125 重なり合うダンジョン
雪山での野営を行った翌日には山を降り、やや雪の跡が残る街道をひた走ること四日。
カインたちはラントックスの街へと到着した。
肌を刺すような寒さは相変わらずではあったが、山道とは違い平地のこの辺りはまだ雪が積もってはいない。
街へ入ると暫しの間休養をとる……わけにもいかず、カインたちは消耗品と食料を出来る限り仕入れて、馬を一頭用意したあとに一泊の宿をとり、翌日には街を発ったのであった。
そして、街道を少し逸れた道の途中で馬車を一度停車させると、厚手の毛皮で身を包んだルクスが馬車から降り立つ。
そこに、アグニーと並走させていた馬をカインが引いて来た。
「ここからテンペストまでおよそ五日。二週間は籠るつもりだから、往復と合わせて三、四週は時間を稼げる。その間に妻子をケルナドの街まで連れて行け」
「……ああ、わかってる。一人で飛ばせば王都までは二週間で到着出来る。検問を越えるのに手間取るかもしれねえが、それだけ時間があれば十分だ」
「何かあったら直ぐに連絡しろよ……と言っても、互いに距離が開き過ぎて『伝意』は使えないから、早めに判断しろよ」
「わかってる」
カインたちの考えはこうであった。
間諜であるルクスが裏切り者だと知れた場合、王都に住まう家族は直ぐに身柄を拘束されてしまう恐れがあった。
その為、長時間ルクスの定期連絡が途絶えても、裏切りがバレない期間が必要だったのである。
その必要な時間をカインたちはテンペストへ籠って作り上げる事にした。
ルクスとは別行動をとり、カインたちはテンペストへ、ルクスは王都へと足を向ける方針である。
カインたちがテンペストへ籠っている間、マルセイはマリアンを奪う為の準備を整えるだろう。
ルクスからもたらされた情報によると、カインたちがテンペストからラントックスへと戻った矢先に襲撃される予定となっているらしい。
ルクスが誘導する宿屋へと宿泊して、夕食には毒を盛られる事になっている。予定の宿屋は既に手配されており、カインたちは知った上でそこに宿泊する予定である。
襲撃には手練れを用意しているようだが、襲われる事がわかっていれば、対処のしようは幾らでもある。
襲撃者を撃退する頃には、ルクスも妻子を連れてケルナドへと戻っている予定となる為、カインたちもエイブ王国へと帰還してこの件は終結する筈だ。
カインとルクスは無言で拳を合わせた。
そしてルクスはそのまま馬に跨り、振り返る事無く駆けて行ってしまった。
この数ヶ月でルクスもだいぶ力を付けた。
だが、カインはルクスの背を見送りながら、得体の知れない不安に胸の内が騒つくのを感じたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
セト王国の王都、カルドブルグの大聖堂で一人の騎士が祈りを捧げていた。
銀色の鎧を纏い、緑がかった短い髪をしたその男は、大聖堂に祀られている神ゼオンを模した石像に向かって膝を折り、胸に手を当てて瞑目している。
静寂が支配する大聖堂には、その男が一人静かに佇んでいた。
とそこへ、コツリコツリと柔らかな足音を響かせて、一人の男がやって来た。
厚手のローブを何重にも纏い、複雑な文様の描かれたミトラを被った老齢の男。
白い髭を蓄え、手には分厚い聖典を手にしたその男はゼオン教の現教皇、ザハルメイルである。
「随分と熱心ですね、リグルト・ガルシアナ」
ザハルメイルの言葉にゆっくりと目を開き、リグルトは膝を折ったまま言葉を返した。
「俺には神ゼオン以外に敬える者が居ない」
「ほほ、教会と国に仕える者がそのような事を口にしてはいけませんよ」
「俺を救ったのは教会でも、国でも無い。神ゼオンだ」
「その神ゼオンの寵愛を一身に受けているのが、我がゼオン教であり、セト王国なのです」
「そうかも知れないが、俺が教会と国に従っているのは神ゼオンの尊厳を守る為だ」
「ふむ、それは少し見方が異なりますね。あなたが己の意思で決めているのでは無く、我がゼオン教に対して神ゼオンがあなたを遣わせたのです。故に、あなたがゼオン教と国に仕える事は神ゼオンの意思でもあるのですよ」
リグルトは沈黙したまま内心で小さく舌打ちをした。
別に理由などどうでもいい。結果として、リグルトはゼオンへの信仰心によって教会や国へ仕えているのだから。
ただ、目の前に立つ男の事は気に入らなかった。
膨大な神気を扱うのは確かだが、まるで己自身がゼオンの代弁者であるかのような態度が癇に障る。
何故なら、リグルトは神ゼオンの恩恵により、英雄と呼ばれるまでに上り詰めた男なのだから。
信仰心も高く、神の恩恵も己にはある。ならば、その寵愛を強く受けているのは、教会や国などではなく自分自身だ。
その自負がリグルトにはあったのである。
「真なる神の使いがこの国へ足を踏み入れました」
徐に言われたその言葉に、リグルトは眉を顰めた。
「真なる神の使いだと?」
「エイブ王国に出現した天秤の塔で与えられた恩恵……神界と神々の知識を持つ少女です」
「ミリアムの犬か、殺すのか?」
「いいえ、その少女の持つ知識はミリアムに留まりません。既にミリアム教とエラー教の二つを掌握しつつあるようです」
「神ゼオンについても深い見識があると?」
「それについては不明です。ですから、是非ともお聞かせいただきたいものですね」
「相変わらず回りくどいな。俺に何をさせたいのだ」
「それについては、宰相殿より直接指示があるでしょう。いつでも出られるよう準備を怠らないことです」
「ふん、言われずとも、俺たちガルシアナ聖騎士団は常に準備を整えている。お前たちは余計な心配はせずに命令だけ出していればいい」
「……頼もしい限りで」
ザハルメイルがそう言うと、リグルトは立ち上がり背を向けた。
立ち去ろうとするリグルトの背に向かって、ザハルメイルは声をかける。
「お気をつけなさい。真なる神の使いは、不浄なる者を引き入れて行動しています」
不浄なる者。人にあだなす悪意の権化―――魔族。
ザハルメイルの言葉にリグルトはピクリと反応して、足を止めた。
「魔族さえも手懐けるか……お前たちが欲しがるわけだ……」
そう言うとリグルトは一度振り返り言葉を発する。
「だが、心配するな。俺がどれだけの魔族を葬って来たと思っている」
リグルトはそう言い残すと、歩みを再開して大聖堂から立ち去った。
ザハルメイルは柔らか表情を浮かべながら、その姿を静かに見送るのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
天を衝く山と山が広大に連なる山岳地帯、テンペスト。その頂きを目にした者は未だ居ないと言われている。
何故なら、この辺り一帯は日々成長をしており、その標高を徐々に伸ばしているからである。
成長する山。つまるところテンペストとは、地下ではなく地表に出来たダンジョンなのである。
山を登れば登るほど様相が変わり、強力な魔物が出現し、場所によっては統一感のない仕掛けや、魔物の競合が起こることから、核となる物が複数個存在し、幾つものダンジョンが重なりあって出来上がっているのだと言う者もいる。
しかし、実際その見解は的を射ている。
現に、カインたちが向かおうとしているのは地下へと続くダンジョンであり、地表とは違い様々な竜種が蠢いていると言うではないか。
テンペストの竜種は標高の高い場所にしか居ない。
その常識と異なった理にある地下へと続くダンジョンが、テンペストと同種のものとも思えないのである。
地下へと続くダンジョンの前に到着したカインたちは、周辺の状況を伺っていた。
「踏み荒らされた形跡はないから、誰もこの場所には気が付いていないみたいね」
「そもそも、難易度の高いテンペストへやって来る冒険者も少ないしな」
「そうね。では、少し離れたところに拠点を作って攻略は明日にしましょうか」
ファライヤはそう言うと、テントを設営する場所を見繕う。
そして、一部の面子は厚手の外装を纏い、『圧縮』の魔術が施された腰袋とは別に、大きなリュックを背負って準備を完了していた。
「ああ、リンドーたちは上に向かうんだったな」
「はい。飛竜を手に入れたいので、卵を取りに中腹まで行って参ります。戻り次第カイン殿に合流しようかと思っております」
「マリアンもそっちへ向かうんだ。我儘放題させるなよ」
「マリアンたんのお言葉は全てが尊いので、我儘の判断が出来かねますが?」
「お前、護衛クビ。マリアンには別のやつを付ける」
「そそそ、そんな無体な!」
「なら甘やかしてばかりじゃなくて、ちゃんと叱れるか?」
カインがそう言うとリンドーはむむむと唸った。
「やっぱり別のやつに―――」
「出来ますぞ! お任せください!」
……絶対出来ないな。
カインはそう思った。
仕方がないので、カインはマリアンと行動を共にするミズシゲにも釘を刺しておくことにする。
鼻を鳴らして自信有り気に頷くミズシゲではあったが、この表情をしている時はどうにもふざけ半分なところが見える為、カインはなんとも不安な気持ちになるのであった。
ともあれ、中腹までとするなら、竜種の蠢く地下よりも危険は少ないはずである。
リンドーを筆頭にマリアン、アーマード、バッカー、ウルスナのマリアン信者にミズシゲとゲンゴウを加えた面子で、飛竜の卵を獲得しに行く。
残り面子は、竜種と戦闘を行い、素材の回収と地力を上げる為の訓練である。
本日から約二週間。カインたちの苦難の日々が再び幕を開けたのであった。
読んでいただき、ありがとうございます。
仕事の都合上、平日に上げる際は朝7:00に、土日祝日は朝9:00か夕方17:00に上げるつもりで書いていたのですが、土日祝日は書き上がったら直ぐ投稿することにしました。
遅くなって翌日投稿とかもあったので……。




