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133 獲物を喰らう迷宮

 僅かに湿り気を帯びた地面。


 青白い光を灯す壁。


 うねるような通路が続くその場所で、カインは仰向けに倒れていた。


 見慣れない岩壁を見上げた状態のまま、カインは腕の中に抱きとめているヴィレイナへと声をかける。


「大丈夫か?」


 カインに抱き締められるようにして、一緒になって倒れていたヴィレイナは、声をかけられると小さく呻き声を漏らして頭を動かした。


 カインが上体を起こしてヴィレイナを起き上がらせると、朧げだったヴィレイナの意識がハッキリと覚醒される。


 ハッと息を呑んで目を見開いたヴィレイナだったが、そのままカインへ体重を預けて、甘えるように胸元へと顔を埋めた。


「少し、気分が悪いです」


 実際はそれほど具合も悪くなかったのだが、生真面目なヴィレイナとて人の子である。好いた男の腕に抱かれたこの状況を、今少し堪能したいと思う事は自然な流れだったのだろう。


 ただ、状況を考えるに、それほど悠長な事をしている暇は無い。それを理解しているだけに、暫しの幸福を噛み締めたあと、ヴィレイナは名残惜しそうにしながらもカインから顔を離した。


「落ち着くまで休んでいろ」


「いえ、もう大丈夫です。それよりも、早く脱出しなくては」


 青白く続く壁に目を向けて、ヴィレイナはそう言った。


 そして、立ち上がった二人は周囲を見渡しながら、困ったような表情を浮かべたのだった。



 数時間前。


 ダンジョンの二階層へと進んだカインたちは、二手に別れて攻略を開始した。


 七日間に渡り地竜と攻防を繰り広げた、カイン、ミーア、ジェド、ヴィレイナ、トリティ。それにファライヤを含めた六名が、本格的な攻略を始め。


 飛竜の卵を採りに向かったアーマード、バッカー、ウルスナ、リンドーとエリシュナの五名が、二層に巣食う竜種に対してカインたちが行ったような訓練を行う。


 ゲンゴウ、カデナ、ガナックの三名は、一層で引き続き地竜と戦闘を繰り広げている。


 マリアンとミズシゲは留守番をしていて、どうやら飛竜に乗って遊ぶ気らしい。


 そんな状況の中で、ダンジョンの攻略に乗り出したカインたちは、初手からつまずく事となった。


 二層に巣食っていた竜種は火竜。


 地竜と比べて力も体力も少ないが、口から吐き出す炎が厄介で、一体ならば対処もしやすかったのだが、それが数十体ともなると対処しきれない。


 所構わず炎を吐き出すものだから、辺りは火の海となり、呼吸もままならない状況へと陥ったのだった。


 おまけに火竜自体は炎に強い耐性を持ち、空気の薄くなった場所でも変わらず動き回るものだから手に負え無い。


 止む無く撤退したカインたちは、ダンジョンの奥深くまで逃げ込む事となったのだ。


 そんなカインたちが、逃げ込んだ場所が悪かった。


 火竜をやり過ごす為に入り込んだ穴の先が、下層へと続く急な坂道となっており、転げるようにしてダンジョンの更に下層まで降りることとなってしまったのであった。


 カインたちが滑り落ちた先でも、苦難は続いた。


 そこで待ち構えていたのは、丸々と太ったカエルの魔物であった。


 人を丸呑みに出来るほどの大きさをしたそのカエルは、迷宮フロッグと呼ばれる魔物である。


 迷宮フロッグは単体では生息しておらず、数十体もの数がひと所に寄り添うように固まって生息している。


 カインたちが滑り落ちた先は、その迷宮フロッグが数十体待ち受ける、巣のような場所だったのだ。


 そして、カインたちが状況を把握するよりも早く、迷宮フロッグたちはその大きな口を開けて舌を伸ばしたのだった。


 その長い舌に油断していたヴィレイナが足を取られ、その口の中へ引き込まれようとした時、カインは咄嗟にヴィレイナの手を取ったところ、予想以上に強い力で引き込まれ、抵抗出来ずヴィレイナと共に迷宮フロッグの口の中へと放り込まれたのであった。


 そして、現在に至る。


 カエルの魔物に飲み込まれた先が、この不可思議な空間だったのである。


 つまるところ、迷宮フロッグとはただの魔物では無い。


 迷宮フロッグとは若いダンジョンが力をつける為に生み出す魔物で、その口内が全て魔物を生み出したダンジョンの内部へと繋がっている。


 口内に取り込んだ獲物がダンジョン内へ送り込まれ、ダンジョンはその獲物の魔力を吸い上げる。そして、魔物はダンジョンから生きる為の魔力を供給される。そういった循環で生息している、特殊な魔物なのであった。


 迷宮フロッグに取り込まれたカインたちは今、テンペストの何処かで育とうとしているダンジョンの内部に送り込まれてしまったのだ。


 ダンジョン内で別のダンジョンへと飛ばされる。それは、テンペストのような巨大なダンジョンでは別段珍しい事ではない。


 難易度の高いダンジョンは、複数のダンジョンが絡み合ってそのような現象が多分に起きるのである。




 青白い光を放つ若いダンジョン内を、カインとヴィレイナは歩き出した。


 若いダンジョンには出入り口が作られていない為、迷宮フロッグを経由しなければ立ち入る事は出来ない。


 ある程度の規模へと成長すると、外部へと通じる穴が出来上がるのである。


 その為、密閉されたこの空間は空気も薄く、ダンジョンが成長する為に魔力を吸い上げてくる。


 長居をしてしまえば、直ぐに体力と魔力を奪われダンジョンの糧となってしまう。


 とはいえ、ダンジョンも取り込んだ全てを糧にしようとはしない。最奥の広間に繋がるどこかに、転移陣が設けられている事がほとんどなのである。


 これは、ダンジョン内では取り込む事が出来ない程の魔物や強者を招き入れてしまった時の保険なのだろうと、一般的には言われている。


 ダンジョンの意思がわかる筈もない為、それが正しいのかは定かではないが。


 ともあれ、最奥へと向かえば、ダンジョンの外部へ吐き出される公算が高い。故に、カインたちは最奥を目指して行動を開始したのであった。


「すみません。私が注意を怠った所為で……」


「気にするな。カエルは対処が難しい。ダンジョンの恩恵を受けているのか、魔力を用いた攻撃があまり通用しないんだ。魔力が見えるようになって初めて気が付いたが、あいつらは舌も魔力そのもので出来ているように見えた」


「咄嗟のことで見えなかったのですが、鋭刃化を施した攻撃が弾かれたのはそういうことですか」


「恐らくな。口の中を別の場所と繋げているような魔物だ。他にも特性があるのかもしれないが―――」


 言い掛けて、カインが足を止めた。


 それに合わせてヴィレイナも足を止めて前方へ視線を向けると、通路は分かれ道へと繋がっているのが見えた。


「……難しいな。魔力の濃い場所は所々あるが、空間全体が魔力を帯びていて流れがわからない。方位も何故か安定しないな」


 カインは腰袋から取り出していた方位磁針を見つめてそう言った。


「右手法でしらみ潰しにするのが確実だと思いますが?」


「そうだな。単調なタイプなら良いが……」


 右手法とは、一般的に知られる迷路を確実に攻略する為の方法である。


 壁に右手を当てて壁伝いに進めば、いつしか目的地へと到着するという迷宮攻略の基本でもある。


 しかし、ダンジョン攻略において、この方法にはいくつかの欠点がある。


 まず、壁伝いの道が確実に進める事が前提なのである。


 例えば強力な魔物が巣食っていた場合。


 例えば厄介な罠が仕掛けられていた場合。


 それでも構わず突き進む事が出来るならば、この方法でダンジョンはいつしか攻略出来るだろう。


 それと、ダンジョンが動き出さない事も前提となる。


 ダンジョンによっては、人の侵入を確認すると、定期的に道順が切り替わるタイプもある。


 そして、辿りつけるとしても、階層の区切りがなく上下に立体的な構造となっている場合も厄介だ。


 上下左右の優先度を定めて移動すれば、いつしかは目的地へと辿り着く事は出来る。しかし、上下に振られる事により攻略するまでの時間が格段に伸びるのである。


 魔力を吸い取るこの場所で、それ程悠長に時間を掛けられるかというとそうではない。


 だが、他に効果的な方法も思いつかない為、カインたちは分岐路の壁に大きな斬り跡を残して、それを目印として進む事にした。


 しかし、その方法は直ぐに頓挫することとなった。


 通路の先を埋め尽くすようにして溜まっている銀色の物体。良く見ればそれは、ブヨブヨと形を変えて蠢いていた。


 変異スライム。


 山の中にある鉱石を取り込み、軟化と硬化を繰り返す厄介な魔物である。それが通路を埋め尽くす程の量が固まって蠢いていたのである。


 見える範囲だけならばなんとかなりそうではあるが、通路のどこまでこの魔物がひしめいているのかがわからない。


 仕方なく、カインたちは無理をせず来た道を引き返した。


 そこでまた問題が生じた。


 目印として残していた斬り跡が、綺麗さっぱり無くなっていたのである。


 ダンジョンが即座に修復させたのか。それとも道順を入れ替えたのか。


 立て続けに起きた問題に対して、カインは苦い顔を浮かべるのであった。

お読みくださりありがとうございます。

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