138 思惑の裏に潜む敵
「凄い数ね。五千はいるかしら?」
闇夜に染まる街道からでは、街の反対側から迫る軍隊の数はわからない。しかし、そんな暗がりの中でもファライヤは目を細めてそう言った。
「明かりも付けずに行軍してくるとはな。よく気が付いたな」
カインがそう言うと、ヴィレイナは首を振った。
「気が付いたのはエリシュナです。行軍の足音が聞こえてくると」
「ふん、誰が気付いたかなど、どうでもいいだろう。カイン、どうするつもりだ? やるのか?」
五千もの兵が平地で迫って来ているというのに、エリシュナは平然とそんなことを言う。
カインは苦笑いをして、エリシュナの頭を撫でると考えるように軍隊の迫る遠方を見つめた。
「ルクスと事前に話し合っていた内容では、宿に暗部の襲撃があることぐらいだった。軍は動かさないと言っていたはずだが……」
「あの男が裏切ったとでも言うのか?」
「……いや、裏切ったなら、襲撃をわざわざ緩くする必要性が無い。軍隊を導入するほどだ。精鋭を送りつけて、足止めをした上で取り囲む方が効率的だ」
「そうなると騙されたのはルクスの方か?」
エリシュナが聞き返すと、カインは目を瞑って考えを巡らせた。
そして、暫しの沈黙の後に呟くように言葉を漏らした。
「……マルセイ・ランタラルか」
「ああ、ルクスの奴がその男について何やら懸念していたな」
「読めない男だとも言っていた」
ならば、どうなのだろうとカインは考える。
闇夜に紛れて行軍してくるということは、こちらに悟られないように周囲を取り囲むのが目的であるはずである。だが、実際カインたちは軍隊が街へ到着するよりも前に街の外へと出てきてしまった。
このまま闇に紛れて出発すれば、相手はカインたちを見失うだろう。
であれば、ルクスの事は関係なく長時間街へ引き止める為に、精鋭を送り付けるのが最適だ。
カインたちの力量を見誤った?
確かにそれは考えられる。
ルクスの報告には制限が設けられ、必要以上の情報は与えられていない。加えてカインたちはテンペストで更に力を付けた。事実、身体能力が高いとされる獣人たちをも僅かな時間で全滅させているのである。
ふと、カインの中でルクスの言葉が蘇った。
『マリアンちゃんを連れ出す事に成功したら、俺に爵位を与えると言ってきやがったんだ』
その言葉を思い返し、カインの中に稲妻が走った。
―――そうか! ルクスはマルセイを読めない男だと言った。そして、爵位を与える行為はらしくないとも。
何故、マルセイが突然そんなことを言い出したのか?
カインは最初、単純にルクスをやる気にさせる為だと思った。しかし、おそらくそれは間違っていたのだろう。
何を考えているか読めない人間というのは、自分を表に出さない人間である。
それはつまり、言い換えれば誰も信用しない人間であるとも取れる。
より厳密に言えば、何を考えているかわからないと感じる人間は、相手に信用されていないからそう感じるのである。
つまり、マルセイはルクスの事を、はなから信用していないのだ。
裏切るとか、疑うとか以前に信じていない。
だから、ルクスを縛る為の手を打った。
爵位という餌を与えて。
その餌を与えられたのは、ルクス本人ではない。
その家族である。
間諜であったとはいえ、ルクスは情の熱い男である。それは、長く共に行動していたカインにはわかる。
ならば、信用していない男のことは、マルセイも調べて把握しているはずである。
ルクスが情に熱いと知っていれば、国を裏切るにしても家族を連れ出すことは容易に想定することができる。
例え現時点で、裏切ったとしても家族を人質として扱えば、ルクスに利用価値はまだある。
つまるところ、マルセイは何かを知った上で策を講じているわけではないのである。
盤上で誰がどのように動いてもいいように手を打っている。
そう考えると、今回の襲撃にも納得が出来た。
獣人奴隷であれば強さもある程度は見込めるし、反撃を受けたとしても大した損害にはならない。
計画通りに事が運べばそれで良いが、運ばなかったとしても軍隊で取り囲んでしまえばいい。
このタイミングで軍隊が行軍してきた事を考えると、ルクスの言った計画云々の前に、国境へ向かう順路へ既に兵を配備していたのだろう。
カインたちがラントックスに到着した事を、別の誰かから連絡を受けて予定を変更したのかもしれない。
しかし、マルセイも色々と考えていたのだろうが、今回に関しては、やはりカインたちの力量を大きく見誤ったのが失策だったのだろう。
加えて、街の外に仲間を残していた為、いち早く軍隊の動きに気が付き、カインたちは早々に街の外へと出てきてしまった。
馬車の準備も既に出来ている。
これは、運良く回避できたに過ぎないのかもしれない。
考えがまとまったカインは全員に指示を飛ばした。
「相手に見つかる前に、移動するぞ! 遠回りになるが北西の山間を渡って、国境を目指す。ミーア、ジェド王都までの道のりはわかるか?」
カインの問い掛けにミーアとジェドは首を横に振った。
「大体の方角はわかりますけど……」
ミーアが言いかけたところでカデナが手を挙げた。
「私はわかります! 昔行商で連れ回されていた時に、王都へも何度か」
「そうか。なら一つ頼みごとをしたい」
カインがそう言うとカデナは、強く頷いた。
「ミーアとジェドと一緒にルクスの援護へ向かって欲しい。何事も無ければ良いが、俺の考えが正しければ、未だ王都で足止めされている可能性が高い」
本来であれば、ルクスに自力で国を脱出してもらうことで、今後相手に付け入る隙を見せない方針だったのだが、敵が迫っているというのであれば、手を貸さないわけにもいかない。
「はい、ですが王都の方角からは軍隊が迫ってます」
「飛竜を使え。相手はこちらに飛竜がいることを知らない。闇夜に紛れて上空を飛べば背に人が乗っているとは気付かれないだろう。目的が別にある以上、迎撃される心配もない。それに、飛竜なら馬の四倍は速度が出るし、丘も楽に越えられる。ミーアとジェドも頼めるか?」
「はいっ!」
ミーアが大きな声で返事をして、ジェドは静かに頷いた。
「俺も行っていいか?」
ガナックがおずおずと声を上げる。
「ああ、頼む。元デバイスレインのお前たちなら、連携も取りやすいだろう」
「よっしゃ、俺も役に立ってみせる!」
ガナックはようやく出番が回ってきたとやる気を見せた。
「ミーア、指揮はお前がとれ。あと、何かあった場合、判断を見誤るなよ! 冷たい言い方だが、無理だと思った時はルクスのことは諦めて逃げる事を優先しろ」
カインの言葉にミーアは真剣な表情で頷いた。
「飛竜は王都までの移動に使ったら自由にさせてやれ、飛竜に乗ったまま国境を越えるとあとあと面倒な事になる。国境の突破が難しい場合は、トキタリカの周辺に身を隠せ。こっちがエイブ王国に戻ったあと、外部から手を回してなんとかする」
「皆さん、先日マリアンと試乗した時ですが、基本的にトラマルとムネカツは従順でした。ですが、他の飛竜と出くわすと、途端に気性が荒くなります。上空で飛竜と出くわした場合は、魔術でも魔晶石でもなんで構わないので、早々に追い払ってください」
カインとミズシゲの補足に頷き、ミーアたちは飛竜に乗る準備を開始した。
程なくして準備を終えた一同は、二手に分かれて行動を開始する。
ルクスの援護に向かう者達と、山間を超えて国境を突破する者達。
どちらの道も、何故だかその先で嫌な予感する。
マルセイ・ランタラルという男のことは知らないが、カインはその男がまだ何か手を打っているような気がしてならなかった。
だが、カインは予感よりも、己の理屈を信じた。
勘が理屈を超えることは往々にしてある。
だがしかし、全ての理を想定出来たのであれば、理に勝るものは存在しない。
理屈で語れないモノは、この世には存在していないのである。
つまるところ、これから始まるのは顔も合わせていない二人。カイン・マークレウスとマルセイ・ランタラルとの読み合い。理を追求した盤上の戦いとなる。
そのことに、盤上で向き合った当人たちはまだ気が付いていない。
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