123 心情は意外と読めない
17時にアップしたいのにまた遅刻してしまった。
ファライヤが一頭の鹿を仕留めて戻り、それをガナックとカデナに捌かせている間の出来事である。
食事の準備をしているカインたちとは別に、マリアンを中心に女性陣が何やら話し合いをしていた。
「あの、私たちも準備を手伝わないと」
ヴィレイナが真面目な様子で言うと、マリアンは呑気に答えた。
「大丈夫だよ。マリアンズも人手が増えてきたから、みんなでやると逆に邪魔になっちゃうしね」
「それっぽい事を言って、サボろうとしているように見えるがな」
「エリシュナは私のこと、なんだとおもってるのよ!」
「やる時はやって、やらない時はやらない女だ」
「そうだけども!」
エリシュナの指摘にマリアンが憤慨していると、ウルスナが表情を緩めて声を上げた。
「マリアンちゃんに雑用なんて似合わないわ。それよりも、どうするの? 作る? 作っちゃう?」
やや興奮気味なウルスナだったが、その場の面々もどこかソワソワした様子が見受けられた。
「せっかくだしやろうよ。というかわたし、お風呂入りたいし」
そう、マリアンたちは風呂を作ろうと画策していたのである。
雪景色を眺めていたミズシゲがボソリと漏らした「温泉に入りたいですね」という一言から始まり、温泉とはなんだという話になったのだ。
聞けば温泉とは地熱で自然に温められた湯のことで、その湯に浸かると肌に艶が出たり怪我が癒えたりと様々な効能があるらしい。
東国ではその温泉が所々に湧いて出るため、景色を眺めながら自然の中にできた風呂に浸かるという習慣が根付いているのだとか。
中でも、寒い季節に雪景色を眺めながら湯に浸かるのは最高だと、ミズシゲは鼻を鳴らして力説していたのである。
そんな話を聞いてしまったら、黙っていられないのがマリアンである。
直ぐ様、作業を行なっているファライヤとカデナを除く女性陣が集められ、話し合いが開始されたのであった。
風呂と聞いて興味を惹かれない女性は、マリアンズには居ない。
その為、手伝いをしていないことに後ろめたさを感じるヴィレイナではあったが、あまり強くは否定出来ずにいた。
「ミーアが『泥沼』で地面を緩くするでしょ? そしたらエリシュナが力任せに泥を吹き飛ばすの。そこにみんなで石を敷き詰めて、ウルスナが水系の魔術で水を張る。ヴィレイナが『浄化』で水を綺麗にして、最後にみんなで魔力操作を使ってお湯を温める。どう?」
「泥を吹き飛ばしては、せっかくの景観が損なわれる恐れがありますね」
「ミズシゲは他に方法が思い付く?」
ミズシゲは顎に手を当ててふむ、と唸った。
「では、私が本気を出しましょう」
「隠し事が好きそうなお前が、こんなことの為に本気を出すのか?」
エリシュナの言葉にミズシゲはむむっと顔を顰めた。
「心外なっ! 温泉の為なら本気の一つや二つ、出して当然でしょう!」
ミズシゲの真剣な様子に、エリシュナは呆れた表情を浮かべた。
「……そうか。少し、お前のことを誤解していたようだ」
意外と阿呆なヤツだったのだなと、エリシュナは内心で思う。
「じゃあ、ミズシゲ。さっそくだけどやってくれる?」
マリアンの言葉にミズシゲは頷いて刀を構えた。
その立ち姿に不真面目な要素など何も無い。魔力を高め凛とした佇まいは、真剣そのものである。
しかし、そんな姿とは別にミズシゲはおかしな言葉を述べた。
「私の秘剣の一つをお見せしましょう、その名も『浮世団子』!」
声を上げた直後にミズシゲの刀が閃めいた。
目で追えない抜刀から繰り出されたのは、真っ直ぐなひと太刀である。
だが、そのひと太刀は縦横無尽に空間を駆けると地面に長方形の斬り跡を残した。
チンッと音を立てて刀を鞘に収めたミズシゲがふうっと息を吐く。そこに、透かさずウルスナがツッコミを入れた。
「あんたね、地面を長方形に斬っても意味ないでしょ!」
「む、ちゃんと底も切り取ってありますよ。 持ち上げれば浮くはずですが?」
ミズシゲの言葉を聞いてエリシュナが切り取られた地面の溝に手を掛ける。
「誰か反対側を持て」
そう言われて、反対側を持とうとしたヴィレイナを制して、トリティが手を添える。
二人が同時に力を加えて地面を持ち上げると、地面は抵抗もなく長方形の形で持ち上がった。
五、六メートル四方はあろう地面を、容易く持ち上げることも異常なのだが、それよりも地面を切り取るという技術に一同は驚きの表情を浮かべていた。
「なんで、地表から底が切り取れるのよ……」
ウルスナの呟きに、ミズシゲは得意げに鼻を鳴らした。
「浮世を五つの方向から断ち斬ることができる技。それが私の秘剣、『浮世断五』です」
名前のセンスは置いとくとしても、ミズシゲの放った剣技は通常ではあり得ないことであった。
ただし、物理法則を無視したように見えるこの技であるが、これは魔法ではない。
自身の練り上げた魔力を刃として扱い、側面を斬りつけた後、直角に曲げることにより地面の底を切り取ったのである。
とはいえ、相応に綿密な魔力操作を必要とするこの技を、容易に真似ることなど出来はしないのだが。
「すごーい! それじゃあ、石を集めて敷き詰めましょう」
素直な驚きをマリアンが言葉にして次の工程に進もうと一同を促したが、その後もミズシゲが岩を板状に斬りつけて床や壁を作ってしまい、さほどの手間も掛からずに簡易的な風呂場が出来上がってしまった。
水を張り、浄化をして湯を温めると完成である。石造りの風呂が、人の住まない雪山の中にぽつんと出来上がったのだった。
「……何かしていると思ったら、また突拍子もない事をして」
風呂が完成するやいなや、マリアンに腕を引かれてやって来たカインはそう感想を漏らした。
「温泉って言うんだって。東国じゃ山の中にお風呂が湧いてるのは普通なんだってよ」
「人が来たら丸見えだぞ? 恥ずかしくないのか?」
「えー、ファライヤやミズシゲが居るから、入浴中に誰かと出くわすことはないとおもうけど」
「お前らが大丈夫なら文句はない」
「カインも一緒に入る?」
「ふざけんな、痴女のお前は平気でも他の連中が嫌がるだろうが」
「痴女じゃないし! 世界一の美少女に向かって言って良い台詞じゃないとおもうけど!」
「平然と裸を見せつけて来るだろうが」
「カインにだけね! と・く・べ・つ、なの! それにね。嫌がる子は誰も居ないとおもうけど?」
そう言ってマリアンが指を折って数え始める。
マリアン曰く、ファライヤは絶対に面白がって乗って来るだろう。ヴィレイナはカインにほの字で、トリティはヴィレイナが入ると言ったら間違いなく付き添う。ミーアとカデナは多少恥ずかしがるだろうが、言いくるめられるとのこと。ミズシゲはカインの嫁で、ウルスナはマリアンとお風呂に入りたがっているそうだ。エリシュナはカインにベッタリだから問題無いとのことである。
「大分適当な予想だな! 一部おかしな理由もあったぞ!」
「えー、割と合ってるとおもうけど? というか男として美少女にお風呂誘われたら嬉しくないの?」
「お前とファライヤが居なかったら、喜び勇んで誘いに乗っていただろうな」
「最強の美少女二人を拒否するとか頭大丈夫なの!?」
「余計なお世話だ! お前ら二人は最狂の間違いだろう。あと、ファライヤに限っては少女なんて言える年齢じゃないだろうが!」
カインがそう叫ぶと、カインの肩に音もなくスッと手が置かれた。
背筋にゾワリとした悪寒が走る。
「私の事をおばさんだなんて、随分と酷い事を言うのね」
「そんな事は言ってねえ。つか、どうやって背後を取った。探知はしていたぞ」
「カインの雑な探知を掻い潜るなんて、造作も無いことよ」
突然現れたファライヤは、背後からカインの首に腕を回して胸を押し付けて来た。
「ぐ、放せ!」
「中々良いお風呂ね。後で一緒に入りましょう、カイン」
「断る!」
「そう? けれど私はあなたと入りたいわ。そういえば、バン・ドルイドが襲撃して来た際、あなたのお願いを聞いてみんなを助けに行った時のお礼を聞いてないのだけれど?」
「その節はありがとうございました。大変助かりました。さすがファライヤ、頼りになるな!」
「礼は口先だけでなく態度で示すものよ」
「恩を盾にして脅すとかどうなんだ!」
「それだけあなたとお風呂に入りたいということよ。別に良いじゃない、減る物も無いのだし」
「精神的な何かが色々減るんだよ!」
カインが叫ぶと、ファライヤはやれやれと溜め息を吐いた。
「このまま強制しても良いのだけれど、それでは面白くないし、多数決を取ってみましょうか?」
「多数決?」
「ええ、あなたと一緒にお風呂へ入りたいかどうかを女性陣全員で多数決を取るのよ。九名中五名以上が賛成だったら、あなたは大人しく一緒にお風呂へ入る。四名以下なら入らない。どうかしら?」
「何か小細工しているんじゃないだろうな?」
「誓って言うわ。打ち合わせはしていないわ。だって、それじゃあ面白くないでしょう?」
何が面白いものか。
カインは内心でそう思ったが、それ以上に計算を働かせていた。
賛成派がマリアンとファライヤ二名は確定している状況での賭けではあるが、他に三名の賛成票を得られなければファライヤの勝ちはない。
この二人以外に賛成票を投じる者が、果たしているだろうか?
ミズシゲに関してはどう出るか不明だが、カインに懐いているエリシュナは、あれで結構恥ずかしがり屋である。カインに好意を寄せているヴィレイナも、そういったことには積極的ではない。
となると、他に票を入れそうな者は浮かばなかった。
これは間違いなく勝てる。
そう確信したカインは、強引なファライヤを引かせる為に、その申し出を受けたのであった。
その結果。
賛成票九。反対票ゼロの圧倒的大差でカインは敗北するのであった。
何故だ!
ニマニマと笑うファライヤとマリアンを尻目に、カインは項垂れたのであった。
お読みいただき、ありがとうございます。




