127 地竜との攻防
雄叫びを上げて地竜たちがカインたちへと迫っていた。
ニマニマと余裕の表情を浮かべるファライヤは、その状況を作り出したにも拘らず、どうぞと言って道を開けてカインたちを促す。
相変わらずの無茶振りに呆れなくもないが、そんな事に構っている余裕はなかった。
カインが地竜たちの前に飛び出すと、後方で控えていた面々もそれに続く。
カインを先頭にミーア、ジェド、ヴィレイナ、トリティ。その後ろへファライヤとエリシュナが控え、更にその後ろにガナックとカデナが待機する。
そして、先陣を切ったカインが突進してくる一頭の地竜を受け止めようと手を突き出す。
腰を沈め、地にしっかりと足を付けた状態で全身の魔力の流れを感じ取る。
魔力の移動速度には未だ難が残るが、事前に準備出来るのであれば、カインの『操術』は相応の力を発揮できる程となっていた。
腕、肩、背、腰、足先に至るまで、隈なく全身を魔力で包み込む。
そうやって肉体を強化し、受け止めた地竜の突進は、カインが想像していたよりも重たいものではなかった。
確かに激しい衝撃ではある。受けた威力が伝わって、踏み締める地面が僅かに沈んだような気がするほどに。だがそれでも、やり合えると実感する。
「カイン、そんなに隈なく全身を強化していては魔力の無駄よ! 必要な量と箇所を絞り込みなさい」
カインに対してファライヤが手厳しい指摘を飛ばしてくる。
それを受けて魔力量の調整を考えていると、受け止めた地竜が頭を引いて下から掬い上げるように振って来た。
再度それを受けようとしたカインであったが、受け止めたと思った瞬間、両足が地面から浮き上がった。
「うおっ!」
地竜の攻撃を受ける事は問題なかったが、地に足が付いていないと押し返す力が込められない。
よって、カインの体は大きく後方へと吹き飛ばされたのだ。
「だから、私たちは相手より軽いと言ったでしょう! 受けるにしても相手の攻撃力を相殺する力を加えられなければ、吹き飛ばされるのは必然よ。ちゃんと考えなさい!」
吹き飛ばされたカインを、エリシュナが尾を使って掴みとり地面へと着地させる。
「下からの攻撃は、受けるのではなく叩き付けて相殺する。もしくは受けない」
カインに次いで地竜の突進を受け止めていたミーアとジェド。二人はファライヤの言葉に頷いた。カインの時と同様に地竜が頭を掬い上げるような攻撃を放つと、素早く魔力操作を行い、受けるのではなく拳を叩き付けるように地竜の頭へと振るった。
それでも力が足りなかったのか、二人も弾かれるように後方へと吹き飛ばされた。
「ひぁ!」
「っ!」
弾かれた二人のこともエリシュナが空中で掴みとり、そのまま地面へと着地させる。
次いでヴィレイナとトリティ。
二人はひと組となり、前面に出たトリティが地竜の動きを止める。そして、同じく地竜が頭を掬い上げると、こちらはヴィレイナが対処した。
握っているのは木彫りの杖。
その杖を神気で包み込み、『流動反射強化』を用いた一撃を叩き込んだのだ。
力の乗ったその一撃に地竜の攻撃は相殺され、唸り声を上げて後退る。
「ヴィレイナ、杖を強化出来るなら『操術』も扱えるでしょう! 先にそちらを出来るようになりなさい!」
「は、はい!」
ファライヤは厳しい。
数ヵ月前まで、戦う術を何一つ持っていなかった少女。しかも、初めてのまともな実践で地竜を相手にその攻撃を相殺してみせた事に、称賛の一つも述べないのだから。
けれど、ヴィレイナは素直にファライヤの指示に従った。
そんなヴィレイナの姿を見て、トリティにも気合いが入る。
身体強化の次の段階、『操術』を一早く扱う為に全身の魔力を意識的に動かして強化を図る。
だが、気持ちだけで扱えるようになる程、『操術』は容易いものでもなかった。
地竜が再びトリティへと迫るが、『操術』を意識し過ぎた所為で『流動反射強化』の術式が間に合わない。
まずい!
トリティがそう思った時、地竜の顔面に拳が叩き込まれた。
前線に復帰したカインが、咄嗟の判断で割り込んだのである。
「申し訳ない!」
「気にするな!」
地竜の突進を受ける事は出来ていたが、カインたちの攻撃力が足りないのか倒すには至らない。
そして、十数体いる地竜は徐々に包囲を固め、引く事なくカインたちへと迫ったのであった。
「さすがに厳しいかしら?」
「少し数を減らした方が良いと思うが?」
「そうね。では、半分くらい間引きましょう。エリシュナ」
ファライヤの言葉に頷き、エリシュナが動き出す。
その反対方向へとファライヤも駆けた。
二人が加わり程なくすると、何頭かはダンジョンの奥へと逃げ込み、カインたちを包囲する地竜は四頭となっていた。
その一部始終を後方で眺めていたガナックとカデナ。
二人はその光景が理解出来ず、声も出さずに硬直していた。
「……俺は夢でも見ているのか?」
「さすがに同じ夢は見ないと思うけど……」
二人はテンペストで竜種を狩る事は事前に聞かされていた。しかし、これほどの数をメンバーの半数以下で相手にするとは思わなかったのである。
しかも、やりあっているメンバーの中には、昔からよく知っているミーアやジェドの姿もある。
加えて、ミリアム教の聖女も一緒になって戦闘に加わっている。
予想外過ぎる光景と、予想以上の奮闘振りに二人の口は開いたまま塞がらなかった。
そうして、カインたちの戦闘はその日の夕方まで続くこととなるのであった。
「……いてて」
その日の夕方。
地竜との戦闘を終えたカインたちは、ダンジョンの外に設営した拠点へと戻り夕食の準備をしていた。
「カイン、治療しますから傷口を見せてください」
「擦り傷だから大丈夫だ。明日もあるんだ、神気は温存しておいた方がいい」
「そうよヴィレイナ。世話を焼きたい気持ちはわかるけれど、甘やかし過ぎてはダメよ」
「べ、別にそんなつもりじゃありません!」
ファライヤの言葉をヴィレイナが頰を赤らめて否定していると、ミーアが手に肉の塊を持って来て言った。
「あの、このお肉は本当に食べられるんですか?」
ミーアの手にしている肉は赤い色ではなく、紫色をしていて見るからに毒々しい。
これはカインたちがなんとか一頭だけ倒した地竜の肉である。
切り出した時には綺麗な赤色をしていたのだが、時間が経過するにあたり、その色は次第に紫色へと変色していったのである。
「竜種は死ぬと強い毒素を出して、直ぐに体を腐らせるのよ。普通は塩に漬けてねかせるか、地中に埋めて毒素を抜かないと食べた瞬間に死ぬわね」
「食べられないじゃないですかー! 誰ですか、食べようなんて言い出したのは!」
ミーアの言葉に申し訳なさそうにエリシュナが手を挙げた。
「私はそのままでも食えるのだが……お前たちも毒の耐性を付けているのではなかったのか?」
「え、うえっ! ファライヤさん、私たちが食べても平気なんですか?」
「さあ? 死なないにしてもお腹は壊すのではないかしらね?」
「……そうだったか。余計な事を言ってしまったな」
エリシュナがシュンとしてしまい、ミーアが慌てて声を掛けた。
「わわっ! そんなつもりで言ったんじゃないんですよ」
あわあわして、ミーアが助けを求めるように視線を這わすと、カインが助け舟を出した。
「ヴィレイナ、『浄化』で肉の毒素を抜けないか?」
「たぶん出来ると思います」
カインが頼むとヴィレイナは快く了承する。そして、手を当てて浄化を施すと、地竜の肉は切り出した時と同じ赤色へと戻った。
「わー、これでみんなで食べられますね!」
ミーアが肉を掲げてくるくる回り、エリシュナの前に差し出すと、エリシュナはボソリと言った。
「毒があった方が美味いと思うのだが」
「どうしろと言うんですか!」
結局、カインたちが食べる分は『浄化』で毒抜きをして、エリシュナが食べる分は毒抜きをしない事となった。
地竜の肉は希少な割に然程美味くはなかった。
筋が多くパサパサとしている。本来であれば、長い事熟成させることで肉が柔らかくなり味もよくなるらしい。竜種に限っては新鮮であればあるほど、味は落ちるようであった。
だが、エリシュナの言う通り毒抜きをしていない方は、新鮮でも肉が柔らかく程よい苦味があって美味かった。
エリシュナが美味そうに食べているのを見て、カインが興味本意で一口食べてみたのである。
慌てて、ヴィレイナが『浄化』をしに駆け付けなければ、今頃カインは腹痛で悶えていたかもしれない。
焦るヴィレイナに反して、カインの共感を得たエリシュナはご満悦の様子であった。
そんなこんなで、慌しくも食事を終えた一同は、焚火を囲んで暫しの休息をとっている。
「カイン、明日からの予定だけれど」
徐にファライヤが声を上げると、一同は一斉に視線を向けた。
「カイン、ミーア、ヴィレイナ、トリティは一人で一頭を相手にしなさい」
「攻撃が中々通らないから、倒すのは難しいと思うが?」
「倒さなくても良いわ。誰の手助けも無い状態で抑え込めればいい」
「まあ、それならなんとか……というかヴィレイナは戦闘経験がほぼ無いんだ。一人でっていうのは無茶が過ぎると思うが?」
「経験なんてものは、誰しもが無い状態から始めるのよ」
「普通は無い状態で竜種となんか戦わないがな!」
「過保護なのは良く無いわ。ヴィレイナの心持ちは既に立派な戦士よ。過小評価をしては可哀想だと思うのだけれど」
ファライヤがチラリとヴィレイナへ視線を向けると、ヴィレイナは力強く頷いた。
「ファライヤさんが私でも出来ると思って言ってくれているのでしたら、私はやります。いつまでも足手纏いなのは嫌ですから」
ヴィレイナの強い瞳を見ると、カインはそれ以上の事は言えなかった。
「ちゃんとエリシュナにフォローしてもらうから、落ち着いてやれば問題無いわ。寧ろ気が急いてミスを犯す方が問題よ」
「ぐ、面目無い」
ファライヤが自分の事を言っているのだとわかり、トリティは悔しげに言った。
「ジェド、ガナック、カデナの三名は、三人で一頭を相手にしなさい」
「わ、私たちもやるんですか!?」
「当然でしょう。何の為にうちへ入ったのかしら? 誰一人として甘やかさないから安心なさい」
「とても安心出来る内容じゃないぜ……」
「基本的にはジェドが引き付けてくれるから、大丈夫でしょう。ジェドがミスをすれば大丈夫じゃないかもしれけれど」
「……問題無い」
ジェドの事は信用しているが、二人は一抹の不安を抱いた。そんな二人に、ジェドは静かに声をかける。
「安心しろ、俺たちも訓練中に何度も死にそうな目に合ってきた。これぐらい普通だ」
おかしな基準でものを言うジェドに対して、二人の不安は更に募ったであった。
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