129 二人の秘め事
二日程の時間を要して、マリアンたちはテンペストの中腹までやって来ていた。
テンペストは常に成長している為、その場所が本当に地上と頂上の中間に位置しているかというと、実際には誰にもわからない。
しかし、テンペストの攻略に挑んだ先人たちが一様に語るのが、飛竜の巣穴を超えてからが本番であるという内容であった。
その先にある大地は黒い歪みを残し、魔物の質も上がってくる。そして、外部からテンペストを見上げるとその黒い歪みが丁度中腹辺りに見えるのである。
そのことから、いつしか飛竜の巣穴のある場所が、テンペストの折り返し地点だという認識が広まったのである。
そんな中間地点へ地力を付けたマリアンズは、たった二日間で易々と到着してしまった。
一つ懸念があることといえば、マリアンの体力が他の面々に比べて少ないということであったが、それはマリアン考案のとある道具によって解決された。
名付けて、『背負える椅子』である。
単純な話、マリアンが座ったり、立ったり出来るただの背負子なのだが、長時間座っていてもお尻が痛くならないように、柔らかいクッションが敷き詰められている。
それを背負って歩くのは当然この男、アーマードである。
アーマードは嫌がるどころか、その役目は自分が担うのが当然だと言わんばかりの様子であった。テンペストへ出発する前に自分で背負子を作り出し、中腹へマリアンが向かうとわかると当たり前のように、『背負える椅子』を背負って待ち構えていたのである。
何よりも気持ち悪いのが、馬の様な扱いを受けているにもかかわらず、この男は少し嬉しそうにしているところだ。
そんなアーマードを羨ましそうに見ている、バッカーやウルスナも少々病人の気があるようではあったが……。
ともあれ、登山は順調に進み、一向は特に問題も無く中腹へと辿り着くと、難なく飛竜の卵を獲得するに至ったのである。
そして、山を少し下りたところで、下山の準備を整え野営を行なっている最中。マリアンは野営の場所から離れ、ミズシゲと二人で山道を進んでいた。
「あまり奥まで行くと、帰りが大変ですよ」
ミズシゲがマリアンに続きながら声を上げるが、体力が有り余っているマリアンは構わず道を突き進んだ。
「うーん、わかってるんだけど、なかなか見つからないのよね」
「一体何を探しているのですか?」
「アレノンの雫って知ってる?」
「さて、聞いた事はありませんね」
「まあ、そうかもね。あまり流通してないし、高い山でしか採れないみたい。でもね、すっごく良い香りがするし、すり潰したものを髪に塗るとツヤツヤになるのよ」
「……それ以上キラキラしてどうするつもりですか」
小さく呟いたミズシゲの言葉を聞いているのかいないのか、マリアンはキョロキョロと周囲を見回しては立ち止まり、それを繰り返しながら木々に囲まれた山道を進んで行った。
「うーん、神界で眺めてた時は確かにテンペストの山道に生ってたんだけどな」
マリアンの呟きにピクリと反応し、ミズシゲは足を止めた。
「……神界、ですか」
ミズシゲがそう呟くとマリアンは振り返り、突然立ち止まったミズシゲに対して小首を傾げる。
「どうしたの?」
「……一つ、マリアンに聞いておきたい事があるのです」
「えー、なあに?」
「大英雄の物語の中で、一部語られない部分がある事はご存知ですか?」
「うーん、まあ、知らなくもないけど、そんなの沢山あるとおもうけど」
「アルストレイを建国した後の話ですよ」
「それこそ色々あったんじゃないかな? 建国した後も、大英雄が活躍する場面は多かったとおもうけど」
「では、言い方を変えましょう。『神滅の抗争』について、マリアンはご存知なのでしょうか?」
その言葉にマリアンはピクリと反応を示し、碧い瞳を見開いて驚きの表情を浮かべた。
「……びっくりした。それって普通は知ってちゃいけないやつなんだけど? というか、それを知ってるって事はミズシゲって……」
マリアンが言いかけるとミズシゲは瞳を閉じたまま、ニコリと笑みを浮かべて胸に片手を当てる。そして、小さく頭を下げてから普段と違う言葉遣いで言った。
「その通りで御座います。故に、わたくしの事情もお分かりになると思われます。是非ともわたくしの求める御答えをいただきたく」
「えー、どうしよっかなあ」
「そう、おっしゃらずに」
「うーん、言い方が痒いから嫌。あと、目を閉じたままする話じゃないとおもうけど」
「これは失礼。私の目は些か見え過ぎる為、閉じている事が癖となっていました」
そう言って、ミズシゲは普段は閉じている瞳を見開いた。
色素の薄いパールの様な瞳。目を見開いたミズシゲはその瞳の色のせいか、普段とは違い人形の様に無機質な表情に見えた。
「綺麗な色だね」
「私はあまり好きではありません。この瞳の所為で、相手に冷たい人間だと誤解されることも多かったのです」
「私は好きだけどな。目の色一つで人間性なんて変わらないでしょう?」
「そうですが、受ける心象は大分違います。世の人々が、マリアンの様に相手の本質を見抜けるわけではないので……それよりも、問いの答えをいただきたいのですが」
「えー、だから教えないって言ってるとおもうけど」
「むう、それでは瞳の開き損ではないですか」
「目を開けるのに、得も損もないとおもうけど」
「大いにありますよ! 私は自分の瞳をあまり人に見せたくはないのです」
ミズシゲは文句を言うと、見開いた瞳をさっさと閉じてしまった。
「えー、私は可愛いとおもうんだけどな……ねえ、私も一つ聞いて良い?」
顔を顰めながらもミズシゲは頷く。
「いつ気が付いたの?」
その問い掛けにはミズシゲが驚いた。
答えを教えないと言った矢先の問い掛け。
その聞き方では、ミズシゲの抱く疑問を肯定しているのと変わらないではないか。
だから、ミズシゲはマリアンの心情を察した。
教えたくないのではなく、マリアンはその事をあまり言葉にしたくないのだろうと。
『神滅の抗争』
それは、一人の少女を巡って始まった、神を滅ぼす為の争い。
極一部の人間と神。そして魔王までをも巻き込んで広がった、知られざる争いであった。
ミズシゲはその要因となった人物が、マリアンなのではないかと推察していた。
だから、勘の良いマリアンならば、迂遠に伝えたとしてもミズシゲの言わんとしている事を察してくれるだろうと思った。しかし、それには少し考えが足りなかったと反省する。
神を滅ぼすほどの争いの要因となった当人が、例えミズシゲの事情を察したとしても、その事実を己の口から言葉にしたいわけもない。
その事に気が付き、己の浅はかさにミズシゲは深く後悔した。
「気が急いて配慮が足りませんでした。申し訳ない」
「別に? ミズシゲが聞きたくなるのもわかるし。で? いつから気が付いてたの?」
「マリアンのギフト『神滅』を耳にした時にその事が浮かびました。そして、エリシュナとマリアンが最初に出会った時、エリシュナの見せた態度と言葉で疑問を抱いたのです」
「なるほどね。エリシュナにはわかっちゃったかなと思ってたけど、ミズシゲの事は予想外だったわ。エリシュナに直接聞けば良かったのに」
「それこそ野暮でしょう。私には、自分を曝してでも直接答えを得る義務がありましたから」
「お堅いね。まあ、こそこそされるよりも良いけど」
「このことはカインには?」
「別に私、隠し事してるわけじゃないから何でも良いけど? ミズシゲだって自分のこと隠してるわけじゃないでしょう?」
「……まあ、確かに。問われれば答えるつもりではいますが……」
「予想の斜め上過ぎて、そもそも聞かれないんだけどね」
そう言うと、ミズシゲとマリアンは互いにくすりと笑みをこぼした。
「悪い考えですね。隠しているのと何も変わりません」
「じゃあ、ミズシゲは自分から言い出すの?」
「エリシュナに嘘吐き呼ばわりされてますので、それでも良いのですが、改めて言い出すほどの内容ではないのが問題ですね」
「あー、カインってその人の立場とか気にしないで、ズケズケ物を言うから反応薄いかも。私も自分から言い出して薄いリアクションされたらショックだし……どっちかって言うと、何で言わなかったんだよ! ってツッコミ入れてくれた方が楽しいかな」
「ふむ、最近気が付いてきたのですが、カインの反応を見るのは楽しいですね」
「あれあれ? ミズシゲも私とファライヤ寄りなのかな?」
「いえ、さすがにそこまで意地の悪いことは―――っと、アレではないですか?」
ミズシゲが遠方を指すとマリアンはそちらへ視線を向けた。
しかし、ミズシゲの指す方向には何も見えない。
「えー、なんにも見えないけど?」
「少し遠過ぎましたか。近付いてみましょう」
そう言って二人は歩みを再開した。
その日、マリアンとミズシゲはアレノンの雫を求め、夕方近くまで山の中を探索することとなった。
その甲斐あってか、二人は大量のアレノンの雫を腰袋いっぱいになるまで集め、ホクホク顔で野営場所へと戻ったのであった。
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