141 意外な出会い
「そんなこと言わずに、話だけでも聞いてくれよ」
男が懇願するようにルクスに言った。
泣き付くような態度に、ルクスは頭を掻いて溜め息を吐いた。
「喧嘩を売って来たのはお前らだぞ? 虫が良いとは思わねえのか?」
「わかってる。そいつは謝るぜ。ただ、俺たちも酒の所為でちょっと調子に乗っちまったんだよ」
「ちょっとで刃物を抜かれた方は、たまったもんじゃねえな」
「それは悪かったって。あんたが強すぎて焦っちまったんだよ。俺らだって普段から易々抜いてるわけじゃねえんだ。なあ、話を聞いてくれたら、俺らもあんたの悩み事の相談にのるからさ」
「別にお前らに相談することなんて……」
言いかけてルクスは、ある事に気が付いた。
ルクスの裏切りが国に露見している可能性が高い現状では、王都を抜け出すのは難しい。だが、貧民街を牛耳る荒くれ者たちの手を借りれば、正規のルート以外から王都の外へ出られる方法が間違いなくある。
アリシアを説得する事が難航している状況ではあるが、説得し終えたあとの脱出ルートは確保しておくに越した事はない。
そう思い直し、ルクスは男たちの話を聞くだけ聞いてみる事にした。
「内容だけは聞いてやる。だが、その前に確認だ。お前らは、誰にも気付かれずに王都から出る手段を用意出来るか?」
「……王都から出たいだけか?」
「聞いてるのは俺だ」
「いや、すまねえ。そんな事だったら、幾らでも方法はあるからよ」
「そうか。なら、話だけは聞いてやる」
「へへ、ありがてえ」
改めてテーブルに向かって腰掛けると、男はリーガルと名乗った。そして、リーガルがポツリポツリと事情を話し始める。
王都の一部とはいえ、貧民街と呼ばれる旧市街では独自の決まり事が出来上がっていた。
荒くれた者たちの多いその場所では、日夜争いの種が尽きない。自制の効かない者も多く、犯罪行為は日常的に行われている。
そのような行為が王都の内部で行われる事は、本来であれば許される事ではないのだが、国は旧市街に線引きをするだけで特に口出しをする事はなかった。
おそらくではあるが、旧市街は差別主義的な思想を持つ国が、一定の人種を隔離する為、意図して作り上げたのだと思われる。
現にこの地域では、黒い髪をした人種が多くいる。
しかし、口出しはしないとはいえ、ある程度治安の正常化は行いたいと考える国は、旧市街で力を付けたバロッグという集団に目を付けた。
彼等の行為にある程度目を瞑る代わりに、旧市街を取りまとめ治安の維持に注力させようとしたのである。
そうして、非公式ではあるが国の後ろ楯を得たバロッグは、旧市街の中でより強い力を得るに至った。多少の犯罪行為はお目溢しをしてもらえる為、逆らう者は誰も現れない。しかし、その分バロッグは、自分たち以外の者が悪事を働く事に目を光らせていた為、旧市街では何事もバロッグの許可を得る必要があった。
それが、旧市街で唯一とも言える決まり事であった。
ところが、数日前からその決まり事を守らない者が現れ始めた。
旧市街に居座り、我が物顏で好き放題する五人の集団。その者たちが、バロッグの地位を脅かしたのだ。
当然、バロッグは国への報告も行った。しかし、その者たちは既に国と繋がっているのか、バロッグの訴えは容易く退けられた。
焦ったバロッグはその者たちを武力を以って制圧しようと考えた。だが、そのことごとくを討ち払われて、彼らの地位は現在、失墜しつつあるのであった。
「……要するに、新しくやって来たそいつらに手も足も出なくていじけてるって話じゃねえのか?」
「いや、その通りなんだがよ。とにかくそいつらが強えのなんのって。あんたぐらい強ければ、そいつらをなんとかできんじゃねえかと思ってよ」
「俺は殺しの依頼なんて受けねえし、そもそも目立つような事は出来ねえぞ」
「べ、別に殺せなんて言ってねえよ。ちょっと痛めつけてくれるだけで良いんだ。それに旧市街で起きた喧嘩なんて、大して目立ちゃしねえよ」
「喧嘩程度で済むなら良いがな」
「さすがに刃物を素手で叩き折るような相手に、あいつらもなにか出来ねえって。なあ、頼むよ旦那」
懇願されてルクスは沈黙した。
可哀想だと思ったわけではない。
その依頼を受ける事で自身に利益があるかを考えていたのだ。
旧市街を牛耳るバロッグ。そこに恩を売るのは無駄な事ではない。だが、荒くれ者どもの争いに首を突っ込み、今後の行動に支障が出るようでは本末転倒である。
本来であれば、このタイミングで受ける話ではないのだが……。
「……取り敢えず、会うだけ会ってやる」
「ありがてえ、助かるぜ!」
ルクスは、旧市街で新たに居座ったとされる相手と会う事を決めた。
アリシアと話が出来るのは、夜も更けたあとであり、昼過ぎのこの時間帯ではする事もない。何より脱出ルートを確保する為にも、旧市街で諍いが起きている事は好ましくない。
という建前もあったのだが、ルクスとて人の子である。ままならない現状に苛立ち、少々憂さを晴らしたいという気持ちもあったのだろう。
そんな内心もあり、ルクスはリーガルの話を一先ず受けてみる事にしたのであった。
旧市街は新市街の南方に扇状の形で広がっている。
王都を囲う外壁の手前まで続くその場所へ、新市街の人間が立ち入る事はあまり無い。何より二つの市街地を隔てるように立ち並ぶ建物の所為で、限られた路地からでないと、その場所へと迷い込む事は無いのである。
華やかな王都から一線を引いた、隔離された区画。そんな旧市街の中でも、一際人の寄り付かない場所。
その、旧市街の中心部につぎはぎで建造された屋敷のような場所へ、ルクスたちはやって来ていた。
元々はバロッグに属する者たちが根城としていた場所ではあるが、今では突如現れた五人の荒くれ者に占拠されているとのことである。
「言っておくが、会ってみるだけでそいつらに手出しするわけじゃねえからな」
ルクスがリーガルたちにそう言うと、困り顔をしながらも頷いた。
「どの道俺たちじゃ勝てねえ、旦那に任せるしかねえんだけど……出来れば追い払って欲しいんだけどな」
「それは、向こうの出方次第だ。それに、俺より強い連中かもしれねえだろう」
「そりゃねえって、旦那より強え奴なんて俺は見たことねえよ。騎士団の連中だって旦那だったらなんとか出来んじゃねえのか?」
「そりゃ買い被りすぎだぜ」
ルクスは肩を竦めるが、リーガルたちは期待の眼差しを向けていた。
困った反応ではあるが、取り敢えず相手に会ってみない事には始まらない。
ルクスは扉に手をかけて中へと入って行く。
しかし、中へと入るとルクスの顔が引きつった。
何か不穏な物が目に入ったからでは無い。家内に入る前から中を探る為に行っていた探知に、何者もかからなかったからである。
「そいつらは、今ここに居るのか?」
「間違いねえ。俺たちの仲間が交代で、出口は全部見張ってる。あいつらが外に出た形跡はねえよ」
だとするとおかしい。
ルクスの行った探知で内部に人の気配はなかった。だとすると、その者たちはどこへ消えてしまったのか?
もし、その者たちが消えて無くなったわけでは無いとなると……今も尚、建物の中で息を潜めているというのであれば、その者たちはルクスの探知を躱した、もしくは、探知にかからない何かを持っているという事になる。
ただの荒くれ者に、それほどの事が出来るとは到底思えない。
であれば、相手は相応の手練れか、何かしらの機関に属する者である可能性が高い。
「やっぱり会うのやめていいか?」
「そりゃねえぜ旦那。ここまで来て引き返すなんて言わねえでくれよ」
「……だよなぁ」
―――面倒な事になりそうだな。
ルクスはそう思った。
ところが、嫌々ながらも慎重に奥へと進んで行くと、予想外に気さくな声が一つの部屋から響いて来た。
「なんだよっ! ヤバそうなのが来たと思ったら、あんたか」
あまり聞き覚えの無い女の声。その言動に顔を顰めながらも、ルクスは声の鳴った部屋へと足を踏み入れた。
そして、その部屋にいた人物を見て、ルクスから警戒の色が僅かに薄れる。
「……確か、アンジェとか言ったか? それと、そっちは天眼だったな」
「久し振りだね、マリアンズ。あのバカどもは元気でやってるかい?」
「テンペストへ向かったとは聞いていましたが、まさか王都で出くわすとは思いませんでした」
その場に居たのは、コルネリア領でエリシュナの討伐依頼を受けたSクラスの冒険者、アンジェとアルタイルであった。二人の後ろに控えている男女三名をルクスは見た事がなかったが、おそらくはアンジェたち同様Sクラスの冒険者たちなのだろう。
「……旦那の知り合いなのか?」
ルクスたちのやり取りを見て、リーガルが恐る恐る声を上げる。
「まあ、ちょっとな。こいつらは、Sクラスの冒険者だぞ」
「え、Sクラス! 道理で手も足もでねえわけだ。てか、そんな連中がなんだって、旧市街に居座ってんだよ!」
「うっさい奴だね。なんだい、マリアンズ! もしかして、そいつらの味方をしに此処へ来たってわけじゃ無いだろうね!」
「アンジェ、その方たちの案内で来たのですから、もしかしなくても、そうでしょう」
「あん? マリアンズが私らの敵だって言いたいのかい?」
「勝手に仲間意識を持たないでください。別に僕たちは彼らと協力関係にあるわけではありません」
「無くても私はマークレウスの事を気に入ってるんだよ!」
「ですから、アンジェの気持ちは関係ないでしょう」
「うっさいね。口答えするとぶっ飛ばすわよ」
「なんでそうなるんですか!」
噛み合わない会話にアルタイルが溜め息を吐いた。
その様子を見て、ルクスも苦笑いを浮かべる。
この二人とルクスは直接対峙したわけではないが、話だけは聞いていた。特にこのアンジェという冒険者に関しては、カインとバッカーが話をしていたのをよく覚えている。
その性格もそうだが、研ぎ澄まされた真っ直ぐな一撃を放つ戦士だったと。何より、あの場に居たSクラスの冒険者の中でも、魔力操作に突出した手強い相手であったとの話があった。
どれほどの実力を備えているかはわからないが、『操術』の入口に辿り着いたばかりのルクスでは、一対一で勝つのは難しいかもしれない。
「取り敢えず、どんな連中か見に来ただけだ。あんたら相手に一人で喧嘩売る気はねえから安心してくれ」
ルクスの答えにアンジェは得意げに鼻を鳴らす。
その様子にアルタイルは呆れ顔をするが、場を取り持つように話を始めた。
「それで、我々だとわかったところで、マリアンズの―――」
「ルクスだ」
「失礼、ルクスはどうされるおつもりなので?」
「いや、別にどうするつもりもねえが、一応聞いておくとこんなところで何やってんだ?」
「依頼の内容は秘み―――」
「私の上司にこの国の内情を調べろと言われてきたんだよ」
「アンジェ! 任務の内容を易々と口にしないで下さい!」
「うっさいね。今は私があんたの上司なんだよ。命令するんじゃないよ」
「命令というか、普通に口にしては駄目でしょう!」
「良いんだよ。気心知れた連中に言ったところで、問題なんてないね。寧ろ旧市街を纏めたいから、あんたも手伝いなよ」
いい加減な様子でアンジェはルクスに言った。
「まあ、それも良いんだけどよ。俺にもちっと事情があってな」
「なんだい事情って?」
「いや、容易く人に言えるような事情じゃねえっつうかよ」
「そうかい? なら、ミスラート。やりな!」
アンジェが指示を出すと、後方に控えていた一人が魔術を展開させた。
―――いつの間に術式を編んでいた!
隠蔽されていた術式に気が付かず、気付けば蜘蛛の糸のように床を這う影の様なものが迫り来る。
慌てて回避しようとしたルクスであったが、何故かその魔術はルクスを避ける様に通過して行くと、ルクスの後方にいたリーガルたちに当たった。
魔術を諸に受けたリーガルたちが、膝を折って床に倒れ込む。
―――どういうつもりだ?
ルクスが疑問符を浮かべていると、アンジェは不敵な笑みを漏らしながら言った。
「邪魔者共には眠って貰った。さあ、あんたの事情ってやつを聞かせてもらおうか」
バッカーのように突拍子もなく、そして強引なアンジェの様子に、ルクスは再度苦笑いを浮かべるのであった。
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