126 壊滅の雄叫び
「……凄まじいな」
薄っすらと光を放つ苔が所々に生えたダンジョン内は、眩しい程ではないがモノを見るのに不自由しない程の明るさを保ち、何よりも道幅が広い。
軍隊が隊列を組んで進行出来そうな広さを誇るそのダンジョンの岩陰に潜み、一階層にある広い空間の内部を伺っていたカインは小さく呟いていた。
覗き込んだ中では、岩のような塊が然程の間隔を空けずにのそりと動いていた。
見える範囲だけでもその数は十にも及び、その一つ一つには手足があり、亀の様に引っ込めた首が付いている。
―――地竜。
数ある竜種の中でも、比較的大人しい部類ではあるが、その力の強さと生命力の高さは災害指定とされている古竜種にも引けを取らないと言われている。
そして、気性は荒くないが、一度怒らせてしまうと周囲を破壊し尽くすまで止まらない。地表に出てくる事はそれほど多くはないが、地竜の怒りに触れて壊滅した街や村は少なくないのである。
そんな地竜が十数匹もうろついている姿を目の当たりにすれば、事前に話を聞いてはいても、おもわず驚きを声にしてしまう事にも頷ける。
「さて、では始めましょうか」
躊躇なくニマニマと笑いながらファライヤが言うと、カインは僅かな躊躇いを見せた。
「あら? どうしたのかしら? まさかとは思うけれど、怖気付いたわけではないわよね?」
「そうじゃないが、前に蛇の群を一掃した時、お前たち人間は理由なく魔物相手に刃を振るうのかとエリシュナに怒られた……」
「そうなの? けれど、それを言っては何も出来ないのだけれど?」
ファライヤは言ってエリシュナへと視線を向けた。
「ち、ちがっ、あれはなんと言うか方便だ。私たちとて魔物は狩るし素材を得る事もする。魔国にいる魔物は特に凶悪だからな。ただ、あの時は、お前たち人間が気に入らなかったから、言い伏せてやろうと思ったのだ……蛇に関してはある程度意思疎通が出来たのもあったが」
声が尻すぼみになり、エリシュナはモゴモゴと言う。
まさかカインがあの時感情任せに発した言葉を、今でも気に留めていたとは思わなかったのだ。
「うちのお姫様の許可も下りた事だし、問題は無くなったわね」
「誰がお姫様か!」
「違うのかしら?」
「当たり前だ! さも当然のように私の事を姫呼ばわりするなど、頭がおかしいのか!」
「そうよ。カインと同じで私も魔族が好きだもの。常人からすれば、十分イカれているわね」
ファライヤがそう言うと、エリシュナは言い返せずに押し黙った。
カインを貶めたく無いというのもあったが、未だに好意を言葉にされる事に慣れないのだ。
「魔族が好きだったとは意外だな」
「前に魔国へ赴いた事があると話したでしょう?」
「だからこそ、どちらかと言えば敵視しているかと思ったが?」
「そんな事は無いわ。私の技術を高みに至らせたのは一人の魔族よ。その方には色々と良くしてもらって、これを手に入れるのも手伝ってもらったのだから」
そう言って、ファライヤは腰袋から『魔装』を纏う為の魔石を取り出して見せた。
「……ますますお前の事がわからなくなったのだが」
「何れわかる時が来るわ。その方に、あなたの『魔装』も作ってもらわなくてはいけないし。その時にでも私のことを聞いてみたらどうかしら? 自分で語るのは恥ずかしいもの」
「どの口で言う……つか、魔国へ行くつもりか!?」
「当然でしょう? 何を今更。そんな事よりも、さっさと始めるわよ」
そう言われて、カインは渋い顔を見せる。
ファライヤの発言に驚いたのもあったが、カインは未だに躊躇いがあったのだ。
エリシュナの手助けもあったお陰か、本来敵対するだけの存在である巨大ヘビと、僅かではあったが意思疎通を図る事が出来た。
そう思うと己の都合だけで相手に刃を向ける事は、何かが間違っている気がしてくる。
そんなカインの様子を見て、ファライヤは溜め息を吐いた。
「あなたの正しさを、生き物全てに向けていてはキリが無いわ。忘れているようだから教えてあげるけれど、あなたは正義の味方になりたいわけではないでしょう? あなたがなりたいのは、誰かの為の英雄。その我儘を押し通す為になんだってやる。それがあなたの考え方でしょう」
その通りだ。
カインはそう思った。
躊躇いを抱きたくはなかった。そうすると剣が鈍り目的を見失ってしまうから。
己が掲げた理想は正義の為にあるわけでもなかった。誰かを助ける為に、他の誰かを犠牲にする事をいとわなかったからだ。
だから、己の理想はただの我儘だと思った。
誰かの為にやるわけでは無い。ただ自分のやりたい事をする。そんな単純な想いだった。
しかし、あの時エリシュナに言われた一言は、意外なほどカインの心を抉っていたのだ。
助けたい誰かの為と言いながら、相手の都合や周囲の事を見ようしない事は、悪い事なのではないだろうか? そう思ってしまったのだ。
エリシュナに認められ、見限られないよう正しくありたいという感情もあったのだろう。
自分の考えが少し揺れていた事に気が付き、カインは両手で頰を打って気持ちを切り替える。
「エリシュナに好かれたいあまりに、考えが揺れていた」
ベチンッとエリシュナの尾がカインの頭を叩く。
「そういう事を平然と言うな!」
エリシュナは照れを隠すようにそっぽを向く。しかし、感情を隠しきれていないのか、毛皮に包まれた尻尾がベチンベチンと地面を叩いている。
あんなに強く打ち付けて、服は破れないのだろうか?
カインがそんな事を考えていた時だった。
「あら? 気付かれてしまったようね」
エリシュナが地面を叩く音に反応して、広間に蠢いていた地竜が一斉にカインたちの方へと向いたのだ。
カインとエリシュナ。そして、その後方で待機していた面々はそれぞれ表情を引き締める。
「全員、よく聞いて見ていなさい」
そう言うと、ファライヤは一人地竜の群へと足を向ける。
のそりと動き始める地竜に対して、ファライヤは平然と歩み寄った。
一体一体が、ファライヤを丸呑みに出来てしまうほどの大きさであり、岩のような鱗で覆われた地竜。
到底人の身では勝てるようにも思えないのだが、見てくれだけで強さが決まらない事は、この場いる全ての者が理解している。
「ステータスに関わらず、体格の大きな相手はそれだけで力を引き出し易い。体重を乗せるだけで、驚異的な力を生み出すことが出来るのだから。それに比べて、私たち人間は軽い。そうなると、力が勝っていたとしても攻撃力は相手に劣る事がある」
声を上げながら歩くファライヤの眼前に巨大な地竜が立ちはだかった。けれど、ファライヤは尚も説明を続ける。
「攻撃力とは、魔力を込めただけで増えるものではないの。込めた魔力をどれだけの重さ、速さで叩きつけられるか。それこそが重要となってくる」
ファライヤがそう言った時、地竜は引っ込めていた頭を突き出して大口を開けて雄叫びを上げようとした。
だが、その声が漏れるよりも速く、ファライヤの繰り出した蹴りが地竜の顎を蹴り上げて、地竜は強制的に口を閉じられて顔を退け反らせた。
「当然だけれど、地面を強く踏みしめれば、私たちでも重さを作り出す事が出来る。強化された膂力で腕や足を振れば、それに応じた速さを得る事も」
地竜が反らされた顔を引き戻し、唸り声を上げてファライヤを踏みつけようと迫った。
それを避けようともせず、ファライヤは腰を沈めて腕を前へ突き出す。
ズンッと響く重圧な音が鳴った。
しかし、踏みつけられた地竜の足は、ファライヤを潰してはいない。平然とした顔でその一撃を受けて止めているのである。
「攻撃を受ける時はまた別。受け止める為に腕、肩、腰、足と全身をくまなく強化しなければ、何処かが故障してしまいダメージとなる」
ファライヤが受け止めた地竜の足を押し返すと、地竜は体勢を崩して後退った。
「単純な事だけれど、これらを強く意識して戦いなさい。効率良く自身を強化する為には、どの部分を強化する必要があるのか。攻める為には、守る為にはどうすればいいか。理屈だけでなく体に覚えさせて反射的に出来るようになれなければ、魔力を無駄に垂れ流す事になるわ」
地竜が体勢を立て直し、ファライヤへ突進を開始する。
それを見て、ファライヤは腰袋から一本の剣を取り出した。
どこにでもある平凡な剣。特殊な加工も金属も使用していない鉄製の安物である。
「攻撃力を生み出すもう一つの方法。それが魔力を変質させるということ。なんでもないただの剣を魔力で覆い、そこに切れ味を持たせる。そうすると……」
迫り来る地竜へ向けて、ファライヤは剣を振るった。すると、地竜の硬質な鱗に亀裂が入り、地竜は斬り裂かれた箇所から血を吹き出して地面に倒れ込んだのだった。
「魔剣は剣自体が魔力を発して切れ味を増す。けれど、魔力操作が巧みになれば、ただの剣を魔剣のような切れ味にする事も出来るのよ。剣のみならず、あらゆる武器にそれは適応される。今回あなたたちには、ここまで出来るようになってもらうわ」
地竜に背を向け、ニマニマと笑みを浮かべて振り返ったファライヤは、普段通り無茶苦茶な事をやって無茶苦茶な事を述べる。
「さあ、やってみなさい」
そう言ってカインたちに促したファライヤの後方では、雄叫びを上げて迫る地竜たちの姿があった。
ファライヤが相手をした時と違い、地竜たちは怒りに震えて地面を踏みならしている。
街や村を壊滅させる地竜が十数体。その雄叫びと地響きがダンジョン内を震わせる。
雑な説明を受けただけで、それらを相手にする事となったカインたちの表情は、当然ながら引き攣っていたのであった。
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