142 心を揺さ振る方法
アンジェに事情の説明を強要されたルクスであったが、己の状況を他者に話してしまって良いものかと思い悩んだ。
しかし、暫しの沈黙の中、冷静に思考を巡らせていたルクスであったが、最終的には話してしまっても問題はないだろうという結論に至った。
どの道、己は国を出る身であるし、個人的な事情である為、カインたちに深く関わる内容でもない。
何よりも、ままならない心境を誰かに吐露してしまいたいという感情もあった。
ルクスが静かに語り始めた内容に、アンジェは茶化す様子もなく耳を傾けた。
己はカインたちを監視する為に派遣された、セト王国の間諜である事。それをカインたちに見抜かれ、どちらに着くのかという二択を迫られ、カインたちを選んだ事。そして、国にその事がバレる前に王都から妻子を連れ出そうとしている事を話した。
ルクスが事情を話し終えると、アンジェは片目を瞑り、何かを考えるように沈黙する。
そして、僅かな間を置いて徐に口を開いた。
「なるほど、興味深い話ではあるね。ルクスが間諜だと見抜いたこともそうだけど、マークレウスの懐の深さに感心してしまうよ。何より、国よりもマークレウスたちを選んだあんたの判断に共感出来る内容だね」
「そりゃ、どうも。だが、実際には何も上手く行ってねえ。あいつらがくれた時間はとうに過ぎちまって、俺が裏切ったことは既に国にもバレてるだろう。嫁一人説得出来ねえとは、情けねえ話だ」
「実際その通りなんだろうけどね。頑固者ってのは世の中に一定数いるもんさ。私もそうだしね」
「その頑固者のあんただったら、どうやったら説得出来るんだ?」
「さあ? 私は変わってると言われるからね。あまり参考にはならないさ。けど、頑固者だろうとなんだろうと、人ってのは真っ直ぐな言葉と態度に弱いもんさ。偽らない言葉が何よりも心を揺さ振る。マークレウスを見てきたあんたにも分かるだろう?」
そう言われて、ルクスの脳裏にカインがエリシュナを抱き上げて、ダンジョンの十階層に姿を現した時の事が浮かんだ。
あれだけ何度も打ちのめされた相手を、最終的には説得して懐かせてしまったカイン。絶対そうすると決意した男が、その言葉を正に体現した瞬間だった。
あの姿に憧れのような感情を抱いたのは、ルクスだけではなかった筈だ。
真っ直ぐぶつかる。
果たしてそれは、どのような想いで行動すれば出来ることなのだろうか?
どのようにすれば、相手に伝わるものなのだろうか?
そうしたいと思っても、ルクスには明確な答えが出てこない。
アンジェの言葉に考えを巡らせていると、思考を遮るようにアンジェが声を上げた。
「それで? 私たちは何を手伝えば良い?」
その唐突な発言に、アンジェの隣で黙っていたアルタイルのみならず、ルクスの眉間にも皺が寄る。
「どういうつもりだ?」
「どう? 情報を貰ったんだから、その見返りとして手を貸してやると言っただけだよ」
「情報? 俺はただ、情けねえ話を愚痴っただけだと思うが?」
ルクスがそう言うと、アンジェは視線を斜め上に向けて、何かを考えると直ぐに発言する。
「さっきも言ったと思うけどね。私の仕事はこの国の内情を調べることなのさ」
アンジェの言葉にアルタイルが意見しようとしたが、それよりも早くアンジェは手を上げてその行動を制した。
「現在、私の上司がこの国へ来ていてね。生意気なことにセトの連中がちょっかいを出して来るのさ。まあ、セトの王国が警戒するのは分かるんだけどね。けど、その動き方がどうにも不自然だった。その所為で私は、連中が何を考えてるのかを探らなきゃいけなくなったってわけさ」
「そっちの状況はわからねえが、俺の愚痴に連中の思惑が分かるような情報があったってのか?」
「大いにあったね。お陰でセトの連中がどうしたいのかが明確にわかった」
「へえ、なら一応聞いておくが、あんたの上司ってのは誰だ?」
答えないだろうと思いつつも問い掛けたルクスであったが、アンジェはルクスの予想に反してあっさりと答えを口にした。
「アルストレイが誇るヴァルキュリアが一人、シンシアの名を受け継ぎしお方。セイナ・シンシア様だ」
「なっ!」
その予想外な人物の名に、ルクスは驚きの声を上げた。
「アンジェ!」
アンジェの行き過ぎた発言にアルタイルが声を荒げる。
「黙ってな、アルタイル。何を口にするか決めるのは私だよ」
「分かっています。僕をセイナ様に紹介してくれたことにも感謝してます。ですが、部外者にセイナ様の事を易々と公言して良いわけがありません!」
「ったくうっさいね。黙ってないとぶっ飛ばすよ!」
「アンジェ!」
「いや、聞いた俺が言うのもなんだが、それは口にしちゃいけねえと思うが?」
ルクスは、興奮するアルタイルに賛同する言葉を発して苦笑いを浮かべた。
その様子を見て、アンジェは肩を竦めてみせた。
「こんなことはいつも通りさ。後ろの連中を見てごらんよ」
アンジェが顎をしゃくって後方を差すと、後ろに控えていた三名の冒険者たちは落ち着いた様子で話に耳を傾けていた。
「慣れないあんたたち二人が喚いてるだけで、私の発言を誰も問題にしちゃいない」
「……言っても聞かないから諦めてるだけなんだけどね」
「反論すると手加減抜きで殴られるから黙ってるだけだ」
「だが、その無茶苦茶な言動が間違っていたことは……いや、結構あるな」
ギロリとアンジェが睨み付けると、三人はビクリと体を震わせて押し黙る。
なんとなく関係を察したルクスは、呆れ顔となった。
「どちらにせよ、セイナ様の目的はこの国には無い。あの方は、マークレウスを試しに来たんだからね」
「カインたちに何かするって事か!?」
「さあ? セイナ様がどうされるかは、私にはわからない。だが、マークレウスを名乗った時点でヴァルキュリアが動く事は分かっていた筈だけど?」
「そうだが、この国で仕掛けられるのはまずい。あいつらはマリアンちゃんを狙ってるんだ!」
「そう、だからさ。セトの連中がセイナ様を国内に招き入れてから、色々とちょっかいを出して来たのは、マリアンズとぶつけて戦力を削りたいからだろうね。その思惑が、ルクスの話を聞いて見えたわけさ」
「だったら、それを俺に言っちまって良いのかよ?」
「構わないね。あんたが、それをマリアンズに伝える手段はない。それに対して私には携帯伝話機がある。私がセトの思惑を報告すれば、セイナ様は直ぐに動き出すだろうね。あんたがマリアンズに連絡出来る頃には、セイナ様もマークレウスをお認めになっているだろうさ」
「お前らが連絡を入れる事を、俺が易々と許すと思って……は? 認めるだと?」
ルクスが言葉の途中で疑問を口にすると、アンジェは口元を緩めて笑みをこぼす。
「そうさ。セイナ様はマークレウスを必ずお認めになる。私はそれを確信しているのさ。戦力を削るつもりでぶつけた筈のセイナ様がマークレウスの味方となれば、セトの思惑通りには行かない。その状況を見据えれば、今のあんたに力を貸しておくことが私にとって最善の行動なのさ」
「認めなかったらどうなる?」
「認めるさ。けど、仮にお認めにならない事になれば、マークレウスの命はお終いだろうね」
その言葉にはルクスの表情が強張った。
「あんた、マークレウスの傍にいて、そんな状況が想像出来るのかい?」
確かに、アンジェの言う通り想像は出来ない。
ヴァルキュリアがどれほどの強さかは知らないが、カインの傍には、ファライヤやエリシュナがいる。カインや他の仲間たちも着々と力を付けている中、ヴァルキュリアが一人やってきたところで、どうなるとも思えなかった。
そして何より、エリシュナの心を解きほぐしたカインであれば、ヴァルキュリアを認めさせることも出来るのではないかと思える。
しかし、ヴァルキュリア・シンシアがどの様な人物か知らないルクスにとっては、アンジェのように確信するまでには至れなかった。
難しい表情を浮かべるルクスに対して、アンジェは尚も言葉を続ける。
「マークレウスの状況は、今のあんたと変わらないさ。血の通った人間が、偽りの無い真っ直ぐな言葉を向けられて非道になれるわけもない。向けられた言葉が胸に刺さるようなものなら、認めないわけがない。なんなら今夜試してみると良いさ。あんたが、マークレウスのように出来たなら、嫁は必ず応えてくれる。それを実感すれば、私の根拠にも納得が出来るだろうさ。セイナ様への報告はその後にしてやっても良い」
そう言われると、ルクスは反論する言葉を失ってしまった。
「……おかしいな。仲間じゃないあんたが、嘘を言ってるように思えねえ」
「そりゃそうさ。私は嘘が嫌いなんだよ。人間相手には、真っ直ぐぶつかるって決めてるのさ。で? 今夜、嫁を説得するとして、私らは何をすれば良いんだい?」
嘘偽りの無い真っ直ぐな瞳を向けて急かすように言ってくるアンジェに対して、ルクスは観念するように溜め息を吐いた。
何故だかわからないが、アンジェの言葉は信用が出来る。
それに、例え嘘だったとしても、カインたちへ連絡を取ることも、アンジェたちを妨害することも現状では難しい。
何よりも、カインのような真っ直ぐな瞳を向けられて、根拠もなくアンジェの事を信用しようとしている自分がいた。
―――なるほど、確かにこんな真っ直ぐ言われちゃ、納得したくなる気持ちもわかるぜ。ヴァルキュリアも人の子だ。それならきっと、カインと対峙すれば理解し合えるのかもしれない。
気が付けば、ルクスは内心でアンジェの言う曖昧な根拠に納得していた。
それと同時に気が付いた。真っ直ぐな想いがどうすれば相手に伝わるのかということに。
―――結局のところ、アリシアを説得出来なかったのは、俺がまだ本心を偽っていたからかもしれねえ。
その考えに至った時、思い悩んでいたルクスの心には一つの決意が宿っていた。
カインのように、何度でも本音をぶつけてやろう。駄目だった場合など考えない。出来ると信じて、伝わると信じて向き合おうと決意する。
「良いぜ、それなら少し手助けして貰うとするか」
言いくるめられた気もしなくはなかったが、ルクスは自然とそう口にしていた。
その言葉にアンジェは満足そうに頷いた。
ルクスは思う。
出来ると信じ、伝わると疑わないことは何と我儘で傲慢な考えなのだろうと。
カインがよく口にしていた言葉。
『俺はただ、自分の我儘を押し通したいだけだ』
その言葉の真意が、ルクスは今、ようやく理解出来た気がした。
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