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128 悪魔を生み出した者

 巨大な地竜が一頭、カインへ向かって猛攻を仕掛けた。


 頭を振り体重を乗せた突進は、それだけで城壁さえも破壊すると言われる程力強い。


 その重たい一撃を、カインはでこぼこと歪んだ薄い鉄製の盾を使って受けてみせた。


 真っ直ぐにではなく、斜めに受けてそのまま体を地竜の進路からずらす。


 地竜とのすれ違い様に放った、これまた刃こぼれをおこした安物の剣が岩のように硬い鱗に浅く突き刺さった。


 そして、ガリガリと音を立てて振り抜いた剣は、鈍い音を立てたあと半ばから折れてしまった。


 チッと舌打ちをして剣を放り投げると、カインは腰袋から新たな剣を取り出す。


 再度取り出した剣も使用する前から随分と使い込まれており、あまり手入れをされていないのか、刃先が欠けていた。


「十二本目だな」


 カインと地竜の攻防を眺めながら、エリシュナが呟いた。


「……そうね。用意した分が足りるか心配になってきたわ」


「カインはまだ良い方だ。ミーアが十四本。ジェドが十九本。トリティが十八本。ヴィレイナが四本折っているぞ」


「ヴィレイナが優秀ね」


「確かに武器に魔力を這わせるのは上手いが、その分肉体の強化が辿々しくて冷や冷やするのだが」


「けれど、何も出来ない状態から、地竜と戦える程には育ったわ」


「ファライヤの英才教育の賜物というやつか……」


「自慢ではないけれど、特別目をかけたのよ」


 得意げなファライヤの様子に対して、エリシュナは、「それはご愁傷様なことで」と言って呆れ顔を浮かべた。


 ダンジョンの攻略を開始して既に四日目。カインたちは未だ最初の階層でもたついていた。


 カインたちは地竜の動きにも慣れ始め、取り囲んで一頭を討伐する事なら難しくはない程度にはなっていた。しかし、その状況はあくまでも、ファライヤやエリシュナが群がる地竜を蹴散らし、引かせているから作り出せる状況なのである。


 竜種を狩り、資金を集めるのも目的の一つではあるが、テンペストへは地力の底上げも兼ねてやって来ている。


 その為、この数日は狩るということよりも、魔力操作に慣れる事に重点が置かれており、カインたちは一人一頭の地竜を相手に安物の剣と盾を用いた戦闘を繰り返していた。


 ファライヤ曰く、精密な魔力操作が行えれば盾も剣も壊れないぐらいには強化できるとのこと。加えて、魔力を変質させることにより、魔剣のような切れ味を生み出す事も出来るのだそうだ。


 そうして手渡された剣と盾。それを装備したカインたちは、そのまま地竜と対峙することとなった。


 とはいえ、既に何本もの剣が折れ、歪んだ盾は日の終わりに何度も打ち直している。


 物の強化は瞬間的であればそれほど難しいものではなかったが、持続させることが非常に困難で、カインたちは普段と変わらず苦戦を強いられる事となっていたのであった。


「ファライヤ、前に魔族と知り合いのような事を言っていたな」


 カインたちの戦闘を遠巻きに眺めながら、エリシュナは不意にそんなことを言った。その問いに、ファライヤは否定する様子もなく頷く。


「この世では、私が知らないだけで密やかに人間と魔族は手を取り合えているのか?」


「さあ? どうでしょうね。少なくとも私は聞いた事がないけれど」


「そうか。ならばお前の話はおかしくはないか? お前の話した内容は、既にカインが求めているような関係を魔族と作り上げているように聞こえたが?」


 そんなエリシュナの指摘に、ファライヤはやれやれと肩を竦めて見せた。


「少し語弊がある言い方だったわね。私はその魔族の事を嫌いだったし、尊敬もしていなかったのよ」


「いなかった?」


「ええ、カインと出会うまではね」


 その言葉にエリシュナは首を傾げる。


「魔国で死に掛けた時、私は一人の魔族に命を救われた。怪我を癒してもらい、食事を与えられて家に帰してやるとまで言われたわ。

 別に魔族というだけで毛嫌いしていたわけではないのだけれど、当時の私にはどうにもその魔族の態度が気に入らなかった。だから私は、その魔族を殺してやろうと考えたわ」


「やはり、お前は頭がおかしいようだな」


「ふふ、そうね。だから言ったでしょう? 過去を語るのは恥ずかしいと。

 当時の私には、戦うことしかなかったのよ。相手よりも強いことこそが、私の存在意義だった。そんな小さな自尊心を傷付けられてムキになってしまったのかもしれないわ」


「ふん、よくもまあ殺されなかったものだな」


「今思えば、あの方はとても人間に理解のある方だったのだと思うわ。食ってかかって、犬でもあやすかのようにあしらわれ続けた私には、それに気がつく余裕なんてなかったのだけれどね。

 けれど、あの方に挑む日々の中で私は強さを研ぎ澄ませた。挑む度に魔力の扱い方についての指摘をされ、力の使い方を教わったのよ」


「まるで、今のお前とカインのようだな」


「そう。カインは私よりも真っ直ぐだけれど、意地を張るところが当時の私にそっくりだったわ。だからこそ興味を惹かれ、気が付けば彼が強くなっていく姿を見るのが楽しいと感じるようになっていたわ。

 そして、同時に気が付いてしまったの。あの方も、こんな気持ちで私を指導していたのかもと」


 そう言ってファライヤはいつに無いほど、優しげな表情を浮かべた。


「こちらに帰って来て、カインと出会ったあとようやくそう思う事が出来たわ。まるで反抗期の子供が成人して親の愛情に気が付くような感覚かしら? 思い返すだけで恥ずかしくなるし、口数の少なかったあの方が発した言葉が、私の中でいくつも鮮明に蘇る。私は……それだけあの方を強く見ていたのだと気が付いたわ」


「なるほど、お前の魔族に対する好意も、結局はカインの影響を受けたものだったのか……しかし、誰だ? 大英雄の影響があるとはいえ、人間に対してそこまで理解のある魔族がいるとも思えないのだが。言ってはなんだが、私たちは気が短い連中が多いぞ?」


「そういえば、最後まで名前は聞かなかったわね。その方は周囲から宵闇の王と呼ばれていたけれど」


「なっ!」


 ファライヤの口から飛び出た呼び名に、エリシュナは驚きの声を上げた。


「知っているのかしら? その方は―――あら? そろそろ手助けが必要そうね」


 気が付けばダンジョンの奥に追いやった筈の地竜たちが戻って来ており、カインたちを取り囲むように迫っていた。


 なんとか押し退けてはいるが、このままでは包囲されて押し切られてしまう。


 駆け出すファライヤに続くようにして、エリシュナも戦いに参戦する。


 しかし、エリシュナの頭の中には、ファライヤの口から発せられた呼び名が繰り返し響いていた。


 宵闇の王。


 魔族の中でその呼び名を知らぬ者はいない。


 次期魔王候補との呼び名も高い七人の魔族の一人。そして、歴代最強とされる現魔王の愛娘である。


 まさかファライヤがそのような大物と関わりがあったとは……ますますよく分からん女だな。


 そう考えたエリシュナであったが、よくよく考えれば、ファライヤはそれほどの大物に対して食ってかかったと言っていた。


 宵闇の王を知らなかったにしても、対峙すればその圧倒的な力量がわからない筈も無い。そんな相手に対して、気に入らないという理由だけで戦いを挑んだファライヤの性格には、さすがのエリシュナも呆れる他なかった。


 頭がおかしい。


 エリシュナは改めて、ファライヤに対してそう思うのであった。

お読みいただきまして、ありがとうございます。

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