124 不可解な発言
夜も更けて、周囲が闇と静けさで満ちた雪山の一角。
そこでパチパチと音を立てる焚火の前で、カインは火の番をしていた。
対面にはルクスが腰を下ろし、膝の上では青白いモコモコした毛皮の塊が乗っている。
薪となる枝を折って火の中に焚べると、カインは小さく溜め息を吐いた。
すると、膝の上のモコモコした毛皮がもそりと動き出す。
「どうした? 疲れているのなら私が代わるぞ。お前は休むといい」
エリシュナがフードから顔を覗かせて言うと、カインは首を横に振った。
「体力的には問題無い。疲れているのは精神の方だ」
「ん? 何か疲れる様なことがあったか?」
「あいつらが、風呂で俺をいじり倒して来ただろうが!」
「なかなかに楽しかったな」
「……エリシュナ。頼むからお前はあいつらに染まらないでくれ」
「染まってはいない。私はただ、カインと何かをするのが楽しいと感じるのだ」
エリシュナが僅かに頰を染めてそう言った。
そんなエリシュナの頭をカインが優しく撫でると、エリシュナの顔は更に赤くなる。
「そう言ってくれるのは素直に嬉しい。というか、お前もだが、何であいつらは全員が賛成したんだ? 普通、男と風呂に入るなんて嫌がるだろう?」
「タオルを巻いていただろう? お前相手にそのくらいどうということはない」
「俺の女に対しての認識が間違っていたということか……」
「……別に間違ってはいないと思うがな」
意味有りげにエリシュナは呟いたが、カインは首を傾げてその意味を察することは出来なかった。
賛成に投じた女性たちは皆、大小はあれどカインに好感を抱いていたのだ。
共に入浴することに抵抗があった者もいたのだが、その少なからずの好意と個人的な理由もあって、全員が賛成することとなったのだった。
マリアンとファライヤは言わずもがな。ミズシゲも嫁だ婿だと言っているだけあり、カインに対して肌を晒す事に躊躇はなかった。ヴィレイナは躊躇いがちではあったが、勇気を振り絞ったのだろう。そうなるとヴィレイナに心酔しているトリティもそれに続いた。
そして、ミーアに関しては非常に渋った。彼女はどちらかといえば反対に票を投じようとしたのだったが、ミーアの恋心を知っているカデナが透かさず賛成票を入れる事により、みんなが賛成ならとミーアが流される様に仕向けたのであった。
ウルスナはどうも、マリアンと風呂に入れれば他はどうでも良かったみたいである。寧ろ、賛成派のマリアンと意見が割れて、別々になる事を嫌ったのである。
そんな面々の様子を見ていたものだから、人間との付き合いが浅いエリシュナはそういうものかと納得し、恥ずかしいと感じなくもなかったが、カインとなら良いだろうと賛成票を投じたのだ。
先程はどうという事は無いなどと言っていたが、実は結構ドギマギしていなくもなかったのである。
それぞれが抱くそんな思惑にカインが気付ける筈も無く、何故誰も反対しなかったのかと疑問符を浮かべる事しか出来なかったのであった。
「……モテモテで羨ましい限りだな」
カインの対面に腰掛けたルクスが言った。
「……そういえば、ルクス。覗きが趣味のお前が今回は随分と大人しかったな」
「趣味じゃねえよ! てめえ、勝手なことを抜かしてんじゃねえ!」
「前は隙あらば、ミズシゲとウルスナの入浴を覗こうと奮闘していただろう?」
「何!? ルクスはそんな事をしていたのか?」
「ちげぇよ! アレは間諜としてバレない様に演じていただけだ! モテ野郎が非モテ野郎を更におとしめる発言をするんじゃねえ!」
「わざわざ、変態を演じる必要があるのか? そんな事をすればパーティーから追い出され兼ねないのでは無いのか?」
エリシュナの疑問にルクスは声を詰まらせる。
「まあ、そういうわけで、間諜である事を言い訳にして自分の趣味を優先していたわけだ」
カインがエリシュナの頭を撫でながら言うと、エリシュナは何やら納得した様子で頷いた。
「いいかいエリシュナちゃん。男にはロマンってモノがあってだな……」
「カイン、私はこの男の言葉も信用しなくてはダメか? どうにも信用ならないのだが?」
「いや、ルクスの言う事は話半分で聞いていればいい。真面目に聞くと馬鹿になるから気を付けろ」
「うむ、肝に命じておこう」
「おめぇも、姐御と同じで大概だな!」
静かな雪山にルクスの声がこだました。
「……だがまあ、真面目な話、あまり気負いするな。何かあれば俺たちも手を貸す」
「わかってて言ってんのかよ。ったくタチが悪りぃな」
今回セト王国領までやって来たのには、テンペストへ向かう事とルクスの妻子を連れ出すという目的があった。
予定ではカインたちがテンペストへ籠っている期間を利用して、一時的に離脱するルクスが王都へと向かい、妻子を連れ出してエイブ王国へと帰還することとなっている。
カインたちが直接手を貸してしまうと、国の者が誘拐されたとなり、セト王国がエイブ王国へと攻め入る口実を与えてしまう事になり兼ねない。
故にあくまでも、ルクスたちには自発的に国許から離れて欲しいのである。
たった一人の間諜相手に、国が動き出すかという疑問も無くはない。だが、カインたちが警戒しているのは、マリアンを奪う為の強行策を相手が取る可能性があるという事だった。
セト王国とエイブ王国の間には大きな山がある為、それ程大きく戦が起こった事は無いが、小競り合いに関しては頻繁に行われている。
ルクスが間諜として話を通していなければ、本来国境を越えることも容易ではなかっただろう。
そして、ルクスは今回の作戦が決まってからというもの、普段の陽気な様子とは違い、どこか思い詰めた表情を浮かべていたのである。
そんなルクスの事をカインもそれとなく気にはかけていたのだが、数日後には作戦を開始するという段になっても、ルクスの瞳には迷いの様なものが宿っていたのであった。
「俺の事を気にかけるぐれえなら、女の心情を察して上手く立ち回る事を考えた方がいいぜ」
「そういった駆け引きは得意じゃないからな。俺には真っ直ぐぶつかる事しか出来ない」
「チッ、女は一番そういうのに弱いっての」
そう言うとルクスは大きく溜め息を吐いて、表情を引き締めた。
「マルセイ・ランタラルは頭のキレる男だ。何を考えているのか、俺にはちっともわからねえ」
「セトの宰相で、お前の上司だったな。何か懸念している事でもあるのか?」
「あの男に対しては、警戒してもしきれねえ。だが一つだけ、らしくない事を言いやがった」
「なんだ?」
「マリアンちゃんを連れ出す事に成功したら、俺に爵位を与えると言ってきやがったんだ。俺の家も祖父の代から国の間諜をやっているが、周りでも爵位を与えられたやつなんて一人も居ねえ。やつは何故、このタイミングでそんな事を言い出したのか? それが気になって仕方ねえんだ」
「マリアンに対してそれだけの価値を見出している……といえば理由は真っ当に思えなくもないが、それならもっと早い段階で言っても良いだろうな」
「そうだ。しかもわざわざ約束を反故にしない様に、家にまで連絡をする念の入れようだ」
「ルクスの裏切りがバレて、釘を刺されただけではないのか?」
エリシュナが話を割って疑問を投げかけた。
「いや、それはねえ。報告内容はカインとマリアンちゃんとで精査してくれている。ファライヤの姐御も周囲を警戒してくれてるから、俺たちの密談は誰にも漏れてねえ筈だ」
「うむ、あの二人が手を貸していて容易くバレるわけもないか」
「マリアンズの中に裏切り者がいるわけもねえ。いたなら、マリアンちゃんがとっくに気が付いている。だからこそ、マルセイ・ランタラルの発言は不可解なんだ」
ルクスがそう言うと一同は暫しの間沈黙して、考えを巡らせた。
そして、何かを思い付いたのか、カインが声を発する。
「おそらくだが、相手はルクスを揺さぶりに来ているのだろうな。裏切りに気が付いたのではなく、裏切る可能性を考慮して手を打ってきたのだろう」
「そんな事の為に爵位を与えるなんて約束をするか?」
「さあな。だが、宰相という立場なら色々と出来るだろう。それにおそらくだが、そいつは爵位を与える確約はしていないんじゃないのか?」
「……まあ、王の許可が降りなけりゃ、爵位なんてポンポン与えられねえからな。確かに王に進言するとは言っていたが、与えるとは一言も言ってねえ」
「実際に上手くいけば、本当に王へ進言はするのだろう。だが、王を説得するほどの強弁は振るわないと思う。駄目なら駄目で、仕方なく他の方法で褒美を与えるとかな」
「なるほど、幾分か納得のいく見解だな。やっぱり、詐欺師の事は詐欺師が一番わかってるってやつだな」
「誰が詐欺師だ!」
「おめぇの戦い方は、詐欺師みたいなもんじゃねえか」
「隙をついて、意表もつくのは立派な戦術だ!」
「マルセイからすれば、政も立派な戦術だと言い出しそうだな」
そう言ってルクスは笑い声を上げた。
作戦が決まってから、ずっと難しい顔をしていた気がする。久しく忘れていた、笑うという行為にルクスの気持ちは少し軽くなった様な気がした。
ったく、ちゃんとリーダーやってやがるぜ。
笑みを漏らしながらカインを見つめたルクスは、カインとの会話で気が楽になったことに内心で感心するのであった。
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