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134 ダンジョンの意思

 ゲロゲロと低い鳴き声を上げる大きなカエルが動き出した。


 取り囲むようにして大口を開けると、一斉に相手を捕食しようと口の中から長い舌を伸ばす。


 どこまでも伸びる一見するとぬめり気を帯びたその舌を、ミーアは「ひあっ」とか「あわっ」とか、気の抜けた声を上げて躱して行く。


 傍から見ればふざけているようにも見えなくもないが、これでも当人からすると必死なのである。


「き、気持ち悪いんですけど!」


 そう言いながらも、杖を振って応戦するミーアであったが、迫りくる舌に弾かれ迷宮フロッグに致命打を与えることが出来ない。


 トリティが攻撃を躱し、すれ違いざまに魔物の横腹に剣を振るうが、これも迷宮フロッグの表皮を薄く傷付けるだけで内部にまで刃が通らずにいた。


「チッ、なんたる不覚! 早くヴィレイナ様を助けに行かなくてはいけないというのに!」


 苛立ちを露わにしてトリティが攻撃を仕掛けるが、やはり迷宮フロッグを倒し切るには至らない。


 そんな事をしていると、十数体いる迷宮フロッグに包囲を狭められ、ミーアたちは徐々に追い込まれる事となっていた。


 その間、ファライヤはというと。


 何やら思案するように腕を組み、顎に手を当ててジッとしていた。


 棒立ちのファライヤに対しても、当然迷宮フロッグの攻撃が迫る。


 しかし、その攻撃をファライヤを守るようにしてジェドが捌いていたのである。


「ちょ、ファライヤさんも手伝ってくださいよ!」


 ミーアが情けない声を上げると、ファライヤはチラリとそちらへ視線を向ける。


「ミーア、カエルに食われたあと、出口はどこになるのかしら?」


「そ、そんなの決まってないですよ! ダンジョンがどこへ転移させるかによります、ってひぁ!」


「……傾向の話を聞いているのよ。何処へ戻される事が多いのかということが聞きたいのだけれど?」


「そ、それこそわかりませんよ! というか、出会ったことすら初めてです」


「……そう、困ったわね。私もカエルについてはよく知らないのだけれど」


 尚も考え事を続けるファライヤであったが、何かを決めたのか普段のニマニマした表情を浮かべた。


 迷宮フロッグの攻撃を躱しながらも、視界の隅でそれを捉えたミーアはなんだか嫌な予感に襲われた。


「全員、カエルに食われなさい」


「無理です!」


 ミーアの反応は早かった。


「カインとヴィレイナを探すよりも、同じ場所へ飛ばされてそこから出てきた方が早いでしょう?」


「そうかもしれませんが、気持ち悪いんで無理です! カインさんならきっと自力でなんとか出来ます! 私はそう信じています!」


「本音を言ってから建前を言うものではないのだけれど……トリティ、ジェド、先に行きなさい」


「ファライヤ殿、その方が早くヴィレイナ様をお助け出来るのですか!?」


 ファライヤが頷くと、トリティは即座に行動した。


 迷宮フロッグの攻撃を躱す事なく受けて、その口内へと取り込まれる。


 ジェドも無言のまま即座にファライヤの指示に従う。


 残ったのはファライヤとミーア。


「む、無理矢理食べさせようとしてもそうはいきませんよ!」


 ミーアは迷宮フロッグよりもファライヤを警戒する。


 しかし、そんなミーアを無視して、ファライヤは抜き放った短刀を振るって迷宮フロッグへと攻撃を仕掛けた。


 ミーアたちの時とは違い、ファライヤの短刀は迷宮フロッグの舌を切り裂き、皮膚を突き破って内部へと届く。


 だが、届いた瞬間、ファライヤは素早く手を引いた。


「……なるほど。ミーア、鋭刃化をする魔力量を増やせば切り裂けるわ。ただし、結構な魔力量が必要となるから注意なさい」


 普段のファライヤなら、無理矢理ミーアの嫌がる事をしたであろうに、今日は何故かそれをしない。その事に疑念を抱かなくもなかったが、ミーアはファライヤの言葉に頷き魔力を高めた。


 杖に渡らせる魔力量を目一杯増やし、魔力を変質させて切れ味を持たせる。


 ミーアの持つ木造りの杖は、魔力を目視出来る者が見れば剣のような鋭さを宿していた。


 その杖をミーアは迷宮フロッグに対して振るう。


 すると、先程まで弾かれていた攻撃が易々と通り、迷宮フロッグの表皮を突き破って内部へと届いた。


 よしっ!


 ミーアがそう思った時だった。


 何故か体が吸い寄せられる感覚がして、気が付けば周囲が暗転している。


「え?」


 ミーアが声を漏らした時には、その場からミーアの姿は跡形もなく消えてしまったのであった。


「やはり内部の空間に触れた者を飛ばすのね」


 誰も居なくなったその場でファライヤの独り言が漏れる。


 迷宮フロッグの内部は転移の魔法が施されていた。


 一般的には、取り込んだ者を転移魔術で飛ばしていると言われていたが、どうやらそれは間違いのようである。


 迷宮フロッグに施されているものは、魔術ではなく魔法である。


 即ちそれは、触れた者を指定の場所まで転移させる概念。それ故に、皮膚を突き破って内部の魔法に触れたミーアは、捕食された時と同様に転移させられてしまったのである。


 ファライヤは攻撃の最中、魔法へと触れる直前でその手を引いた。


 その為、飛ばされる事なくその場に残ったのである。


 そして、その事に気が付いた為、嫌がるミーアを強制的に転移させる為に攻撃させた。あたかもアドバイスをしているように見せかけて。


 ファライヤの口元に笑みが零れる。


「面白い魔物ね。カエルの素材は見かけた事がなかったけれど……なるほど。倒せる者が殆どいなかったというわけね」


 そう言ってファライヤは短刀を構える。


「折角だし、何匹か狩って行こうかしら」


 ギラリと光る獰猛な瞳が、ファライヤを取り巻くように集まった迷宮フロッグへと向けられた。






 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





「……またか」


 青白い光を放つダンジョン内でカインはそう呟きを漏らした。


 カインの視線の先にある通路では、道を塞ぐように変異スライムの群が蠢いている。


 既に四度目。


 カインたちは魔物の群に道を阻まれ、来た道を引き返す羽目になっていた。


「道が曲がっているから、ざっくりとしかわからないが、随分と大回りさせられているな」


「ですが、無理に突破したとしても、その道順が正しいとも限りませんし……」


「その通りなんだが、何故だか誘導させられているような気がしなくもない」


「ダンジョンには、そのような意思が存在しているのでしょうか?」


「……わからない。人を惑わす造りになっているものもあれば、素直な一本道になっているものもある。ダンジョンに意思があるなら、その違いはどうして出来るのか、学者連中の研究課題だな」


 そんな話をしながら道を進んで行くと、またして分岐路に当たった。


 既に左手法は機能しておらず、カインたちは大まかなマッピングを元にダンジョン内を巡り歩いていたわけだが、その分岐路である事に気が付いた。


 右側の通路に置かれた魔晶石。既にそれは魔力を失い黒々とした色合いをしている。


 その魔晶石を拾い上げ、カインは首を傾げた。


「これは加工された魔晶石だな。俺たち以外に誰かが此処へやって来た事があるのか?」


「あのカエルの魔物は、広い範囲で出現するのでしょうか?」


「いや、正確にはわからないが、ダンジョン周辺にしか出現しないと聞いている。あいつらはダンジョンと繋がっている。あまり距離が離れると供給する魔力量が増えるから広域には出現しない筈なんだが……」


「そうなると、偶然ここへやって来た人物が落とした物みたいですね」


「そうだな。テンペストの麓にある未踏のダンジョンへ、先に誰かがやってきたと考えるのが妥当だが……」


 カインは何やら考えると、腰袋から『光陣』の魔晶石を取り出し、光を発動させてその場へと放り投げた。


 カラカラと音を立てて転がる魔晶石を眺めて、ヴィレイナが首を傾げる。


「なにをしてるんですか?」


「いや、マッピングを見ると、この位置は最初の分岐路に近い位置にあるからな。道も随分とうねっていたから、念の為だ」


 そう言ってカインは暫しの間、光輝く魔晶石を見つめた。


 そして、暫くすると。


「あっ! 魔晶石が!?」


 突然、魔晶石の発する光が弱くなり、ヴィレイナが声を上げると同時にその輝きが収まってしまう。


 光を発しなくなった魔晶石を拾い上げると、カインは確信したように言った。


「予想が外れて欲しかったが、どうやらここは俺たちが最初にやって来た分岐路らしい。この落ちていた魔晶石は、引き返したあと俺たちが置いていった『光陣』の魔晶石だ」


 カインの言葉にヴィレイナは驚きの表情を浮かべた。


 分岐路に大きな斬り跡を残して目印にしていたカインたちであったが、道を引き返して見るとその傷跡が綺麗さっぱりなくなっていたのである。


 ダンジョンが壁を即座に修復したのか、それとも道順が入れ替わったのかがわからなかった為、カインたちはその場に『光陣』の魔晶石を置いて目印とする事にした。


 最初は『光陣』の魔晶石を置いていたのだが、別段暗くないこの場所ではその必要もないと判断した為、最初の一回以降はナイフを床に突き立てて目印としている。


 その為、魔力を吸い上げるダンジョン内で、魔晶石がこれほどの早さで効力を失うとは気が付かなかった。


 カインたちが拾った魔晶石は誰かが落とした物ではない。魔力を吸い上げられて空となった、カインたち自身が置いた物だったのである。


「……ということは、振り出しに戻ったということでしょうか?」


 不安気に聞くヴィレイナであったが、カインはどこか落ち着いた様子であった。


「そうなるが、一つはっきりした事がある」


 ヴィレイナが首を傾げると、カインは自信有り気に言った。


「ダンジョンの意思がわかった」


 あるかどうかもわからないと言っていたダンジョンの意思。それを理解したと、カインは口元を緩めて言い放ったのであった。

お読みくださりありがとうございます。

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