくる相手。その為、相応の価値をルクスに見出しているとも思われたが、殺す事も厭わない攻撃を仕掛けてくる。


 相手の意図は見えないが、このまま馬車の中で指をくわえているわけにもいかない。


 そう考え、ルクスたちは馬車の外へと飛び出した。


 そして、程なくして上空を旋回していた飛竜がルクスたちの前に降り立つ。


 その飛竜に乗っていたのは、ルクスのよく知っている人物だった。


「久し振りだな、ソレイン!」


 ソレインと呼ばれた男。ルクスの訓練生時代の同期で、その時から頭一つ抜けた才能を持つ男だった。


「嬉しいぞルクス! お前が国を裏切ってくれてな!」


 ソレインはルクスの前に立ちはだかり、そう言い放つと不敵な笑みを浮かべた。

読んでくださりありがとうございます。

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