131 闇夜に舞う竜
夜も明けぬ暗い空の上で、羽ばたきと共に飛竜の咆哮が鳴り響いた。
飛竜たちは大きく翼を広げると、まばらに雪の積もった暗い大地へと向かって、仲間と一定の距離を保ったまま急降下し始める。
徐々に近付く大地で待ち構えているのは、人間の集団。その身からは、衝動を掻き立てられる香りと、自分たちの巣穴を荒らした者と同じ匂いが漂っていた。
だから飛竜たちは、その者たち―――マリアンズを完全に敵として認識していた。
風を巻き起こし、加速しながら大口を開けて迫るその姿は、地竜の突進にも引けを取らない迫力があった。
全部で十四頭。
夜の山中でそれだけの飛竜に取り囲まれ、敵意を剥き出しに攻め立てられれば、並の冒険者であれば慌てふためく状況であっただろう。
しかし、マリアンズは既に、並の冒険者という域を逸脱した集団となっていた。
スキルを取得し、ステータスを高めた彼らは、力だけでも常人の枠に収まらない。それに加えて、それぞれが簡易的な術式を用いて、身体強化の魔術を遥かに上回る肉体の強化を施す術を身に付けているのだ。
故に、例えひと噛みで人を絶命させるだけの力を持つ飛竜が相手であったとしても、力そのもので遅れを取ることはないのである。
四頭の飛竜が同時にマリアンズへと、攻撃を仕掛けた。
マリアンを中心に円で囲むような陣形をとったマリアンズから、バッカーとゲンゴウが一歩前へと出る。後方に控えたアーマード、ウルスナ、リンドーは、腰袋から『光陣』の魔晶石を取り出して周囲へと放り投げ、まずは視界の確保を行った。
そして、暗がりの中でも躊躇うことなく迫り来る飛竜に向かって、バッカーが大声で叫び声を上げた。
「かかってこいやああああ!」
耳の奥を突くような大声に、他の面々は耳を押さえゲンゴウは顔を顰める。身内をも不快にさせたその大声であったが、突然の叫び声に驚いた飛竜は僅かに身をすぼめ、地表へ向かう速度を鈍らせた。
その瞬間を、大声を上げた当人は見逃さない。一分の躊躇いも見せずに、バッカーは地を蹴って大きく飛び上がると、迫る飛竜に向かって全力で拳を振るったのだ。
大口を開けた飛竜の頭に真横から強烈な一撃が叩き込まれ、飛竜の顔面が強制的に横へ向けられた。
飛竜からすれば予想外の反撃だったのだろう。
驚いたように目を見開いた飛竜は、降下の勢いと強制的にズラされた軌道を容易に修正することが出来ない。その為、飛竜は体ごと仲間にぶつかると、巻き込むようにして地面へと落下して行った。
仲間諸共、二頭の飛竜は土煙を上げて地面を転がる。
陣形も何も関係ないバッカーの突発的な行動に呆れながらも、ゲンゴウは既に目前まで迫っていたもう二体の飛竜に向かって長刀を振っていた。
大振りの一撃。しかし、その勢いは加速した飛竜よりも速い。
そして何より、肉体の強化とゲンゴウの家系独特の技術、『強理剛剣』によって増した力は、人の三倍はあろう飛竜の肉体を易々と巻き込み、二頭を同時に蹴散らしてみせたのだ。
バッカーとゲンゴウが四頭の突撃を防いだ時、後続の飛竜たちは既に降下を開始していた。
第二陣は六頭。
それに対応する為、アーマードとリンドーが一歩前に出て、少し下がった位置にウルスナが構える。
続けて迫った飛竜に対して、まずはアーマードが両手を広げて待ち構えた。そして、飛竜がアーマードに食いつこうとした瞬間、飛竜の口を上下に掴みその突撃を受け止めてしまった。
アーマードの足が僅かに地に沈んだことから、その突撃は決して軽いものではないことが伺える。
しかし、そんな飛竜の突撃を、アーマードは唸り声一つ上げずに受け止めてしまったのである。
飛竜を受け止めると、アーマードはめきめきと音が鳴るほど両腕に力を込めて、握り潰すように飛竜の頭を掴み、圧倒的な膂力をもって飛竜そのものを振って他の飛竜を迎撃し始めたのであった。
アーマードの後方から迫った飛竜を、ウルスナとリンドーが突撃する軌道をズラすことで対応している。守勢に回っていた二人の表情は、アーマードの無茶苦茶な攻撃に呆れ顔となっていたが……。
そして、その間も後続の飛竜たちは怯まず向かって来ていた。
地に落とされた飛竜たちは、体勢を立て直すと直ぐに上空へと舞い戻り、入れ替わるようにして上空で旋回していた残る四体が突撃を開始したのである。
一陣を退けたゲンゴウが所定の位置へと戻り、三陣目を打ち払おうとしたが、そこでムッと顔を顰めた。
見ればバッカーが、初手で対応した一頭の飛竜を未だに殴りつけていたのである。
ゲンゴウの長刀だけでは、突撃して来た四頭を受け止めることは出来ない。直ぐさまバッカーに引くよう声を上げようとした時、ミズシゲがそれを制した。
「問題ありません。彼の行動は予定の範疇です」
マリアンを背にして、冷静に状況を見極めていたミズシゲがそう言うと、ゲンゴウは小さく頷き迫る四体の飛竜へと視線を戻す。
そして、速度を上げて迫って来た飛竜に対して、先程と同じくゲンゴウが長刀を振るい二頭の飛竜を薙ぎ払う。
それと同時にミズシゲは瞑目したまま、静かに刀を抜いた。
ミズシゲが刀を抜いた瞬間だった。迫って来ていた二頭の飛竜は、ミズシゲたちではなく何故か誰もいない大地へ向かって頭から突撃して土煙を上げたのだ。
土煙が収まった後も、落下した二頭はピクリとも動かない。
「てゆーか、そんな事できるなら、全部あんたがやりなさいよ!」
いつにない程の技の冴え。そのあまりに速い剣速を目にして、驚きに目を剥きながらウルスナが叫んだ。その間も丁寧に飛竜を杖で迎撃することは忘れない。
「私が全て相手にしては、訓練にならないでしょう」
「あんたまで、ファライヤみたいな事言わないでよね! てか、訓練どころかこっちはアーマードが全部やっつけてるわよ!」
飛竜を武器にそのまま他の飛竜を蹴散らしていたアーマードの周辺には、既に三頭の飛竜が倒れていた。アーマードが振っていた飛竜を加えると四頭である。
……残り八頭。
バッカーと戦っている一頭と上空に飛び上がった三頭、ゲンゴウに迎撃され頭を振っている二頭である。それと、ウルスナとリンドーに攻撃を防がれて、追撃を繰り返す二頭だ。
上空の三頭は、流石に分が悪いと判断したのだろう。
高い声でひと鳴きすると、上空を一度旋回したあとミズシゲたちから随分と距離のある場所へと降り立った。
すると、首を捻っていた飛竜たちも一斉に飛び上がる。
「あっ! てめ、何しやがる! 離しやがれ!」
飛び上がる際に、一頭の飛竜はバッカーを足で鷲掴みにして、そのまま飛び上がったのである。
高々と上空へと連れ去られるバッカー。
一同はそれを、助けるわけでもなく見送っていた。
逃げるのだろうか? 飛竜の行動に対して一同がそう思った時、再び上空に舞った飛竜たちはその足に何かを掴んで飛び上がっていた。
再び上空を旋回し、ひとしきり位置を確認すると、足に持った何かをミズシゲたちへと向かって落としたのである。
バッカーのことなど気にも留めず、一同は落下してくる何かを見つめる。
「岩だね」
ボソリとマリアンが呟いた。
「ああ、岩だな」
「そのようですね」
「いや、岩ですよ! 皆さん!」
何となく見入ってしまい、マリアンの言葉に頷くゲンゴウとミズシゲであったが、リンドーの言葉でハッと我に返った。
そう、岩なのである。それも、人の上半身ぐらいは優にある大きさのだ。
飛竜たちは直接近付くのは危険だと判断したのか、周囲にある大きな岩を掴み上げ、マリアンズへ向かって落下させたのであった。
上空から続けざまに四つの大岩が落とされた。
それと同時に上空に連れ去られ、ジタジタともがいていたバッカーが、鷲掴みにしている飛竜の手を力任せにこじ開ける。
なんとか拘束から解き放たれたバッカーは、そのまま飛竜を足場にして大地へ向かって飛んだのだ。
飛竜を蹴って加速しながら落下するバッカーは、落とされた岩へとぐんぐん近付き、左手を前に突き出して引き絞った右拳を高速で突き放った。
「おぅううりゃああ!」
バッカーの振るった拳が落下する岩へと届き、叩きつけられた強烈な一撃によって、岩の一つを粉砕させた。
バッカーの突飛な行動に対して、ゲンゴウが舌打ちをする。
「馬鹿者! 的を散らしてどうする!」
真下に向かって砕かれた岩が石粒の雨となって、マリアンたちへと降り注ぐ。
しかも、バッカーが砕いた岩は一つである。
石粒の雨に紛れて、大岩が三つ降り注いだ状況だった。
「ふむ、マリアンに当たってしまっては、訓練も何もありませんね」
ミズシゲはそう呟くと、刀を鞘に収めて居合いの構えをとった。
そして、息を小さく吐くとミズシゲの纏う魔力が静かに膨れ上がった。
流れるような抜刀。流水のようなその動きは、先程飛竜を打ち払った時よりも速い。
「『流し千面』!」
その技は、前にダンジョンの最下層で見せたミズシゲ独自の魔法。その領域に至った剣技。
そしてその技は、一振りで千の斬撃を放つ。
ミズシゲの放った一振りは、降り注ぐ石粒の雨と大岩に届くと、それらをチリのように細かく粉砕した。
その後ろで一緒に落下しているバッカー諸共巻き込んで。
「だ! 待て、そりゃないぜ!」
バッカーは叫びながら身を捩り、出来得る限りの身体強化でその身を守る。
そして、体に浅い傷を付けてバランスを崩したバッカーは、尻から地面に落下して苦しげにもんどりを打った。
「何故自分から当たりに行くのですか! そのまま落下していれば、防ぐ必要などなかったというのに」
「い、いや。そんなの、わかるわけ、ないぜ」
痛みを堪えて言った言葉に、普段の元気はない。
そんな中、落下させた岩を容易く蹴散らされた様子を見て、飛竜たちは高い声で鳴き声を上げると、そのまま逃げるように飛び去って行ってしまった。
「あっ! くっそ、待ち、やがれ!」
尻をさすりながら上げたバッカーの叫びを無視して、飛竜たちは遠くの空へと消えていったのであった。
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